13 みかん
「食べるか?」
ほら、と同時に投げられたそれを俺はあたふたと捕らえた。
きゅっとしまりの良いつるつるとした感触のそれは紅が濃いミカンだ。
「……急に投げるのやめてください、師匠」
ふてぶてしい俺の態度に、フン!と鼻で笑うこの方は千年以上を生きる、聖獣の魔女アリヴィス様。孤児だった俺を五十二年ほど世話をする育ての親のようであり、師弟関係でもある。
先生と俺は、人間ではない。
「俺、師匠が選ぶミカンは苦手です。いつも甘酸っぱいじゃないですか。やっぱり糖度の高いミカ……」
「はっ! 子供だねぇ」
言葉を遮られたのと子供扱いにむすっとむくれ顔になった俺に、ニヤリと意地悪く微笑めば、
「敷かれたレールに乗り続ければその子は将来安泰だろう。だけど、それに逆らい別のレールに飛びこんで冒険する子もいる。そういう子は失敗作のレッテルを貼られるんだ。でもそれは本当に失敗作なのか?ってね」
「……わかりません」
「貸しな」
そう言って俺の手からミカンを取った。
そして、優しく包み込むようにミカンを揉んだ。
「ほら、食べてみな」
「…………! 甘くなった、ような気がしないでもない、です」
「そこは『甘い!』だろう」
ぷっと吹き出す師匠は、愛おしそうに熟れたミカンを見つめて、
「この子はどちらにでもなれる、優秀じゃないか。経験を積んだ子はやっぱりストーリーが違うわ〜」
「…………」
酸っぱさが減ったミカンは確かに甘味が増していた。
もとから糖度が高いミカンなら、この引き立つ甘味というものに気付くことはなかっただろう。
酸っぱいから、より甘味が引き立つのだと思う。
失敗作も悪くないなと、ひとりごちる。
12/29/2024, 3:11:29 PM