私、永遠の後輩こと高葉井の、推しがとうとう遠い遠い、すごく場所に帰ってしまった。
不思議な縁でもって数日、数週間、私は私の推しカプの双方と交流する機会を得たけど、
その「不思議な縁」が、諸事情が、終わった。
亡くなったワケじゃない。帰っただけだ。
だからどっちも生きてるし、私だってこれからも、ずっと推し続けるつもりではいるけど、
推しが、とうとう私の目の前から消えた。
推しは最後に、私に手紙を残してくれていて、
その手紙には、私に向けた簡単な挨拶と、
私を「不思議な縁」に巻き込んだことへの謝罪と、
それから、「いつかまた」と。
完全に、
今後絶対コレ永久に会えないけど社交辞令として「いつか」って言ってますよね、
と推測可能なフレーズで締めくくられてた。
いつかまた。
私の推しとの交流は、この一文で終わった。
手紙を何度も読み返してたら夜が明けて、
私はその推しが登場するゲームの聖地、都内の某私立図書館に勤務してるから、
悲壮を抱えたまま、職場に向かった。
マジで言うけど、今のまま仕事してたら終わるよ
(私の心が)
ヤバいメンタル、もうすぐ轟沈するのに、上司どもは「高葉井ピンチだ!」って慌ててる
(つまり先輩と付烏月さんと副館長さんが)
推しロスかよ
(そうだよ)
「せんぱい、あのね、ツー様はね……」
推しが推しの職場に戻ってしまった。
推しが東京から、居なくなってしまった。
午前中の仕事を終わらせて、昼休憩で職員室に戻ってきた私は、休憩中も本の修理をしてる先輩に、
ニャッキニャッキって寄ってって、ぐでんって頬をデスクに付けて、推しのことを説明した。
「ツー様は、ルー部長からツバメのビジネスネームを引き継いで、ツー様になったんだよ……」
そうか。 先輩はそれだけ。
それだけだけど、ちゃんと私の慟哭を、
真面目に、誠実に、聞いてくれてるらしい。
先輩は本を修理しながら、私に耳を貸してくれた。
私はその厚意に甘えた。
「ツー様がね、バイクに乗せてくれたの」
「そうだったな」
「ツー様、ゲームではバイクなんて、乗らないの」
「そうか」
「ツー様とっても良い匂いだった」
「高葉井、そこのクリップを取ってくれ」
「もうリアルツー様と会えないんだぁぁ……」
ああ、推しよ、私の主神の一柱よ。
先輩に言われたクリップを先輩に渡しながらも、私の推しロスに関する告白は止まらない。
私の心の風景は、ずっと、推しと乗ったバイク。
私の心の風景は、あるいは、推しと会った図書館。
推しの左側にバイクに乗せてもらって、
推しの右側が対等に会話をしてくれた。
私の心の風景は宝物の7月のままだった。
その宝物が、心の中だけになってしまった。
その推しが推しの職場に戻って、日本から去った。
マジで言うけど以下略(私の心が)
ヤバいメンタル略(略)
「手紙の最後は『いつかまた』、だったんだろう」
本の修理を終えた先輩が言った。
「すぐ悲観しないで、少し、待ってみたらどうだ」
先輩の表情は通常どおりで、とくに動いてるようには見えない。先輩の心の中の風景も分からない。
だけど私の慟哭だけは、やっぱり真面目に、誠実に、聞いてくれてるみたいだった。
「ルー部長……ツー様……会いたいよぉぉ」
「そうか」
「ツー様ぁぁぁぁ」
「うん」
そうか。 そうか。
先輩は相変わらず、私に耳を貸してくれる。
私はそのまま慟哭を続けたけど、
最終的に、私の心が穏やかさを取り戻したのは、結局休憩中の推し吐きじゃなくて、先輩が誘ってくれた喫茶店の、スイーツとコーヒーとスイーツ。
美味は心を救うんだと思った(感想)
検索するまで、芭蕉の句を忘れておった物書きです。あるいはネット検索で、某きのこポケ……もとい、冬虫夏草にも辿り着いた物書きです。
夏草をお題に、こんなおはなしをご用意しました。
最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家には、人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
その稲荷神社は、とっても不思議な稲荷神社で、そこそこご利益があるとも噂でして、
時折、たとえば丑三つ時に、未知との遭遇を果たすとか果たさないとか、ぶっちゃけデマだとか。
すべての真実は闇の中、森の中、狐の中。
稲荷神社に住まう狐だけが、知っておるのでした。
ところで今回のお題は「夏草」ですね(フラグ)
その日の稲荷神社は参拝者も少なく、
稲荷神社在住の末っ子子狐は、参道も神前の庭も遠慮なしに、晩夏の花を楽しみながら、
とってって、ちってって、散歩しておりました。
「おはな、おはな!」
コンコン子狐はお花が大好き!
