「冬、そうだよ、冬の筈なんだよな……」
11月だぜ。昨日の11月17日に、東京は最高気温23℃を記録してたんだぜ。
某所在住物書きはスマホ画面の、予報とカレンダーとを見ながら、ため息を吐いた。
「冬が来る」ってなんだっけ。そもそも秋はいつ浴びたっけ。例年は今頃何着て何食ってた?
「冬、ふゆ……?」
大丈夫。ちゃんと一部地域で雪降ってるし、予報によりゃ北海道では最高気温が氷点下だぜ。
冬だよ。今は、多分、冬だよ。物書きは己に何度も、何度も言い聞かせた。
「冬になったら、鍋焼きうどんにちょいと七味振って、熱燗に軟骨の唐揚げとか、良いなぁ……」
――――――
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某アパートの一室の、部屋の主を藤森といい、
花咲き風吹く北国から来た、雪のひと。
その日、満を持してリビングに、念願のこたつを堂々実装。椅子に座って入れるタイプを買いました。
理由あって去年まで、部屋にこたつが無かった藤森。お金が無かったワケではありません。
ただ、その「理由」の解消に、藤森の後輩のコウハイ、もとい高葉井が貢献してくれたので、
今夜はお礼を兼ねた、お披露目会。
お肉をちょっとフンパツして、マグロのたたきで生ツナマヨなんか作ったりして、
カゴ入りミカンも抜かりなく。中央にスタンバイ。
『冬になったら、おこたとミカン』
意外と北に行くほど、こたつ保有率は比較的下がる傾向のあるトリビアにならい、
雪のひと藤森、人生初のこたつなのです。
「お前には去年、本当に世話になった」
気温の下がり始めた夜道を歩いて、先輩の部屋までやって来た後輩、もとい高葉井を、
藤森、リビングに丁寧に招きます。
「お前のおかげで、私と『加元さん』の、」
私と加元さんのトラブルが、解決したと言っても過言じゃない。 藤森、言いたかったのですが、
言い終えるのを待たず、後輩が感無量の落涙。
「先輩が、普通の人になった……!」
なんだ、「普通の人」って。
雪のひと藤森、後輩の予想外の反応に素っ頓狂。
ただ――あぁ、そうだ。藤森、去年を思い出します。それはまさに上記の「理由」が、「加元さんとのトラブル」が、解消して数日後のことでした。
「お前たしか、去年も私にクッションひとつで『先輩が人間になった』と言っていたな?」
「だってこの部屋、去年、何もなかったんだよ」
ぺた、ぺた。ぱたり、ぱたり。
感涙の高葉井、部屋のこたつを両手で触って、こたつに涙を数粒落として、言いました。
「『何も』『無かった』。クッションも、余分なソファーも。唯一、香茶炉?茶香炉?あれが在ったから『ここは先輩の部屋だ』って分かるくらい。
『すぐ部屋を畳んで逃げられるように』って」
そんな先輩の部屋に、
とうとう去年、無駄なクッションが置かれて、
それで今年、更に無駄なこたつが入ったんだよ。
もう逃げなくて、良いんだよ。先輩は、やっと、普通の人になったんだよ。
後輩の高葉井は、ぽつり、ぽつり。
去年の「藤森と加元のトラブル」を懐かしむように、または藤森の変化を喜ぶように、言いました。
というのも先程から名前が出てるこの「加元」、
藤森の元恋人でありながら、藤森の心魂をズッタズタに壊し尽くした、理想押し付け厨。
挙句の果てに、失恋の悲しみで加元から逃げた藤森とヨリを戻すべく、所有欲の執念で数年藤森を探し続けた実績を持っておりまして。
執着強いこの加元に部屋がバレても、市町をまたぎ区を越えて、遠くへ遠くへ逃げられるように、
ずっと、ずっと、藤森の部屋には、最低・最小限の家具や道具しか、揃えられていなかったのです。
これぞ、今までこたつが無かった「理由」でした。
「良かったね先輩。よかったね」
ぐすぐす、えっぐえっぐ。
あんまり泣き過ぎた高葉井、藤森からティッシュの箱を受け取りまして、ぐしゅぐしゅ、ちーん。
「近々、先輩から貰った香炉、里帰りさせるぅ」
ざまーみろ加元。おまえがズッタズッタのボロッボロにした先輩は、ここまで元気になったぞ。
あとミカンおいしそうイタダキマス。
完全に情緒が情緒で感極まってしまっている高葉井は、ひとまずコタツに入りまして、
カゴからミカンを、ひとつ、ふたつ。
「……うん、」
そんな嬉し泣きされることを、私はしただろうか。
「喜んで、頂けて、なにより……?」
高葉井を部屋に招待した藤森、首を傾けて困り顔。
でも突っ立ってても何も始まらぬので、コタツに入って藤森も、「冬になったらやりたかったこと」を――こたつでミカンを、始めました。
去年を思い出しながら。たくさんの想い出を、後輩と一緒に振り返りながら……
