「『神様だけが知っている』、『もっと知りたい』、『まだ知らない君』、それから『誰も知らない秘密』。知ってる知らないは4回目だな」
書いて消してまた書いて、消してを繰り返してやっと投稿分を完成させた、某所在住物書きである。
来月3月1日で、「書く習慣」アカウント開設2周年。3年目に向けて仕込んでいる「誰も知らない秘密」は、一応、無いこともない。
いつか使うかもしれない種をまいておくのだ。
先が見えなくなってしまったお題マラソンの、何処か何時かで芽吹くかもしれないから。
「回収できなかった場合は、まぁ、カンベンな」
――――――
丁度、前回投稿分と前々回投稿分で、いくつか「秘密」を放ったらかしにしていた物書きです。
お題が「誰も知らない秘密」とのことですので、今回はそれら、放ったらかしにしていた秘密を、ちょっぴり、ご紹介しようと思います。
前回投稿分の続き物、静かな夜明けの都内某所。
一匹の古く大きな大オロチが、ゴロゴロがらり、ゴロゴロがらり。手押しのおでん屋台を尻尾で引いて、某私立図書館の敷地内にやって来ました。
『館長さん。館長さん、今戻ったよ』
大オロチは、昔々の若い頃、それはそれはやんちゃをしておったのですが、
偉い神様にしこたま怒られ、お仕置きされて、
■■■年前にやっと、お許しを頂いたところ。
『早く中に入れておくれ。また職務怠慢かい』
二度と人間に悪さをしないことを条件にお仕置きから許された大オロチは、
うまい酒と料理を求めて、あっちへ、こっちへ。
最終的に、酒に一番合うおでんを自分で仕込んで、
それと一緒に東京に集まる各地自慢の酒を楽しむという、のんべぇの完成形に至ったのでした。
それは、人間の誰も知らない秘密でした。
それは、化け狐や神使のウサギ、それから自分の神社を持つ神様くらいしか、知らない秘密でした。
さて。そろそろ大オロチ、お怒りの気配です。
図書館の鍵を開けて、中に入れてやりましょう。
「騒がしいですよニョロちゃん。ご近所さんにご迷惑です。玄関バシンバシンするの、やめなさい」
『あんたがちゃんと、定時どおり鍵を開けていれば、「目覚まし」を鳴らす必要も無いんだ。
それをまぁ、毎度毎度仕事サボって』
「サボってなどいません。
自主的に業務を遅らせておるのです。しゃーない」
『それをサボってるというんだ』
あぁ、あぁ。これから飲食スペースで使う食材の仕込みをしなきゃならんのに。あんたといったら。
図書館玄関の鍵が開いて、大きな扉が動きます。
古く大きな大オロチは、ぶつぶつ小言を言いながら、ゴロゴロがらり、ゴロゴロがらり。
図書館の大型汎用倉庫まで屋台を引っ張って、
その中に、屋台を格納します。
『買ってこいと言った食材は?』
「買ってきました。私の腹で常温保存しています」
『補充しておけと言った塩と砂糖は?』
「買ってこようとしたら店が閉まっていました」
『食っちまって良いかい館長さん?』
「やめなさい。『語り手』が居なくなります」
『ならちゃんと、自分の仕事をしておくれ』
大オロチは館長に文句を言いながら、ズルズル。
図書館に併設された飲食スペースへ移動します。
絶品おでんを仕込む大オロチ、料理のウデを買われて、館内の小さな食堂の料理人もしておるのです。
「ああ、そうだ、ニョロちゃん。
明日の朝、付烏月を訪ねて、世界線管理局の特殊即応部門からルリビタキ部長が来るそうです。
料理の用意と、私の部屋の片付け、頼みます」
『片付けくらい自分でやっておくれ』
「自分でできればそもそも散らかりません」
ああもう、あぁーもう、あぁぁぁぁもう。 大オロチはヤカンのように、頭から湯気が吹き出す心地。
でも、「付烏月」、ツウキの名前を聞いて、
少し、思うところがあったのでした。
そうです。付烏月は前回投稿分のおはなしで、
付烏月の友人とみられる人間に、この図書館の情報を渡しておったのです。
(付烏月がひとりで企んでる何かを、世界線管理局が勘付いたのかな?)
