かたいなか

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7/8/2024, 3:19:59 AM

「天の川、織女牽牛、織姫彦星、夏の大三角に笹の葉、短冊、願い事。あと何だ?」
そういや小学生の頃、七夕ゼリーみたいなの食ったような、虚偽記憶のような、気がするなぁ。某所在住物書きはソーダ味のアイスをかじり、冷えた黄金色を飲みながら、扇風機の快風に浸っていた。
久方ぶりの年中行事ネタだ。2月にバレンタインがあり、3月はひなまつり。5月5日の子どもの日は別のお題であった。
「『7月7日』という日付についてのハナシを書くか、七夕からイメージする単語の方を重点的に書くか。伝説系に天文学、欲望に恋愛。切り口は、まぁ、そこそこ複数、有るっちゃ有るのか」
ま、俺はぼっちだから、七夕に誰かと予定なんざねぇけど。物書きは小さく息を吐き、アイスをかじる。

――――――

7月7日だ。七夕だ。猛暑の日曜日だ。
天の川を見に行こうとか、七夕の天の川イベントに行こうとか、天の川な七夕そうめん食べに行こうとか。そんな提案が浮かばない程度には酷い熱帯夜だ。
それもその筈。今日は最高気温が35℃で夜の気温も29℃前後。あつい(ふぁっきん熱帯夜)
あつい(大事二度宣言)
7月8日の最高予報が39℃とか絶対虚偽(願望)
七夕がもうちょっと秋寄りとか、なんなら4月あたりの涼しい頃なら、天の川も見に行きやすかったのに。

「つまり、天の川が見たいんだな?」
穏やかな白さの甚平で、晩ごはんの準備をしながら、先輩が私に声をかけてきた。

私の部屋の上階さんが七夕パーティーか何かしてるらしくて、バチクソに酷い騒音と振動なもんで、
管理人さんに対応してもらってる間、長い付き合いな職場の先輩のアパートに避難中。
ただでさえ暑さと湿気でメンタルと自律神経やられてるのに。ガチで迷惑ハナハダシイ。
で、お金とちょっとの食材をリリースして、先輩に晩ごはんとお茶を召喚してもらってる。

エアコンの涼しさの中で飲む40〜50℃前後はお腹に優しい心地で、滋味滋養。
今日のお茶はハーブティー。先輩がわざわざ、いきつけの茶っ葉屋さんから、私の具合の悪さに合わせてブレンドしてもらってきてくれたらしい。
オマケにそこの看板子狐がセラピーフォックスとして、先輩の部屋、私の膝の上に、絶賛無償出張中。
こやーん(コンコンかわいいです)

「来年、2025年9月8日が狙い目だと思う」
で、その先輩が、来年の「七夕じゃない日の天の川」の見方を情報提供してくれた。
「どこか、街の光から遠い、暗い場所。可能であれば山の上が望ましい。皆既月食だ」

「月食?」
「天の川はとても光が弱い。街灯や、月の光でも、見えづらくなる。皆既月食は、月を光らせる太陽の光を、地球全体が遮ってくれるわけだ」
「織姫と彦星の通せんぼしてるのに、弱いんだね」
「私も不勉強だからよく理解してないが、この月食のときに、一緒に天の川が見られることがあるらしい。見頃は、午前2時半付近から3時50分頃までだな」
「ふーん」

天の川って七夕オンリーなイメージあったけど、別に、七夕じゃなくても見られるんだ。
へー、って思いながら、またハーブティーを飲む。
「織姫と彦星も、七夕以外の日にこっそり、実は会ってたりするのかな」
「なんだって?」
七夕と皆既月食が重なる日をスマホで調べたけど、
2047年らしいから、スン……てなってやめた。

「だって天の川だって七夕以外の日に出てくるんだもん。織姫彦星も七夕以外に会ってたり、って」
「天の川が見られるのは天文現象で、織姫と彦星が会うのは伝説だろう」
「民間信仰はたまに後世によって書き換えられるって昔授業で聞いた。今の二人実は時々会ってる説」
「随分、随分な新説だな……?」

