かたいなか

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6/8/2024, 3:59:37 AM

「『明日世界が終わるなら』みたいなお題なら、先月書いたな。『明日終わる店』の話ってことで」
今回は何終わらせようか。某所在住物書きは過去投稿分の物語をスワイプで探しながら、ため息をつき、物語の組み立てに苦労している。
6月3日頃の「失恋」のお題では、旧デザイン紙幣の終わりに関する物語を書いた。
さすがに短期間での二番煎じは避けたい。

「……ソシャゲの世界の終わり、サ終に、誰かと?」
そういえば某レコードが世界終了発表してたな。
物書きは考えるに事欠き、別の話題に逃げた。

――――――

インストして、アンストして、時が経って恋しくなって再インストールしようとアプリ名を検索したら、ピンポイントで配信停止になってたこと、ありませんか、そうですか、云々。
という物書きのアプリ世界終了事情は置いといて、今回はこんなおはなしをご用意しました。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社近くの茶っ葉屋さん、「稲荷の茶葉屋さん」のお得意様専用飲食スペースで、
今にも泣きそうな化け子狸が、個室のテーブルにメモ帳を一冊広げ、ボールペンくっつけた手を悲哀に震わせておりました。
まさしく、お題どおり「世界の終わり」に立ち会っているような悲壮っぷり。
この化け子狸、茶っ葉屋のご近所の和菓子屋さんで、最近初めて、売り物として自分の練り切りをショーケースに入れてもらったのです。
この化け狸、修行中のお菓子屋さんなのです。

で、お客さんからのフィードバックが欲しいので、
お友達の狐の茶っ葉屋さんで、お得意様に食べてもらってご意見頂きたいと突撃取材をしたところ、
丁度そこのお客さん、「昨日、ウチの上司が買ってきて、私と上司とあと1人で食った」と。
お得意様は、名前を藤森といいました。
なんだか前回投稿分で見たような名前と展開ですが、気にしない、気にしない。

で、そのお得意様が子狸に伝えた「練り切りを食った上司の感想」が、子狸の悲壮の理由でした。

「批判しているんじゃない。期待しているんだ」
自分のメモ帳に「つまり おいしくなかった」と記す子狸を、藤森、懸命になだめます。
「私は美味しいと思ったし、ウチの緒天戸も『見習いが作ったにしては大したもんだ』と言っていた。最終的に高評価だった。自信を持ってほしい」
子狸と一緒に個室に入ってきた子狐は、お得意様が子狸をいじめていると勘違い。ぎゃぁん、ギャァン!
寄るな触るなこれ以上いじめるなと、牙むき出しで本気になって、藤森を威嚇しました。

少し塩気が多い、生地の口当たりがまだまだ、でも一生懸命丁寧に作ったのがよく分かる。
今後の成長が楽しみだから、これからも買う。
お得意様が伝えた上司の感想は、つまり上記のコレでした。要するに、子狸のお菓子は好評でした。
だけど一生懸命、これ以上無いほど自分の全部を注ぎ込んで作った和菓子に、欠点が2個もあったことが、子狸、ショック過ぎたのです。

師匠たる父狸の仕事は、全部メモしました。
アズキの蒸し方も、その時の室温と湿度と蒸す時間も、塩の量も、全部、ぜんぶ、勉強しました。
ポンポコ子狸、メモに従いキッチリと、正確に量と時間と温度とを計測して、初めて商品用の練り切りを作り、満を持してケースに並べたのでした。
その練り切りに、欠点があったのです。
ポンポコ子狸、それが悲しくて悲しくて、世界の終わりみたいな顔をしておるのです。

「子狸、」
ダメ!おとくいさん、触らないで!いじめないで!
ギャギャギャッ、ギャンギャン!
「聞いてくれ、こだぬき、」
ダメったらダメ!おとくいさん、キツネの大事なともだちに近づかないで! ギャァアン!
「あの……」
ギャン!ギャン!ぎゃぁん!!

