「なかなかに、アレンジのムズいお題よな……」
街の明かりって。「ド田舎は街灯が少ないので夜暗い」とか、「店の明かりを見ると◯◯を思い出す」とか、そういう系想定のお題かな。
某所在住物書きはガリガリ頭をかきながら、天井を見上げ息を吐いた。
固い頭の物書きには、少々酷なネタであった。店の照明、車のハイビーム、日光の反射……他には?
「花火とか工事中の火花とか、今は法律等々が絡むだろうけど焚き火とかも、『街の明かり』、か?」
わぁ。考えろ考えろ。強敵だぞ。物書きはポテチをかじりながら、懸命に頭を働かせる。
――――――
最近街の明かりが、つまり東京の日光の反射とか横断歩道の白とかが痛い。暑いんじゃなくて痛い。
確実に猛暑だの体温超えだの、酷暑間近だのが関係してるんだろうけど、ともかく、焼ける。
朝の通勤の時間帯でもハンディーファン使ってる人いるし、首掛けの保冷剤してる人も多い。
今日なんか、車のサンシェードみたいな材質の日傘をさしてる人が見つかった。
多分壊れたビニール傘の骨組みを利用したハンドメイドだと思う。よくできてると思ったけど、日傘さしてる本人は少し微妙そうな表情をしてた。
多分想定通りの涼しさとか、遮光性とかを得られなかったんだと思う。
サンシェードな表面を少し輝かせながら、朝の街の明かりに紛れてった。
少しだけキレイだとは、思った。
でも「少しだけ」だ。あとはお察しだ。
完全に紛れて見えなくなる前に、サンシェード日傘の人が、寄ってきたオッサンに絡まれた。
見覚えある誰かが助け出してたように見えたけど、
通勤途中だったから、結末は分からなかった。
で、そんな街の反射が暑くてジメる東京の昼。
お客さんが少なくてチルい、職場のランチタイム。
「付け焼き刃付烏月の〜、付け焼き〜Tipsぅー!」
「エイプリルフール以来だね付烏月さん。あと『付け焼き刃附子山の』じゃないんだね」
「俺付烏月だもの後輩ちゃん」
「で、今回はなに?ツウキさん」
「アメリカ、フロリダ国際大学のひとが調べたハナシによると、ある一定の気温までは、暑くなればなるほど犯罪が増えたらしいよ。7月と9月に犯罪が増えて、8月には逆に少し減ったらしいよん」
「へー」
「まぁ、アメリカを対象にした分析だから、日本に全部当てはまるとは限らないけど、適度に暑いと、イライラしちゃうのかもね。分かんないけど」
「ふーん。勝手に信じとく」
「いや、そこは『信じないでおく』にしといてよ。ハナシ半分で聞き流してよ」
「文献か何かはあるんでしょ?なら信じとく」
「あぅ」
サンシェード日傘の一件を、今日の暑さとジメり具合に関連付けて雑談の話題に出したら、
同僚の付烏月さんがそこから、夏の暑さに関するトリビアを引っ張り出してきた。
『適度に暑いと、イライラしちゃう』。
付烏月さんの話とオッサンに絡まれた日傘さんが妙にピッタリして真面目に聞いちゃったけど、
付烏月さんとしては、それこそ「雑談」以上の何でもなかったらしくって、
もしゃもしゃ、もしゃもしゃ。ちょっと反省気味に黙々と、お弁当の塩ゆでコーンを食べてる。
「……いちおー、きょう、かえってから ぶんけん、ちゃんとカクニンしなおします」
もしゃもしゃもしゃ。
うつむく付烏月さんが、何か言ってる。
視線が下がって自分のお弁当見えてないみたいだったから、こっそり付烏月さんのコーン1個と私のミートボール2個をトレードしようとしたら、
「入り用かね?」
職場のガラスの大窓、日光反射してキラキラしてる昼の街の明かりを背に、通称「教授」支店長が、
水色の、『世界の研究が教える人間関係100選』って本を持ってきた。
「212ページだ」
教授支店長が言った。
「孫引きになるが、所詮雑談だ。問題あるまい。
ところでその日傘女史から、助けた礼に京都の老舗の美しい琥珀糖を頂いた。一緒にどうかね?」
7/9/2024, 3:22:12 AM