ここは何処だろう
辺りは明るい
空間全体が柔らかな金色に包まれている
暑くも寒くもない
足元を見ると一面の花畑
白い花たちが光を浴びて柔らかな金色に光る
もしかして死んだのか?
そう思い至ったが如何せん記憶が無い
少々困ったが致し方無いので歩くことにした
花畑に寝転がるという選択肢もあった
だが歩かなければならない気がしたので歩くことにした
歩き始めてはみたものの何の変化も無い
歩けども歩けどもずっと明るい空とずっと輝く花畑が続く
どこまで歩くか悩み始めたその時
突然
花畑が途切れた
途切れたという言い方は正しくない
さっきまで見えていた花畑が消えたのだ
歩みを止め振り返るとそこにはちゃんと花畑がある
さて何が起きたのか
何が起ころうとしているのか
しばらくその場に佇んでいると雨が降り出した
柔らかな金色の光を浴びて黄金色に輝く雫が降り注ぐ
すると虹が架かった
丁度足元から空へ吸い込まれるように上へのびる虹の橋
これを渡ったら完全に生が終わる
そう思うと虹の橋を渡ることが躊躇われた
ふと花畑が途切れた先を見るともう1本の虹の橋が見えた
丁度足元から深淵へ吸い込まれるように下へのびる虹の橋
水面も無いのにまるで反射しているかのような2本の橋
何となく下から呼ばれているような気がした
好奇心が勝った
どうせ生が尽きるならと腹を決め下の橋へ歩を進めた
―――死神洞窟ツアー [序]
#69【空が泣く】【花畑】
暗い通路の角を曲がると、視線の先が明るい。次の課に着いたようだ。
足を踏み入れると、ここも色々な形をした蝋燭で埋め尽くされている。ただ、イヌとネコが多い気がする。もしかしてペット課?とつぶやくと、「惜しい。ここは愛玩動物課です」と上から声がした。驚いて声のした方を見ると、黒いローブを纏ったの死神が梯子から降りている最中だった。「驚かせてすみません。うちの備品庫、なぜかロフト式で」そう言いながら梯子を降りきった死神が振り向くと、面はキリンだった。ここの皆さんは動物の面ですか?と訊くと、「そうです。私はキリンですが、他にも色々いますよ。ライオンとかウシとか、フクロウなんかもいます」そう教えてくれた。
「ご案内しましょう」そう言いながら歩き始めた死神について行く。辺りを見回すと、やはりイヌとネコが多い。ただ中にはリクガメやモモンガ、文鳥やコイなどが見え、ペットも多岐に渡るんだな、と感心していると「近頃は愛玩動物も色々いますねぇ」と死神が同じようなことを言うので少し笑った。「昔はほとんどイヌかネコ、魚ならコイか金魚くらいなものでしたけどねぇ」昔とは、一体どれくらい前を指しているのか、この死神はいつからいるのか、そしてはたして死神に寿命はあるのか。そんな考えたちが頭の中に次々と浮かんでは消えた。
突然、目の前のネコの蝋燭が消えた。驚いていると「それは、寿命より前に唐突に命を奪われた時に起こる現象です。」と死神が静かに言う。唐突にということは、事故とか?と訊くと、「そうですね。事故も有り得ます。そして殺害の場合も」息を呑んだ。そうか、殺害は確かに唐突だ。そしてこのことにより、記憶の蓋が開いた。
中学の時の同級生が、卒業の数年後に小動物虐待の容疑で逮捕された。卒業後も、同級生数人で遊びに行ったりオンラインゲームをしたりする仲だった。その逮捕の数時間前、グループLINEに「みんな、こんなオレでゴメン」というメッセージをあげたきり、アイツは俺たちの前からいなくなった。何がアイツをそうしたのか、みんなで話してみたが、結局何も解らなかった。当時、その事件はかなり騒ぎになったが、程無く世間は日々に忙殺され忘れてしまったようだった。斯く言う自分も、記憶に蓋をしていたのだから、同じ穴の狢だ。あれ以降、他の仲間たちと会う機会もなくなってしまった。
「大丈夫ですか?」声をかけられ我に返った。黙って思考を巡らせていたせいで、心配をかけてしまった。大丈夫です、すみません。と答え、また歩を進めた。
消えていくネコの蝋燭を見ながら、ここにある蝋燭の数だけこの世界には命がある、そんな当たり前のことをもう一度噛み締めた。
―――死神洞窟ツアー [愛玩動物課篇]
#68【命が燃え尽きるまで】【君からのLINE】
1日に2回来る、明るいとも暗いともつかないほんのひと時。それに妙に心惹かれている。いやこれはもう完全にお気に入りと言っても過言ではない。
ただ、気に入っているのだが、同時に居心地の悪さも感じる。明るいのか暗いのか解らず戸惑いから抜け出せない。目に映ったものを、脳が上手く処理しきれていないからだと思っている。
似たような感覚を知っている。
恋をした時だ。一目惚れではなく、お互いを知った上での恋でもなく、思ってもいないような形で落ちてしまう恋。自分の気持ちなのに、自分でコントロール出来ないあの感覚。居心地が悪くて、でも嫌いではなくて。理性ではなくて本能がなす技だと思っている。
誰にも言ったことのない私だけの感覚、私だけのお気に入り。
―――私のお気に入り
#67【本気の恋】【夜明け前】
カレンダーをめくると、赤丸がついていた。
"ついていた"と言ったが、つけたのは他でもない私だ。
1年前、私が"私"を失った日の印。
私の1番古い記憶は5歳の時。母が病床から私に話しかけてくれている記憶だ。
「あなたはね、本当は双子だったの」
