かたいなか

Open App
10/29/2024, 3:34:34 AM

「キノコは、暗がりの中で栽培する場合もある」
食い物に関してはよく頭の回る、某所在住物書きである。今回のお題に対し、まずキノコの暗所栽培とホワイトアスパラ、それからモヤシを挙げた。
「自然の中で原木栽培、って手もあるさ。暗がりの中でも明かりの中でも、まぁ、まぁ」
ちょっと幻想的な森の中で、不思議なキノコに霧吹きかけて世話云々、なんてハナシは書けそうよな。
物書きはエモ系をひとつ閃いて、しかし書かず、他を考える――エモは少々不得意なのだ。

「暗がりの中で丸い目がキラリ、ってのは?」
それはギャグと思われる。
「暗がりの中から変質者は?」
それは完全に防犯の啓発である。
他に「暗がり」は何があるだろう?

――――――

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は、食いしん坊の食べざかり。美味しいものは何でも大好き。
近頃は魔女のおばあちゃんがひとりで――もちろん、店員さんやコックさんは複数人居ますが、それらはすべて、おばあちゃんの使い魔なのでした。ともかく「人間」としてはひとりで――切り盛りしている喫茶店の、パンプキンスープがお気に入りです。

ところで、この喫茶店の店主であるところの魔女。去年の春か夏のあたり、海の向こうから東京へ、はるばる引っ越してきたのでした。
そして去年、稲荷の末っ子子狐に、ハロウィンを教えてやったのでした。
おばあちゃんの故郷では、おみくじケーキを楽しんだり、暗がりの中で焚き火をしたりするのだと。

「おばちゃん、おばちゃん!」
コンコン子狐、今年も魔女のおばあちゃんに、ハロウィンのおはなしを聞きに行きました。
「はろいんは、ハロウィンは、なにするの」

「あなたたち子供は、オバケの格好をするのよ」
使い魔猫のジンジャーとウルシに魔術師ローブの飾りを付けて、魔女のおばあちゃん、言いました。
「カゴを持って、お友達同士で、近くの家を回るの。そして『おもてなししなさい、さもなければイタズラするぞ!』っておどして、大人から美味しいクッキーやキャンディーなんかを貰うの」
日本では、「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ」で定着しているわね。魔女のおばあちゃんは補足して、穏やかに、にっこり笑いました。

それを妙な方向に学習したのが子狐です。
『オバケの格好して人間を怖がらせれば、お供え物が貰えるのだ!そうに違いない!』
『暗がりの中から飛び出し「おそなえしなきゃ、祟るぞ」と言って、お供え物とお賽銭を貰おう!』
「キツネ、はろうぃん、する!」

食いしん坊のコンコン子狐。まずはお母さん狐の茶っ葉屋さんのお得意様であるところの、藤森という雪国出身者のアパートへ行って、コンコン。
「おそなえしなきゃ、たたるぞ!」

「子狐。それを言うなら『菓子を寄越さないとイタズラするぞ』だし、日付が違う」
子狐の背景を全然知らない雪の人は、それでもハロウィンのことだと察した様子。
「ハロウィンに、出たいのか。仮装がしたいのか」
子狐にお揚げさんも、お稲荷さんもお賽銭もくれないで、どこかに電話を始めました。
「こうはい。急にすまない。頼みがある」
あれ(お揚げさん貰えない)
おかしいな(お供えもお賽銭も貰えない)

電話が終わって数十分。
雪の人藤森のアパートに、藤森の職場の後輩、高葉井という女性がすっ飛んできました。
「コンちゃんデコって良いってホント?!」
手には100均の狐のお面、魔術師ローブ、それから数分〜十数分の突貫工事で自作したとは思えない、ハイクオリティで少し和風な魔法の杖。
コンコン子狐、高葉井に「おそなえしなきゃ、たたるぞ」と言うまでもなく、あれよあれよ、これよこれよ。和風な魔法使い妖狐に早変わり。

