「『恋物語』、『もう一つの物語』、『終わらない物語』。少なくとも過去3個は『物語』書いた」
他にも「はじまり」といえば、先月「初まり」を書いた気がしないでもないが、どうだったか。
某所在住物書きは天井を見上げて、ため息を吐いて、それから仕方がないのでカキリ、かきり。
小首を鳴らし、最初に書きたかった物語を破棄。
事前に用意していた別の物語に差し替えた。
書きたいシナリオは固まっているのだが
物語の初め方でアレコレ考え過ぎて
そもそも物語が始まらないのだ。
お題が「物語の始まり」なのにそれが「始まらぬ」とはこれいかに。
「……途中まで書いた分、お焚き上げでもすっか」
冒頭は書けたのだ。そっから先なのだ。
物書きは再度ため息。 物語が、始まらない。
――――――
物語の始まりを、だいたい「最近最近の都内某所」から始めるアカウントです。
今回はちょっと趣向を変えて、王道な言葉で、物語のはじまり、はじまり。
昔々。
あるところに、寂しがり屋でひねくれ者な神様(ものかき)が、ポツンとぼっちでおりました。
寂しがり屋でひねくれ者な神様は、すごく寂しがり屋だったので、
長ーい間、それはそれはしんみりと、昼寝をしたりおやつを食べたりしながら過ごしておりました。
ある日、寂しがり屋でひねくれ者な神様は、昼寝とおやつばかりの1日に飽きて、
もとい、寂しさに負けて、
「他人(だれか)」が欲しくなってきました。
寂しがり屋な神様は、それでも神様だったので、
神様の力で、えいやっと、一冊の本に新しい世界の物語を書いてみることにしました。
まず、神様が夜の暗闇を本のページにすると、世界に1日の区切りが生まれました。
次に、神様が冬の雪を表紙にすると、世界に1年の区切りが生まれました。
白雪の表紙に黒夜のページ。立派な本ができたので、
神様が銀色に輝くペンにたっぷりの夢のインクを含ませて、その本にさらさら文字を書くと、
世界に、たくさんの「登場人物(だれか)」が生まれ、ひとつの大きな物語が始まりました。
「おぉ!これはこれは、素晴らしい。」
神様がどんどん字を書き進めると、物語もどんどん広がっていきます。
しかし、寂しがり屋でひねくれ者な神様は、酷くひねくれ者だったので、
なんということでしょう、神様が書いた物語は、幸せより不幸が多い物語になってしまいました。
「おやおや。やりすぎてしまったようですね。」
少しずつ不幸に傾く物語にようやく気付いた神様。
この物語を終わらせようか続けようか、6日くらい悩んで、7日くらい昼寝して、
よし、どっちにすべきか誰かに調べさせよう、
と決めた14日目に、
1匹の夢が神様のところにやってきて、
こう、言いました。
「物語を終わらせるか続けるかだって?
書き変えるって手もあるんじゃね?」
神様はそれを聞いて、それもそうだと思いました。
そして、その日のうちにその日のノリで神様がさらさらと文字を書き加えると、
世界に、不幸を幸せに変える奇跡と、物語の行き先を決めるための特別な登場人物が生まれました。
物語を書いた、寂しがり屋でひねくれ者な神様は、
今も、あるところで昼寝をしたり、おやつを食べたり、新しい物語を初めたりしながら、
物語の続きと終わりと書き直しの真ん中で、
世界の行く末をどうするか今も考えているとか、いないとか、なんとかかんとか。
おしまい、おしまい。
「『静寂の部屋』とか『静かな夜明け』とかなら、過去のお題で書いてたらしいわな」
お題の「静かな情熱」で、戦隊モノのブルーポジションしか思いつかなかった物書きである。
記号として、レッドはリーダー、ブルーはクール。
イエローは何故か食いしん坊のイメージがある。
特にカレーだ。何故だろう。
「ピンクの他にも、イエローとかグリーンとかを女性が担当することもあるんだっけ?」
どちらかというと、学校とか車とかが変形してロボットになるアニメを視聴していた世代の物書き。
特撮は不勉強だが、記憶はある。
「『静かな情熱』なぁ……」
要するにである。 戦隊ネタの投稿となるのだ。
――――――
ノダケの花言葉が「静かな情熱」だそうです。
ただ、ノダケが咲くのは秋頃であり、春の今頃にはどうにも不向き。なんとも歯がゆいところです。
なんてトリビアはその辺に置いといて。
今回のおはなしのはじまり、はじまり。
最近最近の都内某所、某稲荷神社には、本物の稲荷狐がおりまして、すなわち人に化ける妙技をもつ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしています。
最近、お母さん狐の妹さんが、雪国から東京へ2泊3日、旅行に来ておりまして。
かわいらしい狐の坊やと、凛々しい狐のお婿さんと一緒に、稲荷神社の宿坊でご宿泊。
稲荷神社にも末っ子の、コンコン子狐がおりますので、2匹してキツネずもうしたり、2匹してお昼寝したり。楽しく2泊を過ごしました。
その日は狐の坊やが雪国へ、おみやげ持って帰る日ですが、その前に本日のお題回収。
「静かな情熱」です。
子狐ーズ、2匹してテレビの前に猛ダッシュ!