ズルズル、ずるずる。大オロチは考え事をしながら、図書館併設の調理室の中に、消えてゆきました。
ここは都内某所の某図書館。
前回投稿分で登場した、藤森が前々職として仕事をしておった場所で、3月から復職する場所。
昔々、「世界線管理局」なる厨二ふぁんたじー組織が、「ここの館長」所属の組織と共同で建てた施設。
都民に隠された本当の施設名を、「全世界図書館・地球分館」といいました。
それは誰も、知らない秘密でした。
それは完全にフィクションで、ファンタジーで、非現実的な秘密でした。
「『夜の海』と『真夜中』と『夜明け前』なら書いた記憶があるわな」
「夜」か。某所在住物書きは過去投稿分を確認しながら呟いた――意外と朝より夜のお題が多いのだ。
「静かな夜明け」である。
少し文章を変えて、「静かな夜。明け方にはほど遠い」とでもすれば、
夜明け以外の時間帯も、なんとか書けるだろう。
ところで現在「夜明け」は何時頃だろう?
「一応、東京の日の出は、6時頃なのな……」
――――――
前回投稿分からの続き物。最近最近の都内某所、某アパートにぼっちで住む、藤森のおはなしです。
藤森は今月で、今の「ブラックに限りなく近いグレー企業」から離職して、
そして3月1日から、自分の前々職であるところの図書館に、後輩を連れて復職するのです。
復職を打診してくれたのは、藤森の友人。
前々職の図書館で一緒に働いていた、付烏月、ツウキという男なのですが、
「付烏月の上司」を名乗る「3月から藤森のアパートのお隣さんになる男」、条志が、前回投稿分の終盤で、こう言ったのです。
『付烏月を信用するのは少し待て』。
友人を信用するなとは、どういうことでしょう?
条志は付烏月の何を知ってて、付烏月は藤森に何を隠しているのでしょう?
気になっていた藤森を、付烏月がその日の夜、おでん屋台に誘ったのでした。
「お前に『条志』って名乗った男はね、メッッッチャ正確に言えば、俺の出向元の上司だよん」
餅巾着を食べながら、付烏月が白状しました。
「あの図書館は、俺達が居る組織Aの偉い人が、
Aと仲良くしてる組織Bと一緒に共同で建てて、
Aと仲悪い組織Cにも情報提供してる私立図書館。
俺はAサイドの職員として、あの図書館に出向して、図書館の仕事してるワケ」
なかなか、色々入り組んじゃってるのよ。
付烏月はそう付け足すと、大根に箸を入れました。
「何故組織名を伏せるんだ、付烏月さん」
「まだナイショ」
「私に言えない事情があるのか。それとも、私と一緒に図書館に就職する、後輩の方にバレてはいけないタイプの情報なのか」
「それもナイショ〜」
「付烏月さん、」
「だから条志はお前に言ったのさ。俺を『信用するのは少し待て』って」
「……」
まぁ、いずれ数ヶ月後には、多分お前の後輩ちゃんが、色々気付いてお前に言うと思うよん。
アレコレ色々シークレットな付烏月、そう言って話を全部はぐらかします。
「まぁ、俺から今言えることは、
『俺はお前と後輩ちゃんのことを思って、図書館復職に誘った』ってことと、
『組織Cはイジワルで、俺達Aと関係のある一般市民にもイタズラするけど、Bとの取り決めで図書館勤務のやつには手出しできない』ってことかな」
結局、前回投稿分から、謎が深まるばかり。
ここでお題回収です。
「そろそろ閉店だよ」
おでん屋台の店主さん、ちょっと影が見えてきた屋外の景色を見て言いました。
「密会なら、また今度来ておくれ」
夜明けです。
そろそろ日が昇り、人々が起きてきて、通勤ラッシュとともに1日が始まります。
藤森と付烏月はふたりして、お金を払って、屋台から出ていきました。
夜明けとともに店じまいのおでん屋台です。
夜明けとともに客の居なくなる屋台です。
静かになったおでん屋台は、夜明けとともにゴロゴロがらり。店主に引かれて自分の寝床へ。
静かになったおでん屋台は、静かな夜明けを背景に、店主と一緒に眠りにつくのでした。
「3月27日のお題が『My heart』だった」
ハート・トゥ・ハートは、英語の熟語で、ソリティアの遊び方のひとつ。
