かたいなか

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7/13/2024, 3:57:57 AM

「4月8日『これからも、ずっと』翌日『誰よりも、ずっと』、3月13日『ずっと隣で』だった」
ずっとシリーズ第4弾かな。某所在住物書きは過去投稿分を辿りながら、ぽつり呟いた。
ずっと、ずっと、ずっと。今回のお題は4月8日、「これからも」のそれとペアになるように見えた。
では4月の過去投稿分をそのまま過去にして再投稿で即終了か――残念。物書きにはそれが難しい。

「『これからも』は、これまでずっと自分を追っかけ続けててきた粘着系元恋人の話題、
『誰よりも』は、これまでずっと誰より従業員を見続けてきた上司が部下に休暇を進めるハナシ、
『隣で』は、元恋人が職場に押しかけてからの話を、これまでずっと親しかった友人と振り返る、と」
別の視点とか切り口とかから、新しいハナシを書きたいのは山々だが、なにせ俺頭が固いからなぁ。
物書きは恒例にため息を吐き、スマホを見る。

――――――

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某アパートの一室に、藤森という雪国出身者がぼっちで暮らしておりまして、その部屋には、
これまでずっと職場でタッグを組んでた後輩と、
これまでずっとつるんできた親友と、
近所の稲荷神社に住まう不思議な子狐と、
前々職の図書館で正職員と期限付きの臨時職員の間柄だった今の友人くらいしか、
ほぼほぼ、訪問者がおりませんでした。

ある日、藤森の部屋に後輩が自主的に緊急搬送されてきて、要するに自律神経やら体調やらの不調でダルくて、朝からロクなものを食っていませんでした。
自身も30℃で弱り、35℃以上で溶ける藤森。理解されづらい後輩の不調は他人事ではありません。
当然のように、少しの食材諸費を受け取って、さっぱり豚バラの冷しゃぶサラダとヒンヤリ冷たい水出し緑茶、それから茹でた中華麺を水でしめて麺つゆで食べる冷やし麺などを出してやりました。

困ったとき、体が動かないときは、お互いさま。
藤森と藤森の後輩は、これまでずっと、そうやって互いの生活費を節約したり体調不良の日々を乗り切ったりしてきたのでした。

で、ここからが「これまでずっと」の物語。
ごはんを貰って元気を取り戻した後輩が、
日頃のお礼として、藤森にスティックタイプのインスタントなほうじ茶オレを数本、渡しました。

『私は日本茶にはミルクや砂糖は入れない』
藤森は優しく、でもしっかり、オレの数本を一旦押し返しました――お茶好きな藤森は日本茶が特に大好きで、ほうじ茶も勿論飲みますが、砂糖入りも、オレやラテも、経験したことがなかったのです。
『来客用にでもすれば良いよ』
まぁまぁ、おいしいから。後輩は返されたスティックを、更に渡し返しました。

自称捻くれ者ながら、実際は根っこが優しくてお人好しな藤森は、ここまでされると強く出られません。
後輩からインスタントのほうじ茶オレを受け取って、お前の謝意は無駄にしないよという意味で微笑んで、でも味を知らないものを客人に振る舞うのは藤森の信条に反するし好奇心もあったので、
これまでずっとオレなティーを飲んだことが無かった藤森、後輩が帰ってからこっそりと、
1本スティックを封切って、
マグカップなど出してきて、
タパパトポポトポポ。お湯を入れてみたのでした。

香りはほうじ茶だ。
藤森は温かいベージュ色の香りを、深く吸い込み、リラックスのため息で吐き出しました。
少し吹いて冷まして、再度香りを楽しんで、少しスプーンでかき混ぜて、こくり。
『うまい』
ホットミルクに、ほうじ茶の風味がある。
すっきりしたステビアの甘さとミルクのコク、なにより優しい温度が、藤森を癒やしました――

――「で、なんで、その、あの……」
後日、単純にヒマで藤森の部屋に遊びに来た後輩です。冷房きかせて涼しい部屋で、藤森がほっこり湯気たつマグカップに口をつけておりました。
なに飲んでんの。後輩が尋ねると、顔を上げた藤森がぷらり、いつぞや後輩が一飯のお礼にくれたほうじ茶オレのスティックを掲げたのでした。
「お前の言った通りだ。美味かった」
藤森は言いました。
「ただ、湯で溶かすよりホットミルクで溶かした方が、好みの味だったんでな」