7/7/2024, 4:15:56 AM

「あのな。全員が全員、友人がいると、思うなよ」
ぼっち万歳。19時着の題目を確認した某所在住物書きは、開口一発、孤独への讃歌を呟いた。
「『自分の』、自分と友達との思い出。無い。
『友達の立場からの』、友達の思い出、
あるいはその友達が所有している思い出。知らん。
女友達だの男友達だの、『恋人未満』あるいは『フられて友達に戻った相手としての』、思い出。
……ぼっち万歳」

ところで、本来存在しない筈の「思い出」を、事実として存在したようにガチで錯覚させる、「虚偽記憶」を作成することは可能だそうだな。
物書きはハタと閃き、「友達に虚偽の思い出を植え込む」物語を考えて、結局諦めた。

――――――

最高気温が体温どころか、微熱レベルに到達する予報の都内某所、某アパートの一室、昼。
部屋の主を藤森といい、遠い雪国出身の上京者。
今日も明日も冷房きかせた室内で籠城の予定で、白い甚平に身を包み、室内にひとつ風鈴を飾っている。
チリン、 チリリン。 エアコンの首振り送風によって揺れるガラスは多分冷涼な響き。外は地獄。

ところで近所の稲荷神社在住の子狐が、藤森の部屋をクールスポットか何かと勘違いしている。
くわわ、くわぁ、くわうぅ。
某最高品質のヒンヤリN冷涼ベッドに陣取り、
それはそれは、もう、それは。幸福に寝言など鳴いて狐団子を形成し、時折寝ぼけてタオルケットを毛づくろいしようとペロペロ。
コンコン子狐は夢の中。涼しい朝霧の中で寝転がり遊んだ去年、友だちの思い出の中に居るのだ。

「そういや藤森。去年のアレ、まだ貰ってないぞ」
その涼しい室内へ遊びに来たのが藤森の親友。
宇曽野である。土産にコンビニアイスを持参した。
ニヤリイタズラ顔で、右手を差し出し、ちょいちょい人さし指を振って何かを催促している。

「『去年のアレ』?」
藤森は宇曽野の申し出に首を小さく傾けた。
世話好きな宇曽野からはよく助けられているので、藤森は彼との借りと貸しの収支が時折分からなくなる――心当たりがあり過ぎるし、返礼済と未済の時系列が記憶内メモを読み込まなければ迷子なのだ。
「去年のアレとは?」

「今頃の『賭け』のハナシだ。例の『星空』の」
「ほしぞら?」
「青い池。白い雨粒が水面に落ちて星空。その絶景の名前を言い当てられるかどうか」
「『それ』はお前との賭けではない」
「お前のとこの後輩とはしただろう。コーヒーとアイス代。チャンスは3回。思い出したか?」
「彼女は当てられなかった」

「俺は当てたぞ」
「当たり前だ。数年前にお前と行ったんだから」

「……懐かしいな。夏の雪国」
自分が買ってきたアイスのカップを、ポン。
ひとつ藤森に投げ渡して、宇曽野が言った。
「青い池と、デカい岩の海岸と。海は波が岩と岩の隙間を叩いて、間欠泉のようになってた」

「私が何度も『濡れるぞ』と忠告したのに、面白がって覗いて。間欠泉の直撃を食らったのがお前だ」
カップを受け取った藤森がチラリ冷涼ベッドを見ると、寝ていた筈の子狐の姿が無い。
それもそのはず。自慢の耳と鼻と本能とで、アイスの存在を感知したのだ。
藤森の足元で、行儀よく「おすわり」をして、尻尾をブンブンのビタンビタン。目をダイヤモンドレベルに輝かせている――「こぎつね。お前のじゃないぞ」

