かたいなか

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8/27/2024, 3:05:51 AM

「呟きックスしかり、このアプリしかり、定期的に『その日その時』を保存するって意味では、ネット媒体だのアプリだのも日記帳になり得るんかな」
俺の日記帳っつーかスケジュール帳はここのアプリのお題記録帳になっちまってるけどな。某所在住物書きはプチプライスショップで購入したスケジュール帳を開き、ページをめくった。
去年の8月27日は雨関連のお題であった。28日は昨年通りなら難題であろう。

「実際去年、呟きックスを日記帳に見立てて『他人の日記帳見ちゃった』ってネタ書いたわ」
物書きが言った。
「さすがに今年は別のハナシ書きてぇのよな……」
ところで最近の日記帳には、読書日記やら家計簿日記やら、プラスアルファ系が存在するという。

――――――

台風近づく都内某所、某職場某支店の昼休憩。
かつて物書き乙女であったところの現社会人が、スマホに指を置きスワイプしてタップして、ボタンを押して、ともかく忙しそうにしている。
「今日の15時でサ終なの」
なにしてんの、乙女の同僚たる付烏月、ツウキが尋ねると、彼女は作業の理由をサ終と答えた。
「神サイトのスクショとWebノベルリーダーへの保存と、感謝コメントの送信は全部終わったんだけど、昔々の自分のサイトだけ保存してなかった」

どゆこと? 付烏月は他者に説明を求める。
支店長は知らぬ存ぜぬの演技で肩をすくめた。
真面目な新卒は視線をそらし頬を掻いた。

ほほん。新卒ちゃんは意味が分かると。

「カイシャクガー爆撃と相互様間トラブルで、何年も昔に辞めちゃったんだけどね」
スワイプスワイプ、タップ。元物書きが言った。
「昔々、個人サイトで二次創作やってたの。駄作だったけど、毎月何か投稿してた」
数年間放ったらかしてたけど、今日の15時で、その黒歴史が全部消えちゃうの。
ぽつりぽつり言う昔々の物書き乙女は、ただ淡々と、事務的に、一切の感傷無く作業を進めた。

君も書いてたの? 付烏月は新卒を見遣った。
書いても描いてもないですね。彼女は首を振った。

「尊敬してた方の相互様がね」
「うん」
「昔々、『有れば戻ってこれる』って言ってたの」
「うん」
「残しておけば戻せる、置いておけば帰ってこれる。そこに有れば、そこからまた繋ぎ直せるって」
「ふーん」

「だから私、ツー様の没ネタもルー部長の書き損じも、非公開の方の日記に残しておいて、たまにそこから持ってきてリメイクしたりしてたの」
「ごめんそのツーサマとルーブチョー知らない」
「知らなくていいの。いいの」

スワイプスワイプ、タップ。かつての物書き乙女は淡々々。過去と向き合い、作業を続ける。
「残ってれば、そこにあれば、戻ってこれるの」
完全に独り言の抑揚で、彼女は言った。
「この頃やってたサイトは黒歴史だけど、きっと、昔の私の大事な日記帳だったんだと思う」

ごめんやっぱ分かんない。
付烏月は目を点にして、こっくり、首をかしげる。
その間もかつての物書き乙女は、過去の創作物を、電子的な日記帳を淡々とサルベージし続け、
その顔には、特段ポジティブもネガティブも無い。
ただ微量若干の懐かしさが、見え隠れするばかり。

どゆこと? 付烏月は再度、新卒を見遣った。
目が合った彼女は今回も小さく首を振る。
しまいには少しだけ元物書き乙女の先輩に視線を置いて、静かに外して、昼休憩ゆえに己のランチであるところのサンドイッチを食べ始めてしまった。

8/26/2024, 6:29:27 AM

「8月22日が『裏返し』で、今回が『向かい合わせ』。3月13日は『ずっと隣で』だったな」
他に類似のお題あったっけ。12月の「逆さま」?
某所在住物書きは今回も今回で、去年の投稿分を確認しながらついでに台風の動向を辿っている。

鏡2枚を使えば向かい合わせの合わせ鏡、
顔ふたつを使えば向かい合わせの「ルビンの壺」。
磁石を向かい合わせにすればリニアかモーターか。
「隣り合わせ」や「背中合わせ」は?
天才と狂人は云々に関しては「紙一重」だったか?

