「記憶力、記憶保持、記憶器官、記憶装置。
長期記憶とか短期記憶とかのハナシも書ける」
他には何があったかな。某所在住物書きは過去投稿分を確認しながら、ぽつり、ぽつり。
去年「遠い日の記憶」を書いて、先月「未来の記憶」のお題が配信されたのは、記憶に新しい。
「記憶にございません」はよく用いられている言葉である。物書きも先日使った。
ガチャ石である。50連分である。
「いけると思ったんだよ。……だけどな」
おかしいなぁ。ピックアップが当たらないし、ガチャ石も消えてしまった。
それらはどこへ消えたのだろう。
――――――
自分の記憶力に自信が無い物書きです。
「書く習慣」に使えそうなネタはなるべく、メモとして残すようにしているものの、
何故「その文字」をメモったのか、記憶に残っていない場合もあったり、なかったり。
『人は腹が減るとロクなことを考えない』。
何にひらめいて何を書こうとしたんでしょう。
と、いうハナシは置いといて。
今回のおはなしのはじまり、はじまり。
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某深い深い杉林の中に隠れて、立派な建物が建っており、それは通称「領事館」といいました。
「お久しぶりです。どうです、もう慣れましたか」
「少しだけ、慣れた気がします」
その領事館はこの世界の、どこの国のものでも、どの星や銀河のものでもなく、
つまり、「ここ」ではない別の世界に本拠地を置く組織が開設した領事館。異世界から「この世界」に避難してきた難民のための領事館でした。
領事館の所有者は、「世界多様性機構」。
滅びそうな世界に取り残されている人々を、他のまだ生きている世界に「密航」させて、
違法ながら、しかしそれによって、多くの異世界人の命を救っておったのでした。
「領事館」は密航に成功した異世界難民のための、世界多様性機構による支援拠点。
領事館を訪れたエルフ耳も、つい先日崩壊した故郷から逃げてきたばかりの異世界人です。
この世界に密航してきて、エルフ耳異世界人さんの東京生活も、はや1週間。
東京での新生活にあたって、現地住民からイジワルされていないかとか、困りごとは無いかとかを、
密航と定住の支援をしてくれた領事館に、エルフ耳異世界人さん、報告しに来たのです。
「すごく不思議な気分です」
領事館の館長さんから出されたお茶を飲みながら、エルフ耳異世界人、言いました。
「この世界は、私の故郷にとてもよく似ています。
文化レベル、言語、気候、気温。どれも私の、滅んだはずの世界の記憶を呼び起こします」
そうですか、それは良かった。
言おうとした館長さんでしたが、
「でも、」
エルフ耳異世界人、寂しそうに付け足します。
「故郷の世界の記憶を呼び起こされるからこそ、時折感じる『故郷』との違いが、苦しくなります。
絶妙に似ていて、微妙に違う。現地住民の優しさと
親切が、時折怖く感じるのです」
なんで怖いんですか?
何か、現地住民にイジワルされたんですか?
お茶のおかわりを注ぐ職員さんが、エルフ耳さんに聞こうとすると、
領事館の館長さん、黙って職員を右手で制します。
館長は事前に、知っておったのです。
エルフ耳さんの故郷では、膨大な魔力を持つこのエルフ耳さんは、被差別対象だったのです。
なんやかんや、アレやコレや、色々耐えて忍んできた世界の記憶が、東京の景色に重なるのです。
記憶とのズレが、怖いのです。
「どうしてもツラくなってきたら、我慢せず、我々領事館に御一報ください」
領事館の館長さん、エルフ耳さんに言いました。
「至急、別の定住先を探します」
「ありがとうございます」
深々とお辞儀をして、エルフ耳異世界人、領事館から出てゆきました。
「苦しくなったら、よろしくお願いします」
それから後のエルフ耳さんの行方を、領事館が知ることはありませんでした。
密航がバレて管理局に保護されてしまったか、領事館を頼る必要が無いくらい生活が安定したか。
ただ、このおはなしから1ヶ月後、領事館に切手も消印も無い手紙が届いて、
ただ短文、『お世話になりました。おかげで本当の安全を得ました』と、書かれておりましたとさ。
おしまい、おしまい。
「言葉を付け足せば、『飲もう二度ときめいた豪華ビュッフェで』とか、こじつけることは可能か」
頼もう二度、とりカツを。