「俺だけ完全に、びしょ濡れになってな。お前が車にバスタオルと着替えを積んでいたから助かった」
「どうせやらかすだろうと思ったんだ」
「お前にはあの日、随分世話になったなぁ」
「行動的過ぎるお前をカバーする私の身にもなれ。
あの冬もそうだった。船の上で女の子の飛んだ帽子を取ろうとして海に落ちかけた。私の実家では庭の雪にダイブして、その雪の上に2階からも、」
「2階からのダイブはお前もガキの頃やったんだろ。俺はお前の思い出を真似しただけだ。『ここは冬ともかく大量に雪が積もるから』と教えてくれたのは」
「だ、ま、れ」

はっはっは!軽く笑い飛ばす宇曽野は、それから穏やかにひとつ、ため息を吐いてアイスを食う。
「藤森」
ぽつり、宇曽野が親友を呼んだ。
呼ばれた方は、「友だちの思い出」のドタバタ道中のアレやコレに言及しようと視線を合わせるが、
途端、視界から外れた己の膝に重量を感じた。

「藤森。あのな」
宇曽野が言った。
「早く食わないと、多分食われるぞ」
膝の上に居たのは藤森のアイスを狙い口をあんぐり開けて体と前足を伸ばす子狐で、
藤森は慌ててカップとスプーンを天井に掲げた。

7/6/2024, 3:09:42 AM

「『星が溢れる』、『星空の下で』、『流れ星に願いを』。4度目の星ネタよな」
某所在住物書きは過去投稿分を辿りながらガリガリ首筋をかき、天井を見上げた。
そろそろ、ネタも枯渇する頃である。

「溢れる星は、『星みたいなフクジュソウ』が花畑に溢れてるってことにして、星空の下の話は桜の花を星に見立てて花見ネタ。流れ星は桜吹雪書いたわ」
王道の星空ネタに、星を別の物に例えた変化球。他に何を書けるやら。物書きは今日もため息を吐き、固い頭でうんうん悩んで物語を組む。

――――――

最近最近の都内某所、某職場某支店、朝。
ポケっと狐につままれたような、あるいは納得いかないものを抱えているような、ともかく複雑至極の寝不足顔が、ひとり、席につく。
「おはよー……」
ふわわ、わわぁ。大きなあくびをかみ殺し、ノートとタブレットの電源を入れてから、眠気覚ましをイッキ、刺激強めグミのサイダー味を数粒。

「頑張ってよ〜後輩ちゃん」
今日は土曜日、午前でお仕事終わりなんだから。
寝不足顔を「後輩」と呼ぶのは、「彼女の先輩と、先輩の前々職で一緒に仕事をした友人」。
名前を付烏月、ツウキという。
「昨日俺、藤森と一緒に深夜まで、猛暑吹き飛ばす系のポッピングぱちぱちアイス仕込んだから」
休憩室の冷凍庫に入れといたよ。あとで皆で食べようよ。付烏月がそう付け足して、「後輩」を見る。

「『昨日』、『深夜まで』?『藤森と』?」
後輩は一気に目が覚めた――悪い意味で。
藤森とは先輩の名前である。
「私、その先輩と『深夜に』稲荷神社で会った」
何故先輩が異なる場所で同時に存在しているのだ。
後輩はすっかり目が覚め、己の体験を話し始めた。

――「昨日の夜も、ほら、熱帯夜だったじゃん。私、ちょっとお酒飲んでお散歩してたの」
後輩の主張する、付烏月が昨晩一緒に居た筈の先輩と稲荷神社で会った筈の証言。
後輩は当時暑さのせいで寝付けず、一旦就寝を諦めて、低アルコール度数の缶チゥハイなどキメて夜風の散歩と洒落込んだ。午前2時頃のことだという。

『わぁ。涼しい。涼しい気がする』
酒が体にまわり、体温がそこそこ上がって、ゆえに外の微風を冷涼に感じる。
ほろり、ほろり。上機嫌で歩く後輩は上機嫌で、己の先輩がよく花の写真を撮りに行く稲荷神社まで歩いて歩いて、鳥居をくぐった。