そうか!オバケの格好だ!
これで人間がお供え物をくれるようになるんだ!
尻尾ぶんぶんビタンビタン。子狐は目を輝かせ、
外に飛び出す前に、藤森に体を掴まれて、
最後の仕上げにハーネスとリードを付けられ、
記念撮影スマホでパシャリ。
気が付けば、東京の少し明るい暗がりの中で、数日早めのハロウィンお散歩をしておったのでした。

「……あれ?」
ちがう。ちがうそうじゃない。
キツネ、お供え物が欲しいの。お揚げさん食べたいのであって、お散歩したいんじゃないの。
コンコン子狐、どうしてこうなったかポカン顔。
そのまま藤森と高葉井と、2人1匹して、暗がりの中でお散歩を続けましたとさ。 おしまい。

10/28/2024, 3:46:22 AM

「角砂糖に酒を含ませた紅茶、ってのを本で見たんだ。あと紅茶を使った調味料とか」
要は「紅茶」が投稿文章内に入ってりゃ良いんだろ?某所在住物書きはマグカップから口を離した。
紅茶の茶葉だけの場合、ベルガモット等々で香り付けした場合、それからミルク・酒の有無。
紅茶の香りは多様である。

「で、ひょんなことから、諸事情で、『紅茶のお茶漬け』とかいう未知の情報提供を受けてだな……」
試しに紅茶に、海苔茶漬けの素をブチ込んでみたワケよ。物書きは言い終えると、再度マグカップに口をつけて、ずずっ、ごくり。
「うん。……うん」
そのまま、窓の外を見た。 食えないことはない。
あとは各々の好みの問題である。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、朝。
今回のお題回収役であるところの雪国出身者は、名前を藤森というのだが、
昨晩、書類の用意と仕事の準備とに睡眠時間を削られて、スマホのアラームによって定時に起き、
寝ぼけた頭でほうじ茶の茶漬けを作ろうとして
茶碗に白米、茶葉置き場の棚から茶缶、
急須に茶色い茶葉と80〜85℃、
梅茶漬けの素など振りかけてさぁ茶を投入
と急須を茶碗に傾けた直後、
ふわり、広がった茶の香りにピシリ。

紅茶だ。
ミルクティーに丁度良い、濃いめのアッサム。
ベルガモットやオレンジピールの介在しない、紅茶の茶葉そのままの香りである。
何にそのアッサムを注いだ?
茶漬けの素を振りかけた白米だ。
「あ……ッ!!」
藤森の寝ぼけた頭が、一気一瞬にして晴れた。
ほうじ茶や緑茶で食う茶漬けは分かるが、
紅茶で食う茶漬けとは。

すべてはほうじ茶の茶缶が紅茶の茶缶の隣に並んでいたために発生した不注意。
なにより今回のお題のせいである。

「これは……少々、マズいことを」
少々、「マズい」ことをしたかもしれない。
夢うつつの心地から一瞬で覚醒した藤森。
スマホで「紅茶 茶漬け」など検索する。
ミスにせよ不注意にせよ、自分はこの「紅茶に浸された茶漬けの素入りの白米」を食わねばならぬ。
茶碗からは、たしかに力強いアッサムと、それから茶漬けの素の塩味が香っている。
それを、食わねばならぬ。

はたして検索結果として出てきた上位のいわく、
『ダージリンベースの当店オリジナルブレンドティーに、梅干しと海苔でお茶漬けしましょう』

「淹れてしまったのはアッサムだが!?」
要するに「この茶葉で茶漬けすると美味い」より、味もシブみも強めな茶葉で淹れてしまったと。
そりゃそうである。 ミルクティーにしても負けない風味とコクと深みが特徴の茶葉である。
マズいことをした。 藤森は天井を見上げた。

「シブいだろうな」
おそるおそる、アッサムの香る白米を、それに満たされた茶碗をとり、箸をつける。
紅茶である。紅茶と、それから茶漬けの塩味の香りが、たしかに茶碗から咲いている。
「……」
ええい。ままよ。どうにでもなるがよい。
藤森は意を決して、深く息を吸い、吐き、無言で己の不注意を嘆いた数秒後、 ちゃぷ、しゃぷり。
紅茶の茶漬けを口の中へ少し、収容した。