リモコンのボタンをタシタシ!
「ネボー!寝坊!タイヘン!」
稲荷の子狐は尻尾をぶんぶん!
「たいへん!たいへん!」
小ちゃい狐の坊やも尻尾をぴろぴろ!
戦隊アニメの時間なのです。
『アンタたち!出動よー!』
チャンネルに移動すると、どうやらイチバン観たい場面には間に合った様子。
世界線管理局の法務部で、司令官のオネェな宇宙タコが、ビシッ!ヒーローに出動を命じます。
『『着装!!』』
変身ジェムをアドミンウォッチの前にかざして、5人の管理局員が決めポーズ!
「かっこいい!」
「かっこいー!!」
子狐ーズは子供なので、カッコいいのが大好き!
尻尾を、振るというより、既に高速回転の域に達する興奮で、変身もとい着装ポーズの真似をします。
「ちゃくそぉ!」
「きんきゅーちゃくそぉ!」
テレビの中の局員たちが、バトルコスチュームを身につけると、さぁお題回収。名乗りのシーンです。
『燃える正義、アドミニスターレッド!』
『静かな情熱、アドミニスターブルー!』
『みなぎる活力、アドミニスターホワイト!』
『見抜く叡智、アドミニスターブラック!』
『たゆたう調和、アドミニスターイエロー!』
『『管理局戦隊アドミンジャー、現着!!』』
「負けるな、アドミンジャー!」
「がんばれぇー!」
世界と世界の独自性を守るため、
世界と世界の独立性を保つため、
管理局戦隊アドミンジャーは今週も、世界間の調和を乱すワルモノたちと戦います。
『このままでは、やられてしまう!』
そして今週も、最後はロボットに搭乗するのです!
『キングマンダリン、統合合体要請だ!』
『おっしゃぁぁ!!統合合体承認!』
管理局のエンジニアが、ボタンを押して叫びます。
24と1個のしらぬい型ミカンが大きくなって、
ガシャーン!ガチーン!
巨大ロボ、キングマンダリンに統合合体です。
『ゴー!キングマンダリン!』
「いけー!キングマンダリン!」
「あどみんすらっしゃー!」
巨大ロボが登場して、子狐ーズの興奮は最高潮!
もはや、「静かな情熱」アドミニスターブルーなんか観ちゃいません。
大きくてかっこいい、キングマンダリンが堂々と、ワルモノを成敗するところしか見えてません。
管理局戦隊アドミンジャーの、エンディングテーマを2匹で歌って、別の番組が始まったら、あとは2匹でアドミンジャーごっこ。
「もえるセイギ!アドミンレッド!」
「しずかなじょーねつ!アドミンブルー!」
コンコン子狐と親戚の坊やは、2匹してそれぞれ「燃える正義」と「静かな情熱」になりきって、
坊やが雪国に帰る時間まで、一緒に楽しく遊んでおったとさ。 おしまい、おしまい。
「遠くから何の声が聞こえるか、ってハナシよな」
某所在住物書きは通知画面を見ながら、書きやすいんだか難しいんだか分からぬお題に目を細めた。
「鳴き声、泣き声、怒鳴り声、猫撫で声、声なき声に勝どきの声。『話し声が聞こえる』とかがこの場合、比較的書きやすい、のか?」
まぁ、時間はたっぷりある。前回書きづらかった分、今回はゆっくりじっくり物語を組めば良い。
物書きは余裕綽々としてポテチを食い、スマホのゲームで気分転換をして、
「……あれ。意外と、パッとネタが降りてこねぇ」
結局、いつの間にか次回のお題配信まで3時間プラス数分となった。
――――――
前回投稿分からの続き物。
桜もだいぶ散った最近最近の都内某所で、春恋をテーマにしたスイーツフェスが大盛況。
前回投稿分では東京に住む稲荷の子狐と、
その親戚であるところの小さい霊場の子狐が、
人間2名に連れてってもらって、人間の春恋スイーツをたっぷり堪能。
双方不思議な狐なので、人間のスイーツを食っても平気なのです。野良の良い狐は、特にチョコレートなどは、真似をしてはなりません。
さて。
スイーツフェスの春恋お菓子をたっぷり買い込み、都内某所の稲荷神社に戻ってきた、稲荷の子狐と霊場の子狐です。
買い込んできたスイーツというスイーツを、
お母さん狐に分けて、お父さん狐に分けて、
それから稲荷神社の方の、おじいちゃん狐とおばあちゃん狐にも分けて、
それでもお菓子は、どっさり余っておりました。
自分たちをスイーツフェスに連れてってくれた人間とも仲良く分けっこして、
皆でもぐもぐもぐ、ちゃむちゃむちゃむ!