子狸の世界の終わりに、子狐が寄り添います。
子狸の世界の終わりに、藤森が弁明します。
「私は、塩気が鹿児島のゆたかみどり品種の新茶によく合うから、あれで完璧だと思ったんだ……」
カンペキ?よく合う?
ポンポコ子狸、藤森の弁明に即座に反応。
ちょっと元気が出た様子。
涙を拭き、ボールペンを持ち直し、耳をピンと立てて、練り切りの感想インタビューに戻りました。

世界の終わり規模に落ち込んじゃう菓子職人見習いに、友達と友達のお得意様とが寄り添うおはなし。
後日見習い子狸は気を取り直し、更に腕を上げて、リベンジ2作品目を出しまして、
感想を勿論聞いたのですが、以下略。
おしまい、おしまい。

6/7/2024, 4:23:40 AM

「『何の』最悪な話を書くか。なんなら、言葉付け足せば最悪『を回避する』話なんかもアリよな」
最近比較的書きやすいお題が続いてて助かる。某所在住物書きは小さく安堵のため息を吐いた。
短い単語のテーマは、言葉を足したり挟み込んだり、己のアレンジを加えやすい。物書きはそれを好んだ。
とはいえ「比較的」書きやすいだけである。

「……個人的に昔のアニメで育ったから、『最も悪』とか理由無しに悪なやつをバッキバキに成敗する話とか、ちょっと書いてみたいとは思うわな」
実際にその話を組めるかと言えば、多分無理だが。

――――――

最近最近の都内某所、某職場本店の一室、朝。
一気に心拍数を上げた庶務係が、部屋の主のお気に入りたる球体のストームグラスを、
床スレスレでキャッチし、口で粗く息を整えて、
それが手の中で割れていないのをよく確認して、
安堵の声混じるほどの大きなため息を、ひとつ。
『最悪の事態は回避できた』と。

「おう、藤森。今日も早いな」
扉を開けて入ってきたのは、「部屋の主」、緒天戸そのひと。部屋にうつ伏せで寝っ転がっている庶務係を珍しそうに、興味津々の目で見ている。
「なんだ寝そべって。床にホコリが残ってないかのチェックか何かか?」

「……おはようございます」
あなたが「絶妙」な位置に置いてくれたガラスの玉の救出作業ですよ。 とは言わない。
イタズラ大好き大親友、宇曽野の実家、彼の祖父である。妙なスイッチを押してしまいかねない。
「総務課の課長が来て、机の上に書類を置いていきました。ついさっきです」
床スレスレでキャッチしたストームグラスを、デスクに戻し、少しだけ安全地帯側に押し遣って、
己の上司であるところの緒天戸を見ると彼の目がキラリ輝いていた――状況を察したらしい。

「総務が書類上げてったときに玉に当たった?」
「はい」
「それをお前が床ダイブしてキャッチ?」
「はい」

「撮りてぇからもう1回飛び込むのはどうだ」
「すいません。勘弁してください」

直接謝罪したいと言っていたので、呼んできます。
部屋から出ていこうとする藤森を、チョイチョイ、緒天戸が手招きで引き止める。
「茶ァ淹れてくれ。俺とお前と総務の分」
ひいきの和菓子屋で、そこの坊主が初めて店に生菓子出したんだ。一緒に食え。
緒天戸が書類の隣に上げた紙箱から出てきたのは、黄色と黄緑のツバキの葉っぱを「若葉マーク」よろしく重ねたデザインの練り切り。
「今流行の、研修生価格だとさ」
左様ですか。 藤森は特に言葉を返さず淡々と、茶托と湯呑みと湯冷ましを引っ張り出し、茶葉を茶筒からすくって、急須に落とした。

「今日の茶っ葉は何だ」
「鹿児島のゆたかみどり、新茶をご用意しています」
「産地と品種を言われても分からねぇよ。何に合う茶っ葉だ。味は?」
「どちらを聞きたいですか?お菓子とお食事?」
「『お食事』?メシ?」

