かたいなか

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6/14/2025, 2:24:21 AM

最近最近のおはなしです。
「ここ」ではないどこか、別の世界に、「世界線管理局」なる厨二ふぁんたじー組織がありまして、
今回の物語は、ここが舞台。
組織の名前どおり、いろんな世界の調停をして、取り締まりをして、それから滅んだ世界の渡航規制、航路封鎖、事後処理もアレコレ。

最近は「こっち」の世界の東京に、滅んだ世界からこぼれ落ちた生存者、すなわち難民を密航させる、
いわゆる違法渡航が多くなってきましたので、
その取り締まりと、難民の保護も、それぞれ業務として、そこそこ、増えてきました。

今回はそんな「世界線管理局」の局員が、工事用品の商談会を視察するおはなし。
お題回収役はビジネスネームをドワーフホト、
それから、スフィンクスといいました。

「おい!ホト!すげぇぞ!このスーエイハ、後部座席に冷蔵庫積んでやがる!」
その日のスフィンクスは都内巡回用車両を調達するため、商談会場の中古車を物色中。
「充電バッテリー付き、コンセント完備、停まってるときはソーラーパネルで充電可能。
ベッドも付いてる!こいつぁ最高だぜぇ」

スフィンクスが見つけたのは、いわゆるロケ車両タイプの車内改造版。
後部座席をすべて取っ払い、
右に折りたたみ可能なテーブルと収納棚、
左にベッドや椅子として流用可能なソファー。
本当に工事用かと、実は車中泊の旅行者用じゃないかと、思うほどに高機能な「移動拠点」は、
スフィンクスの目には、良いものに見えました。

これなら法務部の某「鳥頭」に車を運転させて、自分とドワーフホトは後部で楽しく、
ミカンを食ったりキンキンジュースを飲んだり、
なんならお昼寝だって、できるのです。
最高です。 工事用品だそうです。

「スフィちゃーん、キャンピングカー見に来たんじゃないんだよぉ、ちゃんと考えてぇー」
スフィンクスの親友で同僚のドワーフホトは、屋外会場の強い紫外線にさらされて、かわいいウサギとキレイなユリの日傘を標準装備。
「スフィちゃんのお金じゃなくてぇ、管理局の予算から出るんだからぁ……」

おやおや、ドワーフホトの頭上で、
チュチュチュびりり、ぴちちピピちゅピびり、
縄張り宣言にはげむ、ヒバリの独特な鳴き声。
チュチュチュびりり、ぴちちピピちゅピびり。
お題どおりの、「君だけのメロディ」です。

「すご〜く長く鳴いてる小鳥さんがいるぅ」
「鳥頭の保護者連れてくりゃ良かった」
「なんでぇ?」
「多分名前知ってる」
「そっかー」

そんなことより見てみろよ、バックドア使ってテント張れるぞ、これでこの世界探検しようぜ。
「その世界」に居るときは「その世界」を混乱させないように、そこの技術と道具と魔法と術を原則として使用することになっている管理局です。
スフィンクスはこのロケ車カスタムを、ともかくいたく気に入りまして、ドワーフホトに提案します。
ひとまず南下です。ミカン畑を見に行きます。
そして夏祭りのメロディ、その土地だけのメロディとともに北上して、車中泊などするのです。
なんと楽しいことでしょう!

「ダメだよ〜。お仕事、お仕事〜」
頭上で縄張り宣言熱唱中のヒバリを見ながら、ドワーフホト、スフィンクスに言いました。
「でもー……、車の中に、小さいけど、冷蔵庫……」
視線を地上に戻すと、ハイエンドモデルのキャンピングカーが、視界に引っかかります。
「向こう、コンロ……付いてるんだよなぁー……
ダメダメ、お仕事、おしごとぉ……」

チュチュチュびりり、ぴちちピピちゅピびり。
ヒバリは相変わらず、お題どおりの「君(ヒバリ)だけのメロディ」でさえずります。
それはまるで、ドワーフホトとスフィンクスに、
ちゃんと業務車両として考えなさいと、
言っているように、聞こえるとか、別にそんなことないとか、なんとか。 おしまい。

6/13/2025, 4:46:57 AM

前回投稿分と、前々回投稿分を、それぞれ足して繋げたようなおはなしです。
最近最近の都内某所、某深めの森の中には、本物の稲荷狐一家が住まう稲荷神社がありまして、
そのうち末っ子の子狐は、食べるのが大好き!