「……ん?」
普通に茶漬けだ。しゃぷしゃぷ、しゃぶしゃぶ。
「んん?」
想定していたほどのシブい後味は無く、「ほうじ茶のフリをしてシブみを隠せないでいる紅茶」で整えた茶漬けの味が、梅茶漬けの素の塩味とともに、藤森の口の中で、おとなしくしている。
「ふつうに、食える」

そういえば某国、たしか今年の最初の頃、「紅茶に塩を入れると苦味が抑制されるんだぜ」と大々的に発表して、大荒れな大論争を巻き起こした。
しゃぶしゃぶ。紅茶の茶漬けをかき込みながら、藤森は頭の片隅に、「紅茶と塩味」の関連情報を発見した。アッサムのシブみを茶漬けの素の中の塩味が抑制したのだろう――多分。

紅茶の香りとシブみを考慮しなければ、それはほんの少しだけ、ほうじ茶の茶漬けに似ていなくも、ないような、気のせいなような。
「それなら普通にほうじ茶の茶漬けを食うかな」
ごちそうさま。藤森は茶碗を空っぽにして、キッチンで洗って、拭いて食器棚へ。
口の中には僅かに紅茶の香りとシブみが残った。

10/27/2024, 4:54:40 AM

「3月を起点とすれば『愛』はこれで4回目。『恋』も含めりゃ9回目なんよ……」
某所在住物書きは頭を抱え、天井を見上げた。
ほぼほぼ、1ヶ月に1回のペースといえる。統計として、来月で祝10回目、年越し12月で11作品を投稿する計算になる、かもしれない。
無論、所詮、過去からの統計である。
未来を保証するものではない。

「そういや『愛は食卓にある』って言葉がある」
技術に対する愛がマリアナ海溝と思われる、某魔改造番組を観ながら、物書きは呟いた。
愛が食卓にあるなら、「愛言葉」は「いただきます」か、「食ったら食器洗って片付けろ」だろうか。

――――――

誰かが執筆した同人小説の1〜2ページ。
ツバメとルリビタキの非公式カップリング信奉者による、己の好きを詰め込んだ物語。

「ツバメ」のビジネスネームを持つ世界線管理局職員、主神 公助は、昼休憩に淹れていたコーヒーをひとくち、ふたくち、喉に流し入れて数秒、
すとん、 特定の単語・概念に対する理性のブレーキが、頭と心魂と理性から外されたのを知覚した。
「愛」である。 執着であり、独占欲ともいう。
あるいは思いやりや優しさのタガが外れたのだ。

それから膝という膝、背筋という背筋からチカラが抜けて、ぱたん、床に倒れ伏して、
気が付けば、後ろ手に手首を縛られて椅子にぐるぐる巻き。個人面談用の個室の中。

コーヒーに「何か」を入れられた。
薬物に相当する物質のせいで頭が過負荷とタスク過多のツバメ。状況を把握しようと思考にもがく。
何故?誰が、何の目的で?
考えられるのは局内の抜き打ち危機管理テストと
医療班随一のマッドサイエンティスト、「ヤマカガシ」による無作為抽出の強制治験と
同期同僚の「兎」のイタズラだが、
敵対組織による襲撃の可能性は?どうだろう?

「やぁ。随分早いお目覚めじゃないか」
ツバメの背後から聞こえたのはヤマカガシの声。
あぁ、なるほど。自分は「捕まった」のだ。
ツバメはすべてを察し、抵抗を放棄した。

そろそろこの毒蛇は局に対する危険因子として「懲戒解雇」でも言い渡されるんじゃなかろうか。

「ヤマカガシ医務官。私はこれからルリビタキ部長と、閉鎖世界からの漂着物回収業務に行かなければならないので、非常に申し上げにくいのですが」
「それはそれは、良かったじゃないか。業務をサボる言い訳に、私への『協力』は非常に有用だ」
「困ります。局の業務が、とどこおります」

