かたいなか

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8/14/2025, 9:09:17 AM

言葉にならない、物、者、藻の、英単語としての「mono-」。色々あるとは思います。
あるいは「言葉に『なら』、無いもの」とお題を区切るならば、たとえば言葉には無いけれど別の媒体としてなら存在するものとか……
と、いうハナシは遠くにでも置いといて、今回のおはなしのはじまり、はじまり。

最近最近、都内某所のおはなしです。
前回投稿分が続くおはなしです。
某アパートの一室の、主の名前を藤森といいまして、風吹き花咲く雪国の出身。
つい先日まで、近所の稲荷神社に住まう稲荷子狐と一緒に、故郷の雪国に帰省しておったところ。
東京に戻ってきて数日、実家からトウモロコシとスイカがクール便で、どっさり届きました。

子狐の神社におすそ分けしたところ、子狐コンコン、どっちもたいそう気に入りまして。
雪国の夏の寒暖差を一身に受けた赤や黄色を、
しゃくしゃく、むしゃむしゃ、ちゃむちゃむ!
一気に全部、胃袋に収容してしまいました。

そのときの子狐の極上な幸福といったら。
まさしくお題どおり、「言葉にならないもの」。
ドチャクソに狐尻尾をぶん回し、
バチクソに耳をペッタン倒し、
ギャッギャーギャッ、くぁーくぁーく!!
言葉レスな興奮を、言葉にならないものを、体全体でもって表現しておったのです。

狐は肉食寄りの雑食。野生は畑の、茹でても焼いてもいないトウモロコシをむしゃむしゃ食べます!
そんなトウモロコシを藤森が、焼いたのと茹でたのと、どっちも持ってきたのだから、
それはそれは、もう、それは。
言葉にならぬのです。

で、子狐のお母さんとお父さんにもトウモロコシとスイカをおすそ分けして、
稲荷狐のお母さんから狐の御札とお茶を貰い、
稲荷狐のお父さんから狐の粉薬と薬菓子を貰って、
とことこ、自分のアパートに戻ってきて、
ガチャリ、一人暮らしの部屋のドアを開けて――

「……ん?」

――「何か」2匹のモフモフと目が合ったので、
ぱたん、静かに、早急に、ドアを閉めました。

「え、 ……んん??」

何だろう。
自分は、「何」と目が合ったのだろう。
藤森はとっても混乱していましたが、
ひとまず、状況を整理することにしました。
「何か」居ました。それはモフモフでした。
2匹居たどちらもモフモフで、
1匹は小さく、1匹は大きく見えました。

小さい方は稲荷神社の子狐に見えました。
じゃあ大きい方は?
「ねこ? いや、 ドラゴン?」

そうです。前回投稿分でミカンとスイカとカゴと縄を燃やして光の尾にしてしまったネコゴンです。
が、そんなこと、もちろん藤森は知りません。

「見間違いか?」
一度、小さく、ゆっくりドアを開けてみます。
隙間から自分の部屋を、確認してみます。
「……子狐しか居ない」
藤森に見えたのは子狐だけ。
モフモフネコゴンは消えておりました。
「なんだったんだ。いったい」

パタン、再度閉めて、大きなため息を吐いて、
心を落ち着けてから再度ドアを開けて――

「いる」

――やっぱり「何か」2匹のモフモフと目が合い、
ぱたん、やっぱり、静かにドアを閉めました。

「なんだ、アレは。 『何』だアレは」
まるで、観測するたびに結果が変わる、
いや、観測するまで居るか居ないか分からない、
リアルシュレディンガーのネコだ。
藤森は「言葉にならないもの」を感じました。

恐怖とは、ちょっと違います。
でも、怖さはちょっと、ある気がします。
確実に混乱しています。
それらをごっちゃごちゃに混ぜて固めて、目の前にドンと置いたようなその感情を、
藤森は、何と言うのか分かりません。

「疲れてるんだ。疲れているだけだ。そうだ」

3、2、1で突入だぞ、良いな藤森、いくぞ。
決心した藤森は再度ドアを、パンと開けて、
そして、今度は「子狐と大きなドラゴンネコ」ではなく、「子狐と人間」を見つけましたとさ。
おしまい、おしまい。

8/13/2025, 5:38:20 AM

前回投稿分からの続き物。
最近最近のおはなしです。「ここ」ではないどこか、別の世界に、「世界線管理局」なる厨二ふぁんたじー組織がありまして、絶賛仕事中。

世界と世界を繋ぐ航路の運営をしたり、滅んでしまった世界からこぼれ落ちた難民を受け入れたり、
あるいは、先進世界が発展途上世界に侵略、入植、略奪なんかをせぬよう、取り締まったり、
いろんなことを、しておりました。

ところでその世界線管理局、
最近地球と、特に日本との接続が突然パッタリ!
ひょんなことから、断絶されてしまいまして。
しかも管理局側で、その理由が分からんのです。

いったい何がどうなったのでしょう?