「悲報。物語が浮かばねぇ」
毎度恒例。物書きは大きくため息を吐く。
「……そういや台風の進路、初期から大分ズレたな」
日頃の防災意識と臨時の準備・備蓄補充は向かい合わせ、とも言えよう。特に台風増える今の時期は。

――――――

下がらない夜の気温、続く熱帯夜、猛暑こそ減ったものの常時夏日から真夏日の気温帯。
8月の終わりは残暑との戦いですが、暑さゆえに冷たいアイスやラムネが美味。 快不快が向かい合わせの晩夏、いかがお過ごしでしょうか。
冷々麦飲料のオトモは甘じょっぱいアスパラ肉巻き派の物書きが、こんなおはなしをご用意しました。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は良き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷のご利益ゆたかなお餅を作って売ったり、お母さん狐が店主をしている茶っ葉屋さんで看板子狐をしたりして、世界と人間をお勉強しています。

今日は友達で和菓子屋さんの化け子狸のために、ペット用和菓子の試作品のお手伝い。
『人の和菓子だけでなく、犬用猫用、狐用狸用も、和菓子屋の技術で製作してみてはどうだろう』
ひょんなことから閃いたポンポコ子狸、アイデアを店主のお父さん狸に言ってみたのです。
『面白い。ひとつやってみなさい』
何事もまずやらせてみる方針のお父さん狸。ポンポコ子狸の挑戦の背中をポンと押しました。

人間も食べられる鶏肉、人間も食べられるカボチャ、ニンジンにメバチマグロにお芋さん。
熱を通してよくよく潰して、裏ごしして、かわいい練り切りに整えて、まず試作第1号の完成。
ポンポコ子狸、試食を友達であるところの子狐に、まずひとくち、お願いしたのですが。

子狐が試食のセカンドオピニオンとして、自分のとこのお得意様たる人間も1人呼んじゃいまして。

「おいしい、おいしい!」
がつがつがつ、ちゃむちゃむちゃむ!
コンコン子狐、試作品を怒涛の勢いで堪能。
マグロのフィッシュ練り切りより鶏肉のチキン練り切りがお気に召した様子です。
「もっと甘く、舌触りなめらかに……!」
がつがつがつ、ちゃむちゃむちゃむ!
子狸の試作品に、更なる改善を提案しました。

「素材の食感が残るくらいも面白い、とは思う」
対する子狐のお得意様、藤森という名前の人間は練り切りをお吸い物に浮かべ、つみれ汁の様相。
塩不使用ゆえに人間にとって完全薄味なそれですが、汁物の具には最適です。
「肉の量と糖分のバランスも丁度良い。個人的には、このままでも優しい甘さで美味いよ」
子狸の試作品に、現状維持を提案しました。

で、困ったのが子狸なのです。
もっと甘いのが良い――いやバランスが丁度良い。
もっとなめらかに――いやこのままが面白い。
1匹と1人の提案が、向かい合わせになってしまって、ぜんぜん同じ方向を向いてくれません。
子狐の左と人間の右、試作品製作者の子狸は、いったいどっちを向けば良いのでしょう?

「わぁ。どうしよう……」
向かい合わせ、向かい合わせ。
試食の感想が左と右で正反対。
ポンポコ子狸、感想をメモする手が完全に止まります。思考も迷子でごっちゃです。
「感想が多い、いや、感想が少ない……?」
向かい合わせ、向かい合わせ。
和菓子屋の子狸は試作のペット用和菓子と自分のメモ帳を見比べて、見返して、十数秒後、
ポン。頭がフリーズしちゃってコロリン。ひっくり返りましたとさ。 おしまい、おしまい。

8/25/2024, 4:27:59 AM

「やるせない、遣る瀬無い。去年は『自分の名字のルーツになっている花が、一部の無思慮のせいで悪役認定されてる人の気持ち』みたいなネタ書いた」
去年も難産だったお題だわな。某所在住物書きは今年も相変わらず、この難題にため息を吐いた。

言葉の意味を辿れば、「渡れる(川や海等の)浅瀬が無い」が文字通りの意味と思われる今回のお題。
転じてどうしようも無いこと、思いを晴らす術が無いこと、気持ちに余裕が無いことを言うようだ。
「転売ヤーへの恨みでも書くか? やだよ俺、日曜の真っ昼間からそんなモンと向き合いたかねぇよ」
ある意味、今のこのどうしようも無い状況こそ、「やるせない気持ち」とも言えるか。
再度ため息――で、今回の物語のネタは?