「率直に聞こう。ツバメくん、きみはルリビタキ部長を心魂の底から、愛しているね?」
「はい心魂の底から憧れています。
 じゃなくて、ヤマカガシ医務官、私にも仕事が」
「ふむ。薬の効きは私の想定通りのようだ。君は今、『愛』という概念においてのみ、完全に正直で、素直で、私の質問にすべて事実を述べている。
素晴らしい!やはり私は天才だ。

で、ツバメくん。君がルリビタキ部長をどれだけ愛しているか、君からの愛言葉を是非聞きたい」
「はい私はルリビタキ部長からの恩を忘れません。私はルリビタキ部長を誰よりも尊敬しています。
……あの、ヤマカガシ医務官、そろそろ解毒を」
「もっと。もっとだツバメくん。愛言葉をささやき続けたまえ。君の愛を、さらけ出すのだ!」
「ヤマカガシ医務官……?」

…………………………

「――もどかしい!これは、非常にもどかしい!」
都内某所、某アパート。
かつての物書き乙女、元夢物語案内人であった社会人が、某同人誌マーケットにおける過去の戦利品を1冊1冊愛でて、昔を懐かしんでいる。
購入して飾って、そのまま読んでいないものが1冊あったのだ――己の好きなカップリングの愛物語を前提とした、拘束にお薬のシチュエーションが。

先日、ひょんなことから突然、職場の先輩宅の近所の稲荷神社の大掃除に駆り出された。
心的休息が必要であった。それがコレであった。
すなわち推しカプの物語の摂取である。

「愛だよ、愛の言葉だよ!なのに『憧れています』とか『尊敬してます』とかだって。んん……」
最高か?最高に、ぷらとにっくな愛言葉だな?
かつての物書き乙女は「誰よりも尊敬しています」の愛言葉をかみしめ、堪能し、余韻を味わっている。
完全に全年齢な愛も恋も、乙女の好物。
それらはフレッシュな新米、新茶、ボージョレ・ヌーボーを初めて胃袋におさめる幸福に似ている。
「で。ルリビタキ部長はいつ助けに来るのだ」

美しい愛言葉、ダイレクトに「愛」と言わない愛のカタチ。おお、汚れ無き物語よ。他者が執筆した推しカプのひとつの空想的日常よ。
かつての物書き乙女はページをめくり、めくり、
読了して悶絶して合掌。2周目の巡礼を開始した。

10/26/2024, 4:24:54 AM

「友達は、何回も類似のお題と遭遇しててだな」
友だちの思い出、友情、絆、子供の頃は。
3月から数えて何回、「友達」に類似したお題を物語にしてきたことだろう。
某所在住物書きは過去の投稿分を辿りながら、ため息。だいぶネタが出尽くしていたのだ。

たとえば冷蔵庫のプリン食って喧嘩とか。
あるいは実山椒を口にシュートして喧嘩とか。
そして必ず、後日ケロっと元の大親友に戻る。
過去を振り返り、物書きは己のクセに気づいた。
「喧嘩してケロリの友達、俺、書き過ぎでは?」
しゃーない。そもそも「友達」をよく知らぬ。
「友達。ともだちねぇ……」
少なくとも「夏休みの友達」は友ではないと思う。

――――――

前回投稿分からの続き物。
最近最近の都内某所。深めの不思議な森の中の、不思議な不思議な狐の家族が住まう稲荷神社。
時の流れがおかしいのか、森と参道は在来種の宝庫。そこそこ希少な花から、そこを根城にする蝶まで、いつか昔の東京を留めて息づいている。

なお「不思議な森」に相応しく、この稲荷神社の森と参道、時折妙な珍客も顔を出す。
たとえば小指程度の大きさにアクアマリンの光沢と透過性を秘め、ノリノリダンスをキメるキノコ。
たとえば木の根元に1匹だけで巣を作り、刺した相手を一時的に重度のチョコミン党員にするハチ。
だいたいそういう妙な客は、神社に住まう一家の父親に見つかって、『世界線管理局 ◯◯担当行き』と書かれた黒穴に、ドンドとブチ込まれる。

