「8月12日に、季節ネタとして『麦わら帽子』なら書いたけど、季節関係なしの帽子は初だな」
そもそも衣服系のネタ自体、珍しい気がする。
某所在住物書きは過去投稿分のお題を確認しながら、数度、小さくうなずいた。
8月に「麦わら帽子」、11月に「セーター」を書いた他に、衣服のお題を書いた記憶が無い。
「『烏』の字をくっつけたら、『烏帽子かぶって』で、昔々のおとぎ話とかも書けるわな」
まぁ、思いつかないから普通に「帽子」で行くけど。物書きは天井を見上げて、ネタを考える。
帽子である。 猫耳帽子もある。
さすがに今の時期に麦わらは難しいだろう。
――――――
私、後輩こと高葉井には、学生時代から追っかけてる推しゲーがある。
「世界線管理局」っていう架空の団体組織が、
いろんな世界の独自性を保つべく敵と戦ったり、
滅んだ世界から流れ着いたチートアイテムが他の世界で悪さをしないように収容したりする、
いわゆる、「組織もの」のゲームだ。
私の推しカプは通称「ツル」って言われてる。
「ツバメ」ってひとと、「ルリビタキ」ってひとだから、頭の文字をとって「ツル」。
ツバメが部下でルリビタキが部長、上司。
つまり、主従カプだ。
で、このたび、
ツルカプの「とあるエピソード」をすごくイメージしやすい、完全完璧概念スイーツが、都内の某アンティーク風カフェで発見されまして。
すなわち、「帽子かぶってる雪だるまの入浴風プチタルト」と、「石炭のイタズラクッキー」だ。
このプチタルトとクッキーに酷似したものが、
実は私の推しゲーの、すごく平和な日常回のエピソードに、ガッツリ登場しておりまして。
SNSにスイーツ発見報告が上がるや否や、カフェの場所と営業時間を知ってるツル信奉ガチ勢さんは、さっそく自作ぬいだの自作アクスタだのを持って参拝に云々、巡礼にかんぬん。
私も1日で2個のスイーツをコンプリートすべく、長いこと一緒に仕事してる私の先輩(なお比較的少食)を連れ出して、カフェに向かった。
「雪だるまのプチタルトと、石炭のクッキー?」
また随分と、妙なものを見つけてきたな。
私が注文した2種類のスイーツを、双方見比べて、先輩が言った。
カフェにはそこそこ多くの「同志」が、既に同じものを頼んで相席なんかもしてるようで、
みんな、マナーよく、静かに喜びと尊みを共有してるようだった。
「入浴タルトは、雪と氷の世界の温泉回で、ルー部長がツー様へのお土産に買ってったの。
で、石炭クッキーは、世界間航行の幽霊列車回で、ツー様がルー部長と一緒に食べたの」
先輩に自作ぬいを支えてもらいつつ、スマホで写真を撮って、双方のスイーツの説明をした。
「入浴タルト、実はロシアンルーレットになってて、ハズレの2個はタルトの底に唐辛子ホイップが仕込まれてるの」
カフェで提供されてる「コレ」は、唐辛子ホイップ、どうだろうね。
私はまず、入浴タルトから食べることにした。
ホイップクリームとプラスアルファで満たされた小さなタルトカップに、白玉で作られた雪だるまが浸かってて、
その白玉雪だるまは、ピンクや黄色、黄緑や水色、かわいいアイシングな帽子をかぶってる。
雪だるまが雪のお風呂に入ってるみたいだから、「入浴プチタルト」って名前だ。
「ホイップの下にカスタードが仕込まれてる」
「私のはチョコホイップだったよ」
推しゲーでは、ベージュの帽子かぶってる子と白い帽子かぶってる子が「ハズレ」だった。
今回、その2個は居ないらしい。
追加オプションか何かかな(ロシアンの期待)
石炭クッキーの方は、推しゲーの方と違って、白いホイップが一緒に付いてきてた。
「ココアクッキーに、一味の粒が入ってるのか」
ふーん。なるほどね。