ケンカせず、楽しく、スイーツフェスの二次会を、自主開催しておったのでした。
「おい、スフィンクス。この稲荷神社の子狐は1匹のハズだぞ。何故2匹に増えている」
おやおや。子狐2匹と人間1人の二次会の、遠くの声は随分と、ギャーギャーしていますよ。
「いつもの子狐の親戚だとよ。母親の妹の子供だとさ。別に分身の術でも何でもねぇよ」
「母親の妹の子供?」
「行楽シーズン。都外の故郷から都内に旅行。
なんでも両親とガキとで2泊3日だとさ」
「聞いていない」
「どうせ面倒見てやるくらいしか能が無いんだから、遊んでやれって鳥頭ちゃん」
「なんだと」
ギャーギャー、ギャーギャー。
遠くの声は物騒です。でも子狐2匹は気にしない。
だって、遠くでギャーギャーされても、自分のお菓子を奪いに来るワケじゃないのです。
遠くでガーガーされても、自分のお菓子は自分で食べることができるのです。
もぐもぐ、ちゃむちゃむ。
美味しいお菓子を全部食べたら、
子狐2匹はお昼寝の時間。
たっぷり食べて、たっぷり寝ましょう。
「やだ!ぼん、あそぶ!」
おやおや。2匹のうちの1匹は、ちょうど第一次イヤイヤ期。一緒にお菓子を食べていた、人間の1人の方によじ登り、登山ごっこなど始めます。
「ぼん、まだ、ぜったい、おひるねしない!」
「お昼寝、しないのー?」
周囲のお菓子のケースやラップを片付けてしまった人間は、子供の対応なんて、おてのもの。
おなかに登ってくる子狐に構わず、おっきい敷布団と、フカフカふわふわタオルケットを敷きまして、にっこり。言います。
「じゃあ、お布団の中で、かくれんぼしよ〜」
そうです。ひとまず、布団の中に入れるのです。
そして寝転がせて、静かにさせるのです。
「あたしがオニぃ。10数えるよ〜。
ほら!いーち、 にーい!」
「かくれんぼ!」
あそぼう、あそぼう!
どっちの子狐も、かくれんぼは大好き!さっそく布団の中に潜り込んで、一生懸命隠れます。
「ぼんも!ぼんも!」
遊びたがりの子狐も、タオルケットの中に潜入!
鬼に見つからないように、ピッタリ、静かに、動かなくなりました。
「さー、どこかなー、ここかなぁっ」
ポンポン、ぽんぽん。
人間は子狐の身体を、優しく、ぽんぽん。
「ちがうよっ、ちがうもーん」
子狐たちは「自分は見つかってない」と自信たっぷり。そこじゃないと、声を出します。
「ここかぁー。ここじゃないかなぁ」
「そこじゃないよ、ここじゃないよ」
ふふふ。どこだろねぇ。人間の声が段々、だんだん、遠くなってきて、静かになってきて、
いつの間にか、タオルケットに潜る子狐たちも、声が小さく、遠くなってゆきます。
気がつけばどっちの子狐も、ぐぅすぴ、かぁすぴ。
タオルケットの軽い圧迫感と通気性と、ほんのり暗い安心に負けて、深井深い夢の中。
たっぷり2時間、お昼寝しておったとさ。
「去年の秋に出たお題が『秋恋』だった」
まだ遭遇してないのは「夏恋」と「冬恋」か?
