傾月(神楽屋)

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8/13/2025, 9:54:14 AM

真夏の太陽は容赦なく照りつけ、のろのろとした足取りで坂を上る私の肌をジリジリと灼く。
大きく息を吐き、足を止め、坂を見上げる。
かなり上ってきたつもりだったが、坂の上まではまだ距離がある。
まだあんなに上らなきゃいけないのかとうんざりする。
道の両側の木々から聞こえるセミの声が、アスファルトから立つ陽炎が、耳から目から暑さを増幅させるようで、私はますますうんざりする。
それでも今日だけは行かなければならない。
そんな使命感にも似た思いに突き動かされて、一歩ずつ歩を進める。
もう少し、あともう少し。
今年も会いに行く。
最期にした約束 "毎年必ず会いに行く" を守るため。

―――墓参り

                  #81【真夏の記憶】

8/12/2025, 1:07:17 AM

不意に太腿がひやりとした
食べていたアイスが溶け落ちたのだ
慌てて持っていたアイスの下側に齧りつく
扇風機とアイスの相性は悪い

前の住人が残していったと思しき扇風機は
風量調節や高さ調節もできない
首振りの機能すら付いていない
ただ風をまっすぐ前へ送るだけの単純な構造
今時見ないレトロな型で最早遺物レベル
エアコンのないこの古いアパートの一室に越してきて数年
そんな扇風機に毎夏自分の命を預けている

だが今年の夏は例年にも増して暑い

暑さに比例して着ている物の布の面積が小さくなっていき
今ではタンクトップと短パンだけ
これより暑くなったらどうするかなと
暑さで回らない頭でぼんやりと考えながら
ひと時の涼を求めて冷凍庫からアイスを取り出す
ストックしておくつもりで買ったアイスが
冷凍庫に入れたそばから消えていく
如何せんこの茹だるような暑さには敵わない

それにしても
何故扇風機の風を浴びるとアイスが早く溶けるのか
気になってスマホで調べてみる

"アイスの表面には静止した冷たい空気の層があるが
扇風機の風によってその層が薄くなり
空気の熱が伝わりやすくなるため早く溶ける"

ということらしい
画面を眺めつつなるほどと納得していると
また太腿がひやりとした
自分の迂闊さに苦笑いしながら
残りのアイスを食べきる
扇風機が生温い風を送っている

やはり扇風機とアイスの相性は悪い


―――扇風機とアイス

            #80【こぼれたアイスクリーム】

7/19/2024, 12:56:33 AM

アラームが鳴る

暗闇の中で目を開く

家の中はひっそりと静まり返っている

カーテンを開けると

東の空が白んで来ているのが見える

窓を開ける

蜩の鳴く声が聞こえる

人の気配は無い

この瞬間が大好きだ

人類最後の一人になったかのような

自分の存在すら疑問に感じるような

私の特別なひと時


遠くに新聞配達であろうバイクの走る音が聞こえる

現実に引き戻される

おはよう

広がる濃紺の空に独りごちる


―――夜明け前

                    #79【私だけ】

7/18/2024, 9:41:24 AM

「この自転車でどこまでも行ける」

 そう思った子ども時代

「この電車でどこまで行こうか」

 そう思った青春時代

「あの飛行機でどこかへ行ってしまいたい」

 そう思った暗黒の日々


「もしタイムマシンがあったら
 あの頃に戻ってもう一度
 自転車を力いっぱい漕ぎたい」


 そう思った最期の時


―――遠く遠く

                 #78【遠い日の記憶】

7/16/2024, 7:01:04 PM

真っ暗な空                真っ暗な海

輝き一つ見えない          煌き一つ見えない

このまま吸い込まれて      このまま吸い込まれて

      溶けて混ざって一部になりたい

     それはどんなに素敵なことだろうかと

      目を閉じうっとりと想像に浸る

大いなる宇宙の一部          母なる海の一部

無重力に身を任せ         潮の流れに身を任せ

星を横目にただ揺蕩う      魚を横目にただ揺蕩う

         どこまでも自分一人

宇宙の秘密を               海の神秘を

探し当てようとも       目の当たりにしようとも

         どこまでも自分一人


           誰もいない

          誰も知らない



          そっと目を開く

           そこは地上

見上げれば                 見渡せば

さっきと何も変わらない    さっきと何も変わらない

真っ暗な空                真っ暗な海

     私は何とも溶け合うことなくここに居る


           ここに居る

―――溶ける


         #77【空を見上げて心に浮かんだこと】

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