いびつな小さい石ころの形の黒を手に取った先輩は、炭モチーフのクッキーに思い出がある様子。
「私の故郷で似たものを見た」
先輩は雪国の出身だ。
石炭ストーブとか、薪ストーブとかの関係で、似たクッキーがお土産に並んでるんだろう。
しらんけど。
「故郷のより、からい」
カリリ。ひとくち「石炭」を食べた先輩は、一味の粒が丁度舌に当たったみたい。
甘さを求めて、でも一度噛んだものだからホイップに今更ディップするわけにもいかなくて、
薄紅色の帽子かぶってる雪だるまのプチタルトを緊急投入して、
「あっ、……ア!………が!」
なんか、悶絶して、口を押さえて、
私が私のホットココアを差し出したら、すごく感謝しつつそれを飲み干しちゃった。
「『入ってた』?」
口をあけて舌を冷やしてる先輩に聞くと、
先輩は苦しそうに、小さく、数度頷いた。
「たぶん、はばねろか、そういう、なにか、ふつうのとうがらしとちがう、なにか……」
店の奥の奥の席からも、小さな悲鳴に似た咳込みが聞こえたけど、
なんとなくその声は、聞き覚えがあるような、気のせいなような、気がしないでもなかった。
「小さな勇気。……普通に『勇気』って名前の小さなガキのハナシも書けるわな」
まぁ、前回のお題同様、俺の投稿の持ちキャラに「勇気」って名前のやつは居ないから、普通に勇気のハナシになるけど。
某所在住物書きは前回投稿分を確認して、「わぁ!」と「勇気」のお題から、「瀬川 勇気(10歳)」なる名前と年齢を爆誕させた。
「せがわぁ!」なんて名字で呼ばれているなら、小さな勇気くん/勇気ちゃんは中学生かもしれない。
なお書かない。
「まぁ、普通に居そうな名前だけどな」
――――――
最近最近の都内某所、早朝。
某アパートの一室の、部屋の主を藤森といい、
ひょんなことから、客に海苔茶漬けと鶏ささみ肉のサラダを提供している。
昨日の夜、藤森のアパートの裏道で、ぐったり壁に寄りかかっているのを見つけたのだ。
念のために救急車を呼ぼうとしたところ、「誰も呼ぶな」と鋭い目で威嚇された。
大きなケガも無かったようだし、見知らぬ初対面の相手でもなかったので、
仕方なく、藤森は彼を自分の部屋に運んだのだ。
「うまい。美味いワサビモドキだ」
海苔茶漬けのアクセントは少しの柚子胡椒。
客からの評価は上々だ。
「高葉井にも、これを出しているのか」
高葉井とは、藤森と長年共に仕事をしている後輩のこと。3月に一緒に、藤森の前々職、都内の私立図書館に転職する。
客の男は、その図書館の職員らしい。
先日、藤森と高葉井を図書館に誘った「藤森の友人」が言っていた。
「すごく面倒な説明を全部端折って、誤解覚悟で言えば、俺達と同じ職場で仕事してる人」と。
「すごく厳密に言うと、こいつは俺の上司で、俺はこいつの指示で図書館に出向してきてて、図書館は俺達と別の団体とでの共同経営だよん」と。
客は「条志」と名乗った。
条志は今年の3月から、藤森の隣の部屋に越してくる予定となっていた。
彼が3月から隣に入居することを、
藤森は決して、けっして、高葉井に話してはならないことになっている。
条志は一体「何者」なのだろう。
「柚子胡椒茶漬けを出したことはありません」
あなたは、一体誰ですか。
条志に尋ねてみたい藤森である。
「ただ、高葉井が私の部屋に飯を食いにくることは、諸事情で、ちょくちょくあります」
あなたは誰ですか。
なぜ、私と高葉井を知っているのですか。
なぜ昨晩、あそこでぐったりしていたのですか。
私の友人はあなたを「同じ職場で仕事してる人」と言ったが、本当に、図書館に勤めているのですか。
小さな勇気でもって、目の前の男に聞いてしまえば、すべての答えが分かるだろうに、
藤森はその勇気を、なかなか出せない。