「それ絶対、お酒に酔ってて別の誰かを藤森と見間違えたってオチじゃないの?」
「いや、ホントに藤森先輩に見えたんだって。声も似てたし。そもそも稲荷神社に居たし」

深めの森の中にある神社は涼しく、居心地が良い。後輩は軽快な足取りで、整備された参道を歩き、
木々の間から少し星空の見える気がする花畑で、何かの小さな石碑に腰掛け、胸に白い花を飾り、わずかな星空を見上げている「先輩」を発見した。
『あれ。先輩も寝苦しくて、散歩?』

『こんばんは』
「先輩」は少し首を傾け、他人行儀に挨拶を返した。
『少し酔っていらしゃるようだ。この時間帯にひとりで出歩いては危ないと思うけれど、大丈夫?』
石碑の下にはキンポウゲ科がさらさら揺れており、
神社在住の子狐が、ドッキリ企画風の横看板を、「過去投稿分6月16日」と書かれたそれを、前足で器用に掲げ持っている。
『悪いオバケに、心魂を食われてしまうよ』
ところで「先輩」は何故こうも他人行儀なのか。

「だから。酔っ払って見間違えたんでしょって」
「違うもん。絶対、声は似てたもん」

『最近どう?仕事押し付けられてない?』
『私個人としては、「仕事」はしょっちゅう押し付けられているけれど……多分いや確実に、あなたの知りたい方ではないなぁ』
『知りたい方って?前部署のクソ上司だけじゃなく、今の緒天戸からも仕事バチクソ押し付けられるようになったってハナシ?』

『あなたの先輩は随分苦労人のようだね』
『他人事じゃないでしょって。先輩自身のことでしょって。いっつも無理しちゃうんだから』
『そうなのか。大変だね』

話がかみ合わない。後輩も不思議に思い始めたが、ほろ酔い気分で推理してもロクに頭が回らない。
『あのね、』
いつもは花を愛でるのに、今日は星空で珍しいね。
後輩が話題を振ろうと「先輩」に視線を向けると、
『……せんぱい?』
午前2時半。「先輩」はいつの間にか姿を――

――「うん。ひとりで静かに星空見てたのに酔っぱらいに絡まれて、付き合いきれなくなったんだね」
はい、はい。 話を聞いた付烏月は大きく頷いた。
同情の表情は昨日星空を見上げていたであろう「先輩」もとい「誰か」への小さな謝罪。
ウチの後輩ちゃんが、ご迷惑をおかけしました。

「だって私、本当に、ホントに……」
本当に、私は「先輩」と星空を見ながら、話をしていたのだ。なおも反論したい後輩だが、段々自信が無くなって、声が小さくなっていく。
「……『誰』と星空見てたんだろ」
付烏月はただ、大きくため息を吐くだけ。
「だから藤森と見間違えた別の誰かでしょ」

7/5/2024, 3:23:28 AM

「4月14日のお題が『神様へ』だったわ」
なんとなく、もう1回くらいは神様系のお題来そうな気が、しないでもないわな。某所在住物書きは今日もぽつり呟き、相変わらず途方に暮れている。
己の執筆スタイルがエモ系スピリチュアル系の題目と微妙に、至極微妙に相性が悪いのだ。

「まぁ、日本にはいろんな神様がいるからな。赤い隈取の白狼とか、お客様は神様系神様とか、神絵師神文豪とか、御神木御神体もギリセーフか?」
東京都立川在住の「あのお二人」は、バチクソ厳密には「『神』様」じゃないんだっけ?物書きは不勉強ゆえに仏教とキリスト教の根本が分からなくなり、スマホでまず釈迦を調べ始めた。

――――――

そういえば神道では、迷惑かけたり悪いことしたりした「神様」が、懲らしめられ、やっつけられたりしていますね。という小ネタは置いといて、「神様」をお題に、物書きがこんなおはなしを閃きました。

