かたいなか

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「3月27日のお題が『My heart』だった」
ハート・トゥ・ハートは、英語の熟語で、ソリティアの遊び方のひとつ。
某所在住物書きはネット情報を辿って、今回のお題にエモエモネタ以外の活路を見出した。
熟語である。「We had a heart to heart.」で、「我々は腹を割って話をした」となるそうである。

これなら「心と心を通わせて」のようなネタを回避できる――物書きはエモ系、ロマンス系、恋愛系が不得意であった。

「ハートねぇ……」
そういえば、来週はバレンタインである。
今年もハートのチョコが飛び交うのだろうか。
「いや、ハートのチョコ、逆に最近少ない……?」

――――――

「have a heart to heart( talk)」で、「腹を割って話す」の意味になるらしい。
今回ご用意したのは、都内某所某アパートの一室で、部屋の主が、隣に引っ越してくる予定の男に「heart to heart」、腹を割って話すよう要請するはなし。
というのも、越してくる予定のその男、どうにも不思議な点が多いようで。

部屋の主は藤森といい、
3月に藤森の隣に越してくる男は条志と名乗った。

「――そろそろ、本当のことを話してほしい」
アパートの喫煙スペースでタバコをふかしている「お隣予定さん」、条志を、藤森が見つけてシェアディナーに誘った。
「本音で、腹を割って。 つまり、あなたは一体、何者なんだ。何故このアパートに?」
藤森は条志に質問をぶつけた。
条志はともかく謎が多いのだ。

「俺について、何か嗅ぎつけたのか」
うまい、うまい。
真剣に問う藤森と対象的に、豚肉のうまみと七味を効かせた煮込みそうめんをすする条志は平常運転。
条志は藤森の料理をそこそこ気に入っている。
特に海苔茶漬けに少しの柚子胡椒を添えたものや、
鍋の素キューブを流用した肉そば等々が。
「それとも、『お前に一目惚れしたから』とでも言ってほしいのか」

条志は藤森の隣に越してくるにあたって、藤森にひとつ、頼み事をしていた。
『条志についての一切は他言無用。
特に、藤森の後輩には絶対、何も話さないこと』。
何故後輩に条志の情報を流してはいけないのか。
藤森はさっぱり分からない。

「とぼけないでほしい」
条志のジョークに、藤森は顔をしかめた。
「条志さん。要するに私は、あなたが少し、ほんの少しだけ、信用できない。
勿論、あなたが悪い人ではないのは、感覚的に分かる。だが、あなたは分からないことが多過ぎる」

「だろうな」
「他言無用は、必ず守る。あなたが『後輩にはひとつも情報を漏らすな』というなら、そうする。
ただ、隣に越してくる以上、あなたのことを知る権利くらいは、私にもあると思う」

「今日も美味かった。礼はここに置いておく」
「条志さん!話はまだ終わっていない!」

今日という今日は、何事も隠さず、本当のことを。
飲食代を置いて出ていこうとする条志の手を、藤森がつかみ、引き止める。
「時が来れば話す」
それでも条志は、「heart to heart」、腹を割って話そうとせず、全部はぐらかすばかり。
「個人的には、時が『来ない』ことを望むがな」

「どういうことだ」
「黙秘」
「何を企んでいる、条志さん」
「ひとつだけ。『付烏月を信用するのは少し待て』。あいつが何を考えて、お前と後輩を、図書館転職に仕向けたか。真意をただす必要がある」

「ツウキさん……?」

じゃあな。次はワサビモドキ茶漬けを出してくれ。
条志は藤森の手を解き、ドアから出ていく。
「条志さん、」
何故、藤森でも後輩でも、条志でもない名前が出てくるのか。藤森は一切ヒントを得られないまま。
「だから、ワサビモドキじゃなくて、柚子胡椒、」
ただ条志が、練りワサビによく似た色と形の柚子胡椒を、ワサビモドキと勘違いし続けていることだけは、事実であるらしい。

2/6/2025, 4:27:02 AM