ひとしきり雨天の縁側で、段ボール在住の「拾ってくださいごっこ」を楽しんだ後は、
同じく美味しいものが大好きな優しい参拝者さんと一緒に、参拝者さんが持ってきたサンドイッチの盛り合わせを、ちゃむちゃむ、ちゃむちゃむ。
分け合って、時には取り合って、あるいはアレンジして、幸福に、堪能するのでした。

I love おこめ! I love 麦! I love 五穀!
コンコン子狐は稲荷狐なので、穀物たる麦で作られたサンドイッチも、もちろん、大好きなのでした。
I love 美味! I love 滋味! I love 風味!
参拝者さんは食いしん坊なので、美味に整えられた料理は、当然のことながら、大好きなのでした。

「おいしい。おいしい」
子狐は尻尾をぶんぶん振って、照り焼きチキンのサンドイッチを、1個、2個。
「タルタルサーモンサンドも、おいしーよ。ちょーっと振ったレモンの酸味、最高だよぉ〜」
参拝者さんも口角上がりっぱなし。サーモンサンドを1個と、塩レモンチキンサンドを1個。

I love 五穀! I love 美味!
子狐も参拝者も、東京のじめじめを吹き飛ばす幸福で、サンドイッチを堪能しました。

「おねーちゃん、この、いっぱいのサンドイッチ、どうしたの?つくったの?」
「ちょっと、図書館でお仕事があってねぇ。
その図書館併設の食堂で、こ〜んな美味で、こ〜んな大盛りの、サンドイッチの盛り合わせ、出してもらえるの。それを、おー持ち帰りぃ〜」

「としょかん! えほん!」
「そうだねぇ。絵本、いっぱいあったよぉ〜」
「サンドイッチ!」
「うん。2皿分ねぇ、ちょ〜っと同僚に、全部一瞬で食べちゃったって勘違いされたけど、お持ち帰りに詰めておいたんだ〜」

さて。
そんなこんなの1人と1匹です。
雨天の縁側で、雨のお庭を眺めておると、
遠くで他の参拝者が2名、長話などしています。
1人は風吹き花咲く雪国の出身、
もう1人は、まさかの滅びかけた異世界出身。
ふたりして傘をさして、長話などしています。

I love 自然! I love 草花!
雪国出身の方は名前を藤森といい、
昨今の消えゆく日本の植物を、悲しんでいました。
I love 東京! I love この世界!
異世界出身の方はビジネスネームをアテビといい、
なかなかに、こっちの世界を気に入っていました。

ふーん、なるほどねぇ。
参拝者さん、2人が何を話しておるのか、だいたい推測できました。
というのも同僚が藤森のことを、ちょっと、気にかけておったのでした。

アレだぁ。異世界のチカラに頼って、この世界のお花を、気候変動とかから守りたいんだなぁ。
参拝者さん、藤森が何をしたいのか、よくよく理解できました。
でも「それ」は、「こっちの技術」で、「こっちの努力」によって、成し遂げられるべきことでした。

「ちょっと行ってくるぅ〜」
子狐を縁側に残して、参拝者さん、藤森とアテビを呼びに行きます。サンドイッチパーティーに、2人も参加させるつもりなのです。

「なんで?おねーちゃん、なんで?」
「こーいうのはねぇ、セカンドオピニオン、第三者、その他諸々、意外と大事ぃ」

さぁさぁ、一緒にサンドイッチを食べましょう。
一緒にサンドイッチ会議を開催しましょう。
参拝者さんも異世界出身。でもアテビと対極の組織の局員だったのです。
「ランチョンテクニックって、言うらしいぃ」
さぁさぁ、一緒に対話しましょう。
いっしょにサンドイッチサミットをしましょう。
参拝者さんは藤森とアテビを強制連行。
3人と1匹で、美味を囲みましたとさ。

6/12/2025, 7:09:06 AM

「雨音に包まれて、『拾ってください』の段ボールの中に、子猫や子犬が数匹」。
昔々存在した、一種のお約束ミームです。
今はそれほど、見かけないような気がします。
きっと、絶滅危惧種なのでしょう……
と、いう早々のお題回収は置いといて、今回のおはなしのはじまり、はじまり。