「暑くないの?」
「氷で薄めたくない」
「ホットミルクで入れたほうじ茶オレ凍らせてオレに入れれば薄くならないじゃん。

……待って。なに先輩、その、『その手があった』とか、『そんな用途に使えるのか』って顔……」

7/12/2024, 3:39:30 AM

「ひとまず1件メッセージが来れば良いんだな」
これは汎用性高いお題じゃないか?某所在住物書きは喜々として、早速物語を組み始めた。
「初めて送った文章。仕事系通知。『電話番号登録してたけど君誰だっけ』の確認、『チケットご用意できました/できませんでした』の当落告知、怪しいグループからの招待あるいは指示通知。等々」

1件挟めばお題クリアだもんな。簡単よな。
あるいは「Line」の意味から、英単語として1件の何かを書くとかな。物書きは今日も今日とて、ネットでお題の意味をまず検索する。
「……簡単なハズなのにムズい」
線、通信網、工場のラインに配線に手相、セリフ、それから口癖に家系に道に方針、あと専門家、赤道と結婚証明書。Lineの和訳に物書きはうなだれた。
「うん。ムズい」

――――――

いつぞやの都内某所、某アパートの朝。
部屋の主は元物書き乙女で現社会人。前日、3月から共に仕事をしている付烏月、ツウキという男を引き連れて、スイーツバイキングを堪能したところ。
カーテンの隙間から差し込む光と、枕元に置いていたスマホのメッセージ受信音にイタズラされて、
もう少しで二度寝に寝入っていたところを、ベストタイミングに邪魔された。

自室の窓の外では、貴い黄色の陽光照る中で、天気雨(きつねのよめいり)が降っている。
受信した個人向けメッセージは1件。

『負けたノД`)』

あぁ、「負けちゃった」、溶かしちゃったんだね。
かつての物書き乙女は眠い頭で、しかし届いた文面だけで、誰が何をした結果としてメッセージを送信してきたのか、すぐ理解した。
1件のメッセージは送信者の慟哭を表していた。
元物書きの友人である。スマホに入れているソーシャルゲームに実装された、ガチャの話題である。
推しカップリングの2名が、互いに対となる服装で復刻。彼女はそれを引いたのだろう。
全ツッパに違いない――そして「負けた」のだ。

片方だけ複数枚獲得して、もう片方が1度も出なかったか、そもそも双方さっぱり出なかったか。
惨状は乙女も特定できなかったが、それはそれは、もう、それは。絶望というより失意の2字が相応しい心境に違いなかった。

『しっかりしろ致命傷だぞ』
ザンネンだったね。乙女は1件、同情のメッセージを送る。相手の推しは己の推しでもあり、彼女自身は復刻以前に双方揃えていたので無事だった。
『大丈夫?ガチャ敗北の憂さ晴らし、行く?』
メッセージをもう1件。すぐ既読されたのを確認して、乙女はベッドであくびと背伸び。
離れた場所で友人が確率と乱数に挑み散ったとは想像しづらい程度に、美しく、清純な朝であった。

『行く。そっちの先輩さんのアパート、行く』
『ウチの先輩の部屋ナンデ?』
『一緒にツー様の部屋のポールラック錬成して、そこにルー部長のコートをサマー仕様にして採寸して作って、掛けたじゃん。参拝しに行く』
『ちょっと待った落ち着きましょう』
『大丈夫。ツー様のラックにかかってる部長のコート拝みたいだけだから、数秒だけだから』

『ルー部長のコート(新着情報があります)』
『なんぞ』
『先輩の部屋に去年あたりから近所の稲荷神社に住んでるらしい子が遊びに来るんだけどね、
コートをバチクソ気に入って、先輩に着せてもらって、すそ引きずって部屋の中走り回ってる』

『 ゚Д゚) 』
『見た目が完全に子供時代のツー様が大人のルー部長のコート着て遊んでる宗教画』
『 ゚Д゚))) 』

1件、また1件、そして1件。メッセージが流れ、送り出して、既読に変わって流れてくる。
『ありがとう わたし まだ がんばれる』
友人からの言葉はそれが最後。どうやら自分の出勤準備を始めたようであった。

「……はぁ」
ため息を吐き、少しだけカーテンを開けて外を見て、再度あくびに背伸び。彼女もまた職場へ向かう前に為すべきことを始める。
友人からガチャの最終報告たる1件が送られてきたのはその日の正午過ぎ、昼休憩の頃。
今月の食費の四半分で済んだとのことであった。

