「2〜3人に共感してもらえるネタ言って良い?」
指を組み口元を隠して、某所在住物書きは満を持してこのアプリに関する願望を告白した。
「3択4択程度でツイッターみたいなアンケートやってみたい。このアプリで。ある程度、投稿する物語のニーズを把握できるから」
ぶっちゃけ買い切り1000円2000円でも良いから途中途中に強制的に入ってくる広告全部消したい、ってのが本音だが。物書きは付け足し、ため息を吐くと、己のスマホの画面を見遣った。
「俺の投稿、この下の物語本編よりこっちの上の前座で共感してくれる人の方が絶対圧倒的多数よな」
ディスプレイには、「12歳以上対象」には少々不相応な広告が強制的に表示されている。
――――――
最近最近のおはなしです。物理も生物学も現実感もガン無視の、非常に都合の良いおはなしです。
都内某所、某稲荷神社敷地内にある一軒家に住む末っ子子狐は、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔。
家族で仲良く、幸せに暮らしております。
善き化け狐、偉大な御狐となるべく、不思議なお餅を売り歩いたり、母狐が店主をしている茶っ葉屋の看板子狐をやったりして、絶賛修行中。
今日は人間にしっかり化けて、「同胞」の多い街へトコトコ、インタビューに行きました。
コンコン子狐、やりたいことがあるのです。
それは、お餅の中に包み入れる新しい具材の開発。
お餅に合うおかずの捜索。
おこづかいアップ、もとい、これもすべて修行のため。コンコン子狐、インタビューに行きました。
細かいことは気にしません。東京は大抵魔法も呪術も何でもあります。化け狐1匹魔女ひとり、魔性の猫に大狸数匹。探せば簡単に見つかるのです。
「餅に合う食材?」
まず最初に、子狐は大白蛇の酒屋さんに聞きました。
「そうだな。個人的には、焼き味噌とチーズが好きだ。少しだけ餅を炙って、そこに七味や明太子入りの焼き味噌だの、少し塩を振ったとろとろチーズだのをつける。酒に……いや、餅によく合う」
そうか。濃いめの味付けか。コンコン子狐納得して、持ってきたメモ帳にお気に入りのクレヨンで、ぐりぐりしっかりメモしました。
「お餅ねぇ。味噌は、アタシも同感よ」
次に子狐は、オネェな大古鹿のカフェに聞きました。
「今の時期なら、スパイスやハーブに合わせるのはどうかしら?若芽はもう難しいでしょうけど、山椒の葉の醤油漬けとか最高よ。ミョウガに、大葉とかニンニク入りの味噌をつけて焼いたのとか。ワイン……もとい、お餅に合うと思うの」
どうやら、お味噌は万能みたい。コンコン子狐学習して、これもメモ帳にぐりぐり書きました。
「洋菓子の材料だって、意外と使えるかも」
そして子狐は、化け狸の和菓子屋さんに聞きました。
「お父さん、どら焼きにホイップクリーム絞ったりするし、それからお母さんも、遊びで練り切りに少しクリームチーズ仕込んだりしてる」
子狐のインタビューに対応してくれた子狸は、子狐の友達であり、修行仲間でもありました。
「常連さんが言うには、『和洋折衷の甘さとしょっぱさで、お酒もとい般若のお湯が進む』って」
ハンニャノオユ?変な名前のお湯があるんだなぁ。
コンコン子狐は小首をこっくり。とりあえずメモ帳にぐりぐりしておきました。
「私なら、やっぱり肉と合わせるかしら」
その後子狐は、化け猫の惣菜屋さんに聞きました。
「炙ったお餅を、塩気の強めなハムで巻いて、少しオリーブオイルを垂らすの。お餅の甘さとハムの塩気を、オイルがまとめてくれるわ。少し辛い軽めのカクテル……じゃなくて、お餅と合うと思う。あと甘いのに合わせるならお餅カナッペも良さそうね」
