初恋の日
俺は、「恋」を知らない。彼女も、いない。
ただ、告白をされたことは数知れず。
両親からの教えで
「人からの好意は大切に受けとること」
のとおりに、いつも
「こんな俺を、好きになってくれてありがとう」
という感謝を、相手をふる際に言ってたら、何故か「ファンクラブ」なるものができたらしい。
正直、ちょっと面倒になってきた。
二面性、というほどまではいかないけれど。……ほんのちょっと「つくってる」自分がいる。
そんなふうにしてきて、現在もう大学2年生。とっくに恋は自由な年頃だと思う。たぶん。
これが、「拗らせてる」というのかもしれない。もちろん、誰にも打ち明けたことなんて、ない。
……また、告白されて、感謝して、ふって、そのままその子はファンクラブの会員になったらしい。
誰もいない時間の図書館で、つい呟いた。
「なんで、ファンクラブなんてあるんだよ……面倒だな」
「――たぶん、あなたが優しいふり方するから、だと思いますよ」
「……!!」
彼女は、すぐそこにいた。
まるで幽霊かのように、白い肌。染めたことなんてなさそうな、真っ黒い髪。
口元は、本に隠されて見えなかった。二重の目は、まっすぐにこちらを見つめてきて。
――それが、俺にとっての初恋の日だった。
「……ねえ、あの時あなたは、ファンクラブが面倒だって、言ってなかった?」
「ああ、言ったな」
「なら、今の私の気持ちも、わからないかな!?」
「……わかるけど、それはそれ。これはこれだよ」
「なんて屁理屈……!」
あの、彼女に図書館で一目惚れした日から。
俺はファンクラブを解散させ、彼女を追い回している。
俺の、はじめての恋だ。そんな簡単には、諦めてはやらないよ。
明日世界が終わるなら
ある世界の、とある裕福と貧困の混ざった国で。
――明日は、この世界の終焉にして、黎明の刻である!
「裕福」に囲まれた王は、高らかに声をあげる。意味がよく解らない。
大人たちは、囁く。
「明日、世界が終わるらしい」
「なんで」
「王が、神の怒りに触れたとか」
「なら、なんであんな演説を」
「とうとう狂ったか」
「死にたくない」
そこにあるのは、困惑、憎悪、恐怖。
子どもたちも、囁く。
「ねえ、もしほんとに、明日世界が終わるなら。あたしたちはどうなるの?」
「元々、この世界は終わってる。今さらなんともない」
「それに、終わりがあるなら、始まりもあるでしょ。終焉と黎明って、そういう意味なんだって」
「へえ。物知りだね!」
「この世界、良くなるのかな」
そこにあるのは、諦めと、少しの期待。
案外、大人よりも子供たちの方が、よほど落ち着いていると言える。
さて、果たしてそんな彼らが、「終焉」という名の世界の終わりと、「黎明」という名の国の始まりに立ち合ったときには、どんな感情が生まれるのか。
答えは、神すらも知らない。
それが、人の世というものだ。
君と出逢って
――もって、3日の命。
私たちの、初めての赤ちゃん。
小さな、あまりにも小さな赤ちゃん。
ごめんね。
言われていたのに。
「お腹の赤ちゃんのためにも、あまり動き過ぎないように」
でも、ね。
君に、喜んでほしくて、パパはいろんなおもちゃを買った。
おばあちゃんも、沢山洋服を縫った。
私も、なんて名前がいいのかなって、沢山のそういうサイトを見た。
お店で子ども服を見て、つい買おうとしては、「気が早い」なんて言われたこともある。でも、けっきょく買ったんだよ。
そうして、みんな。
君に会えるのを。
元気に泣く声を、楽しみにしていたの。
なのに、ごめんね。泣くどころじゃなかったね。
君は、予定よりもだいぶ早くに産まれてしまった。
あの、ね。
私たちは、もうとっくに「出逢って」るんだよね。
君の命が、私のお腹に宿ったその時に。
だから。
「君に出逢えて、よかった。みんな思ってるよ。だから、頑張って生きてほしいの」