「『刃なれ罵なれ』、暴力なり罵倒なり、みたいな漢字変換を思いついて、最初は妙案と思ったけど、さすがにバイオレンスは書けねぇのよ」
今回も相変わらず、高難度なお題よな。某所在住物書きは天井を見上げてため息ひとつ。
お題の平仮名を漢字に変換して変化球な物語を書くのは、物書きの得意技である。
離ればなれ、葉なれ場なれ、羽なれ馬なれ。
あらゆる変換を、今回も試行した。
なんだ「派慣れ場慣れ」って。
「去年は紅茶の茶っ葉のジャンピングで、葉っぱが水面とポットの底とで……って書いたけどさ」
これのコピペ、しちまっても良いかな。物書きは言った――それだけ「放れ場成れ」を、あるいは「花れ馬鳴れ」を思いつかなかったのだ。
――――――
本来の季節感と今着ている服が、はなればなれ。
脂身食べても胸焼けしなかった過去と少しの鶏皮で轟沈してる今が、はなればなれ。
嘆きと胃薬は多々ありますが、その辺に置いときまして。こんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。そこそこ深めの森の中、不思議な稲荷神社の、
敷地内の一軒家の中庭には、稲荷狐のお父さんが大切に育てている薬草畑、ハーブ庭がありました。
父狐が育てる薬草は、そのほとんどが不思議な薬草、妖狐のお茶、仙狐のハーブにアロマも少々。
都内の病院で漢方医をしているお父さん狐の手と尻尾にかかれば、それらはたちまち人間の、
風邪を治し、ぎっくり腰をやわらげ、悪夢は稲荷寿司フィーバーに早変わり。
心魂の傷や汚れだって、悪霊退散、清めます。
で、その不思議な不思議な稲荷の狐の畑には、
父狐が漢方医として人間と仕事をするにあたり、とっても重要なお花が植えてありまして。
それは名前を、「キツネノ ヨイザマシ アザミ」、狐の酔醒まし薊と言いました。
つまりどれだけお酒を浴びても、このアザミの花を煮出したお茶やシロップさえ摂取しておけば、
たちどころにアルコールを、「アルデヒド」をすっ飛ばして、一切肝臓・腎臓等々傷つけず、狐糖という未知な無害に再構成してくれる秘薬なのでした。
父狐、お酒、弱いのです。
ところでそのアザミ、5株ほど、ピンクのお花と茎が、はなればなれになっておって、
お花の方がどうやら行方不明。
誰かが摘んだようです。
「誰だろう?かかさんかな?」
父狐のお嫁さん、母狐は、酒豪な北国狐の血を引いているので、ぶっちゃけ何杯飲んでも平気です。
「かかさん、キツネノヨイザマシアザミの、はなればなれになった花の方を知らないかい?」
お友達がアザミを欲しがっていたなら、言ってくれれば、丁度シロップのストックがあったのに。
と、いう意味を含めて母狐に聞いてみたところ、
返ってきたのは「私じゃない」の回答。
「末っ子が5個ほど、花を摘んでいましたよ」
どうやら花と茎をはなればなれにしたのは、父狐のお嫁さん、母狐ではなく、
彼等の子供、まだ稲荷の神様から「名前」を頂いていない、末っ子子狐だった模様。
子供が「狐の酔醒まし」に、何の用事でしょう。
「アザミの花がキレイだったから、摘んで遊んで、頭飾りにでもしたのかな?」
酔醒ましのシロップはストックが十分あるけど、
アザミの花もまだまだいっぱい咲いているけど、
何度も何度も、なんども、キツネノヨイザマシアザミの花を摘んで摘んで、遊ばれては、父狐の肝臓がピンチになってしまいます。
なんなら人間の医療従事者と狐の漢方医との飲み会で、アザミのシロップ無しにお酒を飲んでベロンベロンして、酔って狐に戻ってしまったら、
そりゃあ、もう、大騒動です。
狐のお父さんが、SNSに上げられて、コンコン大炎上、あるいは大バズりしてしまいます。
そりゃ困る。こやん。
「あの子は、今どこに?」
「『外』に遊びに行っていますよ」
「そうか。それじゃあ、帰ってきたら『アザミで遊ばないで』と言っておかなければ」
旺盛な好奇心が自分に似たのは嬉しいけれど、
さすがに実害が出てしまっては、困るなぁ。
コンコン父狐、他に子狐がイタズラしたところが無いか、薬草畑を見回ります。
「あの子が大きくなったら、あの子も酔醒ましシロップのお世話になるのかなぁ」
どうだろうなぁ、意外とかかさんの血を継いで、酒豪かな。あーだこーだー、こやこや。
コンコン父狐、ぐるっと薬草畑を散歩して、子狐が帰って来るのを待っておったとさ。
「キトゥンブルー、ヘソ天、やんのかステップ。
子猫の時期にしか見られないと言われてるものは、結構多い、ような気がしないでもない」
美味い美味い言いながらキャットフード食うのは、別に成猫でも子猫でも可能性アリなんだっけ?