多分気にしてはならない。
今回のお題とは無関係なおはなしである。
「ここ」ではない、別の世界のおはなしである。

本編開始。ようやくのお題回収。
上記稲荷神社の大座敷で、友達同士の2名が、
手足を投げ出し疲労コンパイの荒い呼吸をして、
バッタン。大の字に倒れている。
ひとりは、よく花を撮りに来る雪国からの上京者。
もうひとりは上京者の親友で妻子持ち。
藤森と宇曽野である。

藤森が稲荷神社の掃除の手伝いに呼ばれて24時間、チャットにも着信にも音信不通だったのだ。

藤森が上京してきてから面倒をみている宇曽野。
友達の安否不明で居ても立ってもいられず、目撃情報のあった稲荷神社へ向かった。
その神社は「本物」の稲荷狐が住まう神社として、一部の地元民から畏怖の対象となっていた。
社に不敬・悪意を為す人間の心魂を狐が食らうと。
まさか。ひょっとしたら。
花を愛し何事にも誠実な藤森に限って、そんな。

フタを開けてみれば稲荷神社の大掃除である。
友達を想って神社に乗り込んだ宇曽野は黒髪の女性にソッコーで見つかり、手伝い要員として確保。
『丁度良い。あなたのお友達同様、あなたにも』
によろるん。女性は妖狐の美しい微笑を浮かべた。
『お掃除を手伝っていただきましょう。
神ご不在の10月、神無月の今のうちに』

「おい、ふじもり、おまえなんで、そうじなんか」
肩で息をする宇曽野。重い家具や高価な調度品の持って移動して置いてを何度繰り返したことか。
「わたしだって、しるものか。センブリを撮っていたら、いつのまにか、あれよこれよで」
呼気に小さな疲労の喘ぎ声が交じる藤森は、稲荷神社に住まう子狐に髪をカジカジ。遊ばれている。
宇曽野がどかした家具の下を、藤森は丁寧かつ効率的な作業で拭いたり、掃いたり。綺麗に整えた。

「おまえの後輩、既読が付かない、通話が繋がらないって、酷く心配してたぞ。なんで……」
「仕方ないじゃないか。かえすヒマが、……よゆうが、無かったんだ。わかるだろう?」
「時間が無かったにしても、だな」
「それ、今じゃなきゃダメか。疲れてつかれて」

「「はぁ……」」

雪の人、藤森と、その友達の宇曽野。
ふたりして稲荷神社の大掃除を手伝って、疲れ果てて、大座敷に体を投げ出して大きなため息。
揃って音を上げて、揃って目を閉じる。
「残りの場所は……?」
「私達が任された場所では、残りは……」

残りは、このだだっ広い大座敷と、それから。
藤森が喉から疲労をこぼしながら言うと、
カタン。突然、大座敷のふすまが開いた。

「掃除の奉仕、感謝します」
藤森を神社掃除に誘い、宇曽野を手伝い要員に確保した例の女性が、穏やかな微笑を浮かべている。
「掃除の手伝いをしてくださる方が、もうひとり、いらっしゃいましたよ」
微笑の女性の隣には、困惑千万の女性がひとり。
藤森の後輩、高葉井であった。

かじかじ、カジカジ。子狐は相変わらず。
相手が一切抵抗してこないのを良いことに、宇曽野の友達の髪を遊び半分で噛んでいる。

10/25/2024, 3:34:23 AM

「『ダメ。そこへ行かないで』と、
『私はAには行かないで、Bに行きました』と、
『豪雨だったらしい。行かないで良かった』と?
他には『今行かないで、いつ行くの』とか?」
「行かないで」に繋げられそうなハナシ、昨日、まさしく書いたばっかりだな。
スマホの通知画面、今回のお題の5文字を見て、某所在住物書きは頭をガリガリかいて天井を見上げた。
「続編モドキ程度は許容範囲よな?」

再度、ため息。物書きは昨日の文章を読み返す。
「なんで今日じゃなく昨日あのネタ書いたし……」
すなわち喫茶店の奥に「この先に行かないで」の注意書きがある、というネタが書けた筈なのだ。