最近最近、雨ざーざーの都内某所に、
本物の稲荷狐が住まう稲荷神社がありまして、
そこの末っ子子狐は絵本が大好き!
狐の名作「どん狐」に、心温まる「てばさきを買いに」、ちょっぴり悲しいハッピーエンド「チロチロキャンディーのきつね」をはじめ、
もちろん、人間が生み出した美しい狐の絵本も、子狐はたくさん、お母さん狐に読んでもらいます。

ところでそんな、子狐の絵本ライブラリには、
雨音に包まれて「拾ってください」の段ボールの中にうずくまる、子犬と間違われた子狐のおはなし、
「みにくいワンコの子」というのがありまして。
茶色くて声もおかしい「ワンコの子」が、最終的に稲荷神社の神様に拾われて、
それはそれは美しく、とてもとても偉大な御狐様に成長しますので、
雨の日におうちで段ボールを見つけると、コンコン子狐、さっそく「拾ってくださいごっこ」です。

「さむいよー、さむいよー」
その日も梅雨シーズンの東京は、雨が降っておりまして、サラサラ、たぱたぱ、雨音がします。
「かかさん、ととさん、どこー」
コンコン子狐は稲荷神社の、敷地内にある宿坊兼自宅な純和風建築の、縁側に段ボールを持ってきて、
ちっとも寒くないし、ちっとも寂しくありませんが、「拾ってください」のマネごとです。

一応、段ボールにもクレヨンで、「ひろってください」のつもりの文字を、グリグリ、ぐりぐり。
全然判読できませんが、それでも楽しく、明るく、書いておいたのでした。
「かかさーん、かかさーん、さびしいよー」

あらあら、あの子ったら。 最近は「雨の中の段ボール」がマイトレンドなのね。
お仕事のお茶っ葉屋さんから帰ってきたお母さん狐は、子狐のことを理解しておるので、
敢えて、子狐を見に行ってはやりません。
あの状態でお母さんが見に行ってしまっては、「拾ってくださいごっこ」になりません。

代わりに、すごく丁度良いところに、清い心魂の人間が参拝に来ておったので、
ニヤリ、お母さん狐はイタズラに、その清い魂の人間を子狐のところに向かわせたのでした。

あの人間なら、子狐の遊びに付き合ってくれます。
お母さん狐、全部知っておるのです。

「さむいよ、さむいよ、さびしいよー」
サラサラ、たぱたぱ。縁側では子狐が、スッポリ居心地良く段ボールの中に収納されておりまして、
雨音にこそ包まれているものの、雨そのものには濡れない絶好のポジショニングで、
絶賛、拾ってくださいごっこを継続中。
雨音に合わせて段ボールをタントン叩いたり、
段ボールの底をちょっとガリガリ掘ってみたり。
それはそれは、もう、それは。寂しいとか言っておきながら、非常に楽しそうにしております。

だって子狐、家におじいちゃん狐もおばあちゃん狐も、それからお母さん狐もお父さん狐も、ちゃんと居ると、理解しておるのです。
でもこれは、拾ってくださいごっこなのです。
一応、寂しくて、寒くて、おなかが空いているという、とういうシチュエーションなのです。

寒いよ、寒いよ、寂しいよ。
雨音に包まれて、コンコン子狐楽しそうに、段ボールの中でごっこ遊びです。
子狐の段ボール籠城はその後だいたい5分くらい続きまして、その頃にはお母さん狐にけしかけられた参拝者が到着しましたので、
コンコン子狐は参拝者と一緒に、絵本を読んでもらったり、おなかを撫でてもらったりして、
楽しく、たのしく、過ごしましたとさ。

6/11/2025, 5:23:02 AM

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某私立図書館には、何気におでんが絶品な、飲食スペース併設の食堂がありました。
食堂の店主はお酒が大好き。
アルコール類の提供はありませんが、
店主が作る料理のことごとくは、肉も魚も果物を使った料理も、お酒によくよく、合うのでした。

ところで、そんな図書館居酒屋食堂ですが、
図書館というだけあって、試験勉強やら自習やらの児童生徒、学生さんも、チラホラ。
5人6人集まって、大皿囲んで勉強できるように、
食堂の店主はギリギリ利益が出る程度の価格で、
どっさり、たくさんの種類の具材で、サンドイッチの盛り合わせをメニューに突っ込んだのでした。