某所在住物書きは天気予報を確認しながら、黄砂の予報にため息をついて、目薬などひとつ。
黄砂が冬に来ないのは、黄砂発生源を雪がフタしているからだとか、なんとか。
黄砂発生箇所がずっと湿っていて雪や雨に覆われていれば、もう二度と黄砂は発生しないのだろう。
「まぁ夢物語よな」
黄砂飛来予測を見ると、北海道と青森県にはほぼ飛来しないようである。
北海道はたしか、スギ花粉がほぼゼロのはず。
「移住したら花粉症とぜんそく……」
なお北海道の冬は極寒。移住は春に限定した方が良いかもしれない。
――――――
スギ花粉に黄砂。ぜんそく持ちや花粉症持ちには、厳しい時期となりました。
気候が変動してナントカ風が大蛇行しているというなら、ついでに黄砂も蛇行して、もう二度と日本に来てほしくないと思う物書きです。
今日は「もう二度と」と題して、こんなおはなしをご用意しました。
前回投稿分と繋がるおはなし。
「ここ」ではないどこかの世界に、「世界線管理局」という厨二ふぁんたじー組織があり、
そこには、敵対組織から「ミカン休暇」と言われて酷く恐れられている、あるいは諦められている、
とても恐ろしい、警備システムがありました。
ミカン休暇は管理局の、主に経理部近辺で見られる、一連のシステムの総称。
経理部の天才エンジニアであるところの、ビジネスネーム「スフィンクス」が、設計してメンテナンスして、運用しておるのです。
24個の「しらぬい」の形をしたミカンが、エリートしらぬいミカン、デ□ポンの指揮でもって、
あっちをパトロール、そっちをパトロール。
24+1個の不知火の、どれか1個にでも見つかれば、そこでそのスパイはバイバイ、さよなら。
敵性人物侵入の情報が全不知火&ポンデコに共有され、コロコロコロ、ころころころ!
たちまちミカンに捕まって、ベルトコンベアのように所定位置まで輸送されて、
スフィンクスが待ち構えているコタツの前に引き出され、その後は「もう二度と」、自分の所属組織に戻れないのです。
ところで経理部の「スフィンクス」ですが、
その日は収蔵部のドワーフホトと一緒に、アンゴラおばあちゃんの魔法の喫茶店で「雲りスープ」の試食会に行っておりまして。
そうです。前回投稿分の、アレです。
「スフィンクスが居ないならこっちのモンだ!」
管理局をイチバン敵視しているのが、同じく「ここ」ではないどこかの組織、「世界多様性機構」。
「スフィンクス不在の情報が漏洩するなど、このチャンスはもう二度と来ない。行くぜぇ!」
ここのスパイ部門の特潜課、「ミカン休暇」の怖さを知らぬ若手が、出世欲を出して管理局に潜ります。
「へへへっ。管理局に爆弾ひとつでも設置できれば、ワシは昇給間違いなしだ。 ひとつと言わず、大量に爆弾隠して、局内を荒らし回ってやる!」
はははっ、ヒャーハハハ!
機構の若手スパイさん、まんまとスフィンクス不在の間に管理局に忍び込んで、それそれ、ほれほれ。
お手製の小さなチート爆弾を、あっちにポイポイ、こっちにポイポイ。設置します。
「よし、カウントダウン……」
爆破のカウントダウン、スタート!
スパイさんが爆弾の、遠隔スイッチを押しますが、
いったい何がどうなってるやら、設置した爆弾はオンラインにならず、スイッチも信号を発信できず。
代わりにあちこち、コロコロ集まってきたのが、
そうです、ミカン休暇の不知火とポンデコです。
ビーッ、ビーッ、ビーッ!
不知火とポンデコは、警戒音をけたたましく鳴らして、スパイさんに向かっていきます。
「やかましい!やかましいわ!」
スパイさんはミカンを踏み潰そうとしますが、
不知火もデ□ポンも、すばしっこくて踏めません。
「くそっ、やかましいわ、やかましい!!」
スパイさんは知らなかったのです。
てっきり不知火とポンデコはただの監視カメラで、スフィンクスさえ居なければ何も怖くないと、勘違いしておったのです。
スフィンクス御主人様の命令を、自分で考えて、集団で協力して解決できる不知火とポンデコは、
スフィンクスからの指示を待たず爆弾解除と回収ができるし、妨害電波も出せるのです!
「離せッ!はなせぇー!!」
結果、出世欲に負けて管理局を荒らしに来たスパイさんは、誰にも気づかれず誰からも危険視されず、
コロコロ、ころころ。
しらぬいの形をした複数個に捕まって、コタツまで輸送されて、コタツの中にスポン!