元来あまり体が丈夫ではなかった母は、妊娠出産は難しいかもしれないと医者から言われていたが、それでもどうしてもと願い、周囲を説得して妊娠に踏み切った。
「エコーで見たのよ。小さい丸いのが2つあったの」
これはその当時のことを、母が私に話してくれた時の記憶だ。
「でもね、その後少しして、1つは消えてしまったの」
病床の母は白くて細くて、今にも消えてしまいそうなほど儚かった。
「悲しくて悲しくて、たくさん泣いたの。でもね、あなたのお父さんが「きっとその子は、キミに負担をかけまいと思って身を引いてくれたんだろう。そしてきっとこの子は、キミに淋しい思いをさせまいと思って生まれてきてくれるんだろう。優しい子たちだね。」って、一緒に泣いてくれたのよ。」
母は目に涙を浮かべながら、笑顔で話していた。
「だから私は、2人のために一生懸命生きようって誓ったの」
私を産んだ後の母の、それまでの病弱さが嘘だったかのようなハツラツとした様子に、周囲の人たちも驚いたらしい。家事も育児もそれはそれは楽しそうにしていたんだよ、と父が後に教えてくれた。
「あなたが日々どんどん成長していくのが嬉しくってね」
しかしそんな日々は長くは続かなかった。その冬に肺炎になってしまったことで、状況が一変した。
母は見る見る内に生気を失い、この頃には床から起き上がることさえ困難になっていた。
「あなたは1人だけど1人じゃないの。忘れないでね。生まれてきてくれて、ありがとう」
それが私が聞いた、母の最後の言葉だった。
しかし私は気付いていた、自分が1人じゃないということに。
頭の中で声が聞こえるのだ。楽しい時には"たのしいね"、悲しい時には"なかないで"。公園から道路に飛び出しかけて"あぶない"と止められたこともある。
自分じゃないもう一人の自分。それが母の最後の話でようやく納得できた。
あれから10年。母はあの後すぐ亡くなった。母を一心に愛した父は再婚もせず、私を男手一つで育ててくれている。
もう一人の自分も変わらずだ。基本的に"おはよう" "いいね" "だめ"などの一言しか発さないが、そのたった一言でも、私にとっては生きる支えになっていた。そうやってこれまで生きてきた。これからもそうやって生きていくつもりだった。なのにここ最近、その声が少なくなってきている。
声が減少し始めたのと同時期に、腹痛が増えたことに気付いた。最初は我慢できていたが、最近は動けなくなるほど痛い。
腹痛のせいで食欲が減り、痩せていく私に気付いた父に連れられ病院へ行くと、医師から、腹部にかなりの大きさの腫瘍があり摘出しなければならない、と告げられた。
私は悟った。"それ"がもう一人の自分だということを。声が少なくなっているということは、終の別れが近いということを。
そして覚悟を決めた。
術後、目が覚めた時の喪失感は、思った以上に私にダメージを与えた。15年一緒にいたもう一人の自分を突然失ってしまったのだ。決めたはずの覚悟は脆くも崩れ去り、私は涙に暮れた。
ボロボロ泣きながら、父に、10年前に母に言われたこと、これまでもう一人の自分と生きてきたことを話した。
「そうだったのか」
父も泣いていた。私の手をそっと握ると
「それで、どうしたい?」
と訊いてきた。思いがけないことを訊かれ戸惑っていると
「これから先、何もなかったように暮らしていくことは可能だろう。でもアナタは、今まで一緒に生きてきて、お別れするのだから、それなりのけじめというか区切りみたいなのが必要じゃないかい?」
確かにそうかもしれない。小さく頷くと
「また一緒に考えよう」
父はやはり優しかった。
退院後、父と一緒に母のお墓参りに行った。
墓石の側面、母の名前の隣に、父と一緒に考えたもう一人の自分の名前を彫ってもらった。
手術の日を没日として、そこを区切りとした。
これから1人で生きていくことが怖いと言うと
「たくさんの出会いがあるよ」
と父は優しく微笑んだ。
―――Vanishing
#66【喪失感】【カレンダー】
我が家の新入りのこの黒い毛玉、たまにあまりにも長い時間同じ姿で眠っているから、生きているのか心配になって必要以上に触ってしまう。
触ると、ンニャ!と短く鳴きながらシッポでピシャリと床をひと叩きして、"かまってくれるな"と意思表示してくる。毎回申し訳ないなと思うけど、確認せずにはいられない。
これじゃまるでアレだ。赤ちゃんが息しているか確認してしまう親と一緒だ。先日会った友人夫婦が言ってたことが大袈裟ではないと、まさかネコで思い知らされるとは夢にも思わなかった。
コイツが我が家に転がり込んで来て半月が経った。最初はネコを飼うつもりはなく里親を探そうかと思ったが、まるでずっとここにいたかのような落ち着きっぷりに、無駄な抵抗はやめた。大家に確認したらありがたいことに「ネコくらいなら良いわよぉ」とユルい許可をもらったので、この黒い毛玉は我が家の一員、オレの相棒となった。
名前をつけなきゃな、と思いアレコレ考えた結果、風の強い日に転がり込んで来たことにちなんで、ハヤテとした。
「おーい、ハヤテ。お前の名前だぞ、ハヤテ。良い名前だろ?」と眠っているネコに声をかけると、またシッポでピシャリとされるかと思いきや、頭を上げこちらを見てきた。そして、黄色い目でこちらを見据えてニャンとひと鳴きした。
あ、理解したんだな、と悟った。
―――よるのゆめこそ [名付け]
#65【胸の鼓動】【世界に一つだけ】