特にお星さまのような花を咲かせるものは、お星さまの花とか、お星さまの木とか言って、
全部子狐の宝物です。
「おはな、おはな!」
あとちょっとで彼岸花、そろそろナツズイセンはおしまいの頃合い、ああ、あっちは何かしら。
子狐コンコン、夏草という夏草を歩き、夏草という夏草を頭で押して、とってって、ちってって。
陽気に、幸福に、散歩をしておりました。
ところでこの稲荷神社は不思議な稲荷神社です。
とっても不思議な神社なのです。
敷地内の一軒家に、化け狐の末裔、本物の稲荷狐が暮らすその稲荷神社は、
草が花が山菜が、いつかの過去を留めて芽吹く、昔ながらの森の中。
時折妙な連中が芽吹いたり、頭を出したり、■■■したりしておるのです。
そういうのは大抵、漢方医として労働する父狐に見つかって、『世界線管理局 ◯◯担当行き』と書かれた黒穴にドンドとブチ込まれるのですが、
その日は諸事情により父狐、不在でして。
で、そういう日に限って、お題が「夏草」。
なにも起こらないハズがないのでした。
「おはな、おは……な?」
おやおや、アレは、「何」でしょう。
コンコン子狐が神社の庭の隅っこの、父狐の薬草園がチラッと見えるあたりの道に近づきますと、
なにやら妙な粘膜によって僅かに光を放つ夏草が、
5本、6本、いや10本くらいまとまって、
みょっみょ、マママ、みょっみょ、マママ。
小さな小さな声を出して、踊っておるのでした。
完全にフィクションです。なんなら神社の和風物語から、急にコズミックホラーテイストです。
細かいことは気にしちゃいけません。
「なんだこれ。なんだおまえっ」
みょっみょ、みょっみょ。
特に危害という危害も加えず、威嚇もせず、
ただ、「この世界」のモノでないことだけは、コンコン子狐、匂いで理解しておりました。
「なんだなんだ、なんだっ」
ダンシング夏草は小さな小さな声を出して、僅かに体から光を放って、体をくねくね、クネクネ。
1980年代に流行したヒマワリのようです。
みょっみょ、マママ、みょっみょ、マママ。
あんまりダンシング夏草が楽しそうに、しかし静かに踊っておるので、
子狐の「狐」たる狩猟本能が刺激されて、まるで猫じゃらしに反応するニャンコのように、
体フリフリ、尻尾フリフリ、からの狐パンチ!
「えいっ、えいや」
ダンシング夏草を傷つけない程度にコンコン子狐、
遊び始めたのでした――が、
まさかのこのダンシング夏草、目でもあるのか感覚が鋭利なのか、ことごとく狐パンチを回避。
「む!当たらない、なんで」
えいっ、えいや!
