かたいなか

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9/3/2025, 6:13:31 AM

最近、ページを「更新する」ことの方が、
「めくる」ことより多くなった物書きです。
「巻き戻すって、なに?」のように、いつかページをめくる行為も、意味を後輩・子供に聞かれる日が来るのかもしれませんね。
と、いうハナシは置いといて、さっそく今回のおはなしのはじまり、はじまり。

最近最近の都内某所、某不思議な稲荷神社に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
その内のお父さん狐は、都内の病院の漢方医。
人間に化けて、都内在住の人間だの人外だの、あるいは別世界からの渡航者だのに、
漢方を処方したり、診察室でこっそりハーブティーと偽って、狐の薬をくれてやったりしました。

ところでその日は、別の世界から来たカフェインジャンキー、もとい、カフェインダイスキーが、
カフェイン依存症の治療のために、お父さん狐の診療室を受診予定。

『受付番号55番の方、受付番号55番の方。
診察室5番へどうぞ』
お父さん狐はアナウンスをかけて、カルテデータを用意して、患者さんを待ちました。
別世界出身の患者さんは、世界線管理局という厨二ファンタジー組織の法務部に所属しており、
ビジネスネームを、ツバメといいました。
「こんにちはツバメさん。調子はどうですか」

ここからが今回のお題回収。
というのもお父さん狐、このカフェインドランカーもとい管理局のツバメに、
いつカフェインを飲んだか、どれだけのカフェインを摂取したかのカフェイン日記を、
紙媒体、アナログで、付けてもらっておりまして。

「さあ、ツバメさん。
先月分のカフェイン日記を、見せてください」

「あー……すいません、実は、忘れてきまして」
「ほう。忘れてきた」
「職場の机に置いてきました」
「なるほど置いてきた」
「今のところ、離脱症状は」

「稲荷狐をナメてはいけませんよツバメさん」
「え?」

パラパラ、ぱらぱら。
漢方医のお父さん狐、ツバメが「忘れてきた」と自己申告した日記帳の、ページをめくる、めくる。
「どうやって持ってきたんです、先生!?」
「稲荷の秘術です」
パラパラ、ぱらぱら。
ツバメに「コーヒーをガブ飲みしたいなら、カフェインレスやデカフェで」と何度も言っておったお父さん狐、日記帳のページをめくる、めくる。

「一部、飲んだのに記載していないコーヒーが存在しますね。ツバメさん」
静かな声してお父さん狐、ツバメに言いました。
「稲荷狐にウソをつくとどうなるか、
稲荷狐に立てた誓いを破るとどうなるか、
身をもって、知りたいですか、ツバメさん?」

あ。詰んだ。
ページをめくるお父さん狐の、静か過ぎる声を聞いて、カフェイン教徒もといカフェインダイスキーのツバメは観念しました。
そうでした。ツバメが受診しておるのは、医療従事者である以前に、タタリが恐ろしい、狐でした。

稲荷狐は何でも知っています。
稲荷狐は怒ると怖いのです。
稲荷狐の前で立てた誓いを破ると、怖いのです。

「すいませんでした」
ツバメは秒で、謝罪しました。
「私の心が弱かったのです」
なにも、言い訳をしませんでした。
ただ自分の非だけを認めました。
「今後二度と、未記載はしません。
ありのまま、飲んだままを、デカフェもハイカフェインも、すべて、記入します」

「そうですか。分かりました」
ページをめくる作業をやめたお父さん狐は、ツバメの真剣な謝罪を、一度は受け取ることにして、
そして、ツバメを一度だけ、許しました。
「これから一緒に、また、頑張っていきましょう」

それからツバメとお父さん狐は、
数分くらい話をして、
お父さん狐が「カフェイン断ちのお守り」と称してモフモフ狐のぬいぐるみをツバメに贈って、
それで、ツバメの診察は終わりました。

『受付番号58番の方、受付番号58番の方。
診察室5番までお越しください』

カフェイン断ちの日記帳の、ページをめくる漢方医コンコンのおはなしでした。
カフェイン断ちしかり、酒断ちしかり、アナログの日記帳に記録をつけて、時々ページをめくるのは、
実は意外と、効果があるとか、個人差とか。
以下略、以下略。おしまい。

