月凪あゆむ

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4/8/2023, 3:37:04 AM

沈む夕日

 一人、海に向かう。
 夕日が、そろそろ沈む頃だ。
 カモメか? なにかが鳴いている。

 妻は、海が好きだった。
 私も妻の元へいこう。


 それしか考えず、歩いて、歩いて。
 ちょうど半分海に飲まれたあたり。

「──パパ!!」

 溺れそうになりながら、小さな体が張り付いてきた。
 ふと、我にかえる。
 それは娘だった。
 カモメではなく、娘の叫び声だった。
 泣いているのは、私と妻の、たったひとりの娘だった。
 小さな手で、一生懸命私にしがみついている。

 ぶるぶると震えながら、私を死の海から取り戻さんと叫び、泣いていた。


 ──ああ、私は馬鹿だ。大馬鹿だ。

 妻の遺した。いや。
 私は、この子を遺して、妻のもとへ逝こうなんて。
 なんてことをしようとしていたんだろう。
「──悪かった。家に帰って、風呂に入って。それからご飯にしよう」
 娘の手を、握った。

 ずぶ濡れの娘と、同じくずぶ濡れの自分の手を繋ぎ、家路へと道を歩いた。
 ──もう、大丈夫だ。

4/5/2023, 10:42:03 PM

星空の下で

「……約束、したもんね」
 どこか悲しげな笑みとともに、少女は呟く。
「ごめんね。でも、ありがとう」
 少年は、生気のない顔色で、しかし満足げに言葉を紡ぐ。


 ──この世界からサヨナラのときは、星空の下がいい。

 それは、二人が出逢ったときに交した約束。
 その時すぐ、死への道を進もうとした少年に、少女は言ったのだ。

 ──いつか満点の星空の下、貴方にとっての最高のサヨナラをしよう。
 

 本当は、もっと生きてほしかった。
 しかし、世界は無情だ。

 少年が、ゆっくりと眼を閉じる。
 そのまま彼は、世界で一番満足な「死」を迎えた。
 
 少女の涙は。
 星空だけが、見ていたのだった。
 

4/4/2023, 12:16:47 PM

それでいい


 なあ、どうしてなんだろう。

「なんで、あんたが泣くんだよ」
そう言いながら、俺は彼女の涙を拭う。
「だって! ……あんなに馬鹿にされてんのよ! あなたこそ、なんでそんなに平然としていられるの!?」
 まあ、こちらの落ち度でなくて、逆恨みみたいなもんだ。自分はなにもしていない。
 つまり、ただの濡れ衣だ。それ以外の何ものでもない。
 しかし俺はいかんせん、感情が出にくい。
「あんたが、そこまで泣くことか?」
「悪い!?」

 どうしてなんだろう。
 彼女の泣く姿を見ていると、それだけでもう、充分に思える。
 俺とは正反対の、とても、涙脆い小娘。

 だから、なぜだか。
「……あんたは、それでいいよ」
 ふと、怒られると思うのに、笑みがこぼれる。
 俺の分まで、あんたは泣いてくれる。
 そしてきっと、それを見て、その涙に触れて、俺は救われる。

 今は、それで充分だ。

4/3/2023, 11:06:37 PM

1つだけ


「あの世へ逝く前に、1つだけ願いを叶えて差し上げましょう」
 そう言い、黒い髪の、白い翼を持つ彼は、笑った。
 この部屋にしか居場所のない、友もいない私は、願った。
「──なら、私と遊んで?」
「……は?」
 彼は心底驚いたような顔をした、気がする。まあ、そうだろう。
「だって私、足がないでしょう? だから、この部屋からほとんど出たことがないの。誰かと遊んだことも、記憶にないんだもの」
「…………」
 たぶん、こういうのを「絶句している」と表現するのだろう、たぶん。分からないけど。
 ……ところで、このひとは誰だろう?

 とても長い間のあと、彼は言った。
「それは、僕にも分からないんだ」
「え?」
「僕は天使と悪魔の間の子、つまり禁忌の子だ。だから、誰かと遊んだこともない」
 天使と悪魔。禁忌。
イマイチよく分からないけど。このひとは、自分と似ている、ということ?
 だったら。

「あなたの名前、おしえて?」
「は?」
「こんなに長く、誰かと話したのはずいぶん久しぶりなの。だからもう、私は満足してるから。あなたの名前は、『あの世』でも忘れないから」
 本心を言い、心からの笑みを浮かべた。なのに。
「…………」
 あ、また絶句された?

「……僕は」
 また、長い間のあとに、彼は言った。
「名乗るべき名前は、僕には与えられていない」
 なら。
「だったら、一緒につくりましょう。あなたの名前を。──これが、私の願い」
 そう言うと、彼はなんだか変な笑い方をした。こう、顔をクシャっと歪めて。

「どうして、そんなに優しいの」

 だって、こんなにたくさんの顔を見せてくれたのはあなたが初めてだから。
 悲しい顔より、笑った顔を見てから、サヨナラしたいじゃない。


 そうして、創った彼の名を抱えて、私は眠りについた。
 不思議なふしぎな、彼の名は──。

3/30/2023, 3:42:33 AM

ハッピーエンド

 あごに髭を生やした男は問う。
「なあ、役聞いたか?」
 それに、白髪混じりの髪の、小太りの男は頷いた。
「おう。なんでも、俺らは盗賊役して、王子様に成敗されなけりゃならないらしいな」
「ったくよぅ。いっつも俺らみたいな中年は、なんでこうも悪役やらにゃあいけねえんだよ」
二人とも、大きなため息をしながら、ガクッと肩を落とした。
「まあ、次はもっといい役だといいな」

かたや、別のところでは。
「あ、ここ。盗賊から逃げるのに、走るシーンがあるわ」
 きらびやかやドレスを纏った姫役の少女と、お付きの侍女役の少女。
「よく見て。ここ、演出で転ばないといけないって書かれてるわ」
「いいわよねえ王子は。成敗するだけで」
 その会話に、不服げな王子役の青年が割り込む。
「むしろ、僕はそこしかやる事ないっていうのは、つまらないんだけど」
「え、姫とのロマンスは?」
「僕は、せっかくなら剣と魔法を扱いたいよ。こう、ババーンと! 今は恋愛の気分じゃないのになあ」
「自分勝手! ……って言いたいけど、分かるかも」
「ドレスにヒールで走るなんて、絶対靴擦れしそうよね」


「まあ、それがみんなの好きな、紆余曲折ありの、ハッピーエンドなんだよね」

 ハッピーエンドも、楽じゃない。

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