月凪あゆむ

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5/8/2024, 1:38:04 AM

初恋の日

 俺は、「恋」を知らない。彼女も、いない。
 ただ、告白をされたことは数知れず。
 両親からの教えで
「人からの好意は大切に受けとること」
のとおりに、いつも
「こんな俺を、好きになってくれてありがとう」
 という感謝を、相手をふる際に言ってたら、何故か「ファンクラブ」なるものができたらしい。
 正直、ちょっと面倒になってきた。
 二面性、というほどまではいかないけれど。……ほんのちょっと「つくってる」自分がいる。
 
 そんなふうにしてきて、現在もう大学2年生。とっくに恋は自由な年頃だと思う。たぶん。
 これが、「拗らせてる」というのかもしれない。もちろん、誰にも打ち明けたことなんて、ない。



 ……また、告白されて、感謝して、ふって、そのままその子はファンクラブの会員になったらしい。
 誰もいない時間の図書館で、つい呟いた。
「なんで、ファンクラブなんてあるんだよ……面倒だな」

「――たぶん、あなたが優しいふり方するから、だと思いますよ」

「……!!」

 彼女は、すぐそこにいた。
 まるで幽霊かのように、白い肌。染めたことなんてなさそうな、真っ黒い髪。
 口元は、本に隠されて見えなかった。二重の目は、まっすぐにこちらを見つめてきて。
 
 ――それが、俺にとっての初恋の日だった。


「……ねえ、あの時あなたは、ファンクラブが面倒だって、言ってなかった?」
「ああ、言ったな」
「なら、今の私の気持ちも、わからないかな!?」
「……わかるけど、それはそれ。これはこれだよ」
「なんて屁理屈……!」

 あの、彼女に図書館で一目惚れした日から。
 俺はファンクラブを解散させ、彼女を追い回している。
 俺の、はじめての恋だ。そんな簡単には、諦めてはやらないよ。

5/7/2024, 1:33:46 AM

明日世界が終わるなら


ある世界の、とある裕福と貧困の混ざった国で。

 ――明日は、この世界の終焉にして、黎明の刻である!

 「裕福」に囲まれた王は、高らかに声をあげる。意味がよく解らない。
 大人たちは、囁く。

「明日、世界が終わるらしい」
「なんで」 
「王が、神の怒りに触れたとか」
「なら、なんであんな演説を」
「とうとう狂ったか」
「死にたくない」
 そこにあるのは、困惑、憎悪、恐怖。


子どもたちも、囁く。

「ねえ、もしほんとに、明日世界が終わるなら。あたしたちはどうなるの?」
「元々、この世界は終わってる。今さらなんともない」
「それに、終わりがあるなら、始まりもあるでしょ。終焉と黎明って、そういう意味なんだって」
「へえ。物知りだね!」
「この世界、良くなるのかな」
 そこにあるのは、諦めと、少しの期待。
 
 案外、大人よりも子供たちの方が、よほど落ち着いていると言える。


 さて、果たしてそんな彼らが、「終焉」という名の世界の終わりと、「黎明」という名の国の始まりに立ち合ったときには、どんな感情が生まれるのか。

 答えは、神すらも知らない。
 それが、人の世というものだ。

5/6/2024, 12:59:13 AM

君と出逢って

 ――もって、3日の命。

 私たちの、初めての赤ちゃん。
 小さな、あまりにも小さな赤ちゃん。
 ごめんね。
 言われていたのに。
「お腹の赤ちゃんのためにも、あまり動き過ぎないように」
 
 でも、ね。
 君に、喜んでほしくて、パパはいろんなおもちゃを買った。
 おばあちゃんも、沢山洋服を縫った。
 私も、なんて名前がいいのかなって、沢山のそういうサイトを見た。
 お店で子ども服を見て、つい買おうとしては、「気が早い」なんて言われたこともある。でも、けっきょく買ったんだよ。

 そうして、みんな。
 君に会えるのを。
 元気に泣く声を、楽しみにしていたの。
 なのに、ごめんね。泣くどころじゃなかったね。
 君は、予定よりもだいぶ早くに産まれてしまった。

 あの、ね。
 私たちは、もうとっくに「出逢って」るんだよね。
 君の命が、私のお腹に宿ったその時に。
 だから。
「君に出逢えて、よかった。みんな思ってるよ。だから、頑張って生きてほしいの」
 ポツリと、涙とともに言葉を落とす。