――――――

最近最近のおはなし。都内某所での一幕。
静かな小さい書店で、ひとりの雪国出身者が、近所の稲荷神社の子供とその友達の手を引き、スイーツ本の棚を目指している。雪の人は名前を藤森といった。

「昨日たべたお菓子、おいしかったの」
コンコン。稲荷神社の子が言う。
「作ってあげたいけど、おとなの本は、難しい漢字ばっかりだから分からないよ」
ポンポコ。神社の子の友達が(彼は和菓子屋の子であった。ともかくその子が)言う。
間に挟まれている藤森はつまり彼等の翻訳家。
目当ての菓子のレシピが書かれた本を探し、それを購入して、材料と分量と作り方を子供にも分かるよう解読するために呼ばれた。
自室に難しい本を収蔵する藤森は、神社の子と和菓子屋の子に「本に詳しい人」と認識されていたのだ。

私にも用事があったのだが。藤森は胸中で抗議。
誠実でお人好しで根が優しい藤森は、ご近所さんのコンコンポンポコからの要請を断れなかった。
仕方がない。どうしようもない。
「やるせない気持ち」とはこのことかもしれない。

とてとてとて、とてとてとて。
おてて繋いで料理本コーナーに到着した御一行。
「よぉし!さがせー!」
「新しいお菓子だ。やさしい甘さだけどお肉の味もするってことは、きっと伝統菓子じゃないよ」
子供たちは、片や宝物を探すように、片や手がかりを探すように、それぞれ棚から本を引っこ抜く。

藤森は書店の奥、医療や脳科学等々のコーナーに己の友人を見つけた――菓子作りが趣味の付烏月だ。
『同じ書店に居る。ちょっと助けてくれないか』
スマホでメッセージを送ると、数秒してきょろきょろ周囲を見渡した付烏月と目が合った。
『肉の味がして砂糖不使用、子狐でも食べられる甘い菓子を探している。付烏月さん、心当たりは?』

ここでネタばらし。非現実的で非科学的だが、稲荷神社の子と和菓子屋の子は化け子狐と化け子狸。
人に化ける妙技を持つ一族の末裔なのだ。
神社の子狐は「昨日」、メタいハナシをすると前回投稿分で、それはそれは美味な「菓子」を堪能した。
和菓子の見た目をしたそれの素晴らしさを子狸に共有したところ、「作ってやりたいが肉入り和菓子を知らぬ」、「自分の知らない創作和菓子に違いない」と力説。真相を突き止めるべく、藤森を呼び出した。

『子狐でも食べられて、甘くて、お肉?』
床に座ってお菓子の本を見るコンコンとポンポコを尻目に、藤森のスマホに返信が届く。
これが美味そう、それが美しいと、目を輝かせている子供2名は幸福の真っ只中だ。
『ペット用のお菓子じゃない?』
それならお前の居るそこじゃなくて、隣の棚だよ。
付烏月は藤森を見ながら、つんつんつん。
右隣へ移動するように、人差し指で示した。

藤森は情報の礼に頭を下げ、小さく右手を振る。
そりゃペット用スイーツなら肉を使うだろうなと。

「お肉をお菓子に使うなんて、おもしろい」
「おいしかった。すごく、すごくおいしかった」
「それの作り方をおぼえれば、僕も、いいシュギョーになる。ぜったい見つけたい」
「しさくひん、たべる!作るときは呼んでっ」

コンコンコン、ぽんぽこぽん。
藤森と付烏月のやり取りも知らず、稲荷神社の子供と和菓子屋の子供は「肉を使った和菓子っぽいスイーツ」を探すべく、大きな本のページをめくる。
(事実を教えてやるべきだろうか)
彼等の感動を壊さず情報を伝える手段が無い、方法を知らない、どうしようもない。
かりかりかり。やるせない気持ちの遣り場に困った藤森は、唇をキュっと結んで、首筋を掻いた。

結果として30分ほど粘ったものの、案の定、神社の子と和菓子屋の子は、目当てのレシピが掲載された文献を見つけられなかった。
藤森はこっそり「それっぽい書籍」を購入したが、彼等に公開すべきか否か、数時間悩み続けたとさ。

8/24/2024, 4:51:48 AM

「先週15日あたりのお題が『夜の海』だった」
前回のお題もお題だったが、今回のお題も相変わらず、手強いわな。某所在住物書きは己の記憶を辿りながら、困り果てて頭をガリガリ掻いた。
これといって海の思い出が無いのである。

