かたいなか

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「朝日の『温もり』、ねぇ」
温もり、と言っていられるのは、東京ではきっと4月の朝までだろうな。某所在住物書きは高湿度の屋外をチラ見して、スマホに目を戻し、ため息。
予報によると東京は、明後日から4日連続猛暑日。朝日は下手をすれば、暑さを伴う可能性があった。

ところで、ネット情報によると、北国某所では真冬、暖房で温めた室内で、アイスを食うという。
逆は可能だろうか――つまりエアコンをガンガンに使い、朝日を「温もり」として享受しながら、ラーメンでもカレーでも温かいものを食すのは?
「ちょっと俺には難しいかな」
電気代のハナシではない。
そもそも論として、胃袋と胸焼けの問題なのだ。

――――――

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某アパートの一室に、藤森という雪国出身者がおりまして、早朝、部屋の冷房のタイマーを真夏仕様に設定し直してから、腕組んで頷いて言いました。
「そろそろ、完全移行だな」
移行とはすなわち、藤森が好んで飲んでいる緑茶の購入ラインナップのこと。
これまで朝夕の涼しさ、最高気温と最低気温の寒暖差に合わせて、ホットも少し飲んでいましたが、
スマホの10日間天気予報によれば、この先ずうっと20℃以上、真夏日と夏日を行ったり来たりの様子。

東京に、1ヶ月早い夏が来たのです。
東京の初夏が、いつの間にか吹っ飛んだのです。
朝日の温もりは明日から「温もり」を通り越し、ハッキリした「暑さ」として藤森を溶かすでしょう。

「ホットは今日で終わりだな」
お湯を沸かして、茶っ葉を急須に落とし、湯冷ましして茶っ葉にお湯を吸わせて、蒸らして。
年齢のわりに緑茶の好きな藤森。翡翠色の朝の温もりを、その香りと味と余韻とを、ゆっくり、じっくり、幸福に堪能しました。
温もりの約70〜85℃とは、当分さよなら。
これからは、カラリ氷の音が涼しい冷茶です。
「茶葉屋のラインナップ、今年はどうだろう」
この時期、藤森の行きつけの、稲荷神社近くの茶っ葉屋さんは、水出し専用の種類が増えるのです。

――「山椒メインの和風ブレンドに、アールグレイテイスト、それから変わり種として、モロッカンミントティー風もご用意しております」
その日、通勤途中で藤森は、行きつけの稲荷神社近くの茶っ葉屋さんに寄りまして、
丁度その日販売開始だったという、新商品の水出し用茶葉の飲み比べセットをひとつ、お買い上げ。
「勿論、ブレンドしていないお茶も、やぶきた品種からあさつゆ品種まで、取り揃えていますよ」

店主が抱きかかえている看板子狐は、いっつもお茶を買ってくれる藤森の顔を覚えておりまして、
くわぁ、くあぁぁ!くっくぅくーくぅ!
甘えて鳴いて、尻尾をビタンビタン振り回して、藤森の鼻をベロンベロン。
それはそれは、バチクソな勢いで、コンコン朝の温もりを塗りたくるのでした。

で、子狐、稲荷の狐の不思議なチカラで藤森のお財布事情をバッチリ感知しておりまして、
抱く店主の腕の中から前足使って乗り出して、首伸ばして、藤森がいっつも財布を取り出すポッケのあたりを鼻息荒く、くんくんくん、クンカクンカ。
もっと買って、もっとお賽銭してと、追加購入交渉をし始めるのでした。

「子狐。ひとまず、今日はこれだけ買っていくよ」
コンコン。まだ買える、買えるよ。知ってるもん。
「あんまり買い過ぎても、部屋にストックが増えてしまう。保管用の茶筒やキャニスターが足りない」
こやぁん。大丈夫だよ。知ってるもん。買ってよ。
「こぎつね……」
今なら狐のおまじないも付けるもん。お得だもん。
こやぁん、こやぁあん、ここんコンコンコン。

「お得意様」
看板子狐の催促を、頭撫でたり顔をモフったりして、やんわりかわす藤森に、店主が言いました。
「水出しは少し茶葉を多めに、贅沢に使った方が美味しく抽出できます」
店主の慈愛とも勝利宣言ともとれる笑顔は、
優しい朝日の温もりのようであり、逃げられない熱帯夜のようでも、抗えない早朝の眠気の誘惑のようでも、あったのでした。
「ちょっとくらいストック量が増えたって、すぐ無くなってしまいますよ。

保存用のお茶缶が足りないようでしたら、せっかくですし、綺麗な物がございますからご一緒に。
お安くしますよ。お茶缶セットであれば。今だけ」

6/10/2024, 4:20:23 AM