13 みかん
「食べるか?」
ほら、と同時に投げられたそれを俺はあたふたと捕らえた。
きゅっとしまりの良いつるつるとした感触のそれは紅が濃いミカンだ。
「……急に投げるのやめてください、師匠」
ふてぶてしい俺の態度に、フン!と鼻で笑うこの方は千年以上を生きる、聖獣の魔女アリヴィス様。孤児だった俺を五十二年ほど世話をする育ての親のようであり、師弟関係でもある。
先生と俺は、人間ではない。
「俺、師匠が選ぶミカンは苦手です。いつも甘酸っぱいじゃないですか。やっぱり糖度の高いミカ……」
「はっ! 子供だねぇ」
言葉を遮られたのと子供扱いにむすっとむくれ顔になった俺に、ニヤリと意地悪く微笑めば、
「敷かれたレールに乗り続ければその子は将来安泰だろう。だけど、それに逆らい別のレールに飛びこんで冒険する子もいる。そういう子は失敗作のレッテルを貼られるんだ。でもそれは本当に失敗作なのか?ってね」
「……わかりません」
「貸しな」
そう言って俺の手からミカンを取った。
そして、優しく包み込むようにミカンを揉んだ。
「ほら、食べてみな」
「…………! 甘くなった、ような気がしないでもない、です」
「そこは『甘い!』だろう」
ぷっと吹き出す師匠は、愛おしそうに熟れたミカンを見つめて、
「この子はどちらにでもなれる、優秀じゃないか。経験を積んだ子はやっぱりストーリーが違うわ〜」
「…………」
酸っぱさが減ったミカンは確かに甘味が増していた。
もとから糖度が高いミカンなら、この引き立つ甘味というものに気付くことはなかっただろう。
酸っぱいから、より甘味が引き立つのだと思う。
失敗作も悪くないなと、ひとりごちる。
12 冬休み
「聞こえるように言わないと、わからないだろう?」
涙目で見上げる少女に、口の端を吊り上げていじわるく微笑む男が。
覆いかぶさるように少女の上に跨がる男は、耳朶を食み、首筋、鎖骨へと舌を這わる。
やがて、大きく膨らんだ無防備な乳房にたどり着き。その柔さを舌で確かめるように、何度も角度を変え、執拗に愛撫される。
そして男の舌はそのまま頂へと登っていく。柔らかな唇に、強く吸い上げられては、軽く歯を当て……執拗に攻められたそれは赤く熟れ尖った。同時に下腹部がゾクゾクと震えるような熱くなる感覚がわき起こる。
「あー、もう入れて欲しくなった?」
「…………っ!」
くつくつと笑う男に訊かれて、頬を上気させた少女はぎゅっと目を瞑り黙ってうつむいたままだ。
「あー、だめ、だめ。何が欲しいのか、君の可愛いお口から言わないとね」
男の言葉に、少女の頬はさらに赤みが増す。
そして――。
開いた窓から涼しい風が肌を撫でる。
茜色に染まり始めた空の下では、軽やかに土を蹴る音、ボールを打つ音、部活動に励む部員の歓声が聞こえてくる。
「課題、終わりました」
「おい、何日だと思ってんだ。提出の期限はとっくに過ぎてる」
「仕方ないじゃないですか。私の課題は冬休み全てを費やして仕上げた課題です」
「……? 【毎日の性行為で妊娠する確率はどれくらいなのか?自分史】……はあ?」
「あ、すみません。結果はまだ出てないので未完成になりますね」
「…………」
「…………」
「……ボツッ!」
整った綺麗な指でむにっと頬を摘まれて、いじわるな笑みを少女に溢した。
「今日も俺ん家に来いよ」
11 手ぶくろ
道の片隅に落ちてる手ぶくろを発見した。
薔薇模様が刺繍された白い手袋は、身に着ける貴婦人に気高い品位と自信を与えていたことがわかる。だが、しかし、長いあいだ雨風にさらされ続けたのだろう、かつてのその面影はなかった。
酷く汚れて横たわるその姿はどこか寂し気に見える。今もこの場所で主人を待ち続けているのだろうか。悲しみと憂いを帯びているように見えるのは、気のせいだろうか。
「ヨシヨシヨシヨシヨシーーッ!」
男が雄叫びをあげて、ぼろぼろになったその布切れを拾いあげた。
「魔法の手袋ゲットオオ!!」
手にしたぼろ切れを掲げるこの男は、世界を救う勇者、と名乗っている。
街の防具屋で売られていた魔法の手袋は、庶民の六ヶ月分の給料に匹敵するようなもので、とても普通の人が手を出せるものではない。
なので、こうして道端で防具をかき集めているわけだが……。
「あー……でもこれ片方しかないなー」
勇者業を始めて十四年――。
まだ、旅立つ前の話しである。
10 変わらないものはない
私の腕に抱かれている〝彼女〟はとても綺麗だ。
青色の薔薇で髪留めされたウェディングベールから透けて見える顔色は死人のよう。眼窩は落ちてしまって深く窪んでしまっているけど、そこがまた愛らしい。
栗色の〝高級糸〟を使い、刺繍で施された純白のドレスは脚が露わだ。
肌の皮膚は乾いてしまって骨の上に張り付いている。ずいぶんと細くなってしまったわ。ガリガリのゾンビみたいでこれがまた、愛おしくてたまらない。
ああ。無条件に、本能的に、服従してしまう。
彼女に口付けし、ぴちゃぴちゃと唾液を垂らして舐め取る。時には軽く歯を立てて、彼女の反応を引き出す。
ぱっと見ると彼女は何も語らない無機物で反応がないように感じるかもしれないけど、私にはわかる。彼女の呼吸が徐々に荒くなり、上気した顔を隠すようにうつむくのだ。
露わになった彼女の脚に手を置き、すっとドレスの中に滑らせた。目的の場所にたどり着いた私は、夢中になって彼女の秘部を弄った。
造られたものは常に変化し消滅していく。
すべてのものは、ずっと同じままではないんだって。
いつか私たちの関係も――。
9 クリスマスの過ごし方
なにも特別な日ではない。
今日もただただ平凡な日常に感謝する。
カーテンの隙間から月明かりに照らされたソファーにふんぞり返っているのは、癖毛のある黒髪の青年。
どこか世の中を斜めに見ているような印象を与える切れ長の目は、雪のように白い、二つの小さな膨らみに釘付けになっていた。しかし、その肌には皮膚を強く吸うことでできる赤いアザが。
「なんだよ。『付け足りない』とか言うんじゃないだろうな?」
その青年の上でしなだれているのは、可憐な少女だ。
少女は着ている服のボタンを外し、前をおもむろに開いてる。
「そう、足りない」
少女は口の端を吊り上げて意地悪く笑う。
だが愛くるしいその顔は天使のようだ。
天使のような少女の手は青年の胸を弄りながら、ゆっくりと下へとずらしていく。
「……ったく、もっとロマンチックに誘えないもんかねぇ?」
そう言うと青年は、少女の後頭部に手を回して、強引に引き寄せた唇を重ねる。
ああ、神様。
明日も明後日もずっとこの先、平凡な日常でありますように。