「うぅー!むりぃ!分かんなぁい!!」
対処にあたっていた管理局のひとりは、ビジネスネームをドワーフホトといいまして、
ちょっと比喩的なハナシになりますが、
10の可能性を想定して、100の解決策を試行して、1000のデータを計測して
結局、何の成果も得られなかったのでした。

「不具合発生してるの、地球の日本だけだしぃ、
向こうで何があったのか、聞きたくても音声ひとつデータ1片、届かないっぽいしぃ、
もーー!発泡酒サガリ!!八方塞がりだよぉー!」

もう知らない!あたし、もう何もできない!
想定できるシチュエーションは全部試したドワーフホト。2〜3日くらいゲートに付きっきりで、
最終的に、疲れてしまいました。

こうなったら経理部に居る、スフィンクスというビジネスネームの大親友に、救援要請です!

「スフィえもぉーん!何か良い案出してぇー!」

「あー?お前があんだけ頑張ったのに、まだ例の不具合解消してねぇの?」
自作の超高性能コタツ、Ko-Ta2でミカンシャーベットなど食っておるスフィンクスです。
ドワーフホトが泣きついてきたので、すべてを理解して、あんぐり!開いた口が塞がりません。
「こりゃあ、俺様があの地球に直接出向いて、原因突き止めるのが、手っ取り早いかもな?」

手っ取り早いというより、それしかもう方法は無いんじゃないかねぇ。
コタツに一緒に入っておったノラばあちゃんが、他の局員から注文を受けた秋用レーヨンストールをせっせこ編みながら、言いました。
というのもスフィンクス、普段は人間の姿でコタツにインしてミカンなど食べていますが、
実はその本性は、科学の技術も魔法の呪文も必要とせず、生身で世界と世界を行き来できる、超強大なチカラと能力を持ったモフモフなのです!

ということでスフィンクス、人間形態からモフモフ形態へ、変身解除です。
フサフサふかふかなスフィンクスの体は、大人のクマよりは大きい猫のようで、
あるいは、ゾウの子供よりは小さいドラゴンのようでもありました。
『じゃ、ちょっくら行ってくるぜぇ』

不思議な不思議なネコドラゴンの本性に戻ったスフィンクスは、今回のお題を回収するように、
コタツの中からスイカを掘り出し、竹細工のかごと縄を掘り出し、コタツの上のミカンをがばちょ。
全部ぜんぶ、カゴに詰め込んで……??

「スフィちゃん、それ、どーするの」
『あ?決まってるだろ。冷やすんだよ。
真夏といえば井戸水でキンキンのスイカ!ミカン!
あっちの地球の映画で観たから間違いねぇ』
「危ないよ、寄生虫とか菌とかが居るかもだから、水道水とか氷水とかで冷やした方が、良いよぉ」

『ホトは心配性だなぁ』
「心配とかじゃなくて事実だよぉぉー!」

じゃ、行ってくるぜー。
ドワーフホトの忠告を全然聞かないネコゴンです。
んなぁぁぁああおう、んにゃあああおう、
ひと声ふた声、ドラゴンネコが鳴きますと、
モフネコゴンの目の前に、きらめく宇宙のような穴が出現しまして、真ん中に地球が見えています。

『いざ!真夏の記憶に出発〜!』
待ってろよ俺様の冷やしスイカ!冷やしミカン!
スフィンクスが穴の中に飛び込むと、穴はキレイな光の粒を残して、パン!消えてしまいました。

空を駆けて大気圏に侵入し、光の尾を引くスフィンクスは、日本めがけて絶賛加速中。
『えーと。どのあたりだったかな』
大気圏の上層、熱圏の高温など、スフィンクスはヘッチャラ。そういう体なのです。
ちょっとやそっとの「灼熱」など、スフィンクスには、ぬるま湯程度もないのです。

