アルミ缶の上にある、といえばミカン。
連日暑い、というか「熱い」と、寒いギャグにでもすがって空気を冷ましたくなる物書きです。
今回のお題は「ここにある」とのこと。
こんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。
都内某所、某稲荷神社近くのアパートの、そのまた近くの地域密着型スーパーに、
1匹のドラゴンが――正確に表現するなら、本性がドラゴンの、人間に変身した別世界出身者が、
明日で東京から自分の職場の世界に戻るので、最終日の夕食に相応しい食材を探しておりました。
ドラゴンはビジネスネームをルリビタキといい、
「世界線管理局」なる厨二ふぁんたじー組織で法務部の特殊即応部門の部門長でした。
「まぁ、最終日といっても、こっちの世界でまた何か仕事ができれば来るんだがな」
ぽいぽい、ぽいぽい。
豚肉と牛肉と鶏肉を、部下が持つ買い物かごにまんべんなく入れて、ルリビタキが言いました。
「とはいえ、今回はなかなか、デカい事案だった。
滞在期間も長かったし、区切りのメシを食いたい」
ルリビタキはとっても燃費の良いドラゴン。
極論としては、少しの食べ物と毎日数時間の日光と、それから水分とさえあれば、
2〜3週間は余裕で活動できるし、なんならエネルギーの余剰分を、周囲の花や草や水に分け与えることだってできるのです
が、
このルリビタキ、世界線管理局に身を売ってから、美味を食うという幸福を知ってしまいまして。
食っても太らないし、余剰エネルギーは草花におすそ分けできるし、羨ましいったら以下略。
「おいツバメ、あの肉はどこだったか。藤森がよくワサビモドキ茶漬けに入れるコリコリの」
個体番号バッチリ記載の和牛パックを部下のカゴに入れて、ルリビタキ、聞きました。
「ここにありますよ部長」
ルリビタキの部下のツバメ、隠れて和牛パックを下に戻して、同じ和牛の半額シールが貼られたやつにすり替えながら答えました。
「柚子胡椒茶漬けでしょう。若鶏の軟骨です」
ルリビタキがぽいぽい入れ続ける豚肉も、鶏肉も、少しずつ返しては割引きシール付きと交換。
「……ところで部長?」
大容量500gパックの豚バラ軟骨がカゴに入ったので、ツバメ、上司のルリビタキに言いました。
「この軟骨、相当に煮込まないと柔らかくなりませんよ。明日の朝の帰還予定に間に合いません。
軟骨は軟骨でも、鶏と豚とでは違うんです。
どうなさるおつもりですか」
「そうなのか?」
「豚バラ軟骨は『パイカ』とも言って、本来、6時間とか10時間とか煮込むことで軟骨を柔らかくしてから食べるのです」
「踏む?」
「鶏の軟骨と違って段違いに固いのです」
「だからパイプなのか」
「パイカです」
「さすが鉄パイプ」
「だから、パイカです」
「歯ごたえが良さそうだ」
「あのですね部長――…??」
…――ところで一方、
ドラゴンのルリビタキと同じ時刻、同じスーパーで、同じ職場の世界線管理局、収蔵部に勤務しておる局員が、同じようにお買い物しておりました。
「うぅー、久しぶりにコッチの世界に来れたよぉ」
局員はビジネスネームをドワーフホトといい、
そのスーパーの近所の稲荷神社に住まう子狐と、美味の探求者同士として、とっても仲良し。
その日は稲荷神社で美味パーリーをするため、近所のアパートに食材を探しに来ておったのでした。
さすがにスーパーに稲荷狐の子供をモフモフ形態で連れて来るのは無理なので、
子狐はちゃんと狐耳を隠して、狐尻尾も隠して、
人間に変身して、ドワーフホトについて来ました。
「おねーちゃん、おねーちゃん、ブドウ!」
青果コーナー側の出入り口から入ったドワーフホトに、子狐が言いました。
「はいはい、ブドウなら、ここにあるよぉ」
昨今はちょうど、ブドウのシーズン。
エメラルド色のブドウも、アメジスト色のブドウも、それからオブシディアン色のブドウも、
全部ぜんぶ、お行儀よく並んでいます。
「スイカもたべたい!」
「ここだよ」
「リンゴ、りんご」
「ここにあるよぉ」
果物、野菜、ぽいぽいぽい。
ドワーフホトと子狐は、値段も見ないで食べたいものを、自由かつ幸福に、カゴに詰め込みます。
「おにく!ぱいぷ!」
「ごめんコンちゃん、パイプってなぁにー」
あれよこれよと詰め込んで、精肉コーナーにさしかかると、子狐がパイプパイプと言い始めて……
「ここにありますよ」
丁度そこに先述の、ツバメとルリビタキがおりまして、無事合流しましたとさ。
「あと、パイカです。パイプではありません」
8/28/2025, 7:18:33 AM