直感であった。
それを聞くのは、初対面に支持政党を尋ねるような、あるいは信仰している宗教を探るような、
なにか、良くないことのように藤森には思えた。
「俺が怖いか」
藤森の疑念と心配を察したらしい条志が、柚子胡椒茶漬けの最後の1口を胃袋に収めて言った。
「ツウキ……付烏月といったか。『お前の友人』がお前と高葉井を、図書館に誘ってしまったのは、すまないと思ってる。
悪いことは言わん。本当にあそこに転職すべきか、今の職場に残るべきか、よく考え直せ」
邪魔したな。ワサビモドキ茶漬け、美味かった。
それだけ言って、礼とおぼしき肖像画&ホログラム付きピラピラを1枚机に置くと、
条志は静かに、藤森の部屋から出ていった。
「条志さん、」
条志が何者で、何故彼が「図書館に転職すべきか考え直せ」と忠告してきたのか、
この時の藤森には推測するための材料も無く、
この時の藤森には問いただす小さな勇気も無く、
「あなたに出したのは、ワサビモドキ茶漬けじゃなくて、柚子胡椒茶漬け……」
すべての伏線の答え合わせは、更に数ヶ月後の物語を待つことになる。
「『おセンチですわぁ!』『コンコン御狐ぱわぁ!』『知恵の輪ぁ!』『アン・ドゥ・トロワぁ!』……後はなんだろうな」
わぁ。意外と出てくる。某所在住物書きは「わぁ」で終わりそうな言葉を探して探して、突発的に香川県を閃いた――そういえば最近、例のうどんチェーン店に行っていない。
「多分、名字となればもっと、」
名字となれば、「わぁ」はもっと多いかもしれない。考えた物書きは早速「わ」で終わる名字を思い出そうとするものの、
「わ、わ……?」
意外と、それこそ、「香川」や「瀬川」、「藤川」等々、「◯◯川」しか思い出せない。
自分の持ちネタの、キャラの名字を確認する。
最後に「川」が付いている人物を出した形跡は、今のところ1人も居ない。
――――――
1月最後の週だ。
2025年になって、もうすぐ1ヶ月だ。
私、後輩こと高葉井の推しソシャゲも新年イベントともう1個の復刻イベントを終えて、
1月最後の週に、とんでもない新規コス&新規ボイス付きの「私の推し」を実装してきた。
推しカプの右の、「部長になる前」の時代のと、
推しカプの左の、今のビジネスネームを引き継ぐ前、「駆け出しの頃」の時代のと。
つまり過去編だ。
つまり、去年の最終月に実装された、「ルリビタキ部長の先代さん」が存命だった頃の時代だ。
なんということでしょう。
先代部長と今代部長と、その部下さんとで過去編パーティーが作れるではありませんか。
しかも同時実装の先代スフィンクス、つまりノラばーちゃんの全盛期もゲットすれば、世代と時代を完全無視した過去フルパが完成なんだ。
更にフレンドに(以下略)
わぁ(語彙力)
ということで、職場の昼休憩中に、ウチの職場の新卒ちゃんにガチャを引かせてみることにした。
アレだ。ビギナーズラックだ。
更に言うと、物欲センサー対策だ。
昨日頑張って発掘した無償分のガチャ石200+α回分を、そのうちの50連分を、
新卒ちゃんの指に、私は任せることにした。
「せんぱい、本当に、辞めちゃうんですか」
新卒ちゃんは私によほど懐いてるらしく、
すごく不安そうに、私に聞いてきた。
「本当に、2月末で転職しちゃうんですか」
今にも泣きそうな新卒ちゃんは、今年の4月で入社2年目、社会人2年生。
まだまだ分からないことだらけなんだろう。
「大丈夫だよ」
ノラばーちゃんのガチャに一緒に実装された「【秘術士の全盛期】キツツキ」が欲しいっていう新卒ちゃんの代わりに、新卒ちゃんのルーキーアカウントをタップしながら、言った。
「私、付烏月さんと同じ図書館に転職するだけだから。私と付烏月さんに会いたくなったら、図書館に来れば良いよ」
