時間よ止まれ
──ねえ、吸血鬼って、とっても長生きなんでしょう?
その、永き時の【孤独】から、貴方を引っ張り上げてしまったのは、短命の人間の、わたくし。
ある時、貴方は言った。
「おいて逝かれることが、解りきっているのに。なのに俺はお前を、愛してしまった」
……そう、ね。
確かに、とてつもない嬉しさと、申し訳ない気持ちもある。
そして、こうも言った。
「叶うなら、このまま時間が止まってしまえばいい」
……いいえ。
確かに、貴方を残して死ぬのは本当。少し前なら、同じ気持ちになれた。
でも、わたくしには、貴方に遺してあげられるものがあるの。
──トクン、トクン。
そう。この、わたくしのお腹に居る、一つの命。
わたくしと貴方が、確かにこの世界で生きて、お互いを愛した証。
わたくしは、止まりたくはない。
この先の、きっと【この子】の居る、3人で手を繋ぐ時間を、切望するわ。
そしてこの子も、いつかママかパパになっていくの。
そうしたら、貴方はおじいちゃんよ。ふふ、気が早過ぎるわね。
この先、願わくば。
貴方とわたくしの血を受け継ぐ子どもたちが、たくさんの【幸福】を、貴方に与えてくれんことを。
わたくしは天国で、ゆったり待っていると思うから、どうか焦らないでくださいね。
──ふふ、それまでは地上にて。
貴方の苦悩も、この子の葛藤も、まるごと愛していくわ。
理想のあなた
「ねえ先生! 先生はどうして、先生になったの?」
そんな、1年生の子の疑問に、ちょっと考えてから、ちゃんと答えることにした。
「先生はね、昔、勉強が大嫌いだったんですよ」
「? 勉強嫌いなのに、なんで先生になろうと思ったの?」
「それはね──」
その当時、先生は勉強も運動も苦手だったんだ……。いや、今も苦手かな。
でも、先生の先生が一生懸命になって、色んなことを考えて、教えてくれたんだ。
例えば、逆上がり。
例えば、速く走る練習。
例えば、計算の仕方。
その先生がいなかったら、もっと悪い子になってたかもしれないね。
その先生には、とっても「ありがとう」って伝えたい気持ちなんだ。
でもね。
夏休みが終わったら、その先生はいなくなってたんだ。
……先生に教えてもらったことを、どうしたら御返しできるのかなって。
それをずーっと、思っていた時にね。
友達にこう言われた。
「教えるの、上手だね」
それで、思いついたんだ。
「先生みたいになりたい」って。
その子に言われなかったら、先生になりたいなんて、思ってもいなかったと思う。
先生の、先生はまさに「なりたい自分」だったからね。
今でも、頭が上がらないんですよね。
「その友達って、どんなひとー?」
待ってました、その質問!
「今の先生の、奥さんです。ほら、おそろいの指輪」
「えー! 男の人にもゆびわがあるの!?」
驚いた子に、「そうだよー」なんて言って、にっこり笑った。
まあ、「先生」の成り立ち話もだし、嫁さん自慢話でも、ありますね。
突然の別れ
私には幽霊の幼なじみがいる。
いっつもなんてことのない会話して、笑える相手。
ちょっと口が悪くて、平気でひとの心を読んでくる、失礼な幽霊。
でも、彼には何度も、何度も命を救われたし、きっと彼がそばにいるなら、何処に居ても安心できる。
けど、分かってたつもり。
「幽霊」は、いつ成仏してもおかしくないことを。
そして、その日はきた。唐突に。
──なあ。あのさ。
「なあに?」
──アンタ、オレがなんで幽霊なのか、言ったっけ?
「……そういえば、聞いてないわね」
──今から言うこと、聞いてくれるか。
「……? わかった」
オレにはさ、「人」として生まれたときから幼なじみがいたんだ。
泣き虫で、でも高飛車なとこもあるくせに。妙に物怖じしない。なんだかんだ肝の据わった奴が。
……ずっと、言えなかったんだ。あいつに、オレからの気持ちを。
言えないでいたからなのか。ある日不幸があった。
──それは、事故だった。
でも、意図的な事故だ。
「神様」ってやつが、それを仕組んだんだ。
オレ、未練がましく足掻いたんだ。
そして、人の体を捨てる代わりに、あいつの生まれ変わりの魂を教えられた。
「え、ちょっとまって。まさかそれが……」
──そう。その相手はアンタだ。
そう言われても、頭が追いつけない。
ただ一つ。
「あなたが私を守ってくれていたのは、あなたの幼なじみの魂ってこと…………?」
言葉にして、なんだか悲しくなる。
悲しい、苦しい、寂しい。胸が痛くなる。
……だから、私はあなたにこんなにも安心して、身をまかせていられたの?
それは、私ではなくて、私の前世の気持ち?
