傾月

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7/12/2023, 11:56:51 PM

私には、夫に伝えていない秘密がある。
お付き合いしている頃から、今日打ち明けようか明日打ち明けようかと思い悩んでいる内に、とうとう秘密は秘密のまま、結婚までしてしまった。
仲間たちに相談しても、何故さっさと言ってしまわなかった、覚悟を決めて一刻も早く言うべき、今ならまだ傷は浅い、などと至極真っ当はなことを言ってくる。まぁ、どう考えても私が悪いのだが。
愛する人と少しでも長く一緒にいたかった、単なる私の我儘。

しかしある日突然、最も恐れていた事態になってしまった。帰還命令が出たのだ。これは命令だ、こちらに拒否権は無い。仲間たちは皆、次々に出発しているようだった。とうとうこの時が来てしまった…、覚悟を決めて夫のいる部屋へ行く。
ノックをして入ると、何もない机に向かったまま身動きひとつしない夫が見えた。呼びかけると初めてこちらに気付いた様子。お茶でも淹れましょうか?と聞くと、大きくひと呼吸して「話がある」と言った。そう、と笑顔で返す。私もお話があるの。
キッチンでお茶を淹れ、2人並んでソファー座る。ひと口飲んだ後、夫が口を開き「キミに黙っていたことがある。」と切り出した。「実はボク、この星の人間じゃないんだ。」驚いて夫の方に向いた私の目は、さぞかし大きく見開かれていたに違いない。夫は申し訳無さそうに「すまない、もっと早くに言うべきだったのに、どうしても言えなくかった。」「キミを失いたくなかったんだ…」と続けた。戸惑いを隠しながら、じゃあ貴方はどこの人なの?と尋ねると「××星…」と言う。私の大きく見開かれた目は見る見る内に涙で一杯になった。悲しいからではない、嬉しいからだ。泣き笑いで夫に、私も、と言う。目を見開くのは夫の番となった。

青い星を出て白い星を目指す。2人、手を取り合いながら。


―――トップシークレット


                #9【これまでずっと】

7/11/2023, 7:57:53 PM

暗がりの中、スマホの画面がパッと光る。明日に備え布団の中でうつらうつらしていたワタシは、その光と振動で気付き枕元のスマホを手に取った。
「HAPPY BIRTHDAY!私の可愛い子!」
母親からのLINE。毎年必ず0時きっかりに送ってくる。毎年毎年、0時を待ち構えているのだろうか。暇というか、母の愛は偉大というか。

それにしても0時きっかりとは妙な話だ。何故ならワタシは0時きっかりに生まれたわけではないから。確か、明け方だったはず。何故生まれた時間ではなく、その日になった瞬間に祝うのか。
誕生日に関して言えば、日本はずっと"数え"で歳を重ねていたが、昭和25年に施行された法律で"満年齢"で歳を重ねることになった。つまり"年が明けた瞬間"ではなく"生まれた日"を誕生日としたのだ。
このことから考えるに、"生まれた時間"ではなく0時に祝ってくれる母はつまり"数え時間"で祝っている、ということになる!

…何を意気揚々と考え上げているんだ?と不意に我に返った。あまりのくだらない内容に我ながら笑えてくる。
さっさと眠ろう、明日(いや、正確には今日)は朝早い。誕生日は家族で過ごす、という我が家のルールに則って、弾丸日帰り帰省だ。
そうだ、たまには祝われるだけじゃなくて、感謝を伝えてみようかな。


―――ワタシの誕生日 [娘]


                  #8【1通のLINE】

7/10/2023, 4:51:48 PM

おかしいな。確かベッドで寝ていたはず。いや、リビングのソファーで寝てしまったんだっけ…。どちらにせよ、自宅にいたはずだ。

ここは…どこだ?

