「先月の『君と見た虹』では、『虹』を新札のホログラムに見立てて書いたな」
今回は虹ではなく、景色か。某所在住物書きは過去投稿分を確認しながら、
今回の投稿をどうすべきか考えて、書いて、消して書いて消して、ひとまず茶を飲んだ。
「景色」である。観光地かもしれないし、景勝地かもしれない、故郷や母校もあり得る。
他に「景色」にはどのような意味があるだろう。
「『陶器等の焼き具合で現れた色や模様など』?」
お、おぉ。なるほど。 物書きは考える。
君と一緒に焼いた陶器の景色か。 書けぬ。
――――――
最近最近の都内某所、某私立図書館に、花粉症対策コーナーが設置されており、
「あっ、あの、どれを読めば、」
「どれでも」
「その、オススメかなにか、ってのは」
「私からはどうとも。あなたが何を特に知りたいかで、勧める本はそれぞれ変わる」
「うぅ」
「ひとまず、1冊取ってみては」
人生で初めて図書館を利用するという女性に、その知り合いとしての職員が対応して、
そのもどかしい対応状況を、職員の同僚と副館長の計2名が、飲食スペースの影から見ている。
来館女性はアテビと名乗り、
彼女に対応しているのが藤森。
2人を遠くから見ている同僚と副館長を、
それぞれ、高葉井と多古といった。
「せーんーぱーいぃぃぃ」
ぐぎぎぎぎ、ギギギ!
藤森と共に3月からここの職員をしている後輩、もとい高葉井は、藤森と前職が一緒。
「違うでしょ、先輩、チガウでしょぉぉ」
前職時代の藤森を知っている高葉井からすると、
『どれでも』、『どうとも』、『ひとまず』、
相手に判断を委ねる営業トークが完全初見。
ああ、ああ。藤森先輩。 前職で君と見た景色は、
通年で課される契約ノルマ、並行してこなす必要がある事務作業と上司からの無茶振り、
それらを涼しい顔して淡々とさばいていく先輩。
客の表情と仕草から不安を探り、情報で言いくるめて、自分が欲しいとも思わない契約を、擬似的な信頼とともに固く結んできた藤森は、
もっと機械的に、もっと即答の速度で、
相手のニーズとこちらの残りノルマポイントが交差するド真ん中を射抜いていたのに!!
「どうしちゃったの、先輩ッ」
「藤森は最初から『あんなカンジ』だったわよ」
はふはふ、ほふほふ。
高葉井と共に藤森を見ている副館長、オネェの多古は、十数年前の藤森をよく知っている。
というのも藤森の前々々職が、この図書館。
「相手が何探してるか、何必要としてるか、ちゃんと聞くまでオススメなんてしないわー」
そーいうヤツよ、アイツは。
言い終える前に来年度から提供予定の、たこ焼きの試食評価を再開。1個刺して、口に入れる。
ああ、ああ。藤森。 十数年前に君と見た景色は、
東京の歩き方をやっと覚えた雪国出身者、傷つきたくないから誰も信じず閉ざした心。
しかし優しい本性を隠せず、結果として来館者からはおおむね好評だった1年限定非常勤。
客の悩み理由と困り内容を探り、蔵書の情報と照らし合わせて、相手が欲しいと思う知識を、ピンポイントで当てようとした藤森は、
なによりニーズと目的をよく調べてから、来館者に本を勧めていたのだ。
「変わってないわねー。藤森」
「うぅ。これは、私には難しいです」
「言葉が難しい?それとも、専門用語が?」
「分かんない。全部、難しい」
「『全部』、ぜんぶ……?」
「もっと、こう、全部簡単な本は、無いですか」
「『全部』『簡単』……???」
あー、あ゛ー!私ちょっとヘルプしてきます!!
飲食スペースから出て行こうとする高葉井の服を、
イイじゃない。もちょっと観察しましょ。
多古が掴んで、制止している。
「そもそもアテビさん、花粉症の、何を知りたくて当館に来たんだ。仕組みか、予防法か?」
「全部です!ぜんぶ書いている本が欲しいです」
「お、おぉ……なるほど、な」
全部。「ぜんぶ」か。
アレコレ考えて、『花粉症のすべて 〜炎症の3段階から病理学まで〜』なる1冊を掴む藤森の前に、
とうとう我慢ならなくなった高葉井が堂々登場。
藤森を押しやり、アテビと少し話をして、
イラストいっぱい、簡単な文章、なにより広くバチクソ浅く、だいたいの知識がそれとなく詰め込まれている『かんたん!花粉症ずかん』を渡すと、
ぱらぱら、アテビは数ページでその本を気に入り、
高葉井に深く感謝して、図書館カードを作り、さっそく借りていったとさ。
3/22/2025, 8:45:07 AM