コズミックな気配のするダンシング夏草は、子狐のパンチなど、なんのその。
はらぁりひらぁりと曲がってかわして、
みょっみょ、マママ、みょっみょ、マママ。
ささやきながら、踊ります。
「おりゃ!おりゃ!えいやぁ!」
子狐は本気になって、一撃当てようと頑張りますが、サッパリ、かすりもしないのです。
「やぁやぁやー!!」
子狐はそのまま20分くらい、ダンシングコズミック夏草と遊んでおりまして、完全に疲労困憊。
その頃には不思議な夏草の、不思議な光も消え去って、ささやき声も無くなって、
まるで不思議な粘液が効力を失ったように、
ただの普通の、夏草に戻っておったとさ。
不思議な稲荷神社の、不思議な子狐と夏草のおはなしでした。 おしまい、おしまい。
アルミ缶の上にある、といえばミカン。
連日暑い、というか「熱い」と、寒いギャグにでもすがって空気を冷ましたくなる物書きです。
今回のお題は「ここにある」とのこと。
こんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。
都内某所、某稲荷神社近くのアパートの、そのまた近くの地域密着型スーパーに、
1匹のドラゴンが――正確に表現するなら、本性がドラゴンの、人間に変身した別世界出身者が、
明日で東京から自分の職場の世界に戻るので、最終日の夕食に相応しい食材を探しておりました。
ドラゴンはビジネスネームをルリビタキといい、
「世界線管理局」なる厨二ふぁんたじー組織で法務部の特殊即応部門の部門長でした。
「まぁ、最終日といっても、こっちの世界でまた何か仕事ができれば来るんだがな」
ぽいぽい、ぽいぽい。
豚肉と牛肉と鶏肉を、部下が持つ買い物かごにまんべんなく入れて、ルリビタキが言いました。
「とはいえ、今回はなかなか、デカい事案だった。
滞在期間も長かったし、区切りのメシを食いたい」
ルリビタキはとっても燃費の良いドラゴン。
極論としては、少しの食べ物と毎日数時間の日光と、それから水分とさえあれば、
2〜3週間は余裕で活動できるし、なんならエネルギーの余剰分を、周囲の花や草や水に分け与えることだってできるのです
が、
このルリビタキ、世界線管理局に身を売ってから、美味を食うという幸福を知ってしまいまして。
食っても太らないし、余剰エネルギーは草花におすそ分けできるし、羨ましいったら以下略。
「おいツバメ、あの肉はどこだったか。藤森がよくワサビモドキ茶漬けに入れるコリコリの」
個体番号バッチリ記載の和牛パックを部下のカゴに入れて、ルリビタキ、聞きました。
「ここにありますよ部長」
ルリビタキの部下のツバメ、隠れて和牛パックを下に戻して、同じ和牛の半額シールが貼られたやつにすり替えながら答えました。
「柚子胡椒茶漬けでしょう。若鶏の軟骨です」
ルリビタキがぽいぽい入れ続ける豚肉も、鶏肉も、少しずつ返しては割引きシール付きと交換。
「……ところで部長?」
大容量500gパックの豚バラ軟骨がカゴに入ったので、ツバメ、上司のルリビタキに言いました。
「この軟骨、相当に煮込まないと柔らかくなりませんよ。明日の朝の帰還予定に間に合いません。
軟骨は軟骨でも、鶏と豚とでは違うんです。
どうなさるおつもりですか」
「そうなのか?」
「豚バラ軟骨は『パイカ』とも言って、本来、6時間とか10時間とか煮込むことで軟骨を柔らかくしてから食べるのです」
「踏む?」
「鶏の軟骨と違って段違いに固いのです」
「だからパイプなのか」
「パイカです」
「さすが鉄パイプ」
「だから、パイカです」
「歯ごたえが良さそうだ」
「あのですね部長――…??」
…――ところで一方、
ドラゴンのルリビタキと同じ時刻、同じスーパーで、同じ職場の世界線管理局、収蔵部に勤務しておる局員が、同じようにお買い物しておりました。
「うぅー、久しぶりにコッチの世界に来れたよぉ」
局員はビジネスネームをドワーフホトといい、
そのスーパーの近所の稲荷神社に住まう子狐と、美味の探求者同士として、とっても仲良し。
