「僕が勇者にしてあげるから」
彼はそう言った。僕は首を横に振った。もう一緒に冒険は行かないよ。
「一番高い武器買ってあげる。ずっと酒場にいていいし、宿では一番いいベッドでねていい、だからお願い」
様々な条件が僕の前に現れる。それでもぼくは首を横に振った。
「もう決めたんだ。ごめんね」
彼の治癒力は素晴らしいものだと知っている。
仲間になりたいと思った。仲間になって魔物を倒して、世界を救いたいと思った。この人とならできると思った。それでも、僕は勇者になれなかった。
仲間になりたくて、でも仲間になれなくて、僕はこの足で村を出た。泣きたい気分だった。
もっと君にホイミしてもらいたかったよ。もっも君の呪文を聞きたかったよ。
でもね、君といると、勇者になれなかった自分の存在価値を考えてしまうんだ。君に劣る僕を、僕は見てられないんだよ。ごめんね、自分勝手で。君なら魔物を倒せるよ、凡人の僕だけどそれだけは祈らせてよ。
/仲間になれなくて
おれ鈍感だからさ、いつもそう言って自衛する。そう言っておけば、直接言ってもらえるから。誰かを期待させなくて済むから。
だから、あなたの“たすけて”の信号に気付けたことが奇跡だった。
ドクドクと波打つ心臓を、相手に差し伸べる不安定な手のひらを、どこから話を聞くべきかの喉の詰まりを、俺は知らないのだ。経験がないのだ。
こそばゆい声を出すあなたを守りたい。鈍感であっても、おれは守りたいのだ。抱きしめた身体は弱くて儚いと思った。あなたの為に、俺は強く居たいとおもうよ
/信号
「じゃあふたりで行きます?」
突拍子のないふたりという単語にドキッとしたのは自分だけで、その声の主は何気ないような口調だった。分かりやすく自分だけが動揺している。相手にはこの空気を知られるわけにはいかなかった。
「そうしようか、」
極限に普通を極めた声。何事にも動揺しないような俺の声。それは今日は暑いな、だとかコンビニ行く?だとか、まるでそんな声質だ。
「分かりました!じゃあ、8がつ31にち、ごご5じに新宿駅で!」
見えない耳が立って見えない尻尾をブンブン振るような健気な後輩の待ち合わせ文言に頷いた。まるで全て平仮名のような舌足らずに感じる話し方も、茶髪がかったふわふわな髪の毛も、自分のものには到底ならないと分かっているから、俺は曖昧に笑って誤魔化す他なかった。
夏が終わろうとする。どれだけ夕陽が伸びても、俺はまた何も言えなかった。
/ふたり, 8月31日、午後5時
この人は、王子様だ。まるで私は救われた姫だった。
優しく撫でられたその手を覚えておきたいと思った。私が顔の分からない彼に近づく、唯一の手がかりは撫でてくれた手の体温だ。
私はこの時の胸のときめきをきっと忘れない。そしてまた彼を見つけて私は大きな声で言うんだ。
「あなたを追いかけて来ました!」と。
/きっと忘れない
君が見ていた水平線を、僕も眺めたいと思った。それだけだったのに。そのために、ここに来たのに。
今日の空はあの日のように真っ赤で落ち着かない。
不意に僕は、最後の最期まで君が見た景色を見たくなった。どうしようもなかった。焦燥する影が優しい判断をさせてはくれない。そうしてその身を海に放った。
ほんの少しだけ、君に近づけたようでうれしかった。
/君が見た景色