9/2/2025, 9:47:44 AM

私、永遠の後輩こと高葉井には、アテビさん、アーちゃんっていう今年からの友人が居るんだけど、
実はそのアーちゃん、東京に来て初めて買ったっていう黄色の小さな一輪挿しを、
今年の4月、真っ二つに割ってしまった。

すっッごく大事なものだったらしくて、
私が知人のカップリング信者仲間の金継ぎ師(アマチュア)を紹介したら、
ふたつ返事で、「会わせてください」って。
小さくても金継ぎだから、1万以上かかった。

アーちゃんの一輪挿しは、4月、ツルカプ信者仲間に託されて、当初の完成予定は7〜8月。
実際、私のスマホに修理完了のメッセが届いたのは、夏の終わり付近、先月の20日頃。
『都合の良い日に取りにきてくれ』
とのことだった。

すっかり忘れてたけど今9月だよね
(諸事情あって以下略)
まだ暑いけど、そろそろ、秋だよね
(アーちゃんも諸事情で略)

夏の忘れ物を探しに、というか受け取りに、
アーちゃんに声をかけて、一緒に行ってきた。

「ホントに、ありがとうございます」
互いの多忙で2週間くらい、忘れられてた忘れ物を、二人して取りに行く間、アーちゃんは何度も私にお礼して、ドキドキしてるみたいだった。
「どんな仕上がりになってるんだろう。
ああ、怖いけど、楽しみだけど、こわい……」

修理完了記念で一緒にスイーツでも、ってアーちゃんを誘ったけど、
なんでも、アーちゃんの方の諸事情が、まだ終わってないらしい。「聴取がある」って言ってた。
何の聴取かは分からないけど、一輪挿しを受け取ったら、その足でテキトーに箱菓子買って、戻らなきゃならないらしい。

聴取に箱菓子ってそれ聴取よりインタビューでは
(しらぬ)

さぁ、夏の忘れ物を探しに、受け取りにいこう。
アーちゃんの一輪挿しを、見に行こう。

「おお!高葉井氏、アテビ氏、待ちかねた所存」
ツル信者仲間の同志のアトリエに行くと、向こうは私にすぐ気付いて、出迎えてくれた。
「ご依頼頂いた品は、どこに保管しておったか。んんん、小生、一生というか1年くらいの不覚」
同志さんは、完成品を入れた桐箱が整然と並んだ棚をずらぁーっと見渡して、
アーちゃんの一輪挿しを――私とアーちゃんの「夏の忘れ物」を、探してくれた。
「あった!これである。

さぁ、アテビ氏。仕上がりを確かめてくだされ」

同志さんが桐箱から、黄色い一輪挿しを出す。
アーちゃんが真っ二つにしてしまった黄色の一輪挿しは、キレイに直ってた。
縦に割れた一輪挿しのヒビを、金継ぎの技術でもって若木に見立てて、
その若木から蒔絵の技術で、ひとひら、ひとひら。
桜の花と桜吹雪を描いた蒔絵が飾ってる。
薄黄色の背景と合わせて、とても明るく、とても春らしい美しさが、そこにあった。

「わぁ……」
アーちゃんは、しばらくの間、一輪挿しに触れないでいた。ただ、周囲の空気だけ触ってた。
「直った、きれい、ああ、あぁ……
ありがとうございます、ありがとうございます」
最終的に感極まっちゃったらしい。
アーちゃんは静かに涙を数粒、落とした。

「もてない、持てません」
「持たないと持って帰れないよアーちゃん」
「だって、私が持ったら、また落としちゃう」
「大丈夫だって」

「うぅぅ、うえぇぇ。ありがとうございます……」
「はいはい」

何度も何度も、同志さんと私にお辞儀して、
同志さんからサービスに、桐箱の中にドチャクソいっぱい緩衝材を入れてもらって、
アーちゃんは、金継ぎ修理の支払いを済ませた。
「良かった。本当に、頼んで良かった、です」
このご恩は必ず返します。
アーちゃんはそう言って、「聴取」がどうってハナシもあって、足早に帰ってった。

結局聴取が何なのか、私にはサッパリだけど、
後日アーちゃんから聞いた後日談によれば、金継ぎで直してもらった一輪挿しは、
その後ゼッタイ落とさないように、落としても割れないように、下にマットを敷いたり一輪挿しを置く場所を変えたりして、毎日、見てるらしかった。