「新茶特有の豊富な旨味が塩味に少し似ているので、お茶漬けに使えますよ」
「よし藤森おまえコンビニでパック飯と鮭茶漬けの素買ってこい。あと漬物。たくあん。梅干し」

「昼食用ですか」
「今食う」
「朝食召し上がって、」
「食った」

老いても元気な方って、多分きっとこういうふうに、食欲旺盛なんだろうな。
ひとまず2杯分、緒天戸と総務課の課長用の茶の準備を終えた藤森は、お駄賃もとい買い出しのための現金を緒天戸から受け取り、財布にしまう。
「お前も食いたきゃ、一緒に買ってきて良いぞ」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「遠慮すんなよ」
「本当に、大丈夫です」

なんだ。最近の若いのは、随分少食だな。
パチクリまばたきする緒天戸。それならお前自身のためにコーヒーでも何でも買ってこいと、
自分の財布から、追加の小銭を取り、藤森に渡そうと腕を伸ばした丁度そのとき、
「あ、」
「ア、ッく!!」
コロン。 伸ばした手が球体のストームグラスを押しのけてしまって、デスクの上を一直線に転がり、
再度、藤森によって床スレスレでキャッチされた。
「わりぃ。わざとじゃねぇんだ」
「そう、です、か……!」
間一髪。藤森はその日、二度目の「最悪の事態」を、文字通り体を張って阻止したのであった。

6/6/2024, 4:02:59 AM

「誰にも言えない『けど言いたくなる』秘密、
誰にも言えない『けどガッツリバレてる』秘密、
言えない『けど君には暴露する』秘密。
言えない『まま時間が過ぎて時効になった』秘密ってのも、まぁ、あるだろうな」

拝啓✕✕様。アンタが俺の◯◯◯をバチクソにディスってもう△年ですが、俺はアンタの知らねぇ場所で、幸せに□□しています。ざまぁみろ。
ひとつ「誰にも言えない秘密」に思い当たるところのある某所在住物書きである。
「相変わらずネタは浮かべど文章にならねぇ」
ひとしきり自己中心的に勝ち誇った後、物書きは毎度恒例にため息をつき、物語組立の困難さと己の固い頭の岩石っぷりを嘆いた。
「そもそも日頃、小説も漫画も読んでねぇから文章のストックが無いとか、さすがに誰にも、な……」

――――――

6月6日はアンガーマネジメントの日で、かつロールケーキの日とらっきょうの日と、麻婆豆腐の日でもあるそうですね。不機嫌になったら少しギルティーな美味を食べて自分の機嫌をとる物書きです。
ローカロリーな食生活の日?いや知りませんね。ところで今回はこんなおはなしをご用意しました。

最近最近の都内某所、某稲荷神社敷地内の一軒家に、人間に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりまして、
なんと、その内母狐と父狐は、それぞれ茶っ葉屋さんの女店主と某病院の漢方医。戸籍もあって労働もして、きちんと納税までしておるのでした。
今日は父狐の仕事風景を、少し覗いてみましょう。

平日もそこそこ賑わう某病院の漢方内科、朝から患者さんがいっぱいです。
『受付番号55番でお待ちの方、55番でお待ちの方。診察室5番へどうぞ』
患者さんのプライバシーを守るため、名前ではなく番号でお呼び出し。父狐のお部屋はコンコン5番。
最初の人間は55番、中性的でパッと見では女性とも男性とも分からないひとでした。

「最近、倦怠感と肩こりが酷くて」
加元という55番さん、席につくなり言いまして、
「最初の病院では、何も異常は無いと言われて」
小さな小さなため息を、ひとつ吐きました。

「そうですか。つらかったですね」
舌診と触診をするフリをして、母狐の茶っ葉屋さんの薬茶ティーバッグにお湯を注ぎ、それを飲むよう差し出して、コンコン父狐言いました。
「たしかに目立った悪い特徴は特に無さそうです」