かなっぺって、なんだろう。コンコン子狐さっぱりですが、美味しいらしいので、ひとまずメモ帳にぐりぐり記録しておきました。
焼き味噌、チーズ、醤油漬けにホイップとクリームチーズ、焼きミョウガ、生ハム巻きにカナッペ。
お餅に合わせてやりたいこと、お餅に合わせてやりたい食材がたくさん集まったところで、
最後にコンコン子狐は、やりたいことのメモ帳を、お家で夜勤明け休憩中の父狐に見せました。
「んんん……」
やりたいことメモを見た父狐、すごく難しそうな顔をして、ちょっと言いにくそうに言いました。
「非常に、大人の……えーと、麦ジュースが、進みそうなラインナップだね」
むぎじゅーすって、なに?まだまだ子供の子狐は、父狐をキラキラおめめで質問攻めにしましたとさ。
おしまい、おしまい。
「朝日の『温もり』、ねぇ」
温もり、と言っていられるのは、東京ではきっと4月の朝までだろうな。某所在住物書きは高湿度の屋外をチラ見して、スマホに目を戻し、ため息。
予報によると東京は、明後日から4日連続猛暑日。朝日は下手をすれば、暑さを伴う可能性があった。
ところで、ネット情報によると、北国某所では真冬、暖房で温めた室内で、アイスを食うという。
逆は可能だろうか――つまりエアコンをガンガンに使い、朝日を「温もり」として享受しながら、ラーメンでもカレーでも温かいものを食すのは?
「ちょっと俺には難しいかな」
電気代のハナシではない。
そもそも論として、胃袋と胸焼けの問題なのだ。
――――――
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某アパートの一室に、藤森という雪国出身者がおりまして、早朝、部屋の冷房のタイマーを真夏仕様に設定し直してから、腕組んで頷いて言いました。
「そろそろ、完全移行だな」
移行とはすなわち、藤森が好んで飲んでいる緑茶の購入ラインナップのこと。
これまで朝夕の涼しさ、最高気温と最低気温の寒暖差に合わせて、ホットも少し飲んでいましたが、
スマホの10日間天気予報によれば、この先ずうっと20℃以上、真夏日と夏日を行ったり来たりの様子。
東京に、1ヶ月早い夏が来たのです。
東京の初夏が、いつの間にか吹っ飛んだのです。
朝日の温もりは明日から「温もり」を通り越し、ハッキリした「暑さ」として藤森を溶かすでしょう。
「ホットは今日で終わりだな」
お湯を沸かして、茶っ葉を急須に落とし、湯冷ましして茶っ葉にお湯を吸わせて、蒸らして。
年齢のわりに緑茶の好きな藤森。翡翠色の朝の温もりを、その香りと味と余韻とを、ゆっくり、じっくり、幸福に堪能しました。
温もりの約70〜85℃とは、当分さよなら。
これからは、カラリ氷の音が涼しい冷茶です。
「茶葉屋のラインナップ、今年はどうだろう」
この時期、藤森の行きつけの、稲荷神社近くの茶っ葉屋さんは、水出し専用の種類が増えるのです。
――「山椒メインの和風ブレンドに、アールグレイテイスト、それから変わり種として、モロッカンミントティー風もご用意しております」
その日、通勤途中で藤森は、行きつけの稲荷神社近くの茶っ葉屋さんに寄りまして、
丁度その日販売開始だったという、新商品の水出し用茶葉の飲み比べセットをひとつ、お買い上げ。
「勿論、ブレンドしていないお茶も、やぶきた品種からあさつゆ品種まで、取り揃えていますよ」
店主が抱きかかえている看板子狐は、いっつもお茶を買ってくれる藤森の顔を覚えておりまして、
くわぁ、くあぁぁ!くっくぅくーくぅ!