9/1/2025, 9:16:36 AM

今回のお題が配信されて、「この日この自国、何か大事な出来事でもあったっけ」と、ネットをドチャクソに探し回った物書きです。
最高気温、事件、地震発生履歴にスポーツ、
色々かき回した結果、「熱中症の患者が急増するのは、午後5時を起点に前後1時間」という情報をニュースでゲット。
水分補給と日陰の確保に気をつけたいものです。

と、いうハナシは置いといて、今回のおはなしのはじまり、はじまり。 いろんな場所の8月31日、午後5時のおはなしです。


まず最初の午後5時は、都内某所、某稲荷神社の敷地内にある、宿坊兼神職さんの自宅。
中では本物の稲荷狐の一家の末っ子が、子狐にはちょっと大きめのリュックサックに、
参拝者さんの実家で作ったという特製さつまいもチップスを詰めておりました。

「よいしょ。よいしょ」
末っ子子狐は一生懸命、リュックにチップスの袋を1個2個、押し込みます。
「よいしょ。よいしょ」
狐は肉食寄りの雑食性で、甘い野菜が大好き!
野生化では特にトウモロコシを好みますが、稲荷のコンコン子狐、さつまいもの甘さを、よくよく学習しておるのでした。
「よし!入った!」

どうやらこの稲荷子狐、大好きな絶品チップスを、食いしん坊仲間の人間とシェアしたい様子。
器用にリュックを背負いまして、とってって、ちってって。出かけてゆきました。
丁度8月31日、午後5時のことでした。


次の午後5時のおはなしは「ここ」ではないどこか。「世界線管理局」なる厨二ふぁんたじー組織。
法務部執行課のオフィスでの出来事。
お客さんはいわゆる「敵対組織」の元構成員で、
これから聴取を受けるところ。
お客さんはビジネスネームをアテビといいました。

「えっとねぇ、ミルクティーとぉ、クッキーと、
コンちゃん特製のお餅もどーぞ」
聴取にあたって、なぜか法務部ではなく、収蔵部の可愛らしい女性局員が絶賛対応中。
「さつまいもチップスも到着予定だよ〜」
さぁさぁ、どうぞ。
女性局員はアテビのティーカップに、タパパトポポ、丁度良い温度のミルクティーを注ぎました。

困惑気味なのが聴取予定の法務部職員です。
だって「聴取」です。「接待」じゃないのです。
なのにお茶は出てくるし、良い香りのフレグランスが香炉から広がってくるし、お菓子もたくさん。
しかも、さつまいもチップス??

「おい。何の真似だ」
法務部さん、収蔵部さんに聞きました。
「聴取の妨害でもするつもりか?」

「だってー、アーちゃん、怖がってるもん」
法務部にもお茶を注いで、収蔵部さんが答えます。
「アーちゃんは、あたしの一応、お友達なんだから。手荒な真似したら許さないよー」

大丈夫だからねアーちゃん。
アーちゃんのことは、あたしが守ったげるぅ。
収蔵部さんはそう言うと、にっこり、笑います。
だいたい8月31日、午後5時を過ぎた頃でした。


最後の午後5時のおはなしも、管理局の中。
最初のおはなしに登場した子狐が、とてててて、ちてててて、管理局の廊下を歩いています。

「おねーちゃん、おねーちゃん、どこ」
コンコン子狐、食いしん坊仲間の人間を探して、とてててて、ちてててて。
子狐の盟友は収蔵部職員なのですが、
何故か今日に限って、その収蔵部オフィスにも、その局員が担当している収蔵庫にも、
その局員の親友がコタツに刺さっている経理部にも、どちらにも、居ないのです。

あら不思議。

「おかしいなぁ。おかしいなぁ」
子狐は心細くなって、その心細さをまぎらわせたくて、ポリポリ、ぽりぽり。
リュックを開けて、1枚2枚、さつまいもチップスを食べて落ち着いて、歩いてまたポリポリ。
「おねーちゃん、どこだろう」

おねーちゃん、おねーちゃん。
コンコン子狐は収蔵部職員を呼びながら、尻尾を振って、チップスを食べて、廊下を歩き続けます。
それは8月31日、午後5時5分頃のことでした。

