かたいなか

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「あのな。全員が全員、友人がいると、思うなよ」
ぼっち万歳。19時着の題目を確認した某所在住物書きは、開口一発、孤独への讃歌を呟いた。
「『自分の』、自分と友達との思い出。無い。
『友達の立場からの』、友達の思い出、
あるいはその友達が所有している思い出。知らん。
女友達だの男友達だの、『恋人未満』あるいは『フられて友達に戻った相手としての』、思い出。
……ぼっち万歳」

ところで、本来存在しない筈の「思い出」を、事実として存在したようにガチで錯覚させる、「虚偽記憶」を作成することは可能だそうだな。
物書きはハタと閃き、「友達に虚偽の思い出を植え込む」物語を考えて、結局諦めた。

――――――

最高気温が体温どころか、微熱レベルに到達する予報の都内某所、某アパートの一室、昼。
部屋の主を藤森といい、遠い雪国出身の上京者。
今日も明日も冷房きかせた室内で籠城の予定で、白い甚平に身を包み、室内にひとつ風鈴を飾っている。
チリン、 チリリン。 エアコンの首振り送風によって揺れるガラスは多分冷涼な響き。外は地獄。

ところで近所の稲荷神社在住の子狐が、藤森の部屋をクールスポットか何かと勘違いしている。
くわわ、くわぁ、くわうぅ。
某最高品質のヒンヤリN冷涼ベッドに陣取り、
それはそれは、もう、それは。幸福に寝言など鳴いて狐団子を形成し、時折寝ぼけてタオルケットを毛づくろいしようとペロペロ。
コンコン子狐は夢の中。涼しい朝霧の中で寝転がり遊んだ去年、友だちの思い出の中に居るのだ。

「そういや藤森。去年のアレ、まだ貰ってないぞ」
その涼しい室内へ遊びに来たのが藤森の親友。
宇曽野である。土産にコンビニアイスを持参した。
ニヤリイタズラ顔で、右手を差し出し、ちょいちょい人さし指を振って何かを催促している。

「『去年のアレ』?」
藤森は宇曽野の申し出に首を小さく傾けた。
世話好きな宇曽野からはよく助けられているので、藤森は彼との借りと貸しの収支が時折分からなくなる――心当たりがあり過ぎるし、返礼済と未済の時系列が記憶内メモを読み込まなければ迷子なのだ。
「去年のアレとは?」

「今頃の『賭け』のハナシだ。例の『星空』の」
「ほしぞら?」
「青い池。白い雨粒が水面に落ちて星空。その絶景の名前を言い当てられるかどうか」
「『それ』はお前との賭けではない」
「お前のとこの後輩とはしただろう。コーヒーとアイス代。チャンスは3回。思い出したか?」
「彼女は当てられなかった」

「俺は当てたぞ」
「当たり前だ。数年前にお前と行ったんだから」

「……懐かしいな。夏の雪国」
自分が買ってきたアイスのカップを、ポン。
ひとつ藤森に投げ渡して、宇曽野が言った。
「青い池と、デカい岩の海岸と。海は波が岩と岩の隙間を叩いて、間欠泉のようになってた」

「私が何度も『濡れるぞ』と忠告したのに、面白がって覗いて。間欠泉の直撃を食らったのがお前だ」
カップを受け取った藤森がチラリ冷涼ベッドを見ると、寝ていた筈の子狐の姿が無い。
それもそのはず。自慢の耳と鼻と本能とで、アイスの存在を感知したのだ。
藤森の足元で、行儀よく「おすわり」をして、尻尾をブンブンのビタンビタン。目をダイヤモンドレベルに輝かせている――「こぎつね。お前のじゃないぞ」

「俺だけ完全に、びしょ濡れになってな。お前が車にバスタオルと着替えを積んでいたから助かった」
「どうせやらかすだろうと思ったんだ」
「お前にはあの日、随分世話になったなぁ」
「行動的過ぎるお前をカバーする私の身にもなれ。
あの冬もそうだった。船の上で女の子の飛んだ帽子を取ろうとして海に落ちかけた。私の実家では庭の雪にダイブして、その雪の上に2階からも、」
「2階からのダイブはお前もガキの頃やったんだろ。俺はお前の思い出を真似しただけだ。『ここは冬ともかく大量に雪が積もるから』と教えてくれたのは」
「だ、ま、れ」

はっはっは!軽く笑い飛ばす宇曽野は、それから穏やかにひとつ、ため息を吐いてアイスを食う。
「藤森」
ぽつり、宇曽野が親友を呼んだ。
呼ばれた方は、「友だちの思い出」のドタバタ道中のアレやコレに言及しようと視線を合わせるが、
途端、視界から外れた己の膝に重量を感じた。

「藤森。あのな」
宇曽野が言った。
「早く食わないと、多分食われるぞ」
膝の上に居たのは藤森のアイスを狙い口をあんぐり開けて体と前足を伸ばす子狐で、
藤森は慌ててカップとスプーンを天井に掲げた。

7/7/2024, 4:15:56 AM