押し込まれてからもう二度と、「ミカン休暇」によって、コタツの外へは出てきませんでしたとさ。
「気象庁で使われている用語としては、『くもり』は『雲り』ではなく、『曇り』らしい」
以前も「始まり」を「初まり」って敢えて書いたお題があった。某所在住物書きは先々週のお題を確認しながら、かっくり、こっくり。
小首を鳴らして天井を見上げて、配信されたお題をどう回収するか、考えていた。
前回は「初」と「始」の違いをまず調べた。
「曇」と「雲」にはどのような違いがあるだろう。
「『曇』は空の状態で、『雲』は空に浮かぶ水蒸気の塊、とか?そういうやつ?」
今回も、なかなかに難しい。物書きは考える。
ネットはもう一度、検索しても良いかもしれない。
――――――
雲りんどう、雲りゅうきんか、雲りゅうぜつらん。
「曇り」ではなく「雲り」であることを活用して、
「雲」の名を持つ希少な架空の花のハナシでもしようと思った物書きです。
そんな物書きが今日はこんなおはなしをご用意。
「雲りスープ」です。
桜の開花宣言が為された東京です。
某所には本物の、魔女のおばあちゃんが店主をしている、アンティーク家具の美しい喫茶店があり、
その日は臨時休業して、常連さんと常連さんと、それから稲荷神社の子狐だけを招いて、試食会。
溶き卵を雲に見立て、鶏の「せせ『り』」と「ぼんじ『り』」をスリスリした鶏団子も入れて、
塩、生姜、それから少しのコンソメでもって仕上げた、くもりの日限定予定の試作品。
それが、「雲りスープ」なのです。
「溶き卵の雲とセセリボンジリだから、メニューが『曇り』じゃなくて『雲り』だったのな」
へー。シャレてるじゃねーの。
常連さんその1、スフィンクスというビジネスネームの女性が何度か頷いて、鶏団子をぱくり。
「んんん。団子にも柚子ピールか何か、生姜とか、ちょっと入れようぜ。ゼッタイ合う」
個人的には柚子少々、生姜少々な。
スフィンクスがそう付け足す隣では、狐用によくよく塩分と温度が調整されたスープを、
稲荷のコンコン子狐が、ちゃむちゃむ、じゃぶじゃぶ!猛烈な勢いで食べています。
狐は肉食寄りの雑食性。タマゴもお肉も大好き!
ちゃむちゃむ、じゃぶじゃぶ!
「おいしい。おいしい」
卵の雲も、団子のせせりとぼんじりも、全部ぜんぶ、超高速で胃袋に収容してゆきます。
「溶き卵の『雲』とぉ、セセリとボンジリの『り』で、曇りの日限定ってのは分かるけどさぁ」
曇りの日しかコレ食べられないの、もったいない気がするんだよなぁ〜。
しょんぼり言うのは常連さんその2、スフィンクスの親友のドワーフホト。
「晴れの日も、予約限定とか、数量限定とかぁ」
食べられるようにしようよ、しようよぉ。
「ちょっと」食いしん坊なドワーフホト、雲りスープをお気に召したようで、悪天候限定メニューであることがどうにも寂しいようなのです。
「でもよぉ。晴れの日に雲のスープって、どうよ」
「晴れの日だって、雲、あるもーん」
「快晴の日だってあるじゃねぇの。どうすんだ」
「東京が快晴でも、関東が快晴でも、どこか、ゼッタイ、雲あるもーん。 ね、コンちゃん」
コンちゃんも雲スープ、いつでも食べたいよね〜。
ドワーフホトは仲間を求めて、おかわり申請のために「おすわり」している子狐を、わしゃわしゃ、わしゃわしゃ。撫でくり回します。
たべたい!タマゴ、おにく、たべたい!
子狐は尻尾をぶんぶん!体全体で同意します。
「晴れの日の、雲、ねぇ」
その案、頂こうかしら。店主の魔女のおばあちゃん、ふと甘いメニューを閃いたらしく、
「これから桜も咲くし、良いかもしれないわ」
カリカリ、アンティークの黒板にチョークでメモ。
ふわふわ白い色で、こう書かれておったとさ。
『サくラ、ネもフィラ、カタクりの、
くもり・雲りコットンキャンディー』
「1月は『Ring Ring...』だろ、2月は『heart to heart』と『cute!』、今月が『bye bye...』。
今年に入って英語のお題は4個目か?」
次は「hand to hand」とか「sing sing...」とか出るのかな。某所在住物書きは英語のお題になりそうなものを、ネットで検索して、意外とありそうで。
今年のお題の英語頻度を「1ヶ月に1〜2回」と予想した――来月もなにか出るのだろう。
で、「bye」には「さよなら」の他に「不戦勝」の意味もあるって?
