かたいなか

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「俺の投稿スタイルなら簡単なお題だと思ったんよ」
それがまさか、15時近辺までかかるとはな。某所在住物書きはため息をつき、スマホを見つめた。
「俺は前半の『ここ』で300字程度の無難な話題入れて、『――――――』の下に連載風の小話書いてるからさ。これを単純に裏返しにすりゃ良いと。
つまり前半でバチクソ短い小話書いて、後半で長々『ここ』で書いてる話を約1200字程度」

試した結果が酷くてさ。 物書きは再度息を吐く。
「300字程度の小話は普通に読めるが、後半で長々校長のスピーチレベルのハナシされるとか」
な。分かるだろ。 三度目のため息。
裏返し、裏返し。ところで古典に目を向けると、「うらみ葛の葉」という文章がある。
葉がひらり「裏見せる」葛の葉と、自分を「恨まないで」ほしい気持ちを重ねた言葉らしい。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主は名前を藤森といい、雪国の出身。
穏やかなため息ひとつ吐き、油を使った料理をしている。すなわち天ぷらである。
実家から田舎規模の量で送られてきたトウモロコシをメインに、季節の食材を静かに揚げている。

クリーム色の衣にくぐらせ、薄琥珀色の油の中へ。
くるり、裏返し。そして油を切る。
客人からは葛の葉も食べてみたいと、珍しく面白いリクエストもチラリ。食材は客自身が持参した。
『ならば葛の豆も素揚げしようか』とは藤森の提案。実は食えるし美味らしいと、風の噂で聞いたのだ。

裏返し、裏返し。 油の中は葛の葉と豆とトウモロコシと、ともかく美味でいっぱい。
1匹小魚が片栗粉と泡をまとって油中遊泳している。あまり気にしてはいけない。

「先輩ってさ、」
客であるところの職場の後輩が、リビングから藤森に声を投げてきた。
「ご近所さんの稲荷神社と、どういう関係?」
自律神経等々の理不尽でどうにもならぬ不調により、体がバチクソにダルいと言っていた後輩。
彼女を藤森が夕食に連れてきたのだ――近所の稲荷神社から頼まれた子狐の散歩の途中で。

稲荷の狐に不思議な力でもあったのか、藤森の部屋で子狐をモッフモフのコンコンこやこやしていた後輩は、たちどころに不調が回復。
細かいことは気にしてはいけない。

「私と稲荷神社との関係?」
「よくコンちゃんのお世話とお散歩頼まれてる」
「そうだな」
「あと神社の奥さんが店主してるお茶っ葉屋さんの、お得意様専用食事スペース使える」
「一応常連だからな」

「ナンデ?」
「何故と言われても」

裏返し、裏返し。 油をよく切られた天ぷらと素揚げが、最後のひと切りを経て皿に盛り付けられる。
「で、小魚の素揚げは、どうするか決まったのか」
リビングのテーブルには、既に塩とマヨネーズとポン酢と麺つゆ、すなわち味変可能な調味料の数々。
後輩がサクリ、真っ先に小魚の素揚げを箸でつまみ上げると、子狐コンコン尻尾を振り叩き、けたたましく抗議。明らかに所有権を吠え訴えている。
後輩は小魚つまむ箸を掲げて言った。
「コンちゃん、小魚食べないってさ」

「魚1匹くらい、子狐にくれてやったらどうだ」
「大丈夫だもん。コンちゃん要らないらしいもん」
「狐の恨みは深いぞ。特に執着の恨みは」
「そーなんだ頂きます」

「とり天食うか」
「とり天食べる。とり天待ちます」

ぎゃん!ぎゃぎゃん!
後輩が天ぷらの話題に気を取られているスキに、子狐は後輩の箸から器用に小魚をパクリ。
できたての温かさに苦戦しながら、しかし幸福そうに、素揚げに牙を突き立て噛んでいる。
「あ。コンちゃん私の素揚げ食べた」
「だから。魚1匹くらい食わせてやれ」
そーだそーだ!
賛同するように尻尾を振って美味を腹に収め終えると、子狐後輩を見つめ、コンコン歌い出した。

『食べ物の、うらみ葛の葉ホトケノザ、仏は三、
狐の顔は一度一生、狐ノ顔ハ一度一生。』

葛の葉の天ぷらを甘噛みして、裏返し、裏返し。
後輩に子狐の「言葉」は届かない。
藤森だけは去年の「9月11日」ゆえに、子狐の主張と挙動の意味を理解していたが、
過去投稿分の細かいことは、気にしてはいけない。

8/23/2024, 6:02:01 AM