かたいなか

Open App

「秋風に『邪』の字をつければ、秋風邪ネタよな」
駆逐艦秋風に、松尾芭蕉の句「物言えば唇寒し」。
なかなか物語に組み込めそうなネタが無い。
某所在住物書きは結局、このアプリを入れて合計3回目(あるいはそれ以上)の風邪ネタを投稿することにした――本当にネタが思いつかぬのだ。

「インフルエンザとかが流行し始める時期よな」
と物書き。先日、全国的な流行期に入ったとの報道を、観たような、気のせいのような。
「あきかぜ。アキカゼなぁ……」
今年の秋風は、ちゃんと肌寒くなるのだろうか。

――――――

わたくし、後輩こと高葉井、
諸事情で今月の生活費がキッツキツでございまして、週末の推しゲー非公式イベント用の軍資金4万5千円を抜いて、ジリ貧でございます。

2月まで一緒の本店で仕事をしていた先輩と、
生活費および料理の水道光熱費節約を目的として、
なにより、私自身、気温差とか自律神経の影響とかで、ガチで体がダルくなることが時折あるんで、
数年前からシェアランチ・シェアディナーなんかをしてもらってる仲だったおかげで、
今日から給料日まで、先輩が、ごはんやお弁当をシェアしてくれることになりました。

ありがとうございます。
(戦利品仕入れ費用には極力手を出せぬ)
ありがとうございます。
(多分この4万5千円は来週には消えてる)
今、私のお財布には、秋風が吹いております。

さて。 今日がその、シェアごはん初日。
私の冷蔵庫からも食材を整理して、今日使えそうなのを引っ張り出してきて、
さて先輩のアパートへ出発、と思ったら、

ピンポン、ピンポン!
インターホンが鳴って、ドアを開けると、
郵便屋さん風のポンチョを付けた子狐が、部屋の中にとたたっ!入ってきた。
先輩のアパートの近所にある、不思議な稲荷神社に住んでる子狐だ。 あるいは、先輩がお得意様認定されてる茶っ葉屋さんの、看板子狐だ。

ヘソ天のポンポンおなかに、手紙がくっついてた。
『秋風邪を引いた。 本日に限り、晩メシおよび明日の弁当の用意ができない。
茶葉屋の店主が気を利かせて、常連専用飲食スペースのまかない飯を分けてくれるそうなので、
手数だが、自分で取りに行ってほしい。
 追伸:見舞いには来るな 藤森』

「あのお茶っ葉屋さんの、まかないか……」
見舞いに来るなって、どういうことだろう。

…――子狐くんと一緒に茶っ葉屋さんに行くと、店主さんは私をすぐ見つけて、レジ袋に入ったホッカホカのテイクアウトボックスを差し出した。
「事情はお得意様より、伺っています」
店主さんが言った。
「お得意様には日頃から、よくよくヒイキ頂いています。これくらい、ご愛顧特典としましょう」
中身は分からないけど、すごく良い匂い。
優しい甘じょっぱさを連想させる匂いだ。

「ところで、」
お礼を言って、お茶のテイクアウトを買って帰ろうとしたら、店主さんに呼び止められた。
「お得意様のアパートには、決して、けっッして、
お見舞いに行っては、なりませんよ」

そこまで言われたら逆に「行ってください」に聞こえるんだけど。そうだよね。間違ってないよね。
で、ご要望どおり、先輩のアパートに行った。
合鍵は借りてたから、それで部屋のドアを……

「あだだだだだだ!!!
ちょっ、待、あの!! 少し加減を!!」
「数時間で、秋風邪を治したいのでしょう。
狐の薬を使ったお灸とツボは、よく効きますよ。
ほら、 ほら。 もういっちょ」
「あ、 っぐ! ぎゃおぁぁああぁあぁ!!!」

……開けたら、あの静かな先輩の、聞いたことない断末魔が、聞いたことない声量でぶつかってきて、
「はい、これでヨシと」
「が…………ッ!!!」
こと切れちゃったと思しき先輩の、さいごの悲鳴を聞きながら、私は先輩の部屋のドアを閉めた。

なんだアレ。
(たしか茶っ葉屋さんの店主さんの旦那さんだ)
なんだ、アレ。
(病院で漢方医をやってるって聞いた)

翌日先輩は宣言通り、1日いや数時間で秋風邪治して、私のシェアランチを用意してくれたけど、
首筋や手のひら、足の裏なんかをさするあたり、お灸とツボの痛みを、まだ覚えてるんだと思う。

11/15/2024, 3:07:14 AM