「じゃあ『bye bye』で『さよなら不戦勝』?」
学生時代の英語の成績があまり宜しくなかった物書きは、定冠詞抜きで考える。
「さよなら不戦勝」としたいなら、多分「bye bye」ではなく「bye to the bye」とかであろう。
(※文法的な正しさは保証できません)
――――――
世代が世代なので、「bye byeじゃない、サヨナラは」のフレーズを思い出す物書きが、こんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。魔女のおばあちゃんが店主をしている喫茶店で、1匹の稲荷の子狐が、うとうと、うとうと。
お団子みたいに丸まって、酷く眠そうな様子。
子狐はフサフサふかふかの上。それは大人のクマよりは大きい猫のようで、ゾウの子供よりは小さいドラゴンのようでもありました。
不思議な不思議なネコドラゴンの背中の上で、頭をこっくり、揺らしておったのでした。
子狐は知っておりました。
この喫茶店であと20分粘っておれば、
タイムサービスで、美味しい美味しい春の穀物スープを、3割引でおなかいっぱい食えるのです。
うとうと、うとうと。
「お得」と「五穀」と「魂の美味」を本能的に好む稲荷狐の子供は、睡眠欲にあらがって、
しかし、フカフカ気持ちよさそうな大きい猫の上で、狐団子になっておったのでした。
ねんねの時間、ねんねの時間。
The time to go bye bye...
子狐があんまり可愛らしく、こっくりこっくり頭を揺らしておりますので、
喫茶店唯一のお客様、ドワーフホトのお嬢さんが子守歌などして、子狐の背中をぽんぽん、ポンポン。
ねんねの時間、ねんねの時間。
The time to go bye bye...
稲荷の子狐は心地良い、フカフカ猫の温かさと、ドワーフホト嬢のねんねの歌に、
一生懸命、抵抗しておりました。
「あらあら、まぁまぁ」
店主の魔女おばあちゃん、ドワーフホトのお嬢さんに寝かしつけられている子狐を見て、にっこり。
「今日は子狐ちゃん、残念ねぇ。春野菜のもち麦スープ、おあずけかしら」
「じゃあ、あたしがコンちゃんのスープ貰うぅ」
魔女のおばあちゃんの言葉にすぐ反応したのが、ドワーフホトのお嬢さん。
「春キャベツ〜、新タマネギ〜、アスパラぁ。
コンソメおだしでどっさり煮込んで、春の味ぃ」
んー。好き。
ドワーフホトの子守歌は、いつの間にかグルメ歌。
「コンちゃーん、心置きなく寝て良いからねー」
ああ、ああ。菜の花。新じゃが。
今日のスープも楽しみだけれど、明日のスープもきっと美味。何が入っているだろう。
ドワーフホト嬢はゆーらゆーら、今日の美味と、明日の美味とを想像して、幸福な笑顔になりました。
ねんねの時間、ねんねの時間。
The time to go bye bye...
ドワーフホト嬢はフサフサネコドラゴンの上で寝る子狐に、優しく子守歌を続けてやります。
不思議猫はだいぶ昔に轟沈です。
ぐーすぴ、かーすぴ、いびきなどして、時々寝ぼけて空気など、ペロペロがぶがぶしています。
極上の美味を、夢の中で食っているのでしょう。
ねんねの時間、ねんねの時間。
The time to go bye bye...
ドワーフホト嬢の子守歌で、不思議なネコドラゴンも、稲荷の子狐も、2匹して幸福に夢のn
チリンチリン、チリンチリン!チリン!!