ハムにタマゴ、ツナマヨにイチゴ、主食からデザートまで入って、コーヒーと牛乳がおかわり自由。
学生さんが集まって、それをつまみながら勉強できるよう、店主は考えておったのでした……
が、お客様には「完食も失敗も結局実費の大食いチャレンジメニュー」と勘違いされまして。

「コレだ、コレだよぉ!結局実費の大食いチャレンジサンド〜! あー、良い匂いがするぅ」

その日、食堂の奥の奥あたりでは、美味しいものを愛する某管理局員の収蔵部さんが、丁度その図書館で仕事がありましたので、
一緒に仕事に来ておった法務部さんと一緒に、絶品サンドイッチの大皿を、まず、愛でておりました。
収蔵部さんはビジネスネームを「ドワーフホト」、
法務部さんは「ツバメ」と、それぞれ言いました。

「んん〜、悩むよ、悩むよぉ、
どれから食べよう、どれから食べるのが、イチバン、い〜ちばん、美味しく終われるかなぁ〜」
マーマレードとオレンジソースチキンと、オレンジココアとレモンチーズは、お土産しなきゃぁ。
ドワーフホトは美味しいものが大好き!
この図書館のサンドイッチの盛り合わせも、値段以上の美味と、良いウワサを聞いたのです。

「盛り付け方も、断面も、なかなか美しい」
ツバメはぶっちゃけ、
サンドイッチをメインにコーヒーを飲むより、
コーヒーをメインにサンドイッチをつまむので、
重視しているのはコーヒーとの相性くらい。
「ピリ辛ポークもある。面白い」
あんバターサンドをつまみ、コーヒーを含むと、
あんバタの甘さがコーヒーの酸味と溶け合って、
ふわり、優しさがツバメの口の中で咲きました。

「うん」
ツバメはサンドイッチを、すぐに気に入りました。
「美しい」
コーヒーのおかわりが自由らしいので、さっそく2杯目を貰いに行って、次はどれを食べようと、
思っておったところ、
テーブルに戻ってきた頃には、
おやおや、おかしいですね、
ツバメが1個食べたハズのあんバタサンドが、盛り合わせの大皿の上に、復活しています。

「ん?」
ツバメは目をパチクリ。
「……うん」
あんバタは、2個盛られていたのかもしれません。
きっと、そうに違いありません。

「どーしたのツバメさぁん。早くしないと、ツバメさんが好きそうなの、食〜べちゃ〜うよ〜」
「構いませんよ。私はコーヒーさえ、飲めればそれで良いので。余り物でも結構です」
れにしても本当に美しい」
コーヒー2杯目。ツバメは今度は、お皿に何個残っているかを数えてかられにしても本当に美しい」
コーヒー2杯目。ツバメは今度は、お皿に何個残っているかを数えてから、
その時点で2個残っている、シンプルなハムマヨレタスをつまみまして、ぱくり。

「これも美味い」
「ベーコンレタスも、なかなか美味ぃ」

おやおや、食堂の店主さんが、淹れたてにしてキンキンのアイスコーヒーを、補充に来ています。
「ドワーフホトさんも、どうですか」
「ミルクとお砂糖よろしくぅ〜」

ツバメとしては、コーヒー3杯目。コーヒーを凍らせた氷を適量入れてもらって、片方にはミルクとシロップも追加してもらって、
さっそくテーブルに戻ったところ、
おやおや、やはり、おかしいですね、
ツバメが1個食べて、2個になったハズのハムマヨレタスサンドが、盛り合わせの大皿の上で、
なんということでしょう、3個になっています。

「……ん?!」
ツバメはやはり、目をパチクリ。
「え? んん??」

ツバメはドワーフホトを、じっと、見ました。
「どーしたのぉ、ツバメさぁん」
ドワーフホトは、こっくり。首を右に傾けます。
「あの、」
ドワーフホトさん、盛り合わせに何かしました?
ツバメがそう続けようと、口をあけたところで、
「……あー、 いえ、 なんでも」
すべて、美しく理解してしまったので、とりあえず、ドワーフホトにアイスコーヒーを渡しました。