実は父狐、患者さんの不調の理由が、ガッツリばっちり見えていました。
55番さんの不調の理由は、55番さんが今まで付き合って理想に合わなくてディスって捨ててきた、誰かと誰かの恨みや悲しみや未練でした。
55番さんは恋に恋するタイプの厳選厨で、
見た目に惚れてあの人この人アクセサリーよろしく手にとっては、中身が地雷だの解釈違いだのと、ポイちょポイちょ捨てておったのでした。
その数人分の負の感情が、55番さんの肩と魂に食い込んで、悪さをしておったのです。
食い物にした10人のうち、厳選厨の55番さんに悪さをしているのは計9人分。
足りない1人は母狐の茶っ葉屋のお得意様。魂清く心優しい人間でした。

なんて、さすがに言えません。

科学の発達した現代社会です。おまじないも魔法も非現実的と笑われる昨今です。
「あなたの不調の原因は日頃の行いです」なんて、
誰にも、一言も、言えない秘密なのです。

「血の巡りや気の停滞を整える漢方で、ゆっくり症状を改善させることはできるかもしれません」
「確実に、すぐ治す方法は無いんですか」
「漢方にはその方との相性がありますので」
「頂いた薬茶、飲んでから結構楽になったし、効いてると思うんです。コレを処方してもらうことは?」
「それは私の妻の茶っ葉屋で出しているお茶なので、それそのものを処方することはできないんです」

「じゃあいりません。診察だけで結構です」
「そうですか。分かりました」

そりゃ効くよ。効くと思うよ。
コンコン父狐、漢方の処方箋も何も受け取らず帰っていく55番さんを見送りながら、思いました。
だってそのお茶は不思議なお茶、稲荷のご利益と狐のおまじないが少しずつ入った魔法のお茶。
少しだけ、ちょっとだけ、心と魂を優しく包んで、悪いものを追い払ってくれるのです。

なんて、さすがに言えません。
令和の現代、そんなこと誰にも、言えないのです。

『受付番号58番でお待ちの方、58番でお待ちの方。診察室5番へどうぞ』
こやーん、こやぁぁーん。
次の患者さんも、診察して説明して、処方して。
日がとっぷり暮れるまで、今日もコンコン父狐、きっちり労働しましたとさ。

6/5/2024, 2:57:53 AM

「どんな言葉を足したり挟んだりするかで、なんか色々書けそうよな」
たとえば「狭い『とは決して言えない』部屋」なら、少々強引だがデカい部屋の話もできるし。なんなら「絶対『狭い』と発言できない部屋」の話も組める。
某所在住物書きは今日も今日とて、スマホを見ながらうんうん悩み、天井を見上げている。
問題は頭の固さである。「書けそう」から「書ける」にさっぱり移行せぬ。

「……一般に『狭い部屋』と言われているアパートも、実際住んでみるとむしろ狭い方が住みやすいとか、落ち着くとかってハナシ、あるよな」
しまいには、共感者の多そうな一般論をポツリ呟いてお題回収に逃げた。

――――――

最近最近の都内某所、夜。
雪国出身者の、名前を藤森というが、職場の後輩のアパートの比較的狭いキッチンで腕を組み、
額にシワを寄せ、半額シール付きのヒラメの切り身の大容量パックを見つめている。
「ヒラメ、……ヒラメか……」
右手を上げ、口に触れ、唇を隠す。
スン、と短く鼻で息を吸うのは熟考の癖。
消費期限残り数時間の切り身を大量消費する方法を緊急考察しているのだ。

部屋の中の狭い区画、キッチンをひととおり見渡して、藤森は小さく数度頷いた。
塩と、天ぷらの素と麺つゆと、それからレモン果汁に手を伸ばし、手繰る。
切り身パックの内容量は驚愕の320グラム。
刺し身一択では後輩が飽きる。
他が必要だ――最低でもあと2品。