その日は稲荷神社で美味パーリーをするため、近所のアパートに食材を探しに来ておったのでした。
さすがにスーパーに稲荷狐の子供をモフモフ形態で連れて来るのは無理なので、
子狐はちゃんと狐耳を隠して、狐尻尾も隠して、
人間に変身して、ドワーフホトについて来ました。
「おねーちゃん、おねーちゃん、ブドウ!」
青果コーナー側の出入り口から入ったドワーフホトに、子狐が言いました。
「はいはい、ブドウなら、ここにあるよぉ」
昨今はちょうど、ブドウのシーズン。
エメラルド色のブドウも、アメジスト色のブドウも、それからオブシディアン色のブドウも、
全部ぜんぶ、お行儀よく並んでいます。
「スイカもたべたい!」
「ここだよ」
「リンゴ、りんご」
「ここにあるよぉ」
果物、野菜、ぽいぽいぽい。
ドワーフホトと子狐は、値段も見ないで食べたいものを、自由かつ幸福に、カゴに詰め込みます。
「おにく!ぱいぷ!」
「ごめんコンちゃん、パイプってなぁにー」
あれよこれよと詰め込んで、精肉コーナーにさしかかると、子狐がパイプパイプと言い始めて……
「ここにありますよ」
丁度そこに先述の、ツバメとルリビタキがおりまして、無事合流しましたとさ。
「あと、パイカです。パイプではありません」
素足のままでビーチに出たら、素で足の裏を低温やけどしてしまいそうな気温が続く東京です。
都内某所の某不思議な稲荷神社を舞台に、素足のおはなしをご用意しました。
おはなしの舞台の稲荷神社は、本物の稲荷狐が住まう、不思議な不思議な稲荷神社。
この神社には東京と、「世界線管理局」という外の世界の大規模組織とを繋ぐゲートがありまして、
このたび、諸事情でちょっと不通しておったこのゲートが、ようやく修復されたのでした。
「はぁぃ、こんにちは、こんにちはー」
修復されたゲートの最終チェックとして、
管理局側の黒穴を通って、管理局の局員が稲荷神社にやって来ました。
「んんー、問題なーし!長かったよぉー」
「セットアップ、結局1日かかったもんねー」
「えーと、最終チェックの確認済み認定ステッカー、どこやったっけ。付けなきゃ」
「それ去年から廃止ぃ」
てくてくてく、とたとたとた。
同じ顔の可愛らしい、5体の魂人形が、素足のままで管理局側の黒穴から、稲荷神社に入ってきます。
「やだー!忘れてたぁ、そうだよ、あたしたち、素足のまんまで来ちゃったよぉ!」
「気にしなぁい」
「気にしなーい」
「確認すること確認して、設置するもの設置して、
美味しいもの買って持って帰って撤収ぅ!」
「「賛成〜」」
えっさっさ、ほいさっさ。
素足のままで管理局から出張してきてしまった人形たちは、稲荷神社の黒穴の前で、
機器を設置したり、しめ縄を設置したり、自分たちが為すべき仕事を為して、
そして、稲荷狐のお母さんに、作業完了の報告を、
「わぁー、寝坊しちゃったぁ!ごめぇーん!」
作業完了の報告を為す直前に、管理局側の黒穴から、5体の魂人形とそっくりな、だけどちょっとだけ背丈の大きい女性が、
ぽぉん!稲荷神社側に、急いで入ってきました。
「あぅ、設置、終わっちゃってるー」
この女性こそ、魂人形の持ち主。
5体の素足のままの人形は、この女性、ドワーフホトの代わりに、せっせこ仕事を為したのでした。
それを影で見ておったのが稲荷狐のお父さん。
「あの人形良いなぁ」
お父さん狐は都内の病院に勤める漢方医。
自分の代わりにちまちま仕事をしてくれる魂人形が5体、いや6体も居れば、
お父さん狐の残業も、激務も、診療も、
全部ぜんぶ、ぜーんぶ、楽になる気がしたのです。
「良いなぁ……」
稲荷狐の秘術でもって、あの魂人形に似たようなことは、なんとかできないものかしら。
深夜勤の病院勤務から帰ってきたお父さん狐は、
ドワーフホトと5体の魂人形を、
じっと、じぃーっと、観察しておったのでした。
私もああいう人形を、5個か6個作ったら、
どれだけ楽になれるだろう!