都内某所、某稲荷神社には、人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で暮らしており、
その神社の敷地には、とてもとても大きな1本のヒノキが、御神木として生えておりました。
このヒノキはとても不思議なヒノキで、自分からは花粉をちっとも出さず、敷地内のどんな花粉にも悪さをさせない、善いヒノキでした。
花粉知らずな実らずのヒノキは、神社に来るものを見守り続け、いろんなことを知っておりました。

ある時ヒノキは稲荷神社に、雪国出身の常連参拝客が来るのを見つけました。
常連さんが神社の花を愛でて、美しい写真を撮って、少しゴミ拾いなんかもしていると、
神社に住む子狐が跳び出して、尻尾をぶんぶん振り叩き、常連さんの鼻をベロンベロン舐め回しました。
ヒノキは常連さんの過去を知っていました。
常連さんは去年の今頃、数年前縁切った筈の初恋さんが粘着して執着してきて、大変だったのでした。
去年の7月バッタリ会って、追っかけ回され疲れ果てて、11月に再度縁切り、今年の5月25日ようやく完全決着の大団円。
常連さんがたまにゴミ拾いもするのは、自分の心を傷つけ魂を蝕んだ初恋さんとのトラブル解消を見守り、力添えしてくれた神社への、お礼でもありました。

またある時ヒノキは稲荷神社に、お年をお召しのおじいさんが来るのを見つけました。
神社のひとに許可を貰って、お礼に季節の野菜をどっさり渡して、花畑の花を仏花用に少し切って。
「死んだばあさんが、ここの花大好きだったんだ」と、嫁さんの自慢話を始めました。
ヒノキはおじいさんの現在を知っていました。
おじいさんの隣で今まさに、おじいさんの目にはちっとも見えないけれど、嫁さんが顔も耳もまっかっかにして、小さくなって居るのでした。
「世界で一番綺麗だった」、「一番料理が美味かった」と涙を浮かべて話すおじいさんに、『もうやめて照れちゃう』と、でもとっても嬉しそうでした。

それからある時ヒノキは稲荷神社で、人間の姿をした花の亡霊が星空を見上げるのを見つけました。
ヒノキは亡霊の未来も知っていました。
この亡霊はその日の深夜、その亡霊を別の人と見間違えた参拝客に絡まれて、ちょっとダベって、
最終的に話がサッパリ噛み合わないので、翌日「実は昨晩神社でこんなことがあってさ」と、朝の雑談のネタになってしまうのでした。
しゃーないのです。だって別人なのです。そもそもそのとき参拝客は、チゥハイなど数本キメて、ほろよい気分の散歩中なのです。

人の過去と現在、涙と照れと笑顔、それからちょっと不思議な未来。化け狐住まう稲荷神社の御神木は、実らずのヒノキは、それらをじっと見届けて、
そのいずれも、ヒノキだけが知っているのでした。
おしまい、おしまい。

7/4/2024, 3:07:00 AM

「歩道の先、サイクリングロードの先、ロードマップの先、柔道茶道等々の先。『道』にも色々あるわな」
その計画の先には云々、信じた道の先には云々。
なんか壮大な物か書けそうで、己の頭が固いゆえに無理。某所在住物書きはお題を見つめてポツリ。
要するに物語の引き出しが少ないのだ。

「……そういや今でも、ナビを信じて進んだ道の先が難易度エクストリームハード、なんて例とか」
いや、俺は経験、無いことにしとくがな。物書きは過去の「『道』路案内」のその先を思い出し、物語にできないかと画策するも、結局挫折してため息を吐く。

――――――

スマホの予報によると、今日から東京は1週間くらい、常時25℃以上で最高36℃程度らしい。
ふぁっきん(訳:それは、とても暑いです)
最高気温が体温、常時熱帯夜、「酷暑」。
異常な気温変動に感じられるこの道の先に、8月が控えてるワケだ。ふぁっきん( :あついです)