某所在住物書きは過去の猫動画を鑑賞しつつ、物語を書いては消して、書いては消して。
書きたい風景、書きたい状況に対して、己の執筆力量が完全に不足しているのだ。
「……猫と関係ねぇけど、そういやこのアプリ、動物のお題がバチクソ少ない」
ぽつり、物書きが呟いて、ため息を吐く。
犬無し、鳥は「鳥かご」、魚は食い物。
「モンシロチョウ」はいつの配信だったろう……?
――――――
現実世界、最近最近の都内某所が舞台の日常連載風を投稿する、このアカウントです。
たまには東京からも、現実からもかけ離れた、こんなおはなしをご用意してみました。
最近最近ではありますが、「ここ」ではないどこかのおはなしです。
異世界と異世界を繋いだり、世界と世界の喧嘩の仲裁をしたり、終わった世界の欠片が他の世界に悪さをしないように監視したりする、舞台装置のような組織がありまして、
その組織は名前を「世界線管理局」といいました。
過去投稿分で、何度か見た名前です。
直近は11月10日投稿分です。
初出は去年の4月12日。スワイプが面倒なので、過去を気にしてはいけません。
で、何が面白いって。
この管理局、ビジネスネーム制を採用しており、局員全員が動物の名前で呼ばれておるのです。
ノルウェージャンフォレストキャットとか。
その日はお題の「子猫」にちなみまして、
猫系の名前を採用している総務部に、新しい子猫の新人ちゃんが、にゃーにゃー。仲間入りしました。
ビジネスネームを、「マンチカン」といいます。
名付け親もとい、名付け局員は総務部人事課長、リビアヤマネコです。にゃーにゃー。
新人子猫、マンチカン。先住猫もとい先輩局員に連れられて、まずは部署内の見学を開始。
縄張りの状況把握は大切なのです。
「野良猫のようにあっちこっちに居て、イエネコのようにふてぶてしくマイペース。縄張りを荒らす者は砂漠猫のごとく容赦しない」
経理、人事、集配。総務部には業種がいっぱい。
あっちこっちに興味がうつる新人子猫のマンチカンに、先輩のロシアンブルーが言いました。
「それが私達。総務部の部内信条よ。
受付窓口や広報をしてる犬系連中とは、外部対応とかの仕事が重なっているから、早いうちに、場所と顔を覚えておくといいわ」
ほら、あそこよ。ロシアンブルーが指さす先には、
各部門から申請された備品の補充に走る集配送班、「KURO-NEKO」の皆様
もとい、なにやらキャーキャーわーわー、わんわん。バチクソに盛り上がっている受付窓口。
「また接待フィーバーしてる」
どうやら、日常風景のようです。
「きっと今日窓口から上がってくる伝票に、ジャーキーとスナックが大量に書かれてるわ。『経費計上しないように』って伝えておかなきゃ」
ふーん、そうなんだ。 新人子猫、マンチカン、局内のことは把握してないので、完全に話半分。
「いいかしら?」
その、話半分の子猫マンチカンに、先住猫ロシアンブルー、人差し指を振って言いました。
「犬系だろうと、鳥系だろうと、どんなやつがウチに来ても、私達の主張を曲げちゃダメよ。
縄張りは一歩も譲らない。それが私達、猫。絶対ブレちゃいけないのが、私達総務なんだから」
へー。そうなんだ。
新人子猫マンチカン、やっぱり先輩の言葉は上の空で、ちょこまか走り回ってる集配送班の動きを、
きょろ、きょろ。視線で追ってしまうのでした。
「子猫」のお題ということで、どこかの管理局と新人子猫ちゃんのおはなしでした。 おしまい。
「秋風に『邪』の字をつければ、秋風邪ネタよな」
駆逐艦秋風に、松尾芭蕉の句「物言えば唇寒し」。
なかなか物語に組み込めそうなネタが無い。
某所在住物書きは結局、このアプリを入れて合計3回目(あるいはそれ以上)の風邪ネタを投稿することにした――本当にネタが思いつかぬのだ。
「インフルエンザとかが流行し始める時期よな」
