かたいなか

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「『何』に対する失恋か、失恋に至る『前』を書くのか失恋したその『後』を書くのか。いっそ失恋『した際に役立つかも知れない情報』でも公開するのか。今回もアレンジ要素豊富よな。ありがてぇ」
まぁぶっちゃけ俺ぼっちなので。恋とはちょっと縁遠いので。某所在住物書きは自慢でも自虐でもない、フラットなため息を吐き、長考に天井を見上げた。
チラリ見たのは己の財布。じっと見つめ、息を吐く。

「諭吉さんに熱烈ラブコール送ってるが、物価高でフられ続けて全然貯まりゃしねぇ、ってのはベタ?」
物書きは呟いた。
「あ、来月から渋沢さんだっけ。
……まてよ。1万円札にラブコール?」

――――――

最近最近の都内某所、某支店の昼休憩。
東京にありながら連日の来客者数が大抵一桁から20人未満のそこで、今日は常連客のマダム数人と従業員2名が、食後のアフタヌーンティーを楽しんでいる。
「面白い」
どこぞの有名店から本格的なスコーンを調達してきたマダムが穏やかに笑った。
「今の子って、お札を名前で呼んだりするのね」
それで言うなら、私の初恋は聖徳太子様だったのかしら。マダムは付け足すと、従業員の中の最年少、新卒の女性に手招きチョイチョイ。
財布の中から昔々の「壱万円」を取り出した。

人付き合いの酷く苦手な新卒。おそるおそる紙幣を覗き込み、数秒で興味津々。
撮って良いですか。 小さな声で許可を求めた。

「私、ずーっと諭吉さんでした」
別のマダムからジャムとクロテッドクリームの小ネタを受け取っていた従業員その2が言った。
「バチクソ昔のハナシになりますけど、『新札のデザイン、日本に生息してる動物の絵柄にしようぜ』っていう投稿がバズったこともありましたね。お札にキタキツネ入れちゃおう、とか」

ティータイムの話題の提供者が、まさにこの従業員。『ずっと諭吉さんにラブコール送ってたのに、来月から渋沢さんだから、実質失恋だ』と。
現代人特有の紙幣の呼び方に、淑女が食いついた。

「私それなら、お札のデザイン全部お花にしたいわ。1万円札が藤の花とか、綺麗だと思うの」
「色々絵柄があるのも面白いんじゃなくて?3枚あるとして、1枚は狐、1枚は藤、1枚は、って」

「ガチャみたいね」
「がちゃ?」
「ガチャよ。あたし知ってるの」

「ラブコール送ってるんです。送ってたんですよ」
話題提供の従業員が呟いた。
「恋叶わないまま、ぜーんぜんお金貯まらないまま、来月で諭吉さんと失恋しちゃうんですよ……」
税金、円安、物価高。世知辛いですよねぇ。
彼女は渋い顔で茶を飲み、香りの余韻に善良なため息をゆっくり吐き、新卒者と顔を見合わせて互いに頷く――好景気を知らぬ者同士なのだ。
「渋沢さんとは、良いお付き合いしたいですね」

あ、付烏月さんのレモンケーキ、来ました。
新卒が途中参戦の男性従業員からプチケーキの皿を受け取り、常連客のマダムにまず差し出した。
私達に自分のとこの従業員を言うときは、「さん」付けは不要なのよ。是非覚えて。
隣に座る常連が孫を見る優しさで新卒に諭す。
新札旧札の失恋話は一旦お開き。

「レモンねぇ……」
今まで黙っていた最後のマダムが、ひとり店内の掃除をしている支店長をニヨニヨ見つめ、呟いた。
「私、このレモンピールくらいに渋甘酸っぱい失恋話、丁〜度持ち合わせてるの」
対する支店長は気付かないフリ。
「そこの殿方の、お父様のハナシなんだけどね?」
どう?茶飲み話に昭和の失恋話、いかが?
常連マダムはティータイム参加者をゆっくり、酷く焦らすようにゆっくり、見渡した。

「教授支店長の、お父様?」
「あら。『教授』なんて呼ばれてるの?
あらあらまあ。ふーん。そう。『教授』なのね」
「え?」
「どうしようかしら。『どこ』から話そうかしら。『教授』なら丁度『教授』なのよねぇ」
「え……?」

6/4/2024, 3:53:28 AM