かたいなか

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「呟きックスしかり、このアプリしかり、定期的に『その日その時』を保存するって意味では、ネット媒体だのアプリだのも日記帳になり得るんかな」
俺の日記帳っつーかスケジュール帳はここのアプリのお題記録帳になっちまってるけどな。某所在住物書きはプチプライスショップで購入したスケジュール帳を開き、ページをめくった。
去年の8月27日は雨関連のお題であった。28日は昨年通りなら難題であろう。

「実際去年、呟きックスを日記帳に見立てて『他人の日記帳見ちゃった』ってネタ書いたわ」
物書きが言った。
「さすがに今年は別のハナシ書きてぇのよな……」
ところで最近の日記帳には、読書日記やら家計簿日記やら、プラスアルファ系が存在するという。

――――――

台風近づく都内某所、某職場某支店の昼休憩。
かつて物書き乙女であったところの現社会人が、スマホに指を置きスワイプしてタップして、ボタンを押して、ともかく忙しそうにしている。
「今日の15時でサ終なの」
なにしてんの、乙女の同僚たる付烏月、ツウキが尋ねると、彼女は作業の理由をサ終と答えた。
「神サイトのスクショとWebノベルリーダーへの保存と、感謝コメントの送信は全部終わったんだけど、昔々の自分のサイトだけ保存してなかった」

どゆこと? 付烏月は他者に説明を求める。
支店長は知らぬ存ぜぬの演技で肩をすくめた。
真面目な新卒は視線をそらし頬を掻いた。

ほほん。新卒ちゃんは意味が分かると。

「カイシャクガー爆撃と相互様間トラブルで、何年も昔に辞めちゃったんだけどね」
スワイプスワイプ、タップ。元物書きが言った。
「昔々、個人サイトで二次創作やってたの。駄作だったけど、毎月何か投稿してた」
数年間放ったらかしてたけど、今日の15時で、その黒歴史が全部消えちゃうの。
ぽつりぽつり言う昔々の物書き乙女は、ただ淡々と、事務的に、一切の感傷無く作業を進めた。

君も書いてたの? 付烏月は新卒を見遣った。
書いても描いてもないですね。彼女は首を振った。

「尊敬してた方の相互様がね」
「うん」
「昔々、『有れば戻ってこれる』って言ってたの」
「うん」
「残しておけば戻せる、置いておけば帰ってこれる。そこに有れば、そこからまた繋ぎ直せるって」
「ふーん」

「だから私、ツー様の没ネタもルー部長の書き損じも、非公開の方の日記に残しておいて、たまにそこから持ってきてリメイクしたりしてたの」
「ごめんそのツーサマとルーブチョー知らない」
「知らなくていいの。いいの」

スワイプスワイプ、タップ。かつての物書き乙女は淡々々。過去と向き合い、作業を続ける。
「残ってれば、そこにあれば、戻ってこれるの」
完全に独り言の抑揚で、彼女は言った。
「この頃やってたサイトは黒歴史だけど、きっと、昔の私の大事な日記帳だったんだと思う」

ごめんやっぱ分かんない。
付烏月は目を点にして、こっくり、首をかしげる。
その間もかつての物書き乙女は、過去の創作物を、電子的な日記帳を淡々とサルベージし続け、
その顔には、特段ポジティブもネガティブも無い。
ただ微量若干の懐かしさが、見え隠れするばかり。

どゆこと? 付烏月は再度、新卒を見遣った。
目が合った彼女は今回も小さく首を振る。
しまいには少しだけ元物書き乙女の先輩に視線を置いて、静かに外して、昼休憩ゆえに己のランチであるところのサンドイッチを食べ始めてしまった。

8/27/2024, 3:05:51 AM