私が今年の3月から勤めてる支店では、別に都から要請されてるワケでもないけど、
ウチのトップが「コレ開設してる本店・支店の従業員に手当金出そうぜ」のスタンスだから、
去年から率先してエアコン稼働させて、飲み物用の氷も余裕もって備蓄して、
それから、去年ここに居た従業員が作ったっていう「涼み処」の小さなタペストリーも飾ってる。

ウチの支店は、それでもお客さんが少なくて、
そもそものハナシとして、来る人がみんな濃ゆい。
常連率が7割9割で、高齢だの中年だののマダムにムッシュが多い。
今の時期は示し合わせたように突然ウチの支店に来て、お菓子まで持参して、従業員がお茶を用意してワイワイ自由に涼み始めることがある。
時折投資と貯蓄目的で商品を契約してって、
私が半年働いても貰えないような額を、
平然と、顔色ひとつ変えず、ポンと置いてく。

これが、この支店のお客さんが少ないのに何故か潰れない、2個の理由のうちのひとつ。
もうひとつは客層が安定してて、静かだから、心の弱い、あるいは弱った従業員の避難所の役割。
実際、今年度入ってきたばっかりの新卒ちゃんが、「2個目」の理由に該当して、この支店に来た。

で、新卒の若い子ちゃんなものだから、
常連のマダム数名にバチクソに目をつけられた。

今日はどうやら「ひとまず覚えとくと便利な薄化粧」の講座が開かれてるらしい。
化粧っ気の無い新卒ちゃんは、人付き合いが酷く苦手で怖くて少しビクつきながらも、
きゃいのきゃいの、昔々化粧品業界に勤めてたっていう70代さんを筆頭に、そのマダムの私物(総額だいたい◯◯万円)を使って、お化粧が必要になったときのためのスキルを仕込まれてた。

「そうよ、そうよ!上手だわ。それで良いの」
「ほら見て。こんなに顔色良くなって」
「リップは?嫌いかしら?ならこれで十分ね」

きゃいのきゃいの、きゃいのきゃいの。
お客さんによる従業員へのメイク講座は進む進む。
この支店に新卒の、男性にせよ女性にせよ、新しい子が入ったときの恒例行事らしい。
支店長を見たら顔が完全に「アレは放っとくしかない」って諦めてた。
今年の新卒ちゃんに限ったハナシじゃないんですね覚えました(諦めの伝播)

「別に、普段からお化粧しなくたって、今の時代多分どうってことないわよ」
総額◯◯万円の魔法で一気に肌の透明度の上がった新卒ちゃんに、マダムのひとりが言った。
「ただね、方法だけ、覚えておけば良いの。
人生はね、寄り道脇道たくさん開拓してナンボよ。
あなたが今勤めてるこの道の先に、暗闇しか見えない。なら脇道に行けば良いの。その道の先にも暗闇しか無かったら、戻って一旦寄り道すれば良いの。
色々覚えれば、それだけ別の道は増えるわ」

頑張って。あなたの脇道をたくさん増やしてね。
マダムはニッコリ、人生の先生か聖母みたい。新卒ちゃんに穏やかに笑ってみせた。
新卒ちゃんはマダムの言葉が腑に落ちたらしく、メモ帳にそれをメモしてる。
支店長は相変わらず虚ろなチベットスナギツネ。
小さく、ゆっくり、首を振った。
支店長の目と唇と浅いため息は、新卒ちゃんが落ちたこの道の先に何があるか、知ってるようだった。

「支店長。してんちょ」
「ん?」
「アレ、止めた方が良い?」
「できるならやってみろ。私には無理だったがね」
「放っといて大丈夫?」
「放っておくしかあるまい。実害は無い。約9割の確率で社会の基礎が身につき自己肯定感も少し上がる」

「残り1割は?」
「あの道の先に『落ちる』」
「『おちる』……?」

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