かたいなか

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私、永遠の後輩こと高葉井には、アテビさん、アーちゃんっていう今年からの友人が居るんだけど、
実はそのアーちゃん、東京に来て初めて買ったっていう黄色の小さな一輪挿しを、
今年の4月、真っ二つに割ってしまった。

すっッごく大事なものだったらしくて、
私が知人のカップリング信者仲間の金継ぎ師(アマチュア)を紹介したら、
ふたつ返事で、「会わせてください」って。
小さくても金継ぎだから、1万以上かかった。

アーちゃんの一輪挿しは、4月、ツルカプ信者仲間に託されて、当初の完成予定は7〜8月。
実際、私のスマホに修理完了のメッセが届いたのは、夏の終わり付近、先月の20日頃。
『都合の良い日に取りにきてくれ』
とのことだった。

すっかり忘れてたけど今9月だよね
(諸事情あって以下略)
まだ暑いけど、そろそろ、秋だよね
(アーちゃんも諸事情で略)

夏の忘れ物を探しに、というか受け取りに、
アーちゃんに声をかけて、一緒に行ってきた。

「ホントに、ありがとうございます」
互いの多忙で2週間くらい、忘れられてた忘れ物を、二人して取りに行く間、アーちゃんは何度も私にお礼して、ドキドキしてるみたいだった。
「どんな仕上がりになってるんだろう。
ああ、怖いけど、楽しみだけど、こわい……」

修理完了記念で一緒にスイーツでも、ってアーちゃんを誘ったけど、
なんでも、アーちゃんの方の諸事情が、まだ終わってないらしい。「聴取がある」って言ってた。
何の聴取かは分からないけど、一輪挿しを受け取ったら、その足でテキトーに箱菓子買って、戻らなきゃならないらしい。

聴取に箱菓子ってそれ聴取よりインタビューでは
(しらぬ)

さぁ、夏の忘れ物を探しに、受け取りにいこう。
アーちゃんの一輪挿しを、見に行こう。

「おお!高葉井氏、アテビ氏、待ちかねた所存」
ツル信者仲間の同志のアトリエに行くと、向こうは私にすぐ気付いて、出迎えてくれた。
「ご依頼頂いた品は、どこに保管しておったか。んんん、小生、一生というか1年くらいの不覚」
同志さんは、完成品を入れた桐箱が整然と並んだ棚をずらぁーっと見渡して、
アーちゃんの一輪挿しを――私とアーちゃんの「夏の忘れ物」を、探してくれた。
「あった!これである。

さぁ、アテビ氏。仕上がりを確かめてくだされ」

同志さんが桐箱から、黄色い一輪挿しを出す。
アーちゃんが真っ二つにしてしまった黄色の一輪挿しは、キレイに直ってた。
縦に割れた一輪挿しのヒビを、金継ぎの技術でもって若木に見立てて、
その若木から蒔絵の技術で、ひとひら、ひとひら。
桜の花と桜吹雪を描いた蒔絵が飾ってる。
薄黄色の背景と合わせて、とても明るく、とても春らしい美しさが、そこにあった。

「わぁ……」
アーちゃんは、しばらくの間、一輪挿しに触れないでいた。ただ、周囲の空気だけ触ってた。
「直った、きれい、ああ、あぁ……
ありがとうございます、ありがとうございます」
最終的に感極まっちゃったらしい。
アーちゃんは静かに涙を数粒、落とした。

「もてない、持てません」
「持たないと持って帰れないよアーちゃん」
「だって、私が持ったら、また落としちゃう」
「大丈夫だって」

「うぅぅ、うえぇぇ。ありがとうございます……」
「はいはい」

何度も何度も、同志さんと私にお辞儀して、
同志さんからサービスに、桐箱の中にドチャクソいっぱい緩衝材を入れてもらって、
アーちゃんは、金継ぎ修理の支払いを済ませた。
「良かった。本当に、頼んで良かった、です」
このご恩は必ず返します。
アーちゃんはそう言って、「聴取」がどうってハナシもあって、足早に帰ってった。

結局聴取が何なのか、私にはサッパリだけど、
後日アーちゃんから聞いた後日談によれば、金継ぎで直してもらった一輪挿しは、
その後ゼッタイ落とさないように、落としても割れないように、下にマットを敷いたり一輪挿しを置く場所を変えたりして、毎日、見てるらしかった。

9/2/2025, 9:47:44 AM