暗くて何も見えないが 、自宅ではない、何故かそう感じる。目が覚めてからどれくらい時間が過ぎたのだろうか、いつまで経っても思うように動かない体に困惑と焦りが生じる。一体いつまでこんな状態が続くのか…。

不意に、体が軽くなり何かを通り抜けるような感覚に包まれた。次の瞬間、辺りが突然明るくなりその眩しさに思わず目を閉じる。
しばらくして少しずつ目を開いてみると、そこは見知らぬ部屋だった。辺りを見回すと、白い壁とたくさんの椅子。そしてその向こうに一段と明るく照らされている所があることに気付く。
たくさんの花とその花々に囲まれた1枚の写真。その写真にはぎこちない笑顔を浮かべた…オレ…。

ようやく合点がいった。そうか、オレは死んだのか。

・・・・・

Vちゃん、オレあんまり良い客じゃなかったね、ゴメン。カッコつけてないで、もう1杯くらい付き合えば良かったな。

Q、一緒に仕事してた頃が懐かしいよ。いつも駆け足なオレをそっとフォローしてくれて、本当に仕事が出来る奴っていうのはお前みたいな奴のことを言うんだよ。

L、奥さん大事にしろよ。次の遠出はお前がこっちに来てからな。でもまだ来るなよ。オレはいつまでも気長に待っててやるから、色々全うしてから来い。

さて…と。未練たらしいのは好きじゃないから、オレはもう行く。みんな、どうか元気で。


―――続・X氏告別式にて


                 #7【目が覚めると】

7/9/2023, 3:56:26 PM

太陽が東から昇り 西へ沈むこと
月が満ち欠けを繰り返すこと
北極星が同じ場所で輝き続けていること

季節が移ろうこと
夏は暑さが厳しく 冬は寒さが厳しいこと
春は桜が美しく 秋は紅葉が美しいこと

天気も日々変化すること
雲が刻々と形を変えていくこと
雷は音が聞こえるよりも先に 光が見えること

山があり 谷があること
川が上流から下流へ流れること
海の潮が満ち引きすること


全ての生き物が 生を繋ぐため営みを続けていること
全ての生き物の生が いつか必ず終わりを告げること
自分もその一部だということ

―――いわずもがな


                 #6【私の当たり前】


7/8/2023, 5:12:53 PM

「父さん!めちゃくちゃキレイだね!」

今にも駆け出してしまいそうな息子の左手をしっかり握りしめながら、その弾む声に返事をする。
父親として面目が立っただろうか。

先日、不可抗力とは言え約束を破ってしまったお詫びとして、今日は息子と2人でキャンプに来ている。
いつもと違う、少し遠い所にある穴場のキャンプ場。山も川もあり、いろいろと体験するには良い環境だ。
到着が思ったより遅くなってしまったので、テント設営、魚釣り、焚き火の準備、食事までを、日のある間に一気にやりきった。妻が用意してくれていた握り飯の美味かったこと。今頃、下の子と一緒に何してるかな…。

家に思いを馳せながら食後の片付けをしている内に、1日の疲れがどっと出たのか、気付いたら息子が椅子に腰掛けたままうたた寝をしている。
少しだけ寝かせておこうかと思ったが、今日のメインイベントがまだ残っている。そっと揺すって起こす。行こう。

「父さん!キレイだね!灯りがこんなにいっぱい!」

本当に来て良かった。息子とこんなに長い時間2人だけで過ごしたのはいつ以来だったか。

「こんなに楽しいなら、父さん、たまには約束破っても良いよ!」

眼下に広がる街の灯りを望みながら、思いがけない発言に苦笑する。名誉挽回とはまだ言えないようだ。

テントに戻るまでの道すがら、いろいろなことを話した。今日のこと、学校のこと、友だちのこと、家のこと。子どもは子どもなりに、いろいろ感じ取ったり一生懸命考えたりしているんだなと感心する。はて、自分がこれくらいの年齢の頃はどうだったろうか…。

テントに戻った途端、電池が切れたかのように眠りについた息子を横目に見ながら、明日のプランを確認する。明日は龍見学ツアーか。
息子の隣に寝転びながらさっき見た夜景を思い出す。あの灯りの中に、きっと自分たちと同じような "人の親子" がいるに違いない。その親子も自分たちのように幸せな時間を過ごせていたら良いな、などと取り留めのないことを考えている内に眠り落ちていった。


―――続・信頼と実績 [鬼の親子]


                  #5【街の明かり】

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