ただスフィンクス、寒いのは大の苦手です。
中間圏から対流圏あたりまで広がる酷い極寒を快適に通過するため、摩擦熱を稼ぐ必要があります。
中途半端な熱は意に介しません。
これこそスフィンクスの本性の、真のチカラの一端。はじっこ程度なのでした……

が、
ところでスフィンクス、真夏の記憶を堪能したくてスイカだのミカンだの持ち込んだようですけど
スフィンクス自身は灼熱ヘッチャラとして
持ち込んだカゴとスイカとミカンと縄って
大気圏上層の1000℃に耐えられるんですかね。

『あー!!のわぁぁー!俺様のミカン!!』
そうです。大事に持ってきたミカンもスイカも、それらを入れて冷やすためのカゴも、
全部ぜんぶ、大気圏の高温と摩擦熱とで発火して、
美しい光の尾として、散ってしまったのです。
『ウソだろ!ああ!俺様の真夏の記憶ぅぅ!!』

にゃああおぉぉぉぅ!!んなぁぁぁああおう!!
悲しい大声でひと吠えして、ふた吠えして、スフィンクスは日本に降りてゆきます。
熱圏の灼熱も、成層圏の極寒も、全部ぜんぶ通り抜けて、25℃前後の熱帯夜、東京の夜に着地です。
『うう、ううぅ……おれさまの……俺様の、夏……』
管理局が日本とのゲートを設置している、某稲荷神社の庭に到着したスフィンクスは、
その後十数分、しょんぼり落ち込んでおったとさ。

8/12/2025, 9:59:21 AM

日本の法律によるとアイスは4種類あるそうです。
なかでも「アイスクリーム」は「乳固形分15.0%以上、うち乳脂肪分8.0%以上」とか。
普段はぶっちゃけラクトアイスや氷菓の方を食ってる物書きが、こんなおはなしをご用意しました。

最近最近のおはなしです。
「ここ」ではないどこか、別の世界に、「世界線管理局」という厨二ふぁんたじー組織がありまして、
たとえば、世界と世界を行き来するための航路を設置したり、密航を取り締まったり、
それから、別世界への侵略・入植・略奪行為なんかを、阻止したりなど、しておったのでした。

今回のお題回収役は、管理局の収蔵部局員。
ビジネスネームを「ドワーフホト」といいます。
諸事情によって数日前から、非常に不思議な不具合が見つかって、全然解消されませんので、
収蔵部の立場から、その不具合に対処中なのです。

というのも管理局が移動に使っているゲートの
何千何万と記憶・設定されておる移動先のうち
「こっち」の世界、日本への航路「だけ」が
何故か、プッツン、途切れてしまったのです。
再起動しても、再設定しても、ダンマリです。

まるで「今まで使っていたゲートの使用を神様が許さず、封印してしまったように」。

というのも過去作8月9日投稿分あたりから続くおはなしのせいでごにょごにょ、コンコン。

日本で仕事中のグループとも、連絡が付きません。
全部完全手探りで、管理局員ドワーフホトは、
収蔵部の立場から、不具合に対処中なのです。

で、そこからお題のアイスクリームと、どう絡んでくるかといいますと。
そうです。このドワーフホトが、長時間労働と睡眠不足を払うために、アイスを食っておるのです。

人間、睡眠が十分な方より睡眠不足な方が、
食欲を抑えるホルモンが減少してしまうそうです。

「うぅー……分かんなーい……原因なーにぃ……」
収蔵部が収蔵している管理局のアイテムで、ドワーフホトはゲートの情報を計測して、送信した情報が反射して来るかも調査します。
「他の世界は問題ないのに、なーんでぇぇー……」

アイスクリーミッシュなバニラをチューチューしながら、ドワーフホトは観測します。
管理局側のゲートから、日本のゲートをサーチします――【存在しないか、検知できません】。

アイスクリーゲンダッツなストロベリーをはむはむしながら、ドワーフホトは計測します。
管理局のゲートから、日本に向かう情報の流れを確認します――【存在しないか、検知できません】。

アイスクリームボーデン、アイスクリーミノ、えとせとら、えとせとら。
床にこぼれたアイスクリームは、抹茶味でしょうか、ヘーゼルナッツでしょうか。
ドワーフホトは何度も何度も、アイスクリームを相棒に、「日本だけ」に発生している不具合に向かい合って手を打って、アイスを食べて……

