アラームが鳴る
暗闇の中で目を開く
家の中はひっそりと静まり返っている
カーテンを開けると
東の空が白んで来ているのが見える
窓を開ける
蜩の鳴く声が聞こえる
人の気配は無い
この瞬間が大好きだ
人類最後の一人になったかのような
自分の存在すら疑問に感じるような
私の特別なひと時
遠くに新聞配達であろうバイクの走る音が聞こえる
現実に引き戻される
おはよう
広がる濃紺の空に独りごちる
―――夜明け前
#79【私だけ】
「この自転車でどこまでも行ける」
そう思った子ども時代
「この電車でどこまで行こうか」
そう思った青春時代
「あの飛行機でどこかへ行ってしまいたい」
そう思った暗黒の日々
「もしタイムマシンがあったら
あの頃に戻ってもう一度
自転車を力いっぱい漕ぎたい」
そう思った最期の時
―――遠く遠く
#78【遠い日の記憶】
真っ暗な空 真っ暗な海
輝き一つ見えない 煌き一つ見えない
このまま吸い込まれて このまま吸い込まれて
溶けて混ざって一部になりたい
それはどんなに素敵なことだろうかと
目を閉じうっとりと想像に浸る
大いなる宇宙の一部 母なる海の一部
無重力に身を任せ 潮の流れに身を任せ
星を横目にただ揺蕩う 魚を横目にただ揺蕩う
どこまでも自分一人
宇宙の秘密を 海の神秘を
探し当てようとも 目の当たりにしようとも
どこまでも自分一人
誰もいない
誰も知らない
そっと目を開く
そこは地上
見上げれば 見渡せば
さっきと何も変わらない さっきと何も変わらない
真っ暗な空 真っ暗な海
私は何とも溶け合うことなくここに居る
ここに居る
―――溶ける
#77【空を見上げて心に浮かんだこと】
『目が覚めると』
其処は真っ白な世界だった
前を向いても
左右に首を振っても
後ろを振り返っても
天を仰いでも
地に視線を落としても
何処までも
只々真っ白な世界
色があるのは自分だけ
次々と疑問が浮かぶ
此処は何処で
自分は誰で
今が何時で
何故自分だけ色があるのか
何故この世界は白いのか
頭の中はフル回転だが
不思議と焦りはない
その内に
ついに考えることに疲れてきて
真っ白な地に体をそっと横たえた
仰向けになり手を天へ向けて上げてみる
自分の手の色が無くなっていっていることに気付く
まるで周りの白さに溶け込もうとしているかのように
何故色が無くなるのか
自分が全て白くなったら
体はどうなるのか
意識はどうなるのか
何故この世界は白いのか
白とは何か
四肢が白くなり
横たえた胴体も白くなり始めた
これ以上見ていても仕方ないと
瞼を閉じようとしたが
瞼はピクリとも動かなかった
この白い世界の一部になろうとしていることを肌で感じた
いよいよ最期の時が来たその時
何処からともなく声が聞こえた
"ようこそ"
―――真っ白と私と
#76【目が覚めると】
別れは突然やってきた。
ずっと一緒にいられないことは、頭では解っていた。でも、こうも突然その日が来ると、やっぱり動揺せずにはいられない。
俺の不注意のせいだ。
相棒に広い空間を、と思い、新居(と言っても築ウン十年の古い一軒家だが)に引っ越して3ヶ月。帰宅して窓が開いていることに気付いた時は血の気が引いた。うっかり窓の鍵を締め忘れたのだ。相棒のハヤテは器用な奴で、窓を開けるのなんて朝飯前だ。だから充分に注意していたつもりだったのに!
近所に張り紙をしたり、知り合いに当ってみたりしたが、一向に情報は得られず。「ネコは家につく」なんて言われてるから、もしかして前のアパートに帰ってるかもしれない、と思い何度も通ったが、それも空振りだった。
ハヤテがいなくなってから1週間。家に帰って玄関を開けても、物音ひとつしない部屋。物が減ったわけでもないのに、がらんとして寒々しくさえ感じてしまう。
明日も明後日もこれからもずっとこんな日が続くなんて、俺には耐えられそうにない。
これからどうやって生きて行けば良いんだ!
独り部屋の中でそう叫ぶと、外からチリンと聞き覚えのある音がした。慌てて窓を開けると、そこには相棒のハヤテと…白い仔猫?
ハヤテがンニャンと言いながらスルリと家の中に入って来る。部屋の中から外に向けて、ニャと短く鳴くと白い仔猫が入ってきた。
「お前、誰が新入りを入れて良いって言った?」帰って来たことが嬉しくて、涙目になりながらそう言うと、こちらをしっかり見据えて、ニャンと鳴いた。このひと鳴きで、この白い仔猫がこの家族の仲間入りしたことが確定した。
おかえり、おかえり。明日も明後日もこれからもずっと、ここにいてくれるならそれで良い。
新入りがおずおずとこちらに寄ってくる。「よろしくな」と言いながら、そっと人差し指を出してみた。
―――よるのゆめこそ [帰宅]
#75【別れ際に】【静寂に包まれた部屋】【きっと明日も】