「さぁ、食いしん坊ちゃんたち!スープの割引きサービスの時間よ。ご注文をどうぞ!」
店内にベルの音が響き渡り、子狐とネコゴン、夢からバイバイ、bye bye。一気に現実に帰還です。
店主の魔女おばあちゃんの掛け声で、人間に化けた使い魔猫が、オーダー確認に出てきました。
「すーぷ!すーぷ!キツネ、ぜんぶたべる!」
『んがっ!……あれ、俺様の供物は?』
春の穀物スープ、柚子と胡椒の塩ベジスープ、ミカンを隠し味にしたプレミアムビーフシチュー。
それぞれがそれぞれの気になるスープを、大盛りオプションとバゲット追加でブーストして、
おててをパッチン、いただきます。
タイムサービスで割引きされたスープはよく煮込まれて、トーストされたバゲットとの相性も抜群。
それぞれがそれぞれの、最高のスープタイムを堪能したとさ。 おしまい。
「先月の『君と見た虹』では、『虹』を新札のホログラムに見立てて書いたな」
今回は虹ではなく、景色か。某所在住物書きは過去投稿分を確認しながら、
今回の投稿をどうすべきか考えて、書いて、消して書いて消して、ひとまず茶を飲んだ。
「景色」である。観光地かもしれないし、景勝地かもしれない、故郷や母校もあり得る。
他に「景色」にはどのような意味があるだろう。
「『陶器等の焼き具合で現れた色や模様など』?」
お、おぉ。なるほど。 物書きは考える。
君と一緒に焼いた陶器の景色か。 書けぬ。
――――――
最近最近の都内某所、某私立図書館に、花粉症対策コーナーが設置されており、
「あっ、あの、どれを読めば、」
「どれでも」
「その、オススメかなにか、ってのは」
「私からはどうとも。あなたが何を特に知りたいかで、勧める本はそれぞれ変わる」
「うぅ」
「ひとまず、1冊取ってみては」
人生で初めて図書館を利用するという女性に、その知り合いとしての職員が対応して、
そのもどかしい対応状況を、職員の同僚と副館長の計2名が、飲食スペースの影から見ている。
来館女性はアテビと名乗り、
彼女に対応しているのが藤森。
2人を遠くから見ている同僚と副館長を、
それぞれ、高葉井と多古といった。
「せーんーぱーいぃぃぃ」
ぐぎぎぎぎ、ギギギ!
藤森と共に3月からここの職員をしている後輩、もとい高葉井は、藤森と前職が一緒。
「違うでしょ、先輩、チガウでしょぉぉ」
前職時代の藤森を知っている高葉井からすると、
『どれでも』、『どうとも』、『ひとまず』、
相手に判断を委ねる営業トークが完全初見。
ああ、ああ。藤森先輩。 前職で君と見た景色は、
通年で課される契約ノルマ、並行してこなす必要がある事務作業と上司からの無茶振り、
それらを涼しい顔して淡々とさばいていく先輩。
客の表情と仕草から不安を探り、情報で言いくるめて、自分が欲しいとも思わない契約を、擬似的な信頼とともに固く結んできた藤森は、
もっと機械的に、もっと即答の速度で、
相手のニーズとこちらの残りノルマポイントが交差するド真ん中を射抜いていたのに!!
「どうしちゃったの、先輩ッ」
「藤森は最初から『あんなカンジ』だったわよ」
はふはふ、ほふほふ。
高葉井と共に藤森を見ている副館長、オネェの多古は、十数年前の藤森をよく知っている。
というのも藤森の前々々職が、この図書館。
「相手が何探してるか、何必要としてるか、ちゃんと聞くまでオススメなんてしないわー」
そーいうヤツよ、アイツは。
言い終える前に来年度から提供予定の、たこ焼きの試食評価を再開。1個刺して、口に入れる。
ああ、ああ。藤森。 十数年前に君と見た景色は、
東京の歩き方をやっと覚えた雪国出身者、傷つきたくないから誰も信じず閉ざした心。
しかし優しい本性を隠せず、結果として来館者からはおおむね好評だった1年限定非常勤。
客の悩み理由と困り内容を探り、蔵書の情報と照らし合わせて、相手が欲しいと思う知識を、ピンポイントで当てようとした藤森は、
なによりニーズと目的をよく調べてから、来館者に本を勧めていたのだ。
「変わってないわねー。藤森」
「うぅ。これは、私には難しいです」
「言葉が難しい?それとも、専門用語が?」
「分かんない。全部、難しい」
「『全部』、ぜんぶ……?」
「もっと、こう、全部簡単な本は、無いですか」
「『全部』『簡単』……???」
あー、あ゛ー!私ちょっとヘルプしてきます!!
飲食スペースから出て行こうとする高葉井の服を、
イイじゃない。もちょっと観察しましょ。
多古が掴んで、制止している。
「そもそもアテビさん、花粉症の、何を知りたくて当館に来たんだ。仕組みか、予防法か?」
「全部です!ぜんぶ書いている本が欲しいです」
「お、おぉ……なるほど、な」
全部。「ぜんぶ」か。
アレコレ考えて、『花粉症のすべて 〜炎症の3段階から病理学まで〜』なる1冊を掴む藤森の前に、
とうとう我慢ならなくなった高葉井が堂々登場。
藤森を押しやり、アテビと少し話をして、
イラストいっぱい、簡単な文章、なにより広くバチクソ浅く、だいたいの知識がそれとなく詰め込まれている『かんたん!花粉症ずかん』を渡すと、
ぱらぱら、アテビは数ページでその本を気に入り、
高葉井に深く感謝して、図書館カードを作り、さっそく借りていったとさ。