7/11/2024, 4:09:52 AM

「『昼寝から』目が覚めるとなのか、
『背後の男に頭を叩かれてから』目が覚めるとか。
『恋』とか『催眠術』とか、『激昂』とかから目が覚めるハナシも、可能っちゃ可能よな。
……『目覚めると破産』?なんだソレ?」

で、目が覚めてから何するの、目覚めると何が発生してたのって所まで想定するのは苦労だが、まぁまぁ、自由度高めのお題は何にせよ、ありがたいわな。
某所在住物書きはニュースと防災系アプリで豪雨災害の情報を追いながら、ポテチをかじっていた。
緊急エリアメールで目が覚めるとか、不安しかあるまい。防災グッズの確認はしておこうと思った。

「『病室で』とか、『知らない部屋で』とか。場所もアレンジ可能っちゃ可能だな」
アイディアは出てくるけど、じゃあ自分自身納得できるハナシを書けるかっていうと、別なわけで。物書きはため息を吐き、今日も苦悩して葛藤している。

――――――

そこそこ前の先日、在宅ワークの昼寝中、もとい休憩中に、バチクソおっかない経験をした。
窓ガラスのヒビ割れる音で目が覚めるという温度差ドッキリ。例のアレだ。
東京はその日酷く暑くて、私のアパートのベランダの窓は勿論ワイヤー入りに統一されてて、
パン、っていう、乾いた音だった。

せっかく日頃の寝不足を解消できると思って、タイマーかけてエアコンつけて、通気性の高い女性向けの甚平に着替えて、ちょっとアロマも灯して、
さぁ寝よう、って寝て、すっごく幸福にうとうとして、ドチャクソにヘキヘキでヤッターな夢を、
4K8Kもビックリな高精細で見てたら、
すごく良いところで、パン。

たまたまウチのアパートの管理人さんが
『部屋の一定数で窓がヒビ割れしたら、業者に一括発注かけて激安で全部の部屋の窓ガラス交換するわ。自分で金出さずに管理人に一旦連絡してね』
って事前アナウンスしてたから、
管理人さんにラインして、すぐ「おけ把握」って返信が来て、私が最後の「一定数」だったらしい。
アパート利用者のグルチャに、都合良い日教えてって管理人さんから一斉送信がかかった。

やっぱり、まとめ買い。
まとめ買いが全部解決してくれるんだね。
ってことを、目が覚めるとほぼ同時に、考えた。

今日は、私の階の部屋の窓ガラスが、一斉に寒暖差とヒビ割れに強いやつに交換される日。
私の部屋は午前中で交換してもらう日程。
どれだけ遅くなっても私が帰宅するまでには終わってる、との説明だった。
まとめ買いって正義(大事二度の気付き)

ってハナシを今日の職場の昼休憩で雑談の話題にしたら、今年の3月から一緒に仕事してる付烏月さん、ツウキさんってひとが食いついた。
「そういや俺ひとつ気になってるんだけど。
雪国の窓ガラス、特に北海道とか青森とか、寒いところのガラスって、どうなってるんだろ」

「どゆこと?」
「東京の夏は、36℃とか39℃とかの快晴にエアコンで室温10℃くらい下げて、割れるじゃん。
寒いとこの冬は、マイナス2桁とかの吹雪にエアコンで室温20℃以上にして、多分割れないじゃん。
……何が違うんだろうな、っていう」
「東京は暑くて北海道は寒いじゃん」
「そりゃそうだけどさ。何か特別な窓ガラスでも、使ってるのかなっていう。もしそうならそのガラス東京に持ってくれば、安泰かなって俺、思って」

「雪国って言ったら、藤森先輩が雪国出身じゃん。個チャで聞いてみたら?」
「多分今聞いたら、藤森、徹夜明けで仮眠中」
「『徹夜』?」
「何かのフォローだって。仮眠中にいきなりチャットで起こされて、目が覚めると『お宅の実家の窓ガラスのこと教えて』ってどういう状況っていう」
「うん『寝かせて』って思う」

なんだろね、 なんなんだろね。
特に重要な意味も意義も持たないお昼の雑談は、
ガタン!
支店長の席の方からした突発的な音で緊急停止。
目を向けると単純に自分の席で昼寝してた支店長が、というか支店長の足が、膝が、
ビクってなってデスクの引き出しに当たって、
容赦無い痛さで目が覚めると同時に、膝を押さえてうずくまって、ご愁傷様に悶絶してました、
っていうだけのハナシだった。