甘えて鳴いて、尻尾をビタンビタン振り回して、藤森の鼻をベロンベロン。
それはそれは、バチクソな勢いで、コンコン朝の温もりを塗りたくるのでした。
で、子狐、稲荷の狐の不思議なチカラで藤森のお財布事情をバッチリ感知しておりまして、
抱く店主の腕の中から前足使って乗り出して、首伸ばして、藤森がいっつも財布を取り出すポッケのあたりを鼻息荒く、くんくんくん、クンカクンカ。
もっと買って、もっとお賽銭してと、追加購入交渉をし始めるのでした。
「子狐。ひとまず、今日はこれだけ買っていくよ」
コンコン。まだ買える、買えるよ。知ってるもん。
「あんまり買い過ぎても、部屋にストックが増えてしまう。保管用の茶筒やキャニスターが足りない」
こやぁん。大丈夫だよ。知ってるもん。買ってよ。
「こぎつね……」
今なら狐のおまじないも付けるもん。お得だもん。
こやぁん、こやぁあん、ここんコンコンコン。
「お得意様」
看板子狐の催促を、頭撫でたり顔をモフったりして、やんわりかわす藤森に、店主が言いました。
「水出しは少し茶葉を多めに、贅沢に使った方が美味しく抽出できます」
店主の慈愛とも勝利宣言ともとれる笑顔は、
優しい朝日の温もりのようであり、逃げられない熱帯夜のようでも、抗えない早朝の眠気の誘惑のようでも、あったのでした。
「ちょっとくらいストック量が増えたって、すぐ無くなってしまいますよ。
保存用のお茶缶が足りないようでしたら、せっかくですし、綺麗な物がございますからご一緒に。
お安くしますよ。お茶缶セットであれば。今だけ」
「岐路『に立つ』、岐路『に差し掛かる』、岐路『に直面する』。このあたりがメジャーか」
他には、「本筋ではなく、わきにそれた道」なんて意味もあるのな。へぇ。 某所在住物書きは通知の文字に安堵し、それからため息を吐いた。
脇道、分かれ道、重大局面。書きやすそうではある――事実として書けるかは別として。
「……個人的な話をするなら、過去投稿分多くなってきたし、持ちネタのシリーズごとに完全自分用でポイピクにでもまとめ作るか、やめとくかの『岐路』には立っちゃいる」
まぁ、総数450以上だから、多分作らんが。物書きはガリガリ首筋をかき、再度息を吐いて……
――――――
最近最近の都内某所、某アパートの一室、午前。
部屋の主を藤森というが、ひとりキッチンに居て、腕を組んで口を真一文字に結び、
己の調理による生成物たる小鍋の中の野菜と豚肉をじっと、静かに見ている。
藤森はランチメニューの岐路に立っていた。
カットキャベツを事前に炒めて特有の土臭さを抜き、半額サラダ在中のトマトやタマネギも熱せられて、甘味と旨味を鍋の中に産出している。
強火の予熱で、サイコロカットの半額豚肉にはじっくり優しく火を通し、柔らかさを残して。
で、味をどうしよう。 藤森はそこに迷っていた。
どうとでも調味可能なのだ。
味噌を追加すれば豚汁、焼き肉のタレを入れればスタミナスープ。冷やし中華のつゆを絡めてとろみも付ければ味だけ酢豚モドキのできあがり。
少しの塩であっさり塩豚? それもアリだ。
で。どうしよう。
「後輩。おまえ何味を食いたい?」
藤森はキッチンの外に声を投げた。
「たとえば味噌とか醤油とか、冷たく塩味とか?」
するとゴロンチョ寝っ転がっていた後輩、ニャッキニャッキ伸びて縮んで移動してきて、
そして、ひとこと。
「先輩が食べたいやつ」
そう来るか――そう来るんだな。
藤森の視線はカックリ床に落ちた。
ニャッキニャッキニャッキ。
後輩は藤森の珍しい苦悩モーションをひとしきり堪能して、貴重な長考をパシャリ、パシャリ。
十数秒で飽きて伸びて縮んで定位置に戻っていく。
エアコンの風の直接当たる場所で薄手の毛布に潜るのは至高。絶妙の居心地であった。
頭を預けるクッションの丁度良い反発たるや。
おお、極楽よ、楽園よ。 汝、休日の贅沢よ。
要するに○○時間後、容赦無く平日の憂鬱と披露とため息とが戻ってくるのだ。
「ねぇ先輩、付烏月さんが『シェアランチするなら俺も混ぜて』って。『カップケーキ焼けた』って」
「そうか」
「『冷たい緑茶用意しといて』だって」