稲荷狐のお父さん、さっそく管理局のドワーフホトに、魂人形の仕組みを聞きにゆきました。
「ドワーフホトさん、ドワーフホトさん」
「なーに、コンちゃんのお父さぁん」
「あの人形は、どうやって作られたのですか」
「うーんとね、えーっとね、
スフィちゃんが作ってくれたから知らなぁい」
「少しで良いんです、ヒントを」
「スフィちゃんに、聞いてくださぁぃ」
「『スフィちゃん』、」
「ミカンが大好きだから、ミカンの果実酒とかミカンのお菓子とか、持ってくと喜ぶぅ」
「なるほど ありがとうございます」
コンちゃん、コンちゃーん、ゲート直ったよぉ。
稲荷狐のお父さんと離れて、ドワーフホトとその子機たる魂人形は、素足のままでぺたぺた。
美味大好き仲間の稲荷子狐を探して、稲荷狐の自宅件宿坊の、奥の奥に入ってゆきました。
「ミカンか」
お父さん狐は、ドワーフホトの後を追いません。
ミカンのお酒とミカンのスイーツを、さっそく探しにゆくのです。
「うーん、ミカン……」
多忙な漢方医の仕事量を減らすため、
膨大な漢方医の仕事量を分散するため、
お父さん狐は素足の魂人形の、秘密を教えてもらいに行ってきます。
そこから先は、お題とは無縁。詳細は書きません。
ただ、このおはなしから2〜3日後、
稲荷狐のお父さんは、教えてもらった魂人形の秘密と、自前の稲荷狐の秘術とをかけ合わせて、
ちくちく、ちくちく。
自分の仕事を手伝ってくれる稲荷狐のぬいぐるみを、コンコン5体、頑張って作っておったとさ。
おしまい、おしまい。
前回投稿分からの続き物。
「ここ」ではないどこか、別の世界に、「世界線管理局」なる厨二ふぁんたじー組織がありまして、
つい先月までこの管理局と、都内某所の某不思議な不思議な稲荷神社とが、
「稲荷神術:狐の巣穴」という黒穴でもって繋がっておったのですが、
その先月発生した諸事情のせいで、ぷっつり、不通となってしまっておりました。
『黒穴を再度管理局と繋げたいならば、
良い酒と、良い餅とを、それぞれどっさり、稲荷神社の神に奉納しなさい』
不思議な稲荷神社に住まう、稲荷狐が言いました。
『良い酒と、良い餅ねぇ……』
世界線管理局としては、黒穴が塞がったままでは、「こっち」の世界の仕事に非常に支障が出ます。
『しかも、どっさり??
稲荷神社の神様、まさか、食いしん坊なのか?』
管理局の職員、スフィンクスというビジネスネームのエンジニアは、さっそく管理局内の飲食店で、
芳醇な香りの甘いお酒をどっさり、
キンとした喉越しの辛いお酒もたっぷり、
それから、日本のお餅に該当するモチモチな食べ物を、スイーツとしてもメインとしてもいっぱいいっぱい買い込んで、領収書も切って、
管理局と日本を繋ぐ黒穴の、制御をしてくれる例の稲荷神社に、ドンと奉納したのでした。
と、ここまでがだいたい前回投稿分。
スフィンクスが奉納した品々は稲荷狐の一族にたいそう気に入られ、受け入れられて、
稲荷狐の一族によって、世界線管理局と稲荷神社を繋ぐ黒穴は、ようやく元通り……
に、お題どおり、「もう一歩だけ、」届いていない状態であったのでした。
というのも管理局と神社の間の通路を安定させるセットアップがドチャクソ長くかかりまして。
「なぁーがーいぃぃー!!」
スフィンクスがお酒とお餅を奉納して、稲荷狐が狐の秘術を為した後のおはなしです。
管理局側で黒穴の開通を待っておったのは、
ドワーフホトというビジネスネームの収蔵課職員。
狐の秘術をしっかり固定して、安全に行き来するためのプログラムだの術式だのを、
インストールしたり最適化したり追加記入したりしておるのですが、 ともかく、長い!!
「あと一歩だけ、もう一歩だけ、残り3%なのに!
長いよぉ!残り3%が、長過ぎるよぉー!」
ああ、もう一歩、もう一歩が、遠い!
黒穴のセットアップが終わるまで帰宅できないドワーフホトの心が、折れかけています。
かれこれ数十分、数時間、黒穴に付きっきり。
黒穴のセットアップをさせている魔法水晶式のタブレットは、様々な文字がくるくるくる。
『◯◯をインストールしています』
『異常を検知しました。精査しています』
『異常が解消されました。△△を再試行します』
『検証しています』
『△△を再インストールします』
『◯◯をアンインストールします』
「うわぁぁぁぁん、スフィちゃーん!!」
「なんだなんだ。どうした。腹減ったのか」
「ちがうよぉ!!長いよぉ!終わらないよぉ!
なんで全部一気に入れないのぉ!
非効率的だよぉぉぉ!」
「全部一気に入れると危険だからだろ」
もう一歩、もう一歩だけが、遠いよぉ!
ドワーフホトは友人の、スフィンクスに理不尽と非効率と、遅過ぎるセットアップとを嘆きます。
スフィンクスは「それ」が遅い理由を知っていますが、説明したところでどうにもなりません。
「みかん食う?」
「たべるぅ……」
まだまだ「もう一歩」は遠いまま。
スフィンクスはドワーフホトと一緒に、セットアップを仲良く、長く、眺め続けたとさ。