これで午後5時のおはなしは、おしまい。
最終的にさつまいもチップスは、5袋持ち込んだのに、いつの間にか3袋に減っておったとさ。

8/31/2025, 3:21:04 AM

今回のお題は「ふたり」とのこと。
一連に続く小さな「ふたり」のおはなしを3個ほど、ご紹介しようと思います。

最初のおはなしは最近最近の都内某所、某稲荷神社の近くの道路に現れた、おでん屋台の中。
丑三つ時の真夜中に、男性1人とホンドギツネもとい稲荷狐のオスの成獣1匹が、
ふたりして、ちょこん、客側に座っておりました。

「ウソじゃない。俺はたしかに、間違いなくだな」
男性の方は、別世界から東京に仕事で来ておって、
ビジネスネームをルリビタキといいました。
「本当に、ほんとうに、間違いなく契約したんだ」
ルリビタキは言いました。
「事実、最初は正常に引き落とされていた。
なのに昨晩、4ヶ月分の家賃滞納の督促が……」

なぜだ。何故。
ルリビタキは寂しそうにそう言って、少し一味をきかせた味噌ダレを煮込み大根につけて、
しゃく、しゃく。食べました。
「店主。さっきのパイプを、もう1個」
違います。パイカです。鈍器じゃないのです。
豚バラ軟骨のことを、パイカと言うそうです。

「最近、管理会社変更詐欺のようなものが、賃貸の間で横行しているそうですよ」
コンコンこやん、ルリビタキの隣に座っておった稲荷狐も、餅巾着を食いながら言いました。
「『管理会社が変わるから、家賃振込み口座を変更してくれ』と、通知が来るそうです」

身に覚えは、ありませんか。
稲荷狐はそう付け足して、お揚げさんとお餅の絶妙な合体たる餅巾着の、匂いも存分に堪能して、
もちゃっ、ちゃむ。食べました。
「店主さん。私にも鉄パイプを、ひとつ」
違います。パイカです。鉄じゃないのです。
鉄分ならカツオや大豆で摂取すべきなのです。

「どうですか。そういう封筒は」
「来ていない」
「本当に?」
「間違いない」

「本当の、本当に?」
「『来ていない』と言った。
何故だ。なぜ、誰も信じてくれないんだ」
「んんん――…」

…――そろそろ次のおはなしへ行きましょう。

翌日の丑三つ時、稲荷神社の近くのおでん屋台に、昨日のルリビタキと彼の部下、ツバメが、
ふたりして、客側に座っておりました。

「例の督促状、経理とそれから、元機構職員のアテビさんに調べてもらっています」
ツバメが言いました。
「ルリビタキ部長。本当に、本っッ当に、すみませんでした。あなたを過度に疑ってしまった」

「まぁ、うん、仕方無いだろう」
コリコリ、こりこり。
ルリビタキは歯ごたえが気に入ったらしいパイカを、つまり少しだけ固めに煮込んだ豚バラ軟骨を、
ちょっと一味をきかせた味噌ダレと、純粋なおでんのお出汁とで、それぞれ堪能しておりました。
「だがお前に、誰でもなく、『お前に』疑われたのは、少々響いたぞ。 分かっているな?」

「だから、こうして謝罪しているでしょう」
「んー?誠意が足らんぞ?」

はいはい。それくらいにしなよ。
屋台の店主さん、ふたりのコップにお酒を注ぎながら、イタズラ顔のルリビタキに言うのでした。

…――そろそろ最後のおはなしへ行きましょう。

更に次の日の丑三つ時、稲荷神社の近くのおでん屋台に、別世界から東京に仕事に来た女性が、
ふたりして、客側に座っておりました。

「例の督促状、バレたみたいよ」
女性その1が言いました。
彼女たちはルリビタキとツバメの職場と、一方的に敵対しておる団体の職員でした。
「珍しいわね、アスナロ。あなたがヘマするって」

「4ヶ月は隠し通したんですけどねぇ」
アスナロと言われた方は、団体の経理担当。
敵対しておるルリビタキが、東京に借りているアパートの家賃を、別世界のトンデモ技術でもって、
ちゅーちゅー、吸い取っておったのです。
「うーん。ザンネン」

ルリビタキの組織と違って、アスナロたちの組織、世界多様性機構の資金事情はカッツカツ。
多様性機構はカネがない!
そこでルリビタキたちの組織への、妨害行為も兼ねまして、資金をちゅーちゅーしておったのでした。

「ねぇ。その豚バラ軟骨、なんて言ったかしら」
「パイプ?」
「『ぱいぷ』???」
「固めに煮込んだ方より、柔らかめに煮込んだ方のが、ちゅるちゅるして美味しい」
「ほんと?」

