かたいなか

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「歩道の先、サイクリングロードの先、ロードマップの先、柔道茶道等々の先。『道』にも色々あるわな」
その計画の先には云々、信じた道の先には云々。
なんか壮大な物か書けそうで、己の頭が固いゆえに無理。某所在住物書きはお題を見つめてポツリ。
要するに物語の引き出しが少ないのだ。

「……そういや今でも、ナビを信じて進んだ道の先が難易度エクストリームハード、なんて例とか」
いや、俺は経験、無いことにしとくがな。物書きは過去の「『道』路案内」のその先を思い出し、物語にできないかと画策するも、結局挫折してため息を吐く。

――――――

スマホの予報によると、今日から東京は1週間くらい、常時25℃以上で最高36℃程度らしい。
ふぁっきん(訳:それは、とても暑いです)
最高気温が体温、常時熱帯夜、「酷暑」。
異常な気温変動に感じられるこの道の先に、8月が控えてるワケだ。ふぁっきん( :あついです)

私が今年の3月から勤めてる支店では、別に都から要請されてるワケでもないけど、
ウチのトップが「コレ開設してる本店・支店の従業員に手当金出そうぜ」のスタンスだから、
去年から率先してエアコン稼働させて、飲み物用の氷も余裕もって備蓄して、
それから、去年ここに居た従業員が作ったっていう「涼み処」の小さなタペストリーも飾ってる。

ウチの支店は、それでもお客さんが少なくて、
そもそものハナシとして、来る人がみんな濃ゆい。
常連率が7割9割で、高齢だの中年だののマダムにムッシュが多い。
今の時期は示し合わせたように突然ウチの支店に来て、お菓子まで持参して、従業員がお茶を用意してワイワイ自由に涼み始めることがある。
時折投資と貯蓄目的で商品を契約してって、
私が半年働いても貰えないような額を、
平然と、顔色ひとつ変えず、ポンと置いてく。

これが、この支店のお客さんが少ないのに何故か潰れない、2個の理由のうちのひとつ。
もうひとつは客層が安定してて、静かだから、心の弱い、あるいは弱った従業員の避難所の役割。
実際、今年度入ってきたばっかりの新卒ちゃんが、「2個目」の理由に該当して、この支店に来た。

で、新卒の若い子ちゃんなものだから、
常連のマダム数名にバチクソに目をつけられた。

今日はどうやら「ひとまず覚えとくと便利な薄化粧」の講座が開かれてるらしい。
化粧っ気の無い新卒ちゃんは、人付き合いが酷く苦手で怖くて少しビクつきながらも、
きゃいのきゃいの、昔々化粧品業界に勤めてたっていう70代さんを筆頭に、そのマダムの私物(総額だいたい◯◯万円)を使って、お化粧が必要になったときのためのスキルを仕込まれてた。

「そうよ、そうよ!上手だわ。それで良いの」
「ほら見て。こんなに顔色良くなって」
「リップは?嫌いかしら?ならこれで十分ね」

きゃいのきゃいの、きゃいのきゃいの。
お客さんによる従業員へのメイク講座は進む進む。
この支店に新卒の、男性にせよ女性にせよ、新しい子が入ったときの恒例行事らしい。
支店長を見たら顔が完全に「アレは放っとくしかない」って諦めてた。
今年の新卒ちゃんに限ったハナシじゃないんですね覚えました(諦めの伝播)

「別に、普段からお化粧しなくたって、今の時代多分どうってことないわよ」
総額◯◯万円の魔法で一気に肌の透明度の上がった新卒ちゃんに、マダムのひとりが言った。
「ただね、方法だけ、覚えておけば良いの。
人生はね、寄り道脇道たくさん開拓してナンボよ。
あなたが今勤めてるこの道の先に、暗闇しか見えない。なら脇道に行けば良いの。その道の先にも暗闇しか無かったら、戻って一旦寄り道すれば良いの。
色々覚えれば、それだけ別の道は増えるわ」

頑張って。あなたの脇道をたくさん増やしてね。
マダムはニッコリ、人生の先生か聖母みたい。新卒ちゃんに穏やかに笑ってみせた。
新卒ちゃんはマダムの言葉が腑に落ちたらしく、メモ帳にそれをメモしてる。
支店長は相変わらず虚ろなチベットスナギツネ。
小さく、ゆっくり、首を振った。
支店長の目と唇と浅いため息は、新卒ちゃんが落ちたこの道の先に何があるか、知ってるようだった。

「支店長。してんちょ」
「ん?」
「アレ、止めた方が良い?」
「できるならやってみろ。私には無理だったがね」
「放っといて大丈夫?」
「放っておくしかあるまい。実害は無い。約9割の確率で社会の基礎が身につき自己肯定感も少し上がる」

「残り1割は?」
「あの道の先に『落ちる』」
「『おちる』……?」

7/4/2024, 3:07:00 AM