支店長を見て、付烏月さんと数秒だけ顔を見合わせて、また支店長を見る。
「ところで明日のお誘いなんだけどね」
特に憐れむでも、フォローするでも、何か気遣うでもなく、私達は次の無意味無意義な雑談に戻った。

7/10/2024, 3:37:37 AM

「文章言語の抜け道が、まさしくコレよな。
『イントネーション、アクセントが欠落してる』」
つまりこういうことさ。「当然」と「ヒット前」。
某所在住物書きは「Expected(あたりまえ)」ではなく「Before hitting(あたりまえ)」の変わり種を書こうとして、苦悩し、葛藤している。
相変わらずお題の難易度が高いのだ。
「……私のガチャが『当たる』『前』、ってのもアリか?それとも方言に活路を求める?」
俺の固い頭じゃこの辺が限界かねぇ。物書きは首を傾け、ため息を吐き、首を振った。

ガチャの当たり前はSSRすり抜けネタ、
方言の当たり前はおそらく「何かが配られる・貰える前」、「特定の疾患、脳卒中等にかかる前」、「妙なものを食ってハラを壊す前」。
ところで、昔職場の親睦会で生牡蠣が出され、食して「当たった」連中が多発し、部署が酷い機能不全を起こしかけたハナシに需要はあるだろうか。

――――――

去年の夏のおはなし。
女性が神社で引いたおみくじの内容が当たる前と、
その先輩の顔に子狐のポンポンアタックな腹がダイレクトポフン、当たる前のこと。

「ここのおみくじ、ちょっとユニークでかわいくて、すごく当たるんだってさ」
7月も、もうすぐ中盤。相変わらず熱帯夜続く都内某所の某稲荷神社、薄暮れ時の頃。
「先月末に、ホタル見に来たじゃん。その時、買ってる人がチラホラいてさ。気になってたの」
諸事情により先日まで完全に体調を崩していた乙女が、なんとか調子を取り戻し、散歩に来ていた。

手には小さな白い巻き物。稲荷神社の授与所で購入した、その神社オリジナルのおみくじである。
赤紐の封を解き、縦に開く。
「ふーん。『電話』。でんわ……」
一番上は、デフォルメされたオレンジ色の、ユリに似た花に虫眼鏡を向ける狐のイラスト。
その下には大吉も小凶も、全体運の記載は無く、ただ花の名称と思しき「アキワスレグサ」、それから「電話してみたら」とだけ記されている。
「先週、イヤリング忘れたか、落としたかしたの。『届いてるから電話してみたら』ってことかな」

「どうだろうな?」
ポツリ言って、同じ物を購入したのは、長い付き合いであるところの職場の先輩。
代金を払い、ごろごろ百も二百も入っているだろう木箱の表層から、丁寧にひとつ巻き物をつまむ。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦。
何にでも当てはまりそうな文言を引っ掛けて、その人がその人自身の悩みに気付き、答えを自分のチカラで見つけ出すのを助ける。
それがこの手のくじ、だったりしないか?」
早速思い当たるカフェの番号を調べ、電話をかけ始めた女性、つまり己の後輩に視線をやって、
それから、ふと遠くを見た。

「?」
居たのは子狐を撫で抱える巫女装束。すなわち神社関係者。なお近場にある茶葉屋の店主でもある。
あらあら。稲荷神社のご利益ご縁を信じないのですか?狐にイタズラされても知りませんよ?
巫女装束は、それはそれは良い顔で微笑して、
抱えていた子狐を、地に下ろした。
「さて。私のは何が書かれているだろうな」
とたんとたんとたん。子狐が全速力で売り場の裏の影に消えていくのを、それとなく見送った後、
購入した巻き物の封を、くるくる解いて開く。

描かれていたのは、白いトリカブトに飛びかかる狐。
書かれていたのは「オクトリカブト」と「上見て」。
「ほらな。誰にでも当てはまる――」
上の地位を目指せ。うつむき下見るより顔を上げよ。まぁ色々な応援激励に利用できる言葉だな。
先輩は小さくため息を吐き、笑って上を見ると、
「……え?」
視界には、愛と幸福でぽってり膨れた子狐の腹。
数秒待たず己の顔面に当たるだろう直前の、前足後ろ足をパッと広げたモフモフであった。

7/9/2024, 3:22:12 AM

「なかなかに、アレンジのムズいお題よな……」
街の明かりって。「ド田舎は街灯が少ないので夜暗い」とか、「店の明かりを見ると◯◯を思い出す」とか、そういう系想定のお題かな。
某所在住物書きはガリガリ頭をかきながら、天井を見上げ息を吐いた。
固い頭の物書きには、少々酷なネタであった。店の照明、車のハイビーム、日光の反射……他には?