「そうか」
「何味気分か聞いたら『あっさりサッパリの酸味系が食べたい』って返ってきた」
「よしきた。酸味系了解」
酸味なら、酢豚モドキで決定かな。
ランチメニュー迷路の岐路で、ようやくひとつ、進むべき道を選んだ藤森。片栗粉少々と冷蔵庫に保管していた冷やし中華のタレを取り出し、鍋へ。
先日行きつけのスーパーで3割引の酢豚の素を手に取った際、原材料が少しだけ、冷やし中華のそれに似ていることに気付いたのだ。
「ピーマンの入っていない酢豚、許せるか?」
「許せるけど、入ってると喜ぶタイプ」
「ニンジンとレンコンは?」
「ぶっちゃけお肉があれば何でも良くなる民。でもリンゴはまだ未経験の奥地」
「『リンゴ』?」
「リンゴじゃなかったっけ。酢豚」
「りんご……?」
酢豚の酷い討論は、リンゴではなくパイナップルでは?藤森は目を点にして、パチクリ。
それとも意外とリンゴ入りが美味い?アリなのか?
新しく現れた、酢豚にリンゴ入れる入れない問題の岐路に立ち、再度腕を組み、口を真一文字に結ぶ。
「入れる、か?」
「任せるー」
「頼む。こればかりは決めてくれ。入れるのか?」
「美味しくなるなら入れてほしい」
「私も『リンゴは』食ったことがない」
アレか、カレーにリンゴとハチミツを入れるノリで、実は隠し味として有能なのかもしれない。
迷いに迷っている間に、タレは良い具合に煮詰まり、片栗粉のとろみをまとって酢豚の様相。
「りんご……」
小さなスプーンでタレをすくい、ひとくち。
舌にのせて数秒、藤森は額にシワを寄せる。
「だめだ。分からない」
最後の岐路に関して、藤森は結局無難な「入れない」を選び、小鍋にピーマンだけ補充した。
「『明日世界が終わるなら』みたいなお題なら、先月書いたな。『明日終わる店』の話ってことで」
今回は何終わらせようか。某所在住物書きは過去投稿分の物語をスワイプで探しながら、ため息をつき、物語の組み立てに苦労している。
6月3日頃の「失恋」のお題では、旧デザイン紙幣の終わりに関する物語を書いた。
さすがに短期間での二番煎じは避けたい。
「……ソシャゲの世界の終わり、サ終に、誰かと?」
そういえば某レコードが世界終了発表してたな。
物書きは考えるに事欠き、別の話題に逃げた。
――――――
インストして、アンストして、時が経って恋しくなって再インストールしようとアプリ名を検索したら、ピンポイントで配信停止になってたこと、ありませんか、そうですか、云々。
という物書きのアプリ世界終了事情は置いといて、今回はこんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社近くの茶っ葉屋さん、「稲荷の茶葉屋さん」のお得意様専用飲食スペースで、
今にも泣きそうな化け子狸が、個室のテーブルにメモ帳を一冊広げ、ボールペンくっつけた手を悲哀に震わせておりました。
まさしく、お題どおり「世界の終わり」に立ち会っているような悲壮っぷり。
この化け子狸、茶っ葉屋のご近所の和菓子屋さんで、最近初めて、売り物として自分の練り切りをショーケースに入れてもらったのです。
この化け狸、修行中のお菓子屋さんなのです。
で、お客さんからのフィードバックが欲しいので、
お友達の狐の茶っ葉屋さんで、お得意様に食べてもらってご意見頂きたいと突撃取材をしたところ、
丁度そこのお客さん、「昨日、ウチの上司が買ってきて、私と上司とあと1人で食った」と。
お得意様は、名前を藤森といいました。
なんだか前回投稿分で見たような名前と展開ですが、気にしない、気にしない。
で、そのお得意様が子狸に伝えた「練り切りを食った上司の感想」が、子狸の悲壮の理由でした。
「批判しているんじゃない。期待しているんだ」
自分のメモ帳に「つまり おいしくなかった」と記す子狸を、藤森、懸命になだめます。
「私は美味しいと思ったし、ウチの緒天戸も『見習いが作ったにしては大したもんだ』と言っていた。最終的に高評価だった。自信を持ってほしい」
子狸と一緒に個室に入ってきた子狐は、お得意様が子狸をいじめていると勘違い。ぎゃぁん、ギャァン!
