まさかあいつの誕生日まで、半袖でいるとは思わなかった。微かに香る秋の匂いが街を秋色に染めているのに、それでもまだ日差しが刺すような強さを持っていた。
今年も同じ病院で生まれた幼馴染のそいつに連絡を入れる。
“誕生日おめでとう”たったそれだけだ。上には一年前に送った全く同じ文が陳列している。
既読がつかないメッセージはあいつが居ないのを可視化させているようで、悔しい。
一緒に生まれて育ったのに、俺はもうお前より3つも歳上になっちゃったよ。
/秋色 , 既読がつかないメッセージ
あなたと想いが通じ合った時、まるで靴紐だと思ったの。靴紐のはじとはじが結ばれあって、ひとつになるような。まるでそんな感覚だったのよ。
綺麗な蝶々結びではなかったのかもしれない。確かに歪だったかも。けれども、一度もほどけることは無かったのよね。半世紀間結ばれていた靴紐は硬くなってもう二度とほどけることはないと思いたいわ。
笑いながら、口を滑らす。微笑んでいるのに、涙が出るのは人生で初めてだった。最初で最後だろうなと思った。人生を連れ添った伴侶はもう長くなさそうだ。管に繋がれた私の愛する人は、それでも私の伴侶を全うするために、必死に手を上に上げて私の頭をポンと撫でる。もう青春なんて、とうの昔に終わったのに今も新鮮に恋をしている。私たちは必死に生きていた。
/靴紐
「僕が勇者にしてあげるから」
彼はそう言った。僕は首を横に振った。もう一緒に冒険は行かないよ。
「一番高い武器買ってあげる。ずっと酒場にいていいし、宿では一番いいベッドでねていい、だからお願い」
様々な条件が僕の前に現れる。それでもぼくは首を横に振った。
「もう決めたんだ。ごめんね」
彼の治癒力は素晴らしいものだと知っている。
仲間になりたいと思った。仲間になって魔物を倒して、世界を救いたいと思った。この人とならできると思った。それでも、僕は勇者になれなかった。
仲間になりたくて、でも仲間になれなくて、僕はこの足で村を出た。泣きたい気分だった。
もっと君にホイミしてもらいたかったよ。もっも君の呪文を聞きたかったよ。
でもね、君といると、勇者になれなかった自分の存在価値を考えてしまうんだ。君に劣る僕を、僕は見てられないんだよ。ごめんね、自分勝手で。君なら魔物を倒せるよ、凡人の僕だけどそれだけは祈らせてよ。
/仲間になれなくて
おれ鈍感だからさ、いつもそう言って自衛する。そう言っておけば、直接言ってもらえるから。誰かを期待させなくて済むから。
だから、あなたの“たすけて”の信号に気付けたことが奇跡だった。
ドクドクと波打つ心臓を、相手に差し伸べる不安定な手のひらを、どこから話を聞くべきかの喉の詰まりを、俺は知らないのだ。経験がないのだ。
こそばゆい声を出すあなたを守りたい。鈍感であっても、おれは守りたいのだ。抱きしめた身体は弱くて儚いと思った。あなたの為に、俺は強く居たいとおもうよ
/信号
「じゃあふたりで行きます?」
突拍子のないふたりという単語にドキッとしたのは自分だけで、その声の主は何気ないような口調だった。分かりやすく自分だけが動揺している。相手にはこの空気を知られるわけにはいかなかった。
「そうしようか、」
極限に普通を極めた声。何事にも動揺しないような俺の声。それは今日は暑いな、だとかコンビニ行く?だとか、まるでそんな声質だ。
「分かりました!じゃあ、8がつ31にち、ごご5じに新宿駅で!」
見えない耳が立って見えない尻尾をブンブン振るような健気な後輩の待ち合わせ文言に頷いた。まるで全て平仮名のような舌足らずに感じる話し方も、茶髪がかったふわふわな髪の毛も、自分のものには到底ならないと分かっているから、俺は曖昧に笑って誤魔化す他なかった。
夏が終わろうとする。どれだけ夕陽が伸びても、俺はまた何も言えなかった。
/ふたり, 8月31日、午後5時