私の、この気持ちは……。
──ちょい、ひとの話は最後まで聞けや。
けど、生まれ変わりと思えないくらい、アンタはアンタだ。
あんまり泣かないし、高飛車だが労る気持ちを持ってる。
オレが近づくと、顔が赤くなるわ、心臓の音は速くなるわでさ。すぐ挙動不審になる。
確かにオレは、あいつが好きだった。それがどんな情かは、はっきりと出来ずに終わったけど。
でも今、オレが心に浮かぶのは、アンタなんだ。
赤くなるのを可愛いと思うし、ぎゅうっと抱きしめたくなる。
おかしいだろう?
生身の頃より、感情が溢れるんだ。
──オレは、アンタが好きだ。
その言葉を、まるで合図とでもいうかのように。
彼が光に包まれる。
「え……。なんで……?」
──お。未練がなくなったから、かね。オレの魂も終いみたいだ。
「………………」
──じゃあな。アンタはきっと、いい女になる。ちゃんと、好きなやつをつくれよ? 幸せに、なれよ?
「──馬鹿言わないで!」
実体のない身体に、必死に抱きついた。
「あなた、全然なにも私への説明、できてないわ! 私の気持ちも、言葉にしてない!」
──それは……。
「もっと未練持ってよ! 全然解らないわ!なんでこんな、突然の別れをしなくちゃならないのよ!?」
泣きながら、むちゃくちゃなことを言ってるような気がする。
「──私は、あなたしか好きになれないんだから!!」
ぎゅうっと、しがみついてから、気づいた。
光が、弱くなってる……?
──……うそ、だろ。こんな……。
光が消える代わりに、ひとりの影ができた。
「よくも、留めてくれたな」
初めて、彼の「音」ではなく人の「声」を聞いた。
それを、奇跡と言わずして、なんと呼ぼうか。
「アンタ、ちゃんと責任とれよ?」
まだ、頭が追いつけない彼女に、彼は言う。
「──幽霊だったオレを、人間に堕としたんだ。よほどの愛を、くれるよな?」
なに、それ。
とてつもない。まるで殺し文句みたいな言葉と表情で、彼は言ってきた。
「オレは、選んだんだ。「あいつ」でなく「アンタ」を。だから、アンタも選べ。「幽霊」から堕ちた、「オレ」を」
「──いいわ。受けて立とうじゃない、その屁理屈な愛。受け止めるられるのはきっと私くらいだもの!」
こうして、とある奇跡が起きたのだった。
「愛があれば何でもできる?」と同じ登場人物のお話です。
恋物語
「恋、したいなー」
彼女は頬を膨らませながら、そんなことを言ってきた。
「なに、急に」
少し前に、恋を馬鹿にしていた人間が、何をいきなり。
「恋なんて、自分は一生縁がない、なんて言ってた奴の言葉とは思えないんだけど」
その時の彼女も、よく覚えている。
「いやー、最近読んだ物がさ、終盤に恋のシーンがあって」
いいなー、と言いながら、猫のように伸びをする。
「なるほど。影響受けやすいもんな、お前は」
「……ちょっと、バカにしてる?」
「いいや、全然?」
「なんで疑問形?」
あはは、と笑いながら、シェアハウスの庭にでてみる。
すると。
「……あ、今日は月がよく見えるぞ」
「そうなの?」
彼女が隣に来て、共に月を見上げる。
「お、ホントだ。キレイによく見えるね」
彼女の横顔を盗み見ながら、思う。
──お前のほうが、綺麗だよ。
「…………。まだ、言えないなあ」
「ん? どうかした?」
──お前に恋してる男は、すぐそばにいるんだけどなあ。
自分の臆病さを痛感しながら、満月を見上げていたのだった。
真夜中
──また、新月の真夜中になったら、会いにくるよ。
そんな言葉を残し、彼は窓から飛び降りた。今も真夜中なので、下を覗いても真っ暗だ。
そこから、真夜中の逢瀬は始まった。
どうして「真夜中」なのか、理由を聞いたことがない。
しかし、彼女には予想がついている。
だから。
「実は俺、吸血鬼なんだ」
「……うん。なんとなく、そんな気はしてたの」
「……え?」
だって、彼女にとっては問題ではない。
何故なら。
「言っていなかったけどね。私、天使のハーフなの」
「……………。え」
そうなのだ。
しかし、彼女にとっては問題でなくとも。
彼にとっては、天敵が逢瀬の相手。
月もでない、真っ暗の夜。
その時だけは、お互い魔力を消すことが出来るのだ。
にっこりと笑みを向けると、彼は。
「て、天使? ハーフ? そんなの聞いてないよ!?」
秘密を共有できたというのに、彼の態度があからさまに変わった。
そして。なんとそのまま、逃げるように飛び降りて行ってしまった。
「──また、振られたね」
眷属の猫とともに、ため息を一つ。
「あーあ。どこかにいないかなあ。天使のハーフを愛してくれる、男」
こうして、彼女の真夜中の逢瀬は、一旦幕を閉じた。
まあ、またすぐに開くことではあろうが。