ポツリと、涙とともに言葉を落とす。
――そうして。
「もって、3日の命」と宣告された君は、もう3歳になる。
体が未発達で産まれたために、「普通に」はできないこともあるって、聞いたし、実際そうだった。それには、ちょっと、いや。それなりに落ち込んだ。きっと私のせいだよねって。
そんな日々で、子育てで大変なことも嬉しいことも、毎日しみじみと感じている。
――頑張ってくれて、ありがとう。
これからも、一緒にがんばろうね。
耳を澄ますと
うちの旦那は、喧嘩早い。とてつもなくだ。
今日も、日課のジョギングに行ったかと思っていたら。
「ああ!? なんだとコラァ!!」
ほら、また。
ほんのちょっと、耳を澄ますだけでもそんな怒号が聞こえてくる。
だから、仕方ない。
「ちょっとあんた! なにをまた、喧嘩ふっかけてんのよ!」
きっと、「今日」が何の日なのか、覚えていないだろう。
私らの、結婚記念日。
なんで、こんなのと結婚したのかと、かつての自分に問いたい。
夜になろうが、喧嘩早い夫は、いついかなるときでも、油断は大敵。もう、「耳を澄ます」のにもとうに慣れた。
「すぅー……はぁー……すぅー……」
「? あんた、今度はなにをやらかしたの?」
「!?」
もう、息でなにか伝えようとしてるのがわかる。
何故かちょっと、もじもじと出てきた夫は。
「……その、今日は。……結婚記念日、だろ?」
「え」
つい、ポカンとしてしまった。
そうしている間に、小さな小箱を手渡される。そして視線で、開けてみろ、と。
「……ピアス?」
「その、……似合いそうだなと、思ってよ」
「…………」
本当に。この旦那は。
「私、ピアスの穴は開けてないんだけど」
「なにぃ!?」
夫は、動揺を隠せない。なんとも間の抜けたやつだ。
「……これ、イヤリングに変えてもらっておいでよ。そうすれば、つけてあげるから」
「おっ……おう! 頼んでくる!」
明らかな安堵の表情。
……本当に、このひとは。
どうにも、こういうところが嫌いにはなれない。なんとも言えないおかしな旦那だ。
二人だけの秘密
とある日、不思議なことがあった。
仕事の上司と二人で、同じ案件を任された。
上司は少し年上の、頭の切れる先輩だ。そしてバリバリのキャリアウーマン。一方僕は、まだまだ社会人になってから日も浅い。
よく自己紹介では「晴れ男なんです」なんて、あまり意味のないことをいっては、ひとに笑われている。良くも悪くもだ。
なので、内心ちょっとびくびくしていた。
しかし、その日はあいにくの雨。
「雨になってしまいましたね」
「……そう、だね」
不思議なのは、それからだった。
車に乗って移動中は、雨。
歩きだすと、晴れ。また車に戻ると、雨。
本社に戻る途中のいまは、晴れの雨。
「なんか、変な天気ですね」
「そうね」
「……あ! 僕が晴れ男だから、ちょうど良く晴れになるのかも! ……なんちゃって」
「そっか」
先輩は、口数が少ない。でも、僕はめげないで会話する。
「先輩は、晴れと雨なら、どちらが好き、とかありますか?」
「…………」
あれ、なんか地雷踏んだか?
なんて、ちょっと焦っていたら。
「あまり、晴れになったためしがない」
「はい?」
運転しながら、先輩は応える。
「……その、……」
信号で止まり、先輩はこちらを向いた。
「たぶんわたしは、雨女なの」
「…………へ」
ちょっと顔を赤くして。
きゅっと唇をむすんで。
そんな、照れた顔で、先輩はなんでもないようなことを、重大な事実のように、言いにくそうに声を小さくして、そう呟いた。
どうしよう。可愛い。
この先輩の可愛いを、ちょっと独占してみたくなった。
「……なら、二人だけの秘密、ということにしますか?」
「うん」ではなく、コクりと頷くのが、なんともまた可愛らしい。
信号が青になるとき、外を見た。
空は曇りだった。