幸先よく、さっそくSSR確定演出が来るけど、引いたのは「キツツキ『現』査問官」。
目当ての「キツツキ『前』査問官」じゃない。
すり抜けだ。別キャラだ。わぁ(あるある)
「ごめん。こっちすり抜けた」
「先輩、こっち、確定入りました」
「でかしたッ!!」
さすがビギナーズラック。
職場の昼休憩中に、ルーキーアカウント持ちの新卒ちゃんに引かせた私のスマホのガチャは、
最初の10連でピックアップSSRの方の確定演出が入って、「私の推しカプのどちらか片方」のゲットが確実になった。
「貸して、かして」
さっそく新卒ちゃんからスマホを返してもらって、スクショ動画の撮影開始。
1枚目と2枚目は恒常SR。3枚目は恒常NR。
4枚目が、私が欲しかった「推しカプの左」の駆け出し時代だった。
「あざす!あざぁす……!」
若い。若いよぉ。わぁ(●REC)
新卒ちゃんに手を合わせて、深く深くお礼して、なんなら握手までしちゃって、
それから後はもう、ウィニングラン気分。
「ありがと。大事に育てる。うぅぅ」
5枚目、6枚目まで恒常NRが続いて、
あとはスキップして良いかなって、
7枚目をスキップしようとしたところで、
「ぅえ?」
新卒ちゃんの、新卒ちゃんたるビギナーズラックが、ビギナーズラックした。
8枚目に「推しカプの右」、部長になる前の時代のやつが出てきたのだ。
「わ、わぁ、わ、」
新卒ちゃんが、やらかした。
初手10連2枚抜き。ダブりナシ。ピックアップキャラコンプリートを成し遂げたのだ。
「わぁぁぁぁぁ、わぁ!」
状態異常:語彙力になった私は、ただただ新卒ちゃんの手を握って、ぶんぶん振って、ハグしそうになったのを必死で我慢して語彙力だった。
「あわぁ……」
スクショ、スクショ、二拍手一礼。
私、今年の運を使い切ったかもしれない。
職場の昼休憩に涙目になっちゃってる私を、「そっち系に理解のある」支店長は、普通にスルーでコーヒーなんかすすってた。
「終わらない物語の誤字修正、当分終わらない物語、終わらない物語の書き方。
まぁまぁ、色々アレンジは可能よな」
俺の場合は「終わらない」っつーより、「ゴールを決めてない」物語だけどな。
某所在住物書きは過去投稿分をスワイプしながら言った――これで「書く習慣」への投稿も690を超えた。あと1〜2個で700である。
初投稿から同じキャラクター、同じ舞台、同じ設定で書いてきた投稿は、いわゆる「終わらない」に含まれるだろうか。
「キャラと組織は増えたけどな」
物書きは振り返る
「物語を、『終わらせない』にせよ『続ける』にせよ、キャラは増えてくし、消えもするわな」
――――――
私、「藤森先輩の後輩」こと高葉井は、
ただいま、推しゲーの聖地で推しゲーのガチャの、無料分ガチャ石の発掘作業を続けております。
ソシャゲ内のミニゲームと、ソシャゲ内の放置報酬とを、課金と広告のチカラでブーストして、
更にその広告再生も課金の特典でスキップして、
ガチャ石と、ガチャチケと、それからSSR指定可能の確定チケと、それから10連引き直しチケを、
ざくざく、掘り掘り、荒稼ぎ。
ひとまず無償石分で、200連+α分の石を、この推しゲー聖地で発掘する予定だ。
私語遠慮。大きな音厳禁。勿論ソシャゲのボイス再生もBGM再生もご法度。
私の推しゲーの聖地は都内の某私立図書館。
ここから同人ゲーとして私の推しが始まって、
着々とコアな信者が増えて、ソシャゲになってから一気に人気に火がついた。
私の推しは、通称「ツル」と呼ばれてる、「ツバメ」と「ルリビタキ」の部下&上司カプ。
来週、新規ボイス&新規コスが実装される。
『ルツ推しの方ですか?』
