「それなら、もう別れちゃえば?」
ウィンカーが役目を終えて車が曲がり切った先で、彼女はそう言った。彼女のなんでも簡単に言ってのける癖はいつも突拍子がない。
「え〜そんな簡単じゃないんだよ〜」
相手は私の反応がわかっていたかのように笑う。そして、優しくブレーキを踏んだ。
「ほら、愚痴るのにいつもそう言う。そう言うと思った」
夜のドライブに誘い出したのは私で、車を出してくれたのは彼女だ。私の涙の理由は聞かないけれど、いつもより優しい声質が答えだった。
「じゃあせめてこっちから連絡するのはやめなよ。全部あんたからじゃん、相手何様なの」
「うぅ〜、わかった…連絡しないように頑張る」
「それ明日にはあんたから連絡してるよ」
「なんでそんなこと言うの!」
私が癇癪を起こせば、彼女は乾いた声で笑った。
彼女の顔はライトを浴びて、赤と緑を繰り返している。
「好きでも別れるのがいい女だよ」
ぼそっとかけられた言葉は思いの外重くて、私は目を泳がすのに必死だった。
/涙の理由
喫茶店で苦手なコーヒーを注文した。
嫌なことがあった時、甘いものよりも苦いものを口に入れなさい。そうしたら、自分に起きたことが少しだけ苦くないように感じるから。
叔母のその言葉をまんまと信じて成人した私は、今日コーヒーを頼んだ。
コーヒーより苦くない。私の人生、このコーヒーよりかは、苦くない。
急に叔母を呼び出したが、叔母は今向かうね、と連絡をくれる。
嗚呼めぐまれている。うんと恵まれている。叔母にはどこから、何から、どうやって話そうか。そればかりを考える。
心がズキズキと壊れる音がする。コーヒーが冷めないうちに、私はどう話すかを整理する。
紙に書き出した文字たちはまるで私のように生き急いでいた。
/コーヒーが冷めないうちに
まさかあいつの誕生日まで、半袖でいるとは思わなかった。微かに香る秋の匂いが街を秋色に染めているのに、それでもまだ日差しが刺すような強さを持っていた。
今年も同じ病院で生まれた幼馴染のそいつに連絡を入れる。
“誕生日おめでとう”たったそれだけだ。上には一年前に送った全く同じ文が陳列している。
既読がつかないメッセージはあいつが居ないのを可視化させているようで、悔しい。
一緒に生まれて育ったのに、俺はもうお前より3つも歳上になっちゃったよ。
/秋色 , 既読がつかないメッセージ
あなたと想いが通じ合った時、まるで靴紐だと思ったの。靴紐のはじとはじが結ばれあって、ひとつになるような。まるでそんな感覚だったのよ。
綺麗な蝶々結びではなかったのかもしれない。確かに歪だったかも。けれども、一度もほどけることは無かったのよね。半世紀間結ばれていた靴紐は硬くなってもう二度とほどけることはないと思いたいわ。
笑いながら、口を滑らす。微笑んでいるのに、涙が出るのは人生で初めてだった。最初で最後だろうなと思った。人生を連れ添った伴侶はもう長くなさそうだ。管に繋がれた私の愛する人は、それでも私の伴侶を全うするために、必死に手を上に上げて私の頭をポンと撫でる。もう青春なんて、とうの昔に終わったのに今も新鮮に恋をしている。私たちは必死に生きていた。
/靴紐
「僕が勇者にしてあげるから」
彼はそう言った。僕は首を横に振った。もう一緒に冒険は行かないよ。
「一番高い武器買ってあげる。ずっと酒場にいていいし、宿では一番いいベッドでねていい、だからお願い」
様々な条件が僕の前に現れる。それでもぼくは首を横に振った。
「もう決めたんだ。ごめんね」
彼の治癒力は素晴らしいものだと知っている。
仲間になりたいと思った。仲間になって魔物を倒して、世界を救いたいと思った。この人とならできると思った。それでも、僕は勇者になれなかった。
仲間になりたくて、でも仲間になれなくて、僕はこの足で村を出た。泣きたい気分だった。
もっと君にホイミしてもらいたかったよ。もっも君の呪文を聞きたかったよ。
でもね、君といると、勇者になれなかった自分の存在価値を考えてしまうんだ。君に劣る僕を、僕は見てられないんだよ。ごめんね、自分勝手で。君なら魔物を倒せるよ、凡人の僕だけどそれだけは祈らせてよ。
/仲間になれなくて