「うー……はっぽー、ふさが、り……」
ぱたん!
結果として集中力に対して、眠気と披露が勝ってしまいまして、こぼれたアイスと一緒に、床に倒れてしまったとさ。

8/11/2025, 9:46:47 AM

「やさしさなんて」。なんと悲壮なお題でしょう。
ガチャのピックアップという「やさしさ」にトンと報われない物書きが、こんなおはなしをご紹介。
最近最近、都内某所のおはなしです。
某本物の稲荷狐が住まう稲荷神社に、絶賛修行中の子狐がおりまして、
一人前の御狐となるべく、稲荷のご利益ゆたかなお餅を売り歩いたり、世界のピンチを救ったり。
いろいろ、やっておったのでした。

子狐が御狐の下っ端、見習いとして認められると、
証明として、子狐に名前が贈られます。
名前を貰えば子狐は、本物の御狐見習いとして、稲荷の神様に、認めてもらったことになるのです。

この日がまさに、子狐に名前が贈られる日。
神社に植えられた「名付けの桜」が、
真夏ながら、盛大に、それはそれは美しく咲いて、
子狐の修行が報われたことを、知らせました。

「さいた、さいた!」
子狐はお母さん狐から、「名付けの桜」のことを聞いておりました。
「キツネのさくら、さいた!」
名付けの桜は不思議な桜。子狐が名前を得たそのとき、パッと咲いて、サッと散ってゆく。
夏にせよ冬にせよ、咲く時は咲く桜なのでした。
その桜が、子狐の前で咲いたのです。

で、その桜から「やさしさなんて」にどう繋がるのかといいますと。

「んー、んん?」
子狐の目の前に、子狐が与えられた名前を知らせる小さな巻物が、ゆらりゆらり、降りてきました。
美しい墨字は読みやすい楷書体モドキで、
【奇鍵守美食銀杏狐】
と書かれていました。

読めない!!

自分が貰った名前を読めない子狐です。
仕方ないので、お母さん狐に聞きに行きました。
「かかさん、かかさん、これ読んで」

「それは、ああ、これは……!」
子狐が持ってきた巻物を見て、お母さん狐は全部理解しました。子狐の修行が認められたのです!
「ああ、ミケなんて、お前らしい名前を貰って。
よく頑張りましたね。よく、よくぞ……!」
お母さん狐は涙を流して、つよく、優しく、子狐を抱きしめてやりました。
「今日はお祝いです。ととさんにも、おじーじにも、おばーばにも、見せておいでなさい」

「む。」
コンコン子狐、ちょっと複雑な気分です。
そういう系のやさしさなんて、今は違うのです。
まず名前を、子狐の名前を読んでほしいのです。

仕方無いなぁ。子狐は早く名前を知りたいので、
今度はお父さん狐に、聞きに行きました。
「ととさん、ととさん、これ読んで」

「おお!おおお!とうとう、名前を貰ったんだね」
子狐が持ってきた巻物を見て、お父さん狐は全部理解しました。子狐が認められたのです!
「ととさんも、お前より少しだけ早かったけれど、お前くらいのときに名前を貰ったんだよ」
お父さん狐はとても嬉しそうに笑って、つよく、優しく、子狐を撫でてやりました。
「おじーじや、おばーばにも、見せておいで」

「むぅ。」
コンコン子狐、やっぱり複雑な気分なのです。
だから、そういう系のやさしさでは、ないのです。
子狐はまず、自分の名前を、教えてほしいのです。

ええい、3度目の正直だ!
子狐はやっぱり名前を知りたいので、
今度は教えてくれそうなオッサンに、聞きました。
「オッサン!タバコのオッサン!これ読んで!」

「どうした。随分イライラしているじゃないか」
子狐が持ってきた巻物を見て、子狐とよく遊んでくれるオッサンは、タバコを消して首を傾けて、
「どれ。……キ?……カギモリ?ビショク???」
やさしさなんてハナシじゃなく、完全に、額にシワを寄せて難しい顔をしました。
子狐の巻物が読めないのです。

「なんだこれは」
「キツネのなまえ!」
「難しい名前だな」
「むずかしい!よめない!」
「うん。 うん……そうだな」

なんだろな、なんだろな。
1人と1匹は一緒になって、首を傾けます。
「なんです、それ」
「こいつの名前だとさ」
「ふむ、 ふむ……?」

最終的に子狐が自分の名前を知ったのは、
日が暮れて、月がのぼって沈んで、また日が上がってきてからのこと。
やさしさなんて、これっぽっちも役に立ちませんでしたとさ。 しゃーない、しゃーない。