「花火とか工事中の火花とか、今は法律等々が絡むだろうけど焚き火とかも、『街の明かり』、か?」
わぁ。考えろ考えろ。強敵だぞ。物書きはポテチをかじりながら、懸命に頭を働かせる。

――――――

最近街の明かりが、つまり東京の日光の反射とか横断歩道の白とかが痛い。暑いんじゃなくて痛い。
確実に猛暑だの体温超えだの、酷暑間近だのが関係してるんだろうけど、ともかく、焼ける。
朝の通勤の時間帯でもハンディーファン使ってる人いるし、首掛けの保冷剤してる人も多い。

今日なんか、車のサンシェードみたいな材質の日傘をさしてる人が見つかった。
多分壊れたビニール傘の骨組みを利用したハンドメイドだと思う。よくできてると思ったけど、日傘さしてる本人は少し微妙そうな表情をしてた。
多分想定通りの涼しさとか、遮光性とかを得られなかったんだと思う。
サンシェードな表面を少し輝かせながら、朝の街の明かりに紛れてった。

少しだけキレイだとは、思った。
でも「少しだけ」だ。あとはお察しだ。
完全に紛れて見えなくなる前に、サンシェード日傘の人が、寄ってきたオッサンに絡まれた。
見覚えある誰かが助け出してたように見えたけど、
通勤途中だったから、結末は分からなかった。

で、そんな街の反射が暑くてジメる東京の昼。
お客さんが少なくてチルい、職場のランチタイム。

「付け焼き刃付烏月の〜、付け焼き〜Tipsぅー!」
「エイプリルフール以来だね付烏月さん。あと『付け焼き刃附子山の』じゃないんだね」
「俺付烏月だもの後輩ちゃん」
「で、今回はなに?ツウキさん」

「アメリカ、フロリダ国際大学のひとが調べたハナシによると、ある一定の気温までは、暑くなればなるほど犯罪が増えたらしいよ。7月と9月に犯罪が増えて、8月には逆に少し減ったらしいよん」
「へー」
「まぁ、アメリカを対象にした分析だから、日本に全部当てはまるとは限らないけど、適度に暑いと、イライラしちゃうのかもね。分かんないけど」
「ふーん。勝手に信じとく」

「いや、そこは『信じないでおく』にしといてよ。ハナシ半分で聞き流してよ」
「文献か何かはあるんでしょ?なら信じとく」
「あぅ」

サンシェード日傘の一件を、今日の暑さとジメり具合に関連付けて雑談の話題に出したら、
同僚の付烏月さんがそこから、夏の暑さに関するトリビアを引っ張り出してきた。
『適度に暑いと、イライラしちゃう』。
付烏月さんの話とオッサンに絡まれた日傘さんが妙にピッタリして真面目に聞いちゃったけど、
付烏月さんとしては、それこそ「雑談」以上の何でもなかったらしくって、
もしゃもしゃ、もしゃもしゃ。ちょっと反省気味に黙々と、お弁当の塩ゆでコーンを食べてる。

「……いちおー、きょう、かえってから ぶんけん、ちゃんとカクニンしなおします」
もしゃもしゃもしゃ。
うつむく付烏月さんが、何か言ってる。
視線が下がって自分のお弁当見えてないみたいだったから、こっそり付烏月さんのコーン1個と私のミートボール2個をトレードしようとしたら、
「入り用かね?」
職場のガラスの大窓、日光反射してキラキラしてる昼の街の明かりを背に、通称「教授」支店長が、
水色の、『世界の研究が教える人間関係100選』って本を持ってきた。

「212ページだ」
教授支店長が言った。
「孫引きになるが、所詮雑談だ。問題あるまい。
ところでその日傘女史から、助けた礼に京都の老舗の美しい琥珀糖を頂いた。一緒にどうかね?」

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