「海へ行ったらイルカ注意の看板発見、
台風接近中や津波警報発令中は海へ行くな、
フェリーは港を出発して日本海へ出発、
山に降った雨は川から海へ流れる、
課長の鳴海へお繋ぎします。 ……他は?」
そういや、「海」で終わる言葉には「樹海」とか「雲海」とか、「星の海」とかあるが、海が付く名字と川が付く名字ってどっちが多いんだろうな。
物書きはふと気になり、ネット検索を始めた。

――――――

8月下旬だ。8月31日までもう少しの東京だ。
今年も猛暑と酷暑一歩手前の暑さのせいで、1回も海へ行ってない――いや海へ「は」行ったけど海の中に入ってない。海の家の美味も食べてない。
海浜公園近くの木の下を散歩して歩いて、遠目に潮干狩り中の親子連れとかを見ただけ。

いつかの夕暮れ、近所の稲荷神社の人に頼まれて子狐コンくんをお散歩させてる藤森先輩を見た。
私の職場の、長い長い仕事上の付き合いな先輩だ。
コンくんが日除けポンチョに「夏季限定茶葉お試しセット配布中」みたいな広告付けてたのは、
稲荷神社の奥さんが、神社の近くでお茶っ葉屋さんの店主をしてるから。
お人好しで根は優しくてお茶好きで、奥さんのお茶っ葉屋さんのお得意様な先輩のことだから、
多分、お茶っ葉屋さんの商品券とか高級茶葉とかで、店主さんに釣られちゃったんだろう。

で、そんなこんなの東京。8月下旬の午前中。
とあるペット同伴可能なカフェで高コスパ美味ランチもとい、昼食に関わる諸用がありまして、
江東区の青海へ、行こうとした途中の出来事。
ショルダーバッグさげてハンディーファン回して、駅で列車を待ってたら、
今年の3月から一緒の支店で仕事してる付烏月さん、ツウキさんってひとから、メッセが届いた。

『【情報求む】
例の稲荷神社の子狐ちゃん、突如行方不明
奥様「今頃お得意様のお連れ様の近くに居ます」
ノД`)どゆこと』

「いや、どゆことって、……どゆこと?」
メッセの内容が内容で、私は二度見してから、その短文を3回くらい読み直した。
先輩がいつかの夕暮れに散歩させてた稲荷神社の子狐くんが、行方不明になったらしい。 分かる。
情報求む。 そりゃそうだと思うけど知らない。
「お得意様のお連れ様」とは、多分、
稲荷神社の奥様が店主をしてるお茶っ葉屋さんのお得意様が藤森先輩のことで、お連れ様が私や付烏月さん、それから先輩の親友の宇曽野主任のこと。

『そっちに居ないの?宇曽野主任のとこは?』
『ノД`) おらぬ』
『藤森先輩は?』
『ノД`) 藤森のとこにもおらぬ』

『なんで』
『コンちゃんに聞いて』

私のとこにも神社の子狐くん、いないよ。
返信をフリックしてタップして、一瞬誤字って少し戻って、それを送信しようとした矢先、
丁度電車が駅に入ってきて、
もぞもぞ、私のショルダーバッグが動く。
「へっ?!」

気が動転した私は、バッグのファスナー開けようとして手が震えて、もたついてスマホ落としかけて、
その間に、後ろの利用客に押されて列車の中へ。
「ちょっ、え、ぇえ??」
ドアが閉まって、一路、江東区青海へ。
おそるおそる、車内で改めてバッグのファスナーを開けて、小さく開いて中を見ると、
キラリ、バッグの中の暗闇から、まんまるおめめが私をガッツリ見上げてる。

『食べ物の うらみ葛の葉 ホトケノザ
狐の顔は一度一生』
前足を器用に使って私に見せてきたのは、大人の文字で知らない和歌っぽい文章が書かれた看板。
くるり、板が裏返る。
『ところで、ペット同伴可能なレストランで、高コスパ美味ランチの予定だそうですね』

子狐くんの目が、キラキラ輝いてる。
昨晩(メタいハナシをすると「前回」)の小魚の素揚げのことを、バチクソに根に持ってるように見える。
「……一緒にごはん食べたいの?」
説明不能な手段でいつの間にかバッグの中に潜入してた子狐くんに、小さな声で聞いた。
子狐くんは狐だから、そりゃ当たり前なハナシだろうけど、なんにも答えない。
ただまんまるおめめを輝かせて、幸せそうに、「これで許してあげる」って雰囲気。
一路、青海へ。 他の利用客さんにバレないようにバッグのファスナーをそっと閉めた。