某所在住物書きは過去のお題を確認しながら、
しかしこの「書く習慣」、恋愛ネタのお題はちょくちょく配信されてくるので、
ぶっちゃけ、夏の恋と冬の恋そのものは、既にお題として配信されておるかもしれないと、
小さな、ため息など吐いている。
物書きに彼女・彼氏は縁が無かった。
「まぁ1人はいたけどさ。
いたけど、そいつが、2年前に投稿してたネタの
『理想押し付け厨かつ厳選厨な、自分の職場にまで押し掛けてくる元恋人』のモデルだもんなぁ」
つまり恋に良い思い出がねぇのよ。
物書きは思う。 あいつ今頃どうしてるだろう。
――――――
狐は春に恋するにあらず。冬に恋して巣を選び、そこで子を産みおとして育てて、
春に巣穴から育った子供が、よちよち、とてちて、おぼつかない足取りで出てくるのです。
稲荷狐も化け狐もだいたい同じで、
冬に恋して、春に恋が巣穴から出てくるのです。
今回は「春恋」のお題ですので、
春になって外に出てきた化け狐の子供と、
その化け狐の親戚の子狐と、
その子供たちの面倒を見る女性2名のおはなし。
最近最近の都内某所、某スイーツフェスの会場は、
「春恋フルーツフェスタ」と題しまして、
あっちにいちごのチョコファウンテン、
そっちに春ミカンのクリームパフェ、
向こうではサクランボのカップケーキと、
春の恋をテーマに、甘酸っぱい幸福をたっぷり積んだキッチンカーがいっぱい、総勢20台。
チケット制で、10枚つづりが5000円。
各スイーツ、1品につき1枚で食べられます。
で、その春恋スイーツと女子ーズと子狐ーズが、どう繋がるかといいますと。
そうです。2人と2匹して、このスイーツフェスに突撃潜入!ガッツリ甘いものを食う算段です。
「いいか、絶対、ゼッタイ!俺様から離れるんじゃねぇぞ!勝手な行動はダメだ」
目を離したらどうなるか、分かったモンじゃねぇ。
女子ーズの1人はビジネスネームを「スフィンクス」といいまして、1人と2匹に警告します。
「必ず全員で固まって、迷子になら……」
迷子にならないように、一旦全部の店を回るぞ!
しっかりもののスフィンクスが言う前に、
「イチゴ大福だぁ~!コンちゃん、行こう!」
もうひとりの女子ーズの「ドワーフホト」と、
「わぁー!いこう、行こう!!
おばちゃんに、おみやげだぁー!」
しっかり人間に化けた子狐と、
「おかあちゃんにも、おみやげ!
おとうちゃんにも、おみやげ!」
その子狐の手をしっかりにぎり、頑張ってついていく、小ちゃな狐耳が出てしまっておる子狐が、
さっそく、スフィンクスから離れていきます。
1人と2匹一緒に行動してるだけ、マシかというと、食いしん坊ズがいつまでも、お行儀よくしているハズも無いわけで、途端にわちゃわちゃ。
「おねーちゃん!あっち!みたらし団子!」
「あたし、そっちのミニパフェ見てくるぅ。
コンちゃん、いっといで!」
「ぱふぇー!おかあちゃんと、ぼんのぶん!」
「よぉし。こっちのコンちゃんは、一緒に行こう」
あーあー、あーあー。
みんな、自分の春恋スイーツ目指してまっしぐら。
だぁれもスフィンクスの正論を聞きません。
「おまえらぁー!」
どうせ全員、あとで迷子になるのです。
どうせ全員、まとめてスフィンクスが探し出して、見つけて、だいたい子狐かドワーフホトが転んで怪我などしてるので、手当てするのです。
なんなら今回は大きい方の子狐の、母親の方の実家の次女さんが、子供を産んで雪国から、母狐を頼って2泊3日の春旅行の最中。
「ぼんもたべる!ぼんもたべるぅ!」
さっきから「おかあちゃん」、「おとうちゃん」と言っている、小ちゃい方の子狐の面倒まで。
「まってまって、好きなの、頼んであげるぅ。
どれ食べたい?キウイ?イチゴ?」
「いちご!」
「おれさま、ミカンジュレのケーキ、くえるかな」
ドワーフホトと小ちゃい方の子狐を、なんとか確保している間に、大きい方の子狐が行方不明。
みたらし団子を食いに行くと言っていました。
みたらし団子のキッチンカーには、大きい方の子狐、並んでいないようでした。
「むりかな。どうだろな」
スイーツフェスのような会場で、食いしん坊1人と2匹の引率も、ラクなものではありません。
それはさながら春恋というより、春騒動、運動会。
保護者な人間スフィンクスは、ドワーフホトと小ちゃい子狐の安全を確保しながら、
大きい方の子狐を探して、10分、20分。
頑張って、歩き回ったとさ。