――――――

頑張って貯めたガチャ石が、ジャンジャンどぶどぶ溶けて流れて、消えゆく濁流に絶叫。
その「行かないで」をガチャ爆死と言うそうです。
という物書きの◯週間前の慟哭は放っておいて、今回のおはなしのはじまり、はじまり。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
その日は一家総出で稲荷神社の大掃除。
そろそろ神無月の10月から、霜月の11月に変わります。出雲へご出立なさった稲荷の神様が、狐たちの稲荷神社へ、お戻りになるのです。

さぁさぁ、神社を清めましょう。
それそれ、汚れを払いましょう。
新しい器も美しい飾りも、ちゃんと用意するのです。
稲荷の神様の神使たる不思議な化け狐の一家は、
神様と一緒に出雲には行かないで、稲荷神社で神様の留守を、しっかり守っておるのです。
稲荷の神様がちょっと早めにお戻りになっても大丈夫なように、ぱたぱたぱた、どたどたどた。
あっちこっち、掃除しておくのです。

で、今回のお題が「行かないで」のせいで、
化け狐一家の大掃除に、ひとり人間が巻き込まれて、末っ子子狐と組んで一緒にお掃除。
哀れな人間は名前を藤森といいました。
花咲き風吹く雪国出身の、心魂清き人間でした。

「何故私が?」
深いことを気にしてはなりません。
それが今回のおはなしです。今回のお題回収です。
しゃーない、しゃーない。

「あなたは、この部屋を掃除してください」
狐一家のお母さん、美しい黒髪の女性の姿で、藤森ににっこり。お手伝い内容を伝えます。
「奉仕の報酬として、この廊下の突きあたりの部屋に、お茶とお菓子と軽食を用意してあります。
好きに行き、好きに食べて、よく働いてください。

ただし突きあたりから伸びる廊下の先には、特に廊下の先、稲荷狐の四宝の意匠が付いた部屋へは、
決して、けっッして、 行かないでください。」

行っては、なりませんよ。 ふふふ。
絶対、ぜったい行ってはなりませんよ。 うふふ。
いわゆる「押すなよ」みたいなフリなのか、「鶴の恩返し」みたいな本当の禁止事項なのか、狐のお母さんはちっとも説明しません。
ただ穏やかに微笑み、部屋から出ていきました。

さぁさぁ、神社を清めましょう。
それそれ、汚れを払いましょう。
藤森と末っ子のコンコン子狐、放り込まれた部屋のお掃除を、さっそく始めたのでした。

「子狐。稲荷狐の四宝というのは」
「カギ、まきもの、ほーじゅ、イネのほ。
行っちゃダメ!ゼッタイ、いかないでください」
「行くなと言われている場所に立ち入るつもりは無い。言葉を知らなかったから、聞いただけだ」
「ダメ!だめ! いかないで、ください」
「分かった。わかったよ。行かない」

「ゼッタイゼッタイ、絶対、行かないでください」
「……あの、子狐。実は逆に『行け』なのか?」
「そのけんにつきましては、キツネ、もくひ」
「もくひ……?」

行けなのか、行くななのか。
なんともモヤモヤしてスッキリしない藤森です。
仕方がないのでモヤモヤを放ったらかして、ハタキにほうき、濡れ雑巾に大きなゴミ箱。
ぶんぶんビタンビタン尻尾を振りながら壺を拭く子狐と一緒に、神社掃除のお手伝い。

途中で藤森、少し喉が乾いたので、
「お茶とお菓子と軽食を用意してある」とお母さん狐が言っていた、突きあたりの部屋へ、
お茶を飲みに、歩いていったところ、
お母さん狐が「行かないでください」と言っていた「突きあたりから伸びる廊下」の先の扉が、
チラリ、はっきり、見えたのでした。

鍵と巻物と、宝珠と稲の穂の意匠が付いた扉です。
廊下の先にあるのに、何故かよく見える扉です。
あれが、 「行かないで」 と言われた扉だ。
真面目で誠実な雪の人、藤森はコクリと唾液を飲み込み、廊下の先に向いたつま先を、
ちゃんとソッポ向かせて、結局、「行かないで」の部屋へは行きませんでした。
行かないでの部屋が何の部屋で、行けば何が起こったのかは、結局分からなかったとさ。 おしまい。

Next