「ふーん。ヘンなツバメさぁん」

ドワーフホトとツバメが食っているサンドイッチの盛り合わせの皿の下には、2皿、同じものが重なって、隠されておったとさ。
「……急いで食べなくて良いですよ」
「はぁーい」

6/10/2025, 9:54:02 AM

私、永遠の後輩こと高葉井が勤めてる私立図書館では、複数の閲覧室があるけど、
ひとつだけ、静かにBGMが流れてる部屋がある。
理由は、詳しく聞いたことはない。多分子供連れの親子に配慮して、だと思う。
防音にでもなってるのか、ドアを開けるまで中で音楽が流れてるなんて分からなくて、
入ってみれば、たまに小さな子供に親御さんが、あるいはそこの閲覧室の担当職員さんが、
絵本の読み聞かせなんかを、たまにやってる。

今日は私が、そのBGMが流れてる部屋の担当。
朝礼が終わってから閲覧室に向かって、本の整理整頓をして、開館アナウンスが入って。
さぁ今日も、お仕事、お仕事。
私も大好きな推しゲーの聖地にして生誕地ってだけあって、この私立図書館は、人が多く来る。

ところで今日は何故かいつもと違うBGMが閲覧室に流れてるけど、何だろう。

「さあ、子供たち。
不思議なワサビの絵本の、はじまり、はじまり」

気が付いたら私担当の閲覧室には、長い黒髪が怪しいっちゃ怪しい、キレイっちゃキレイな、
つまり、要するに、怪しくて若い女の人が、
小さい子供たち5人くらいに、見たことない絵本の読み聞かせを始めてた。

ワサビの絵本だってさ。
不思議なワサビの絵本だってさ。
それを5人も、ガキんちょが食い入るように見て聞き入ってるんだってさ。

絵本界隈というか、絵本世界というか、
最近はいろんな絵本が出てきてるのは、この図書館でよーく理解したけど、ワサビ、だってさ。

どうしてこの世界は子供にもニッチを提供できるんだろう(絵本作家の多様性)

どうしてこの世界は、猫でも狐でも犬でもなく、
ワサビなんかのおはなしも許容できるんだろう
(絵本作家の物語構築スキル)

「昔々、あるところに、」
なんだか本当にワサビの香りがしてくるような錯覚と一緒に、読み聞かせは始まった。
「深淵にして、偉大なる、不思議な不思議なワサビが、美しい霊場の霊力を吸いながら、
美しい水とともに、育っておったのじゃ」

絵本が「のじゃ」なのか、この黒髪さんが「のじゃ」なのか、分からないけど、
ともかく、その若い女性が読んでる絵本は、どこか絵本らしくない言葉ばっかり。

「不思議なワサビは偉大なワサビ。
ひとくちそれを食べれば、香りをかげば、
この世の苦悩も根塊も未練も、すべて、忘れ去ることが、できるのじゃ」

ワサビの香りがしてきそうな、
いや、実際に香ってるような気がしないでもない、
ともかく、絵本の読み聞かせは続いてる。

(聞いてて面白いのかな)
子供たちは、子供たちなのに、ちっとも動かない。
(なんでだろ、ワサビなのに、気になる)

ふわふわ、ふわふわ。
ワサビの香りが漂う絵本の読み聞かせ会は、
すごく異様で、すごく異質で、すごく不思議。
なのに目を離せない。耳を閉じられない。
読み聞かせの声のせいかな。

読み聞かせ界隈は意外と広い。
どうしてこの世界は、声だけで人間を引き付けられるんだろう……

なんて考えてたら、
副館長が大急ぎで、私の担当の閲覧室に、すっ飛んできて、黒髪のじゃさんを追い出しちゃった。
「アタシの図書館でまた妙なことして!
子供をワサビの世界に誘拐しないでちょうだい」
「おやおや、多古副館長かえ。
誘拐とはまた、無粋な。ワタクシはワラベたちを、ワサビの世界へ、招待しておるのじゃ」
「招待も誘拐も一緒よ!ほら出てった出てった!」

ふんふん、ぷんぷん。
副館長が黒髪のじゃさんを図書館からつまみ出すと、私の担当の閲覧室は、いつものBGMに戻った。
「なんだったんだろ。あれ」
副館長は、何も言わない。
ただ黒髪のじゃさんが座ってたあたりに、お清めの塩っぽいものを盛るだけだった。

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