8/23/2024, 6:02:01 AM

「俺の投稿スタイルなら簡単なお題だと思ったんよ」
それがまさか、15時近辺までかかるとはな。某所在住物書きはため息をつき、スマホを見つめた。
「俺は前半の『ここ』で300字程度の無難な話題入れて、『――――――』の下に連載風の小話書いてるからさ。これを単純に裏返しにすりゃ良いと。
つまり前半でバチクソ短い小話書いて、後半で長々『ここ』で書いてる話を約1200字程度」

試した結果が酷くてさ。 物書きは再度息を吐く。
「300字程度の小話は普通に読めるが、後半で長々校長のスピーチレベルのハナシされるとか」
な。分かるだろ。 三度目のため息。
裏返し、裏返し。ところで古典に目を向けると、「うらみ葛の葉」という文章がある。
葉がひらり「裏見せる」葛の葉と、自分を「恨まないで」ほしい気持ちを重ねた言葉らしい。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主は名前を藤森といい、雪国の出身。
穏やかなため息ひとつ吐き、油を使った料理をしている。すなわち天ぷらである。
実家から田舎規模の量で送られてきたトウモロコシをメインに、季節の食材を静かに揚げている。

クリーム色の衣にくぐらせ、薄琥珀色の油の中へ。
くるり、裏返し。そして油を切る。
客人からは葛の葉も食べてみたいと、珍しく面白いリクエストもチラリ。食材は客自身が持参した。
『ならば葛の豆も素揚げしようか』とは藤森の提案。実は食えるし美味らしいと、風の噂で聞いたのだ。

裏返し、裏返し。 油の中は葛の葉と豆とトウモロコシと、ともかく美味でいっぱい。
1匹小魚が片栗粉と泡をまとって油中遊泳している。あまり気にしてはいけない。

「先輩ってさ、」
客であるところの職場の後輩が、リビングから藤森に声を投げてきた。
「ご近所さんの稲荷神社と、どういう関係?」
自律神経等々の理不尽でどうにもならぬ不調により、体がバチクソにダルいと言っていた後輩。
彼女を藤森が夕食に連れてきたのだ――近所の稲荷神社から頼まれた子狐の散歩の途中で。

稲荷の狐に不思議な力でもあったのか、藤森の部屋で子狐をモッフモフのコンコンこやこやしていた後輩は、たちどころに不調が回復。
細かいことは気にしてはいけない。

「私と稲荷神社との関係?」
「よくコンちゃんのお世話とお散歩頼まれてる」
「そうだな」
「あと神社の奥さんが店主してるお茶っ葉屋さんの、お得意様専用食事スペース使える」
「一応常連だからな」

「ナンデ?」
「何故と言われても」

裏返し、裏返し。 油をよく切られた天ぷらと素揚げが、最後のひと切りを経て皿に盛り付けられる。
「で、小魚の素揚げは、どうするか決まったのか」
リビングのテーブルには、既に塩とマヨネーズとポン酢と麺つゆ、すなわち味変可能な調味料の数々。
後輩がサクリ、真っ先に小魚の素揚げを箸でつまみ上げると、子狐コンコン尻尾を振り叩き、けたたましく抗議。明らかに所有権を吠え訴えている。
後輩は小魚つまむ箸を掲げて言った。
「コンちゃん、小魚食べないってさ」

「魚1匹くらい、子狐にくれてやったらどうだ」
「大丈夫だもん。コンちゃん要らないらしいもん」
「狐の恨みは深いぞ。特に執着の恨みは」
「そーなんだ頂きます」

「とり天食うか」
「とり天食べる。とり天待ちます」

ぎゃん!ぎゃぎゃん!
後輩が天ぷらの話題に気を取られているスキに、子狐は後輩の箸から器用に小魚をパクリ。
できたての温かさに苦戦しながら、しかし幸福そうに、素揚げに牙を突き立て噛んでいる。
「あ。コンちゃん私の素揚げ食べた」
「だから。魚1匹くらい食わせてやれ」
そーだそーだ!
賛同するように尻尾を振って美味を腹に収め終えると、子狐後輩を見つめ、コンコン歌い出した。

『食べ物の、うらみ葛の葉ホトケノザ、仏は三、
狐の顔は一度一生、狐ノ顔ハ一度一生。』

葛の葉の天ぷらを甘噛みして、裏返し、裏返し。
後輩に子狐の「言葉」は届かない。
藤森だけは去年の「9月11日」ゆえに、子狐の主張と挙動の意味を理解していたが、
過去投稿分の細かいことは、気にしてはいけない。

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