「ひとまず1件メッセージが来れば良いんだな」
これは汎用性高いお題じゃないか?某所在住物書きは喜々として、早速物語を組み始めた。
「初めて送った文章。仕事系通知。『電話番号登録してたけど君誰だっけ』の確認、『チケットご用意できました/できませんでした』の当落告知、怪しいグループからの招待あるいは指示通知。等々」
1件挟めばお題クリアだもんな。簡単よな。
あるいは「Line」の意味から、英単語として1件の何かを書くとかな。物書きは今日も今日とて、ネットでお題の意味をまず検索する。
「……簡単なハズなのにムズい」
線、通信網、工場のラインに配線に手相、セリフ、それから口癖に家系に道に方針、あと専門家、赤道と結婚証明書。Lineの和訳に物書きはうなだれた。
「うん。ムズい」
――――――
いつぞやの都内某所、某アパートの朝。
部屋の主は元物書き乙女で現社会人。前日、3月から共に仕事をしている付烏月、ツウキという男を引き連れて、スイーツバイキングを堪能したところ。
カーテンの隙間から差し込む光と、枕元に置いていたスマホのメッセージ受信音にイタズラされて、
もう少しで二度寝に寝入っていたところを、ベストタイミングに邪魔された。
自室の窓の外では、貴い黄色の陽光照る中で、天気雨(きつねのよめいり)が降っている。
受信した個人向けメッセージは1件。
『負けたノД`)』
あぁ、「負けちゃった」、溶かしちゃったんだね。
かつての物書き乙女は眠い頭で、しかし届いた文面だけで、誰が何をした結果としてメッセージを送信してきたのか、すぐ理解した。
1件のメッセージは送信者の慟哭を表していた。
元物書きの友人である。スマホに入れているソーシャルゲームに実装された、ガチャの話題である。
推しカップリングの2名が、互いに対となる服装で復刻。彼女はそれを引いたのだろう。
全ツッパに違いない――そして「負けた」のだ。
片方だけ複数枚獲得して、もう片方が1度も出なかったか、そもそも双方さっぱり出なかったか。
惨状は乙女も特定できなかったが、それはそれは、もう、それは。絶望というより失意の2字が相応しい心境に違いなかった。
『しっかりしろ致命傷だぞ』
ザンネンだったね。乙女は1件、同情のメッセージを送る。相手の推しは己の推しでもあり、彼女自身は復刻以前に双方揃えていたので無事だった。
『大丈夫?ガチャ敗北の憂さ晴らし、行く?』
メッセージをもう1件。すぐ既読されたのを確認して、乙女はベッドであくびと背伸び。
離れた場所で友人が確率と乱数に挑み散ったとは想像しづらい程度に、美しく、清純な朝であった。
『行く。そっちの先輩さんのアパート、行く』
『ウチの先輩の部屋ナンデ?』
『一緒にツー様の部屋のポールラック錬成して、そこにルー部長のコートをサマー仕様にして採寸して作って、掛けたじゃん。参拝しに行く』
『ちょっと待った落ち着きましょう』
『大丈夫。ツー様のラックにかかってる部長のコート拝みたいだけだから、数秒だけだから』
『ルー部長のコート(新着情報があります)』
『なんぞ』
『先輩の部屋に去年あたりから近所の稲荷神社に住んでるらしい子が遊びに来るんだけどね、
コートをバチクソ気に入って、先輩に着せてもらって、すそ引きずって部屋の中走り回ってる』
『 ゚Д゚) 』
『見た目が完全に子供時代のツー様が大人のルー部長のコート着て遊んでる宗教画』
『 ゚Д゚))) 』
1件、また1件、そして1件。メッセージが流れ、送り出して、既読に変わって流れてくる。
『ありがとう わたし まだ がんばれる』
友人からの言葉はそれが最後。どうやら自分の出勤準備を始めたようであった。
「……はぁ」
ため息を吐き、少しだけカーテンを開けて外を見て、再度あくびに背伸び。彼女もまた職場へ向かう前に為すべきことを始める。
友人からガチャの最終報告たる1件が送られてきたのはその日の正午過ぎ、昼休憩の頃。
今月の食費の四半分で済んだとのことであった。
7/12/2024, 3:39:30 AM