水たまりに映る空:
今日は良いことがなかった。
嘘だ。本当を言うと、今日も良いことがなかった。せめて通り過ぎた昨日を良い日だったことにしたくて、誰に話すでもなく背伸びをしたのがいやにみじめになってくる。
うつむいて歩くことを悪し様に言う人はよくいるけど、実際そんなに咎めることでもないだろう。足元に注意が向いているから小石や道路の窪みで躓くことがない。ひどく落ち込んでいるように見えるかもしれないが、存外なんともないんだぜ。
……これはこれで、なかなかどうしてみじめだな。
そんなことを思って顔を上げた途端、スピードを落とさない乗用車が踏み潰した水たまりの中身を思い切り被らされた。ああもう、本当に。
今しがた荒らされたばかりの泥水を睨み付けてやって、驚いた。面白いほど透明で、黒々と透けるアスファルトが青い空の鏡になっている。
あっけにとられるような思いで振り返った先では、あれだけ急いでいた乗用車が信号で捕まっていた。
恋か、愛か、それとも:
ふと筆をとりたくなった。
何の決まりもないのだが、まっさらな白い紙にインクを躍らせたい瞬間がある。それは思考の具現化だったり、持て余す想いの吐露だったり、きたる翌日のあらすじを思い描くことだったりと様々で、時間を忘れて机に向かうこともある。
絵心はさっぱりだし、整った字も書けない。それでもこの衝動に駆られている時間は、見栄も虚勢も余分なへりくだりもない、微塵の飾り気もない自分が投影されているこの瞬間は、知らず心臓を昂らせるのだ。
私がこうであるように、誰かにとってこれに代わる何かがそこかしこにあるのだろう。理解の及ばぬ者には嘲られるかもしれない、まっすぐで柔らかな、それでいて確かな芯を持つ何かが。
その名を知ることはきっとないかもしれない。それを的確に表す言葉がこの世に存在するのかさえ知らないから。それでももし、この情熱を何かと問われるなら何と答えるだろう。そうだな、例えるならば。
―――恋か、愛か、それとも
まって:
永遠に走っていたかのように息が苦しい。
不十分な酸素で動かす体のなんと重いことか。
頭の中は整理できずに溢れた言葉で埋もれている。
視界は常にぼやけていて耳鳴りは止まない。
人並みを装うのに人一倍どころでない労力がいる。
なあ、お願いだよ人生。
これ以上わたしを引き摺っていかないでおくれ。
ただ君だけ:
あたたかな陽が射し込んだその場所に。
薫る風に振り向いたその先に。
眠る前のまどろみの、夢と現のその間に。
そこにただ君だけがいてくれれば、それだけでじゅうぶんだったんだ。
青い青い:
きょう私に温かな優しさを注いでくれたあの人は、きっといつか大きな傷を抱えた人だ。
そのとき必要だったはずの優しさを与えてくれる背中はとても大きく、それでいてひどく儚く見えた。
この優しさを、思いやりを、私はあなたに返せるだろうか。
どこまでも澄みわたる雲一つない空が、未熟な私を笑っているようだった。