と物書き。先日、全国的な流行期に入ったとの報道を、観たような、気のせいのような。
「あきかぜ。アキカゼなぁ……」
今年の秋風は、ちゃんと肌寒くなるのだろうか。
――――――
わたくし、後輩こと高葉井、
諸事情で今月の生活費がキッツキツでございまして、週末の推しゲー非公式イベント用の軍資金4万5千円を抜いて、ジリ貧でございます。
2月まで一緒の本店で仕事をしていた先輩と、
生活費および料理の水道光熱費節約を目的として、
なにより、私自身、気温差とか自律神経の影響とかで、ガチで体がダルくなることが時折あるんで、
数年前からシェアランチ・シェアディナーなんかをしてもらってる仲だったおかげで、
今日から給料日まで、先輩が、ごはんやお弁当をシェアしてくれることになりました。
ありがとうございます。
(戦利品仕入れ費用には極力手を出せぬ)
ありがとうございます。
(多分この4万5千円は来週には消えてる)
今、私のお財布には、秋風が吹いております。
さて。 今日がその、シェアごはん初日。
私の冷蔵庫からも食材を整理して、今日使えそうなのを引っ張り出してきて、
さて先輩のアパートへ出発、と思ったら、
ピンポン、ピンポン!
インターホンが鳴って、ドアを開けると、
郵便屋さん風のポンチョを付けた子狐が、部屋の中にとたたっ!入ってきた。
先輩のアパートの近所にある、不思議な稲荷神社に住んでる子狐だ。 あるいは、先輩がお得意様認定されてる茶っ葉屋さんの、看板子狐だ。
ヘソ天のポンポンおなかに、手紙がくっついてた。
『秋風邪を引いた。 本日に限り、晩メシおよび明日の弁当の用意ができない。
茶葉屋の店主が気を利かせて、常連専用飲食スペースのまかない飯を分けてくれるそうなので、
手数だが、自分で取りに行ってほしい。
追伸:見舞いには来るな 藤森』
「あのお茶っ葉屋さんの、まかないか……」
見舞いに来るなって、どういうことだろう。
…――子狐くんと一緒に茶っ葉屋さんに行くと、店主さんは私をすぐ見つけて、レジ袋に入ったホッカホカのテイクアウトボックスを差し出した。
「事情はお得意様より、伺っています」
店主さんが言った。
「お得意様には日頃から、よくよくヒイキ頂いています。これくらい、ご愛顧特典としましょう」
中身は分からないけど、すごく良い匂い。
優しい甘じょっぱさを連想させる匂いだ。
「ところで、」
お礼を言って、お茶のテイクアウトを買って帰ろうとしたら、店主さんに呼び止められた。
「お得意様のアパートには、決して、けっッして、
お見舞いに行っては、なりませんよ」
そこまで言われたら逆に「行ってください」に聞こえるんだけど。そうだよね。間違ってないよね。
で、ご要望どおり、先輩のアパートに行った。
合鍵は借りてたから、それで部屋のドアを……
「あだだだだだだ!!!
ちょっ、待、あの!! 少し加減を!!」
「数時間で、秋風邪を治したいのでしょう。
狐の薬を使ったお灸とツボは、よく効きますよ。
ほら、 ほら。 もういっちょ」
「あ、 っぐ! ぎゃおぁぁああぁあぁ!!!」
……開けたら、あの静かな先輩の、聞いたことない断末魔が、聞いたことない声量でぶつかってきて、
「はい、これでヨシと」
「が…………ッ!!!」
こと切れちゃったと思しき先輩の、さいごの悲鳴を聞きながら、私は先輩の部屋のドアを閉めた。
なんだアレ。
(たしか茶っ葉屋さんの店主さんの旦那さんだ)
なんだ、アレ。
(病院で漢方医をやってるって聞いた)
翌日先輩は宣言通り、1日いや数時間で秋風邪治して、私のシェアランチを用意してくれたけど、
首筋や手のひら、足の裏なんかをさするあたり、お灸とツボの痛みを、まだ覚えてるんだと思う。
「ホントに去年は、ラクだったんだよ。事前に『この物語で行きましょう』があったから」
また会いましょう――どこで?誰と?いつ?