「去年の4月某日のお題が、『もしも未来を見れるなら』で、6月が『未来』、今年のハナシだと2月に『未来の記憶』を書いたな」
あの時は結局何も思いつかなくて、ほぼお手上げ状態だったわ。某所在住物書きは己の過去投稿分をたどり、当時の失態を思い出してため息を吐いた。
「未来図『は明るい』、未来図『を変えてはいけない』、未来図『が分かってりゃ苦労しない』。
ケツじゃなく、アタマに言葉を足すなら、『10年後の』未来図とか、『人の絶えた』未来図とか、そういうハナシも書けるだろうな」
まぁ、ネタは浮かべどハナシにならぬ、ってのは毎度のことだが。物書きはうなだれて、再度ため息を……
――――――
前々回投稿分から続いてきたおはなしも、ようやく今回でおしまいです。
最近最近の都内某所に、滅んだ世界出身の異世界人が、仕事をしに来ておりまして、
ビジネスネームを「アテビ」といいました。
異世界人のアテビは前々回、ひょんなことから、初任給で買った一目惚れの、薄黄色した一輪挿しを、まっぷたつに割ってしまいました。
そして異世界人のアテビは前回、都内の現地住民の案内で、一輪挿しをキレイに金継ぎしてくれるお店に、一輪挿しを託しました。
現地住民に何度も何度も、なんども深くお礼して、
自分の職場に帰ってきたところから、
さて今回のおはなしの、はじまり、はじまり。
「ただいま戻りました!」
アテビの職場の通称は「領事館」。
アテビのような、滅んだ世界から脱出してきた難民を、密航の形でこの世界に避難させて、
そして、新しい生活ができるように、相談役や手配、支援等々をしておる職場なのです。
アテビはここの、新人職員。
アテビの故郷の世界は壊れてしまっておるので、
領事館に住み込みで、せっせと働いておるのです。
「ああ、キンツギ、すごい!
この世界には、あんな素晴らしい技術がある」
アテビが生まれた世界は技術がすごく進歩していて、たとえば何かが壊れても、原子レベルでそっくりな、完全に酷似したコピーをいくつでも、安価で作ることができます。壊れたものは捨てられます。
だけどこの世界は、アテビの壊れた一輪挿しを、植物と金属のチカラを借りて、
美しく修理して、また使えるようにするのです。
「すごいな。すごいな」
壊れたものを捨てない。無駄にしない。
この世界はアテビの世界より、技術レベルも科学レベルも文明レベルだって劣っていますが、
アテビはこっちの世界の「活かす/生かす」術が、とっても、とっても、好きになりました。
「おい、アテビ。さっきまで酷く落ち込んでたみたいだが、もうあの一輪挿しは良いのか」
「はい、スギ館長。もう大丈夫です!
現地住民の優しいひとが、3ヶ月かかるけど、キレイに生き返らせてくれるそうです」
「お、おお。 そうか。良かったな」
「はい!」
るんるんるん、るんるんるん。
大事な大事な一輪挿しが、また使える、美しい金のラインと絵でおめかしされて戻ってくる。
金継ぎされた一輪挿しの完成予想図を――未来図を貰ってきたアテビは、
その未来図を、帰還途中で買ったキレイな額縁に入れて、一輪挿しを置いていた窓際に置きました。
縦にまっぷたつに割れた、薄黄色の一輪挿しです。
その縦のまっぷたつを、桜の若木に見立てて、
ウルシと金の粉でもって、その若木に枝を、そして桜の花びらを、伸ばして咲かせて散らします。
「ああ、きれい」
日本の伝統技工、金継ぎと蒔絵に、
アテビは小さな、恋をしました。
アテビのまっぷたつに割れた一輪挿しを、「こうやって直します」と描かれた未来図は、
たちまち、アテビの宝物のひとつとなりました。
「キンツギと、マキエか」
未来図をじっくり眺めて、超消費世界出身のアテビは、3ヶ月後を想像します。
不注意で割ってしまった一輪挿しが、
アテビの世界であればカンペキなコピーを作られて、壊れたオリジナルはポイちょのバイバイであっただろう薄黄色の陶磁器は、
金色の木と、金色の花を咲かせて、
また、アテビの手元に、帰ってくるのです。
「この世界には、他にどんな魔法があるんだろう。
どんな素敵があるんだろう……」
自分の故郷と違う技術は、自分の故郷と違う思想。
きっと、超大量消費世界とは違う未来図。
異世界人アテビは一輪挿しが、3ヶ月後に金継ぎを経て、自分のところへ戻って来て、
「壊れたって良いんだよ」と、新しい姿を見せることを、ずっと、ずーっと、想像しておったとさ。