沈む夕日
一人、海に向かう。
夕日が、そろそろ沈む頃だ。
カモメか? なにかが鳴いている。
妻は、海が好きだった。
私も妻の元へいこう。
それしか考えず、歩いて、歩いて。
ちょうど半分海に飲まれたあたり。
「──パパ!!」
溺れそうになりながら、小さな体が張り付いてきた。
ふと、我にかえる。
それは娘だった。
カモメではなく、娘の叫び声だった。
泣いているのは、私と妻の、たったひとりの娘だった。
小さな手で、一生懸命私にしがみついている。
ぶるぶると震えながら、私を死の海から取り戻さんと叫び、泣いていた。
──ああ、私は馬鹿だ。大馬鹿だ。
妻の遺した。いや。
私は、この子を遺して、妻のもとへ逝こうなんて。
なんてことをしようとしていたんだろう。
「──悪かった。家に帰って、風呂に入って。それからご飯にしよう」
娘の手を、握った。
ずぶ濡れの娘と、同じくずぶ濡れの自分の手を繋ぎ、家路へと道を歩いた。
──もう、大丈夫だ。
4/8/2023, 3:37:04 AM