某所在住物書きは去年投稿分を参照しながら、しかしさすがに「それ」のコピペを今回貼り付けるワケのは難しいと、天井を仰いだ。
相変わらずだ。相変わらずの難度である。
「登場人物AとBが恋仲でした。
BがバチクソにAの心を砕いたので、Aは逃げましたが、Bが追ってきました。
CがAの背中を押し、応援してくれたので、Aは面と向かって、Bに言いました。『私はもう、あなたを愛してません。それでもヨリを戻したいなら、赤の他人として、また会いましょう』。
……それ以外のネタで『また会いましょう』?」
何書こう。物書きは小首を傾けて、カキリ。
相変わらずなのだ。相変わらずの途方であった。
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主の名前を藤森といい、ぼっちでそこに住んでおるのだが、今日は客人が居る様子。
今年の2月まで同じ職場の同じ本店で仕事をして、今は諸事情で支店に異動となった後輩である。
彼女は神妙な面持ちで、藤森と相対し、テーブルを挟んで向かい合って座って、共に食事をしている。
「付烏月(つうき)から、大体の話は聞いている」
テーブルの上に並べられた料理のメインはパスタ。
レトルトミネストローネとツナ缶と、隠し味に少しのマヨネーズを使った、トマトツナスパゲッティ。
よく煮詰められたミネストローネは、ツナ缶とマヨネーズによくよく混ざり合って、
とろとろ、とろり。パスタとよく絡む。
「一応、お前の言葉で、経緯と要望を聞きたい」
パスタのソースを湯でといて、申し訳程度の野菜を足したスープに口をつけ、藤森が言った。
「で?」
「昨晩、私が走ってるソシャゲで、試験的アップデートが入って、ミニゲームが追加されたの」
「そうか」
「そのミニゲーム、私の推しキャラ2人の、新規収録ボイスが、バチクソに頑張れば聴けるの」
「そうか」
「どうしても聞きたくてちょっと課金しました」
「はぁ」
「更にミニゲームモチーフの、推しの新キャラ2人と、『鳥頭&駄犬タッグ』って界隈で言われてるタッグカードも、限定ガチャに初登場したので、」
「うん」
「最高レア選択可能確定チケットに課金しまして、
ガッツリ、完凸まで、済ませました」
「……」
「今週末の非公式イベントの、戦利品仕入れ費用5万に5000円だけ手をかけてしまいまして」
「それで」
「給料日までガチでお金キツいので、シェアランチとシェアディナーお願いします」
室内に、穏やかな、しかし長いため息が混じった。
「お前には、」
藤森が言った。
「去年の大きな恩がある。金の貸し借り以外であれば、私もお前の困りごとには原則、応じる」
だがな。と藤森。 勝ち確定ムーブで目をキラキラさせて握手を求める後輩の、手を一旦しりぞけた。
「ソーシャルゲームへの課金額を見直せば……」
課金額を見直せば、生活も楽になるのではないか。
言いかけた藤森の言葉を、今度は後輩が制した。
「じゃあ先輩は欲しい本が有ったら我慢できる?」
「ぐっ、」
「めっちゃ分かりやすい法律の本、めっちゃ分かりやすい医療の本、脳科学、心理学、植物、お茶。
買うでしょ。我慢できないでしょ」
「ちがっ、違う、私は、」
「嘘いつわり無く、真実を述べよ」
「……買います」
分かった。わかったよ。参った負けを認める。
静かな部屋に、再度、藤森のため息が混じる。
「今日の残り物でも良ければ、お前の明日の朝メシと弁当を、30分程度で用意する」
藤森が言った。
「給料日までの計画とメニューは、お前の今の冷蔵庫の中身と賞味期限、および消費期限次第だ。
場合によっては、『去年』の恩をこの数日で返す」
ということで、明日の終業後、また会いましょう。
3度目のため息の後で、藤森と後輩は双方、箸をトマトツナスパゲッティへ。
少し冷めた感こそあるものの、元々、熱々の皿。
唇に、舌に当たる分には、丁度良い温度であった。