かたいなか

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「岐路『に立つ』、岐路『に差し掛かる』、岐路『に直面する』。このあたりがメジャーか」
他には、「本筋ではなく、わきにそれた道」なんて意味もあるのな。へぇ。 某所在住物書きは通知の文字に安堵し、それからため息を吐いた。
脇道、分かれ道、重大局面。書きやすそうではある――事実として書けるかは別として。

「……個人的な話をするなら、過去投稿分多くなってきたし、持ちネタのシリーズごとに完全自分用でポイピクにでもまとめ作るか、やめとくかの『岐路』には立っちゃいる」
まぁ、総数450以上だから、多分作らんが。物書きはガリガリ首筋をかき、再度息を吐いて……

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室、午前。
部屋の主を藤森というが、ひとりキッチンに居て、腕を組んで口を真一文字に結び、
己の調理による生成物たる小鍋の中の野菜と豚肉をじっと、静かに見ている。
藤森はランチメニューの岐路に立っていた。
カットキャベツを事前に炒めて特有の土臭さを抜き、半額サラダ在中のトマトやタマネギも熱せられて、甘味と旨味を鍋の中に産出している。
強火の予熱で、サイコロカットの半額豚肉にはじっくり優しく火を通し、柔らかさを残して。

で、味をどうしよう。 藤森はそこに迷っていた。
どうとでも調味可能なのだ。
味噌を追加すれば豚汁、焼き肉のタレを入れればスタミナスープ。冷やし中華のつゆを絡めてとろみも付ければ味だけ酢豚モドキのできあがり。
少しの塩であっさり塩豚? それもアリだ。
で。どうしよう。

「後輩。おまえ何味を食いたい?」
藤森はキッチンの外に声を投げた。
「たとえば味噌とか醤油とか、冷たく塩味とか?」
するとゴロンチョ寝っ転がっていた後輩、ニャッキニャッキ伸びて縮んで移動してきて、
そして、ひとこと。

「先輩が食べたいやつ」
そう来るか――そう来るんだな。
藤森の視線はカックリ床に落ちた。

ニャッキニャッキニャッキ。
後輩は藤森の珍しい苦悩モーションをひとしきり堪能して、貴重な長考をパシャリ、パシャリ。
十数秒で飽きて伸びて縮んで定位置に戻っていく。
エアコンの風の直接当たる場所で薄手の毛布に潜るのは至高。絶妙の居心地であった。
頭を預けるクッションの丁度良い反発たるや。
おお、極楽よ、楽園よ。 汝、休日の贅沢よ。
要するに○○時間後、容赦無く平日の憂鬱と披露とため息とが戻ってくるのだ。

「ねぇ先輩、付烏月さんが『シェアランチするなら俺も混ぜて』って。『カップケーキ焼けた』って」
「そうか」
「『冷たい緑茶用意しといて』だって」
「そうか」

「何味気分か聞いたら『あっさりサッパリの酸味系が食べたい』って返ってきた」
「よしきた。酸味系了解」

酸味なら、酢豚モドキで決定かな。
ランチメニュー迷路の岐路で、ようやくひとつ、進むべき道を選んだ藤森。片栗粉少々と冷蔵庫に保管していた冷やし中華のタレを取り出し、鍋へ。
先日行きつけのスーパーで3割引の酢豚の素を手に取った際、原材料が少しだけ、冷やし中華のそれに似ていることに気付いたのだ。

「ピーマンの入っていない酢豚、許せるか?」
「許せるけど、入ってると喜ぶタイプ」
「ニンジンとレンコンは?」
「ぶっちゃけお肉があれば何でも良くなる民。でもリンゴはまだ未経験の奥地」

「『リンゴ』?」
「リンゴじゃなかったっけ。酢豚」
「りんご……?」

酢豚の酷い討論は、リンゴではなくパイナップルでは?藤森は目を点にして、パチクリ。
それとも意外とリンゴ入りが美味い?アリなのか?
新しく現れた、酢豚にリンゴ入れる入れない問題の岐路に立ち、再度腕を組み、口を真一文字に結ぶ。

「入れる、か?」
「任せるー」
「頼む。こればかりは決めてくれ。入れるのか?」
「美味しくなるなら入れてほしい」
「私も『リンゴは』食ったことがない」

アレか、カレーにリンゴとハチミツを入れるノリで、実は隠し味として有能なのかもしれない。
迷いに迷っている間に、タレは良い具合に煮詰まり、片栗粉のとろみをまとって酢豚の様相。
「りんご……」
小さなスプーンでタレをすくい、ひとくち。
舌にのせて数秒、藤森は額にシワを寄せる。
「だめだ。分からない」
最後の岐路に関して、藤森は結局無難な「入れない」を選び、小鍋にピーマンだけ補充した。

6/9/2024, 5:02:52 AM