私と同じブース、隣のテーブルでスマホを真剣に操作してた同世代が、私のガチャ石発掘作業に気付いて、一緒のテーブルに移ってきた。
筆談だ。だって、ここは図書館だ。
『ツル推しです』
私がその人のメモに返事を出すと、
そのひとは一瞬曇った顔をしたけど、
『来週のガチャのため、お互い頑張りましょう』
私が書き添えた次の文章に、強く頷いて、
軽く会釈して自分のテーブルに戻っていった。
ツとルのどっちが左だろうと、右だろうと、
来週のガチャで狙うキャラは双方変わらない。
推しゲーのために聖地でガチャ石発掘をエンドレスストーリーしてるのも、変わらない。
終わらない、終わらない。
私も、私と反対のヘキを持ってたさっきの人も、
双方、どっちもどっちで、来週のために「終わらない物語」を走ってるワケだ。
ただお互いの嗜好が逆だっただけのこと。
(頑張ろう)
なんとなく連帯意識と善良なライバル意識が芽生えてきた私は、さっきのルツ推しの人より多く石を発掘しようと、
ガチャ石を掘って掘って、眠くなって、
更に石を掘って掘って掘って、数秒寝落ちして、
目が疲れてきて、記憶がとんで、とんで、とんで
夢の中でルリビタキ、通称ル部長が
月夜の晩にタバコふかしたり
何故かアーモンドパウダーに威嚇したりsh
「お客さーん!閉館で〜す」
図書館に場違いな大声と、軽い肩ポンポンとで、
一気に覚醒して、飛び起きた。
「ル部長?」
「ルブチョ居ないよん。ここ、図書館」
「としょかん、」
「おはよございまぁす。久しぶり、後輩ちゃん」
私に声をかけてきたのは、去年の12月まで同じ職場で仕事してた、「付烏月」と書いて「ツウキ」と読む付烏月さん。
3月に、私の先輩になる予定だ。
というのも、3月から、私もこの「推しゲーの聖地」で働くことになったのだ。
付烏月さんからの誘いで。
「はいはい。閉館閉館。お帰りください」
「閉館?」
「後輩ちゃん、今までずぅーっと寝てたの」
ほら、鍵かけちゃうから帰って。
ガチャ石発掘のエンドレスストーリーは終了。
付烏月さんはそう言って、パタパタパタ、図書館の鍵と思われるカードを振った。
「付烏月さん、」
久しぶりに会えたのに、ゆっくりおしゃべりもできず、私はそのまま来館者用玄関から帰された。
「付烏月さーん」
ねぇ、なんで「1月16日」に、私を「図書館で一緒に働かない?」って誘ってくれたの。
ホントにこの図書館に、私の推しにすごく似てるレイヤーさん、来るの。
聞きたいことに答えてもらえないまま、
私の目の前で、図書館の明かりが消えていく。
「むぅ」
寂しさを引きずって、でも向こうも仕事だろうし、
仕方ないよねって図書館の消灯を見守ってると、
私がまだ寝ぼけてるのか、それとも本当にそこに居たのか、ひとつだけ照明が付いてる部屋の窓から、私の推しのルリビタキ部長に似た人が、
私をチラっと、数秒だけ見て、すぐそこから離れていったように見えた。
「同名の映画があるらしい。シュクメルリで有名なジョージアが舞台の映画だとさ」
嘘は「嘘」だから、優しい嘘にせよ優しくない嘘にせよ、相手を騙してることに変わりはねぇな。
某所在住物書きは新しいお題を確認しつつ、スマホをスワイプ、スワイプ。
シュクメルリ鍋の画像を見ている。今年も復活、だという。 ガウマルジョス。
「やさしい嘘、優しい嘘、易しい嘘……」
なんか書きやすい「嘘」のネタ、あったかねぇ。
天井を見る物書きの舌は、既にシュクメルリ。
「『お年玉預かっとくよ』って嘘ついて、親が親自身のために使っちまうのは、アウトだっけ?」
分からぬ。この物書きはおそらく時効である。
――――――
やさしい嘘には、善良な「優しい嘘」と、指摘容易な「易しい嘘」があろうかと思う。
