長い箸は掴むのが難しい。僕は、初めて人の骨を持ち上げた。少し前まで身長を競って、足の速さを競って、スマブラを競っていた相手の骨を持ち上げた。僕より少しだけ背の高かった隣の家の一個差のお兄ちゃんは今はもう誰かの両手に収まるくらいの大きさになってしまっている。
泣き崩れたおばちゃんの顔はぐしゃぐしゃで僕は胸が痛くなった。
母さんが僕の肩を掴む。日本は人間を燃やして骨にするらしい。
空はこんなにも青い。兄ちゃんは煙なって空になる。やがて雲になって、雨になって僕たちの皮膚に染み込むんだって、母さんが教えてくれた。
「それで、兄ちゃんは明日帰ってくるの?」
僕の何気ない問いかけに、今度は母が崩れ落ちた。僕が言った言葉はそんなに悪い言葉だったのかなぁ。
僕はなんにも、わからなかった。
/空はこんなにも
この日々に終わりが来る時、私はこれを思い出すのだろうな、とあの時の自分は漠然と思った。
校長に認められなかった非公式のボードゲームサークル。あの日々は、間違いなく真っ白な私たちの思い出を彩る絵の具になったのだ。
オレンジがあっという間に藍色の空を作るとき
吹奏楽部の練習の音
一発逆転で勝ち確した友達のカードの出し方
心理戦で目が合って吹いた時点で犯人がわかる瞬間
口元を隠し続けたマスク
全員登校が許されなかった広く見える教室
部活の大会が全て休止になった私たちが最後にはまった遊び
どこにも行かないでくれと思った。もうこれ以上奪わないでくれと思った。
私たちの高校生活はきっと、私たちより歳上のあなた方より、歳下のあの子たちより、短かった。
あの時しか味わえない遊び方で、あの時しか味わえない生活リズム。もう二度と味わいたくないあの宣言。
大人から見たら異常と呼ばれた、私の青春の時間。
一つも失いたくない、私たちだけの大切な記憶。
/どこにも行かないで
夢の中の先輩は、自分に怒ってばっかりで眉間に皺を寄せている。寝起きの冷や汗も動悸も、全部この人のせいで間違いない。
俺にだけ分かりやすく不機嫌で、俺の誕生日だけ張り切って準備してくれて、俺の私生活まで口出しして、俺をずっと見てくれている分かりづらい不器用な先輩に、いつか言ってやるのだ。
「あなたを追ってあなたを超えます。」
君の背中を追って、なんてまだ言えた口では当然ない。けれども、あなたが与えてくれた愛と情熱を俺は絶対に無駄にしない。
/君の背中を追って
「私の事は雨だったって思って。そうしたら良い思い出も全部流れて消えるでしょ?」
いつだって災難を呼ぶ彼女は、そう言ってパタリと連絡をしなくなった。そんな別れ方をしたから、むしろ雨が降るたび彼女を思い出してしまう。
雨の香り、涙の跡、彼女のまつ毛、僕のつま先。その全てがひとつも忘れられずに重なってゆく。ひとつも流れずに消えずに、僕の心をチクチクと刺激する。
雨が降る。君のことを考える。君は僕を忘れてゆく。
/雨の香り、涙の跡
満員電車に乗っていると、自分が真人間に見えて安心する。
仕事に向かう自分は、他の誰とも変わらない。誰も私を変な人だと感じてないその環境に胸が安らぐのだ。
糸が切れた操り人形は、今日も真人間のフリをする。
そこに、正解も間違いもひとつもない。ひとつだってない。
/糸