某所在住物書きはネット情報を辿って、今回のお題にエモエモネタ以外の活路を見出した。
熟語である。「We had a heart to heart.」で、「我々は腹を割って話をした」となるそうである。
これなら「心と心を通わせて」のようなネタを回避できる――物書きはエモ系、ロマンス系、恋愛系が不得意であった。
「ハートねぇ……」
そういえば、来週はバレンタインである。
今年もハートのチョコが飛び交うのだろうか。
「いや、ハートのチョコ、逆に最近少ない……?」
――――――
「have a heart to heart( talk)」で、「腹を割って話す」の意味になるらしい。
今回ご用意したのは、都内某所某アパートの一室で、部屋の主が、隣に引っ越してくる予定の男に「heart to heart」、腹を割って話すよう要請するはなし。
というのも、越してくる予定のその男、どうにも不思議な点が多いようで。
部屋の主は藤森といい、
3月に藤森の隣に越してくる男は条志と名乗った。
「――そろそろ、本当のことを話してほしい」
アパートの喫煙スペースでタバコをふかしている「お隣予定さん」、条志を、藤森が見つけてシェアディナーに誘った。
「本音で、腹を割って。 つまり、あなたは一体、何者なんだ。何故このアパートに?」
藤森は条志に質問をぶつけた。
条志はともかく謎が多いのだ。
「俺について、何か嗅ぎつけたのか」
うまい、うまい。
真剣に問う藤森と対象的に、豚肉のうまみと七味を効かせた煮込みそうめんをすする条志は平常運転。
条志は藤森の料理をそこそこ気に入っている。
特に海苔茶漬けに少しの柚子胡椒を添えたものや、
鍋の素キューブを流用した肉そば等々が。
「それとも、『お前に一目惚れしたから』とでも言ってほしいのか」
条志は藤森の隣に越してくるにあたって、藤森にひとつ、頼み事をしていた。
『条志についての一切は他言無用。
特に、藤森の後輩には絶対、何も話さないこと』。
何故後輩に条志の情報を流してはいけないのか。
藤森はさっぱり分からない。
「とぼけないでほしい」
条志のジョークに、藤森は顔をしかめた。
「条志さん。要するに私は、あなたが少し、ほんの少しだけ、信用できない。
勿論、あなたが悪い人ではないのは、感覚的に分かる。だが、あなたは分からないことが多過ぎる」
「だろうな」
「他言無用は、必ず守る。あなたが『後輩にはひとつも情報を漏らすな』というなら、そうする。
ただ、隣に越してくる以上、あなたのことを知る権利くらいは、私にもあると思う」
「今日も美味かった。礼はここに置いておく」
「条志さん!話はまだ終わっていない!」
今日という今日は、何事も隠さず、本当のことを。
飲食代を置いて出ていこうとする条志の手を、藤森がつかみ、引き止める。
「時が来れば話す」
それでも条志は、「heart to heart」、腹を割って話そうとせず、全部はぐらかすばかり。
「個人的には、時が『来ない』ことを望むがな」
「どういうことだ」
「黙秘」
「何を企んでいる、条志さん」
「ひとつだけ。『付烏月を信用するのは少し待て』。あいつが何を考えて、お前と後輩を、図書館転職に仕向けたか。真意をただす必要がある」
「ツウキさん……?」
じゃあな。次はワサビモドキ茶漬けを出してくれ。
条志は藤森の手を解き、ドアから出ていく。
「条志さん、」
何故、藤森でも後輩でも、条志でもない名前が出てくるのか。藤森は一切ヒントを得られないまま。
「だから、ワサビモドキじゃなくて、柚子胡椒、」
ただ条志が、練りワサビによく似た色と形の柚子胡椒を、ワサビモドキと勘違いし続けていることだけは、事実であるらしい。
「11月1日のお題が『永遠に』だったわ」
花束といえばどうしても、「ミーに感謝するでしゅ」を思い出してしまう某所在住物書きである。
別にその映画を観たワケではないが、情報ならネットでいくらでも拾える。
あのゲームには丁度、「永遠」にまつわるバグがあった。「花束」を得るために暗闇の中を、座標を合わせて上下左右、特定の道具を使って、
一歩間違えば永遠に、謎の場所に縛られるのだ。
