かたいなか

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「小さな勇気。……普通に『勇気』って名前の小さなガキのハナシも書けるわな」
まぁ、前回のお題同様、俺の投稿の持ちキャラに「勇気」って名前のやつは居ないから、普通に勇気のハナシになるけど。
某所在住物書きは前回投稿分を確認して、「わぁ!」と「勇気」のお題から、「瀬川 勇気(10歳)」なる名前と年齢を爆誕させた。

「せがわぁ!」なんて名字で呼ばれているなら、小さな勇気くん/勇気ちゃんは中学生かもしれない。
なお書かない。

「まぁ、普通に居そうな名前だけどな」

――――――

最近最近の都内某所、早朝。
某アパートの一室の、部屋の主を藤森といい、
ひょんなことから、客に海苔茶漬けと鶏ささみ肉のサラダを提供している。
昨日の夜、藤森のアパートの裏道で、ぐったり壁に寄りかかっているのを見つけたのだ。

念のために救急車を呼ぼうとしたところ、「誰も呼ぶな」と鋭い目で威嚇された。
大きなケガも無かったようだし、見知らぬ初対面の相手でもなかったので、
仕方なく、藤森は彼を自分の部屋に運んだのだ。

「うまい。美味いワサビモドキだ」
海苔茶漬けのアクセントは少しの柚子胡椒。
客からの評価は上々だ。
「高葉井にも、これを出しているのか」

高葉井とは、藤森と長年共に仕事をしている後輩のこと。3月に一緒に、藤森の前々職、都内の私立図書館に転職する。
客の男は、その図書館の職員らしい。
先日、藤森と高葉井を図書館に誘った「藤森の友人」が言っていた。
「すごく面倒な説明を全部端折って、誤解覚悟で言えば、俺達と同じ職場で仕事してる人」と。
「すごく厳密に言うと、こいつは俺の上司で、俺はこいつの指示で図書館に出向してきてて、図書館は俺達と別の団体とでの共同経営だよん」と。

客は「条志」と名乗った。
条志は今年の3月から、藤森の隣の部屋に越してくる予定となっていた。
彼が3月から隣に入居することを、
藤森は決して、けっして、高葉井に話してはならないことになっている。

条志は一体「何者」なのだろう。

「柚子胡椒茶漬けを出したことはありません」
あなたは、一体誰ですか。
条志に尋ねてみたい藤森である。
「ただ、高葉井が私の部屋に飯を食いにくることは、諸事情で、ちょくちょくあります」

あなたは誰ですか。
なぜ、私と高葉井を知っているのですか。
なぜ昨晩、あそこでぐったりしていたのですか。
私の友人はあなたを「同じ職場で仕事してる人」と言ったが、本当に、図書館に勤めているのですか。

小さな勇気でもって、目の前の男に聞いてしまえば、すべての答えが分かるだろうに、
藤森はその勇気を、なかなか出せない。
直感であった。
それを聞くのは、初対面に支持政党を尋ねるような、あるいは信仰している宗教を探るような、
なにか、良くないことのように藤森には思えた。

「俺が怖いか」
藤森の疑念と心配を察したらしい条志が、柚子胡椒茶漬けの最後の1口を胃袋に収めて言った。
「ツウキ……付烏月といったか。『お前の友人』がお前と高葉井を、図書館に誘ってしまったのは、すまないと思ってる。
悪いことは言わん。本当にあそこに転職すべきか、今の職場に残るべきか、よく考え直せ」

邪魔したな。ワサビモドキ茶漬け、美味かった。
それだけ言って、礼とおぼしき肖像画&ホログラム付きピラピラを1枚机に置くと、
条志は静かに、藤森の部屋から出ていった。

「条志さん、」
条志が何者で、何故彼が「図書館に転職すべきか考え直せ」と忠告してきたのか、
この時の藤森には推測するための材料も無く、
この時の藤森には問いただす小さな勇気も無く、
「あなたに出したのは、ワサビモドキ茶漬けじゃなくて、柚子胡椒茶漬け……」
すべての伏線の答え合わせは、更に数ヶ月後の物語を待つことになる。

1/28/2025, 4:27:32 AM