玉ねぎを切っていると安心する。トントンと規則正しくまな板に包丁をぶつけながら、私は安心していた。
あまりにも希死念慮を感じると、玉ねぎを切りたくなる。昼も夜も、死にたくなる時がある。私にはもう光がない。消えない灯りが心のどこにもない。どこを探しても見当たらない。だからもう、死ぬしかないのだ。
私は玉ねぎを切っていると、安心する。涙が溢れてしまっても、玉ねぎを切っているのだから仕方ないと、自分のことを諦められるから。
/消えない灯り
小さい頃は漠然と、完璧になると思っていた。嫌な事はしっかりと嫌と言えて、ダメな事は言葉を選びながら部下に注意できるような、完璧な大人になれると信じていた。というか、大人って存在が完璧だと思ってた。
けれど、一年また一年と年を重ねる度に、心が変わっていない事に気付いていく。ただただ皮膚だけが細胞分裂を繰り返して体だけがデカくなる。
完璧を夢見て生きていたけれど、心も脳みそも体も完璧には程遠い。私が大人になるために落とした夢の破片を、後生大事に小さな頃の私が拾い集めてくる。
私が諦めた夢を、小さい私が何度も訴えてくる。
うるさいよ、私はもう、大人になったんだよ。
夢は、諦めないといけない時がくるんだよ。
/夢の破片
か弱く揺れている。ゆらゆらと揺らめく薄っぺらい炎をじっと眺める。こうやって曖昧で儚い炎は僕の記憶によく似ている。
靄がかかっているような、ひどく眩しいような、あまりクリアではないけれど、一生消える事なく灯し続ける。暗闇にそっと寄り添うような記憶のランタンを右手に掴んで、僕は未知の世界に飛び込んだ。
/記憶のランタン
シンとした部屋は静かなのに煩かった。あの人の笑い声だけが、まだ耳の奥に残っている。その笑い声が頭の中で鳴り響いて、頭痛がする。
何をすれば、間に合った?どんな声をかければ、居なくならなかった?
答えの見出せない自問自答は、僕を簡単に奈落の底に陥れてくれる。
少し寒くなるこの今という時期は毎年寂しくて、生きていることが痛くなる。息を吸うのすら、痛かった。
/寂しくて、
また冬支度をする時期になってしまった。
もう誰のぬくもりも思い出せないまま季節だけがぐるぐると回るから、あんなに季節が大好きだったのに今はもう怖くて堪らない。
手袋の中の指先が、やけに冷たい。
何を守りたかったのかも、今の自分にはもう分からない。
それでも息は白く、まだここにある。私はそれでも泣きながら、生きるために冬支度をしなくちゃいけなかった。
/冬支度