寄るな触るなこれ以上いじめるなと、牙むき出しで本気になって、藤森を威嚇しました。
少し塩気が多い、生地の口当たりがまだまだ、でも一生懸命丁寧に作ったのがよく分かる。
今後の成長が楽しみだから、これからも買う。
お得意様が伝えた上司の感想は、つまり上記のコレでした。要するに、子狸のお菓子は好評でした。
だけど一生懸命、これ以上無いほど自分の全部を注ぎ込んで作った和菓子に、欠点が2個もあったことが、子狸、ショック過ぎたのです。
師匠たる父狸の仕事は、全部メモしました。
アズキの蒸し方も、その時の室温と湿度と蒸す時間も、塩の量も、全部、ぜんぶ、勉強しました。
ポンポコ子狸、メモに従いキッチリと、正確に量と時間と温度とを計測して、初めて商品用の練り切りを作り、満を持してケースに並べたのでした。
その練り切りに、欠点があったのです。
ポンポコ子狸、それが悲しくて悲しくて、世界の終わりみたいな顔をしておるのです。
「子狸、」
ダメ!おとくいさん、触らないで!いじめないで!
ギャギャギャッ、ギャンギャン!
「聞いてくれ、こだぬき、」
ダメったらダメ!おとくいさん、キツネの大事なともだちに近づかないで! ギャァアン!
「あの……」
ギャン!ギャン!ぎゃぁん!!
子狸の世界の終わりに、子狐が寄り添います。
子狸の世界の終わりに、藤森が弁明します。
「私は、塩気が鹿児島のゆたかみどり品種の新茶によく合うから、あれで完璧だと思ったんだ……」
カンペキ?よく合う?