今回は後者。易しい嘘のおはなし。
前回投稿分からの続き物、最近最近の都内某所。
某不思議な稲荷神社敷地内の宿坊に、
逃げるように部屋を借りて、ひとり粛々、自分の仕事をしている者がある。
「世界線管理局」なる厨二ふぁんたじー組織の法務部、「ツバメ」である。
前回投稿分のおはなしで、ツバメはひょんなことから、大量の花粉をボフン吐き出す上司のハプニングを間近で目撃してしまった。
他部署のイタズラアイテムが原因である。
あんまり花粉ボフンの勢いと量が「酷かった」せいで、上司を当分直視できない。
思い出し笑いを我慢するのも精一杯である。
よって、管理局と協力関係にある稲荷神社に、その宿坊に、ツバメは逃げ込んだのだ。
都内某所の稲荷神社は、不思議な狐が居る神社。
本物の御狐が居る神社である。
よもやここに「アーモンドナッツに偽装されたイタズラ花粉ボフントラップ」はあるまい。
「さて」
喫茶店からコーヒーのセットをテイクアウトしてきたツバメは、宿坊に来てやっと、花粉ボフンの思い出し笑いから開放された。
「仕事を始めよう」
「おじちゃん、コーヒーのおじちゃん」
とてとてとて、ちてちてちて。
客人の魂の匂いを嗅ぎつけて、自分の修行のために餅を売ろうと、稲荷の子狐が宿坊に来た。
「きょうは、なんで、タバコのオッサンといっしょじゃないの?」
稲荷のコンコン子狐は、魂の匂いが分かるので、ツバメの優しい性格をよく理解している。
尻尾をぶんぶん振り倒して、ぐいぐい制服をよじ登って、子狐はツバメの鼻を舐めた。
「タバコのオッサン」は、ツバメの上司のこと。
諸事情で前回、口から大量の花粉を吹き出して、盛大に咳き込んだ。
ツバメは彼から逃げるために宿坊に来たのだ。
「部長は、風邪を引いてしまったんだ」
ここでお題回収。ツバメが小さな嘘を言う。
「だから、私ひとりでここに来たんだよ」
稲荷のコンコン子狐は、魂の匂いが分かる。
ツバメの小さな嘘は、完全に嗅ぎ分けるのが容易な「やさしい嘘」であった。
「うそだ、うそだ。タバコのオッサン、カゼなんか、ひいてないんだ」
「部長には、抜けられない用事があったんだ」
「それも、うそだ。キツネ、ぜんぶ分かるんだ」
「たのむ。部長のことは、何も言わないでくれないかな。仕事に集中したいんだ」
「わかった!キツネ、オッサン、言わない!」
コンコンコン!宿坊のお客様、ただいま、おもてなしのお餅をお持ちします。
子狐は尻尾をぶんぶん振って、ツバメが作業をしている座敷から出ていく。
「やっと静かになった」
ツバメはようやく本腰入れて、作業を開始。
宿坊に持ち込んだ仕事は、だいたい2〜3時間程度の量と質であった。
パチパチパチ。上司の花粉ボフンを頭から追いやって、ツバメは真面目にキーボードを叩く。
パチパチパチ。上司のイタズラアーモンドトラップに威嚇する様子を無理矢理忘れて、ツバメは必死にキーボードを叩く。
忘れよう、忘れよう。アーモンドも花粉も、自分は見ていない。何も知らない。仕事をしよう。
そのツバメの努力を一瞬で爆破解体したのが、きなこ餅を持参して帰ってきた例の子狐。
「コーヒーのおじちゃん!」
子狐は完全に善意で、コンコン!叫んだ。
「しごとのオヤツに、アーモンドパウダー入りの、きなこおもち!どーぞ」
「あーもんど、」
今まで思い出し笑いを我慢していたツバメは、子狐が持ってきた餅を見て、とうとう陥落した。
「よりによって、よりによって……ッ!」
餅にたっぷり振られたアーモンド入りのきなこは、ツバメにはどうしても、上司が数十分前吹き出した、ボフンの花粉にしか見えなかった。
苦しげに、静かに笑うツバメを、子狐はコックリこっくり、首をかしげて不思議がったとさ。