はいはい。パイカね。
店主さんはお酒を注ぎながら、訂正しました。

3日連続で続いたのおはなしでした。
おでん屋の店主は全部の「ふたり」に立ち会って、そのいずれの動きも、秘密も、知ったのでした。
おしまい、おしまい。

8/30/2025, 9:11:47 AM

私、永遠の後輩こと高葉井の、推しがとうとう遠い遠い、すごく場所に帰ってしまった。
不思議な縁でもって数日、数週間、私は私の推しカプの双方と交流する機会を得たけど、
その「不思議な縁」が、諸事情が、終わった。

亡くなったワケじゃない。帰っただけだ。
だからどっちも生きてるし、私だってこれからも、ずっと推し続けるつもりではいるけど、
推しが、とうとう私の目の前から消えた。

推しは最後に、私に手紙を残してくれていて、
その手紙には、私に向けた簡単な挨拶と、
私を「不思議な縁」に巻き込んだことへの謝罪と、
それから、「いつかまた」と。
完全に、
今後絶対コレ永久に会えないけど社交辞令として「いつか」って言ってますよね、
と推測可能なフレーズで締めくくられてた。

いつかまた。
私の推しとの交流は、この一文で終わった。
手紙を何度も読み返してたら夜が明けて、
私はその推しが登場するゲームの聖地、都内の某私立図書館に勤務してるから、
悲壮を抱えたまま、職場に向かった。

マジで言うけど、今のまま仕事してたら終わるよ
(私の心が)
ヤバいメンタル、もうすぐ轟沈するのに、上司どもは「高葉井ピンチだ!」って慌ててる
(つまり先輩と付烏月さんと副館長さんが)

推しロスかよ
(そうだよ)

「せんぱい、あのね、ツー様はね……」
推しが推しの職場に戻ってしまった。
推しが東京から、居なくなってしまった。
午前中の仕事を終わらせて、昼休憩で職員室に戻ってきた私は、休憩中も本の修理をしてる先輩に、
ニャッキニャッキって寄ってって、ぐでんって頬をデスクに付けて、推しのことを説明した。
「ツー様は、ルー部長からツバメのビジネスネームを引き継いで、ツー様になったんだよ……」

そうか。 先輩はそれだけ。
それだけだけど、ちゃんと私の慟哭を、
真面目に、誠実に、聞いてくれてるらしい。
先輩は本を修理しながら、私に耳を貸してくれた。
私はその厚意に甘えた。

「ツー様がね、バイクに乗せてくれたの」
「そうだったな」
「ツー様、ゲームではバイクなんて、乗らないの」
「そうか」

「ツー様とっても良い匂いだった」
「高葉井、そこのクリップを取ってくれ」
「もうリアルツー様と会えないんだぁぁ……」

ああ、推しよ、私の主神の一柱よ。
先輩に言われたクリップを先輩に渡しながらも、私の推しロスに関する告白は止まらない。
私の心の風景は、ずっと、推しと乗ったバイク。
私の心の風景は、あるいは、推しと会った図書館。
推しの左側にバイクに乗せてもらって、
推しの右側が対等に会話をしてくれた。

私の心の風景は宝物の7月のままだった。
その宝物が、心の中だけになってしまった。
その推しが推しの職場に戻って、日本から去った。

マジで言うけど以下略(私の心が)
ヤバいメンタル略(略)

「手紙の最後は『いつかまた』、だったんだろう」
本の修理を終えた先輩が言った。
「すぐ悲観しないで、少し、待ってみたらどうだ」
先輩の表情は通常どおりで、とくに動いてるようには見えない。先輩の心の中の風景も分からない。
だけど私の慟哭だけは、やっぱり真面目に、誠実に、聞いてくれてるみたいだった。

「ルー部長……ツー様……会いたいよぉぉ」
「そうか」
「ツー様ぁぁぁぁ」
「うん」

そうか。 そうか。
先輩は相変わらず、私に耳を貸してくれる。
私はそのまま慟哭を続けたけど、
最終的に、私の心が穏やかさを取り戻したのは、結局休憩中の推し吐きじゃなくて、先輩が誘ってくれた喫茶店の、スイーツとコーヒーとスイーツ。
美味は心を救うんだと思った(感想)

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