かたいなか

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「『ダメ。そこへ行かないで』と、
『私はAには行かないで、Bに行きました』と、
『豪雨だったらしい。行かないで良かった』と?
他には『今行かないで、いつ行くの』とか?」
「行かないで」に繋げられそうなハナシ、昨日、まさしく書いたばっかりだな。
スマホの通知画面、今回のお題の5文字を見て、某所在住物書きは頭をガリガリかいて天井を見上げた。
「続編モドキ程度は許容範囲よな?」

再度、ため息。物書きは昨日の文章を読み返す。
「なんで今日じゃなく昨日あのネタ書いたし……」
すなわち喫茶店の奥に「この先に行かないで」の注意書きがある、というネタが書けた筈なのだ。

――――――

頑張って貯めたガチャ石が、ジャンジャンどぶどぶ溶けて流れて、消えゆく濁流に絶叫。
その「行かないで」をガチャ爆死と言うそうです。
という物書きの◯週間前の慟哭は放っておいて、今回のおはなしのはじまり、はじまり。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。
某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
その日は一家総出で稲荷神社の大掃除。
そろそろ神無月の10月から、霜月の11月に変わります。出雲へご出立なさった稲荷の神様が、狐たちの稲荷神社へ、お戻りになるのです。

さぁさぁ、神社を清めましょう。
それそれ、汚れを払いましょう。
新しい器も美しい飾りも、ちゃんと用意するのです。
稲荷の神様の神使たる不思議な化け狐の一家は、
神様と一緒に出雲には行かないで、稲荷神社で神様の留守を、しっかり守っておるのです。
稲荷の神様がちょっと早めにお戻りになっても大丈夫なように、ぱたぱたぱた、どたどたどた。
あっちこっち、掃除しておくのです。

で、今回のお題が「行かないで」のせいで、
化け狐一家の大掃除に、ひとり人間が巻き込まれて、末っ子子狐と組んで一緒にお掃除。
哀れな人間は名前を藤森といいました。
花咲き風吹く雪国出身の、心魂清き人間でした。

「何故私が?」
深いことを気にしてはなりません。
それが今回のおはなしです。今回のお題回収です。
しゃーない、しゃーない。

「あなたは、この部屋を掃除してください」
狐一家のお母さん、美しい黒髪の女性の姿で、藤森ににっこり。お手伝い内容を伝えます。
「奉仕の報酬として、この廊下の突きあたりの部屋に、お茶とお菓子と軽食を用意してあります。
好きに行き、好きに食べて、よく働いてください。

ただし突きあたりから伸びる廊下の先には、特に廊下の先、稲荷狐の四宝の意匠が付いた部屋へは、
決して、けっッして、 行かないでください。」

行っては、なりませんよ。 ふふふ。
絶対、ぜったい行ってはなりませんよ。 うふふ。
いわゆる「押すなよ」みたいなフリなのか、「鶴の恩返し」みたいな本当の禁止事項なのか、狐のお母さんはちっとも説明しません。
ただ穏やかに微笑み、部屋から出ていきました。

さぁさぁ、神社を清めましょう。
それそれ、汚れを払いましょう。
藤森と末っ子のコンコン子狐、放り込まれた部屋のお掃除を、さっそく始めたのでした。

「子狐。稲荷狐の四宝というのは」
「カギ、まきもの、ほーじゅ、イネのほ。
行っちゃダメ!ゼッタイ、いかないでください」
「行くなと言われている場所に立ち入るつもりは無い。言葉を知らなかったから、聞いただけだ」
「ダメ!だめ! いかないで、ください」
「分かった。わかったよ。行かない」

「ゼッタイゼッタイ、絶対、行かないでください」
「……あの、子狐。実は逆に『行け』なのか?」
「そのけんにつきましては、キツネ、もくひ」
「もくひ……?」

行けなのか、行くななのか。
なんともモヤモヤしてスッキリしない藤森です。
仕方がないのでモヤモヤを放ったらかして、ハタキにほうき、濡れ雑巾に大きなゴミ箱。
ぶんぶんビタンビタン尻尾を振りながら壺を拭く子狐と一緒に、神社掃除のお手伝い。

途中で藤森、少し喉が乾いたので、
「お茶とお菓子と軽食を用意してある」とお母さん狐が言っていた、突きあたりの部屋へ、
お茶を飲みに、歩いていったところ、
お母さん狐が「行かないでください」と言っていた「突きあたりから伸びる廊下」の先の扉が、
チラリ、はっきり、見えたのでした。

鍵と巻物と、宝珠と稲の穂の意匠が付いた扉です。
廊下の先にあるのに、何故かよく見える扉です。
あれが、 「行かないで」 と言われた扉だ。
真面目で誠実な雪の人、藤森はコクリと唾液を飲み込み、廊下の先に向いたつま先を、
ちゃんとソッポ向かせて、結局、「行かないで」の部屋へは行きませんでした。
行かないでの部屋が何の部屋で、行けば何が起こったのかは、結局分からなかったとさ。 おしまい。

10/25/2024, 3:34:23 AM