「にしても、よくまぁこの量を、この値段で」
後輩いわく、前日の午後に研修生価格で鮮魚コーナーに出て、酷い豪雨によって今日まで売れ残り、
客のパック配置荒らしで埋もれ忘れ去られていた。
その幸運を、タッチの差で入手したという。
お得感満載の金額につい手が出たものの、
アパートに帰還して、ようやく我に返った。
この量をどうやって数時間で食えというのだ。
『せんぱい たすけて』

「なぜ私なんかを頼った?」
「先輩、低糖質低塩分メニュー得意だもん」
「そうじゃなくて。お前の親友なり同僚なり、もっと別の、相応しい誰かが居ただろう。なぜ私など」

「あのね先輩。その親友なり同僚なりに、肉とかマグロとか、うなぎならまだしも、ヒラメだよ」
「ヒラメだな」
「どう思う?」
「……だいたい言わんとしていることは把握した。
了解。分かった。善処する」

刺し身はコリコリ、熱を通せばフワフワ。
部位によっては脂の含みも良いから、別に私としては構わないがな。確実にそういう問題ではないな。
他者を呼んで大量に食うようなものでもないし。
藤森は深く納得。切り身を4等分し、卓上フライヤーを引っ張り出し、油を入れて天ぷらの用意。
ガスコンロのフライパンにはマーガリンが落とされ、藤森が自室から持ち出してきた調味料たる山椒の葉が数枚、パチパチ香りを生産している。

油物は厳しくても、焼き物であれば、後輩の明日の朝食用にも耐え得るかもしれない。
藤森は途中で閃き、フライパン投入分を増やした。

「主食は。パンか、白米か、麺?」
「はくまーい。昨日のお茶漬け美味しかった」
「漬け丼風と、出汁茶漬け風の選択肢を用意できると思う。どちらが良い?」
「どっちも」
「塩分過多になる。どちらかにした方が良い」

「漬け風出汁茶漬け。出汁茶漬け漬け丼風」
「天ぷら諦めるか?それとも塩レモン焼き?」
「ごめんなさい漬け丼諦めます天ぷらください」

要望聞き入れて頂けたようで、なにより。
小さく笑う藤森は、熱した山椒マーガリン入りのフライパンでくるりくるり、ヒラメをさっと熱して、
色が変わり次第、順次大皿に落としていく。
少しの塩とレモン果汁を振って、ヒラメの塩レモン焼きはこれで完成。
あとは薄めた麺つゆを温めて、出汁茶漬け風と天ぷらのためのつゆを作れば良い。

「まず一品」
「はやっ?!」
「すまないが、飯をよそっておいてくれ。切り身をのせて茶漬け風にするから」
「ごはんリョーカイ!」

刺し身と、茶漬けと、天ぷらと塩レモン焼き。
だいたいの準備が完了したので、少し狭い感のあるキッチンから離れて、後輩の待つリビングへ。
「飲み物は……」
飲み物は、インスタントの味噌汁か吸い物か、ほうじ茶、何が良い?
料理を並べた大皿を手にした藤森が、後輩に最後の質問をしようと口を開いたが、
「飲み物おかまいなく。もう飲んでるから」
目の前に居たのは、ポップな缶に口をつける、既に上機嫌な後輩そのひと。

「先輩こそ、どうする?何飲む?」
「……おかまいなく」
そうだ。こいつは食いしん坊の呑んべぇだった。
藤森は静かにため息を吐き、テーブルに夕食もとい晩酌用のつまみを置いて、
ぎこちなくも、優しく穏やかに笑った。
「刺し身、少し塩振るか?」
「振る!うぇーい!」

6/4/2024, 3:53:28 AM

「『何』に対する失恋か、失恋に至る『前』を書くのか失恋したその『後』を書くのか。いっそ失恋『した際に役立つかも知れない情報』でも公開するのか。今回もアレンジ要素豊富よな。ありがてぇ」
まぁぶっちゃけ俺ぼっちなので。恋とはちょっと縁遠いので。某所在住物書きは自慢でも自虐でもない、フラットなため息を吐き、長考に天井を見上げた。
チラリ見たのは己の財布。じっと見つめ、息を吐く。