ポンポコ子狸、藤森の弁明に即座に反応。
ちょっと元気が出た様子。
涙を拭き、ボールペンを持ち直し、耳をピンと立てて、練り切りの感想インタビューに戻りました。
世界の終わり規模に落ち込んじゃう菓子職人見習いに、友達と友達のお得意様とが寄り添うおはなし。
後日見習い子狸は気を取り直し、更に腕を上げて、リベンジ2作品目を出しまして、
感想を勿論聞いたのですが、以下略。
おしまい、おしまい。
「『何の』最悪な話を書くか。なんなら、言葉付け足せば最悪『を回避する』話なんかもアリよな」
最近比較的書きやすいお題が続いてて助かる。某所在住物書きは小さく安堵のため息を吐いた。
短い単語のテーマは、言葉を足したり挟み込んだり、己のアレンジを加えやすい。物書きはそれを好んだ。
とはいえ「比較的」書きやすいだけである。
「……個人的に昔のアニメで育ったから、『最も悪』とか理由無しに悪なやつをバッキバキに成敗する話とか、ちょっと書いてみたいとは思うわな」
実際にその話を組めるかと言えば、多分無理だが。
――――――
最近最近の都内某所、某職場本店の一室、朝。
一気に心拍数を上げた庶務係が、部屋の主のお気に入りたる球体のストームグラスを、
床スレスレでキャッチし、口で粗く息を整えて、
それが手の中で割れていないのをよく確認して、
安堵の声混じるほどの大きなため息を、ひとつ。
『最悪の事態は回避できた』と。
「おう、藤森。今日も早いな」
扉を開けて入ってきたのは、「部屋の主」、緒天戸そのひと。部屋にうつ伏せで寝っ転がっている庶務係を珍しそうに、興味津々の目で見ている。
「なんだ寝そべって。床にホコリが残ってないかのチェックか何かか?」
「……おはようございます」
あなたが「絶妙」な位置に置いてくれたガラスの玉の救出作業ですよ。 とは言わない。
イタズラ大好き大親友、宇曽野の実家、彼の祖父である。妙なスイッチを押してしまいかねない。
「総務課の課長が来て、机の上に書類を置いていきました。ついさっきです」
床スレスレでキャッチしたストームグラスを、デスクに戻し、少しだけ安全地帯側に押し遣って、
己の上司であるところの緒天戸を見ると彼の目がキラリ輝いていた――状況を察したらしい。
「総務が書類上げてったときに玉に当たった?」
「はい」
「それをお前が床ダイブしてキャッチ?」
「はい」
「撮りてぇからもう1回飛び込むのはどうだ」
「すいません。勘弁してください」
直接謝罪したいと言っていたので、呼んできます。
部屋から出ていこうとする藤森を、チョイチョイ、緒天戸が手招きで引き止める。
「茶ァ淹れてくれ。俺とお前と総務の分」
ひいきの和菓子屋で、そこの坊主が初めて店に生菓子出したんだ。一緒に食え。
緒天戸が書類の隣に上げた紙箱から出てきたのは、黄色と黄緑のツバキの葉っぱを「若葉マーク」よろしく重ねたデザインの練り切り。
「今流行の、研修生価格だとさ」
左様ですか。 藤森は特に言葉を返さず淡々と、茶托と湯呑みと湯冷ましを引っ張り出し、茶葉を茶筒からすくって、急須に落とした。
「今日の茶っ葉は何だ」
「鹿児島のゆたかみどり、新茶をご用意しています」
「産地と品種を言われても分からねぇよ。何に合う茶っ葉だ。味は?」
「どちらを聞きたいですか?お菓子とお食事?」
「『お食事』?メシ?」
「新茶特有の豊富な旨味が塩味に少し似ているので、お茶漬けに使えますよ」
「よし藤森おまえコンビニでパック飯と鮭茶漬けの素買ってこい。あと漬物。たくあん。梅干し」
「昼食用ですか」
「今食う」
「朝食召し上がって、」
「食った」
老いても元気な方って、多分きっとこういうふうに、食欲旺盛なんだろうな。
ひとまず2杯分、緒天戸と総務課の課長用の茶の準備を終えた藤森は、お駄賃もとい買い出しのための現金を緒天戸から受け取り、財布にしまう。
「お前も食いたきゃ、一緒に買ってきて良いぞ」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「遠慮すんなよ」
「本当に、大丈夫です」
なんだ。最近の若いのは、随分少食だな。
パチクリまばたきする緒天戸。それならお前自身のためにコーヒーでも何でも買ってこいと、
自分の財布から、追加の小銭を取り、藤森に渡そうと腕を伸ばした丁度そのとき、
「あ、」
「ア、ッく!!」
コロン。 伸ばした手が球体のストームグラスを押しのけてしまって、デスクの上を一直線に転がり、
再度、藤森によって床スレスレでキャッチされた。
「わりぃ。わざとじゃねぇんだ」
「そう、です、か……!」
間一髪。藤森はその日、二度目の「最悪の事態」を、文字通り体を張って阻止したのであった。