 ――そうして。
「もって、3日の命」と宣告された君は、もう3歳になる。

 体が未発達で産まれたために、「普通に」はできないこともあるって、聞いたし、実際そうだった。それには、ちょっと、いや。それなりに落ち込んだ。きっと私のせいだよねって。
 
 そんな日々で、子育てで大変なことも嬉しいことも、毎日しみじみと感じている。

 ――頑張ってくれて、ありがとう。
 これからも、一緒にがんばろうね。

5/4/2024, 10:09:09 PM

耳を澄ますと

 うちの旦那は、喧嘩早い。とてつもなくだ。
 今日も、日課のジョギングに行ったかと思っていたら。


「ああ!? なんだとコラァ!!」

 ほら、また。
 ほんのちょっと、耳を澄ますだけでもそんな怒号が聞こえてくる。
 だから、仕方ない。

「ちょっとあんた! なにをまた、喧嘩ふっかけてんのよ!」


 きっと、「今日」が何の日なのか、覚えていないだろう。
 私らの、結婚記念日。
 なんで、こんなのと結婚したのかと、かつての自分に問いたい。

 夜になろうが、喧嘩早い夫は、いついかなるときでも、油断は大敵。もう、「耳を澄ます」のにもとうに慣れた。
 
「すぅー……はぁー……すぅー……」
「? あんた、今度はなにをやらかしたの?」
「!?」
 もう、息でなにか伝えようとしてるのがわかる。
 何故かちょっと、もじもじと出てきた夫は。

「……その、今日は。……結婚記念日、だろ?」
「え」

 つい、ポカンとしてしまった。
 そうしている間に、小さな小箱を手渡される。そして視線で、開けてみろ、と。

「……ピアス?」

「その、……似合いそうだなと、思ってよ」
「…………」
 本当に。この旦那は。
「私、ピアスの穴は開けてないんだけど」
「なにぃ!?」
 夫は、動揺を隠せない。なんとも間の抜けたやつだ。

「……これ、イヤリングに変えてもらっておいでよ。そうすれば、つけてあげるから」
「おっ……おう! 頼んでくる!」
 明らかな安堵の表情。

 ……本当に、このひとは。
 どうにも、こういうところが嫌いにはなれない。なんとも言えないおかしな旦那だ。

5/4/2024, 3:23:48 AM

二人だけの秘密

 とある日、不思議なことがあった。

 仕事の上司と二人で、同じ案件を任された。
 上司は少し年上の、頭の切れる先輩だ。そしてバリバリのキャリアウーマン。一方僕は、まだまだ社会人になってから日も浅い。
 よく自己紹介では「晴れ男なんです」なんて、あまり意味のないことをいっては、ひとに笑われている。良くも悪くもだ。
 なので、内心ちょっとびくびくしていた。

 しかし、その日はあいにくの雨。
「雨になってしまいましたね」
「……そう、だね」
 
 不思議なのは、それからだった。
 車に乗って移動中は、雨。
 歩きだすと、晴れ。また車に戻ると、雨。
 本社に戻る途中のいまは、晴れの雨。

「なんか、変な天気ですね」
「そうね」
「……あ! 僕が晴れ男だから、ちょうど良く晴れになるのかも! ……なんちゃって」
「そっか」
 先輩は、口数が少ない。でも、僕はめげないで会話する。 
「先輩は、晴れと雨なら、どちらが好き、とかありますか?」
「…………」
 あれ、なんか地雷踏んだか?
 なんて、ちょっと焦っていたら。

「あまり、晴れになったためしがない」
「はい?」
 運転しながら、先輩は応える。
「……その、……」
 信号で止まり、先輩はこちらを向いた。

「たぶんわたしは、雨女なの」

「…………へ」

 ちょっと顔を赤くして。
 きゅっと唇をむすんで。
 そんな、照れた顔で、先輩はなんでもないようなことを、重大な事実のように、言いにくそうに声を小さくして、そう呟いた。

 どうしよう。可愛い。
 この先輩の可愛いを、ちょっと独占してみたくなった。

「……なら、二人だけの秘密、ということにしますか?」

 「うん」ではなく、コクりと頷くのが、なんともまた可愛らしい。
 信号が青になるとき、外を見た。
 空は曇りだった。

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