かたいなか

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「先週15日あたりのお題が『夜の海』だった」
前回のお題もお題だったが、今回のお題も相変わらず、手強いわな。某所在住物書きは己の記憶を辿りながら、困り果てて頭をガリガリ掻いた。
これといって海の思い出が無いのである。

「海へ行ったらイルカ注意の看板発見、
台風接近中や津波警報発令中は海へ行くな、
フェリーは港を出発して日本海へ出発、
山に降った雨は川から海へ流れる、
課長の鳴海へお繋ぎします。 ……他は?」
そういや、「海」で終わる言葉には「樹海」とか「雲海」とか、「星の海」とかあるが、海が付く名字と川が付く名字ってどっちが多いんだろうな。
物書きはふと気になり、ネット検索を始めた。

――――――

8月下旬だ。8月31日までもう少しの東京だ。
今年も猛暑と酷暑一歩手前の暑さのせいで、1回も海へ行ってない――いや海へ「は」行ったけど海の中に入ってない。海の家の美味も食べてない。
海浜公園近くの木の下を散歩して歩いて、遠目に潮干狩り中の親子連れとかを見ただけ。

いつかの夕暮れ、近所の稲荷神社の人に頼まれて子狐コンくんをお散歩させてる藤森先輩を見た。
私の職場の、長い長い仕事上の付き合いな先輩だ。
コンくんが日除けポンチョに「夏季限定茶葉お試しセット配布中」みたいな広告付けてたのは、
稲荷神社の奥さんが、神社の近くでお茶っ葉屋さんの店主をしてるから。
お人好しで根は優しくてお茶好きで、奥さんのお茶っ葉屋さんのお得意様な先輩のことだから、
多分、お茶っ葉屋さんの商品券とか高級茶葉とかで、店主さんに釣られちゃったんだろう。

で、そんなこんなの東京。8月下旬の午前中。
とあるペット同伴可能なカフェで高コスパ美味ランチもとい、昼食に関わる諸用がありまして、
江東区の青海へ、行こうとした途中の出来事。
ショルダーバッグさげてハンディーファン回して、駅で列車を待ってたら、
今年の3月から一緒の支店で仕事してる付烏月さん、ツウキさんってひとから、メッセが届いた。

『【情報求む】
例の稲荷神社の子狐ちゃん、突如行方不明
奥様「今頃お得意様のお連れ様の近くに居ます」
ノД`)どゆこと』

「いや、どゆことって、……どゆこと?」
メッセの内容が内容で、私は二度見してから、その短文を3回くらい読み直した。
先輩がいつかの夕暮れに散歩させてた稲荷神社の子狐くんが、行方不明になったらしい。 分かる。
情報求む。 そりゃそうだと思うけど知らない。
「お得意様のお連れ様」とは、多分、
稲荷神社の奥様が店主をしてるお茶っ葉屋さんのお得意様が藤森先輩のことで、お連れ様が私や付烏月さん、それから先輩の親友の宇曽野主任のこと。

『そっちに居ないの?宇曽野主任のとこは?』
『ノД`) おらぬ』
『藤森先輩は?』
『ノД`) 藤森のとこにもおらぬ』

『なんで』
『コンちゃんに聞いて』

私のとこにも神社の子狐くん、いないよ。
返信をフリックしてタップして、一瞬誤字って少し戻って、それを送信しようとした矢先、
丁度電車が駅に入ってきて、
もぞもぞ、私のショルダーバッグが動く。
「へっ?!」

気が動転した私は、バッグのファスナー開けようとして手が震えて、もたついてスマホ落としかけて、
その間に、後ろの利用客に押されて列車の中へ。
「ちょっ、え、ぇえ??」
ドアが閉まって、一路、江東区青海へ。
おそるおそる、車内で改めてバッグのファスナーを開けて、小さく開いて中を見ると、
キラリ、バッグの中の暗闇から、まんまるおめめが私をガッツリ見上げてる。

『食べ物の うらみ葛の葉 ホトケノザ
狐の顔は一度一生』
前足を器用に使って私に見せてきたのは、大人の文字で知らない和歌っぽい文章が書かれた看板。
くるり、板が裏返る。
『ところで、ペット同伴可能なレストランで、高コスパ美味ランチの予定だそうですね』

子狐くんの目が、キラキラ輝いてる。
昨晩(メタいハナシをすると「前回」)の小魚の素揚げのことを、バチクソに根に持ってるように見える。
「……一緒にごはん食べたいの?」
説明不能な手段でいつの間にかバッグの中に潜入してた子狐くんに、小さな声で聞いた。
子狐くんは狐だから、そりゃ当たり前なハナシだろうけど、なんにも答えない。
ただまんまるおめめを輝かせて、幸せそうに、「これで許してあげる」って雰囲気。
一路、青海へ。 他の利用客さんにバレないようにバッグのファスナーをそっと閉めた。

8/24/2024, 4:51:48 AM