「懐かしいなぁ」
ゲームに関しては、プレイ済みの物書きである。
「たしか『あなぬけのヒモ』でセーフだった」
花束バグの永遠も経験済みであった。
――――――
枯れない花束なら知っている物書きです。
それはたとえばドライフラワー、あるいはガラス工芸品、アメ細工もきっと該当するでしょう。
ただ「永遠」かと言われると、少々言葉に詰まる。
仕方がないので無理矢理に、永遠っぽい花束を登場させるおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。
「ここ」ではないどこかの世界に、「世界線管理局」という厨二ふぁんたじー組織がありまして、
そこは、異世界渡航の申請を受理したり、滅びそうな世界のチートアイテムが他の世界に流れ着かないように回収したり、
あるいは、その世界が「その世界」で在り続けられるよう、別世界からの過剰干渉を取り締まったり。
厨二っぽい仕事を真面目に、世界運行の重要な歯車のように、続けておったのでした。
そんな世界線管理局は、勿論危険で物騒な世界間の紛争調停にも向かいますし、
「世界に必要なのは多彩な交流と多様性だ!」とアンチ管理局を掲げる団体との衝突もあります。
結果として、実働班や戦闘員が命を落としてしまうことも、まぁまぁ複数回。
殉職した局員には、管理局内の「慰霊棟」と呼ばれる建物の中に、ひとつの墓碑が授与されます。
各部署ごとに、この部署は何階、その部署は何階。
そのひとをあらわす言葉や宝物とともに、
静かで、常時一定の暖かさの中で、
「帰還」できた者も、それが叶わなかった者も、それぞれ平等に、偲ぶ場所を与えられるのです。
さて、そろそろお題回収。
新しくみずみずしい、整えてきたばかりの小さな小さな花束を、小さな小さな身体にくくり付けて、
1匹の言葉話すハムスターな管理局員が、ひとつの墓碑の前に来ました。
「はぁ、小さいって、本当に苦労が絶えないなぁ」
ハムスターはビジネスネームを「カナリア」といいました。ハムなのに鳥って、妙なハナシですね。
まぁまぁ、細かいことは気にしてはいけません。
「先代部長。先代ルリビタキ部長。
今週も、花束を取り替えに来たよ」
ハムスターのカナリア、くくり付けていた紐を切って、新しい小さな花束を墓前にそなえて、
古い小さな花束を、むしゃむしゃ、食べました。
墓碑には、それが誰のものかを示す名前と、
生前使っていたビジネスネームと、
それから、このように書かれていました。
『彼を起こさないでください。
この墓碑の前で、空腹を申告しないでください。
我々は彼の、あたたかく優しく仲間思いに溢れたカロリーボムで、これ以上太りたくないのです。
――法務部執行課 実働班特殊即応部門 一同』
その墓碑は、カナリアと同じ課、同じ班、別部門の部長さん、先代の「ルリビタキ」のものでした。
先代のルリビタキに、カナリアは恩がありました。
危機を感じたときに大量の花粉をボフンするカナリアが「世界を崩壊させるリスクを持つ侵略生物」の亜種として駆除されなかったのも、
こうして管理局に仕事を得ることができたのも、
全部ぜんぶ、この墓碑の主のおかげでした。
「また来るよ先代部長。来週は、もっとキレイな花束を持ってくるよ」
そうです。これこそ、「永遠の花束」です。
この花束が枯れる前に、弱る前に、新しい花束を持ってきて、取り替えて、それが枯れ弱る前に更に新しい花束を持ってきて……
そうしてハムスターのカナリアは、自分の恩人の墓前に永遠の花束を、作り出しているのでした。
「じゃあね。先代ルリビタキ部長」
古い花束をむしゃむしゃ、むしゃむしゃ、食べて処理して、仕事に戻るためにカナリアが振り返ると、
「なんだ。お前も来ていたのか」
丁度、先代から「ルリビタキ」のビジネスネームと部長の役職を継いだ今の代のルリビタキ部長が、
こちらも新しい花束を持って、立っておりました。
「小さな体でここまで来るのも苦労だろう。
こいつの墓参りなら、前日でも朝にでも、俺に連絡を入れれば良いだろうに」
「じゃあ、帰りは僕を連れてってよ。その胸ポケットの中で昼寝するから」