8/10/2025, 6:30:23 AM

最近最近、都内某所のおはなし。
某深めの森の中にたたずむ不思議な不思議な稲荷神社の、木漏れ日落ちる涼しめな前庭で、
稲荷子狐とその友達、すなわち化け子狸と化け子猫と、子猫又と子カマイタチとが、
サラサラ風を感じて暑さを追いやり、
わいわい、きゃんきゃん、会合を開いている。

稲荷子狐がこの世界の平和を守ったらしいのだ。

「それでね、キツネ、わるいやつに、つかまっちゃったの。だからキツネ、ほえたの!
『おのれ、わるいやつめ!このキツネがセーバイ、成敗してくれるぞ!』
そしたらキツネのしっぽが、ぶわわーって、チカラがバンバンわいてきたから、
キツネ、わるいやつを、ズバババーン!したの!」

子狐は目を輝かせて、尻尾をぶんぶんぶん!
おててを振り、あんよでステップを刻み、
それはそれは、もう、それは。
楽しそうに語っている。

友人たちは子狐の言葉に興味津々。
化け子狸などは完全に崇拝の領域にある。

「わるいやつを、やっつけてから、キツネ、あなをフーイン、封印したの。
キツネ、こう、フワーって上がってって、
キツネ、かぜ、きもちよかった」

おお……。 子狸が感嘆のため息を吐く。
穏やかで大人しく、怖がりな子狸である。その自分が悪者を、子狐が言うようにやっつけられたら!
その勇ましい姿を自分に重ねているのだ。

子狐と友人たちの会合を遠くから聞いておった異世界ハムスターは、子狐の「事実」を知っていた。
「実はけっこう誇張されてるんだ」

子狐は自分ひとりで「悪者」をやっつけたように話しているが、実際は少々違うのである。
「といっても、それを指摘しに行ったら……
ほら、僕、ハムスターだから」
ナイショ内緒。異世界ハムスターは口に指を当て、
しぃっ。子狐や子猫にバレる前に、退散してゆく。

…――不思議ハムが撤退した先に居たのは、
絶品和牛串のドチャクソに良い香りがする車、
車を必死に消臭クリーニングしている人間2名、
大きなあくびをして昼寝を始めるドラゴン、
そのドラゴンのそばに数株だけ植えられた、赤い彼岸花色したトリカブト。

「アカバナ エド トリカブト。サンヨウブシの変種で、東京の固有種。完全無毒な花さ」
車内の拭き掃除を為している2人のうちの、ひとりが不思議ハムに説明した。
藤森という名前の、雪国出身者である。
「数年前に、最後の群生地が潰されて、完全に絶滅した花だ。本来は秋に咲く花だよ」

条志さんが昼寝したら、途端に育って咲いてしまった。不思議なことだ。
そう付け足してドラゴンを見て、二度見して、
三度見あたりで気付いたのが、「花が増えた」。
「……ん?」

妙な経緯から「願いを叶える魔法」を得た藤森。
回数制限付きで、本来は3回使えるハズだったものの、稲荷子狐に1回使われ、稲荷子狐に1回使い、結果として借りたレンタカーが牛串まみれ。
残った1回の「魔法」を、
レンタカーの清掃ではなく、絶滅したハズの赤いトリカブトに使った。

赤花江戸附子の最後の花畑を守っていたのは優しい優しい老婆だった。

過去を覗いて絶滅前のトリカブトを採取し、
稲荷神社の厚意でそれを神社の庭に植えた。
藤森が持ってきた株はまだツボミであったが、
はて、いつのまに花を咲かせたのか。

「ほら藤森。気にしてる場合じゃないでしょ」
「えっ」
「最後の1回をトリカブトに使っちゃったんだ。
返す前に、レンタカー、原状回復しなきゃ」
「あっ。 そうだ」

脂と匂いは、なかなか取れないものだなぁ。
稲荷神社に拭く風を感じて、藤森は短く息を吐く。
「……ところで条志さん、ドラゴンの姿を他の人に見られでもしたら、どうするつもりだろう」
はぁ。忙しい忙しい。
藤森は不思議ハムから離れて車の方へ。
残って黙々作業していた方と一緒に、クリーニングの続きを始めたとさ。

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