「諭吉さんに熱烈ラブコール送ってるが、物価高でフられ続けて全然貯まりゃしねぇ、ってのはベタ?」
物書きは呟いた。
「あ、来月から渋沢さんだっけ。
……まてよ。1万円札にラブコール?」

――――――

最近最近の都内某所、某支店の昼休憩。
東京にありながら連日の来客者数が大抵一桁から20人未満のそこで、今日は常連客のマダム数人と従業員2名が、食後のアフタヌーンティーを楽しんでいる。
「面白い」
どこぞの有名店から本格的なスコーンを調達してきたマダムが穏やかに笑った。
「今の子って、お札を名前で呼んだりするのね」
それで言うなら、私の初恋は聖徳太子様だったのかしら。マダムは付け足すと、従業員の中の最年少、新卒の女性に手招きチョイチョイ。
財布の中から昔々の「壱万円」を取り出した。

人付き合いの酷く苦手な新卒。おそるおそる紙幣を覗き込み、数秒で興味津々。
撮って良いですか。 小さな声で許可を求めた。

「私、ずーっと諭吉さんでした」
別のマダムからジャムとクロテッドクリームの小ネタを受け取っていた従業員その2が言った。
「バチクソ昔のハナシになりますけど、『新札のデザイン、日本に生息してる動物の絵柄にしようぜ』っていう投稿がバズったこともありましたね。お札にキタキツネ入れちゃおう、とか」

ティータイムの話題の提供者が、まさにこの従業員。『ずっと諭吉さんにラブコール送ってたのに、来月から渋沢さんだから、実質失恋だ』と。
現代人特有の紙幣の呼び方に、淑女が食いついた。

「私それなら、お札のデザイン全部お花にしたいわ。1万円札が藤の花とか、綺麗だと思うの」
「色々絵柄があるのも面白いんじゃなくて?3枚あるとして、1枚は狐、1枚は藤、1枚は、って」

「ガチャみたいね」
「がちゃ?」
「ガチャよ。あたし知ってるの」

「ラブコール送ってるんです。送ってたんですよ」
話題提供の従業員が呟いた。
「恋叶わないまま、ぜーんぜんお金貯まらないまま、来月で諭吉さんと失恋しちゃうんですよ……」
税金、円安、物価高。世知辛いですよねぇ。
彼女は渋い顔で茶を飲み、香りの余韻に善良なため息をゆっくり吐き、新卒者と顔を見合わせて互いに頷く――好景気を知らぬ者同士なのだ。
「渋沢さんとは、良いお付き合いしたいですね」

あ、付烏月さんのレモンケーキ、来ました。
新卒が途中参戦の男性従業員からプチケーキの皿を受け取り、常連客のマダムにまず差し出した。
私達に自分のとこの従業員を言うときは、「さん」付けは不要なのよ。是非覚えて。
隣に座る常連が孫を見る優しさで新卒に諭す。
新札旧札の失恋話は一旦お開き。

「レモンねぇ……」
今まで黙っていた最後のマダムが、ひとり店内の掃除をしている支店長をニヨニヨ見つめ、呟いた。
「私、このレモンピールくらいに渋甘酸っぱい失恋話、丁〜度持ち合わせてるの」
対する支店長は気付かないフリ。
「そこの殿方の、お父様のハナシなんだけどね?」
どう?茶飲み話に昭和の失恋話、いかが?
常連マダムはティータイム参加者をゆっくり、酷く焦らすようにゆっくり、見渡した。

「教授支店長の、お父様?」
「あら。『教授』なんて呼ばれてるの?
あらあらまあ。ふーん。そう。『教授』なのね」
「え?」
「どうしようかしら。『どこ』から話そうかしら。『教授』なら丁度『教授』なのよねぇ」
「え……?」

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