ほらほら、僕をのせて。ポケットに入れて。
ハムスターのカナリア、今代部長を、ジェスチャーでちょいちょい急かします。
「ポケットの中で花粉ばらまくなよ」
「それはポケットの寝心地次第かな」
先代部長を偲ぶハムスターと今代部長は、1人と1匹して墓前に「永遠の花束」を作って、それぞれの職場に帰りましたとさ。
「5月2日のお題が『優しくしないで』だった」
今回はひらがなだから、「易しくしないで」も「優しく竹刀で」も、「市内で」ともできるな。
某所在住物書きは「優しく」と「易しく」と、それから「矢指区」の可能性をそれぞれ考えて、
結果、ネットで矢指町を見つけた。
神奈川県の地名だという。 物書きが投稿している連載風の部隊は東京だ。ザンネン。
「天候と花粉に関しては、優しく、してほしい」
今日は日本海側が大荒れとのこと。
大積雪の報道もある。 やさしくしてほしい。
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主を藤森といい、馴染みの茶葉屋から仕入れてきた冬摘みの台湾烏龍茶を淹れながら、
チラリ、来客者が座っているテーブル式コタツを見遣って、ゆえに客と目が合う。
長いこと一緒に仕事をしてきた後輩の高葉井と、
近所の稲荷神社に住まう子狐である。
「わぁん、コンちゃん、優しくしないで。ヘコんじゃうから優しくしないでぇ……」
子狐は高葉井に遊んでほしいらしく、コタツのテーブルによじ登り、彼女の頬だのアゴだのをベロンベロン、べろんべろん。
「コンちゃん。ああ、モフモフ。エキノと狂犬病の危険性ナシなコンコン、ばんざい……」
なに、エノキ?エノキキノコ?
コンコン子狐、言葉が分かるのか、明確に高葉井の言葉3文字に反応して、尻尾をビタンビタン。
どうやら食いしん坊らしい。
遊び気より食い気とは、よく言ったものである。
「で?何があった」
小さなティーポットとティーカップとをコタツに運んで、まず1杯、高葉井に差し出す藤森。
台湾茶特有の甘香を鼻いっぱいに吸い込んだ高葉井は、大きなため息ひとつ吐いて、ぽつり。
「ガチャ爆死したぁ……」
あー、なるほど、いつもの高葉井だ。
藤森は秒ですべてを理解し、心配することと注意を払うことをやめた。
仕事からの帰宅途中、冬の山野草を撮りたくて寄った稲荷神社で、子狐抱えてヘコんでいる高葉井を見つけたのだ。
あんまりヘコんでいたから、ひとまず暖かい自分のアパートに入れて、心の傷を診てやろうと思った。
結果がコレである。
高葉井には推しのゲームがあった。
「世界線管理局」なる架空の組織が、世界間で発生するトラブル等々に対処し、敵対組織と戦う様子を描く、いわゆる「組織もの」。
最近「過去編」なるキャラの実装が増えてきた。
藤森としてはよく分からない。
「お茶あったかい。あまい」
「台湾茶だ。コレの冷たいタイプが、ペットボトルでコンビニに並んでる」
「何回か、飲ませてもらった記憶ある」
「以前出より、少し高めのものを出した」
「いくら?」
「50で以下略」
「いかりゃく……???」
おかね!しょーばい!
高葉井をベロンベロン舐め倒していた稲荷の子狐、
稲荷の狐らしく、今度は商売繁盛の言葉を感知したようで、藤森の方に尻尾をぶんぶんぶん。
「こら。お前には熱過ぎる」
ポットやカップの匂いを確認しようとしたので、子狐をテーブルから持ち上げ、膝の上に拘束した。
子狐がジタバタ暴れる様子は、完全に食いしん坊だの暴れん坊だの、遊び好きだのの子供のそれ。
腹と頭を撫でてやると、一気に静かになった。
「ガチャは運なんだろう」
途端にヘソ天をキメ込む子狐。小さなモフモフを膝に抱いて、藤森が言った。
「ガチャで悪かった分、私の部屋で少し良い茶が飲めたと思って。機嫌をなおせ」
「うぅぅ。だから、優しくしないでってぇ」
ひーん。腕で目を覆って泣き真似をする高葉井は、それでも少し元気が戻ってきた模様。
藤森の厚意をじっくり堪能して、心と体を温めた。
藤森が淹れた台湾茶の価格が結局いくらだったのかは、最後まで分からないままだったとさ。