かたいなか

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「どんな言葉を足したり挟んだりするかで、なんか色々書けそうよな」
たとえば「狭い『とは決して言えない』部屋」なら、少々強引だがデカい部屋の話もできるし。なんなら「絶対『狭い』と発言できない部屋」の話も組める。
某所在住物書きは今日も今日とて、スマホを見ながらうんうん悩み、天井を見上げている。
問題は頭の固さである。「書けそう」から「書ける」にさっぱり移行せぬ。

「……一般に『狭い部屋』と言われているアパートも、実際住んでみるとむしろ狭い方が住みやすいとか、落ち着くとかってハナシ、あるよな」
しまいには、共感者の多そうな一般論をポツリ呟いてお題回収に逃げた。

――――――

最近最近の都内某所、夜。
雪国出身者の、名前を藤森というが、職場の後輩のアパートの比較的狭いキッチンで腕を組み、
額にシワを寄せ、半額シール付きのヒラメの切り身の大容量パックを見つめている。
「ヒラメ、……ヒラメか……」
右手を上げ、口に触れ、唇を隠す。
スン、と短く鼻で息を吸うのは熟考の癖。
消費期限残り数時間の切り身を大量消費する方法を緊急考察しているのだ。

部屋の中の狭い区画、キッチンをひととおり見渡して、藤森は小さく数度頷いた。
塩と、天ぷらの素と麺つゆと、それからレモン果汁に手を伸ばし、手繰る。
切り身パックの内容量は驚愕の320グラム。
刺し身一択では後輩が飽きる。
他が必要だ――最低でもあと2品。

「にしても、よくまぁこの量を、この値段で」
後輩いわく、前日の午後に研修生価格で鮮魚コーナーに出て、酷い豪雨によって今日まで売れ残り、
客のパック配置荒らしで埋もれ忘れ去られていた。
その幸運を、タッチの差で入手したという。
お得感満載の金額につい手が出たものの、
アパートに帰還して、ようやく我に返った。
この量をどうやって数時間で食えというのだ。
『せんぱい たすけて』

「なぜ私なんかを頼った?」
「先輩、低糖質低塩分メニュー得意だもん」
「そうじゃなくて。お前の親友なり同僚なり、もっと別の、相応しい誰かが居ただろう。なぜ私など」

「あのね先輩。その親友なり同僚なりに、肉とかマグロとか、うなぎならまだしも、ヒラメだよ」
「ヒラメだな」
「どう思う?」
「……だいたい言わんとしていることは把握した。
了解。分かった。善処する」

刺し身はコリコリ、熱を通せばフワフワ。
部位によっては脂の含みも良いから、別に私としては構わないがな。確実にそういう問題ではないな。
他者を呼んで大量に食うようなものでもないし。
藤森は深く納得。切り身を4等分し、卓上フライヤーを引っ張り出し、油を入れて天ぷらの用意。
ガスコンロのフライパンにはマーガリンが落とされ、藤森が自室から持ち出してきた調味料たる山椒の葉が数枚、パチパチ香りを生産している。

油物は厳しくても、焼き物であれば、後輩の明日の朝食用にも耐え得るかもしれない。
藤森は途中で閃き、フライパン投入分を増やした。

「主食は。パンか、白米か、麺?」
「はくまーい。昨日のお茶漬け美味しかった」
「漬け丼風と、出汁茶漬け風の選択肢を用意できると思う。どちらが良い?」
「どっちも」
「塩分過多になる。どちらかにした方が良い」

「漬け風出汁茶漬け。出汁茶漬け漬け丼風」
「天ぷら諦めるか?それとも塩レモン焼き?」
「ごめんなさい漬け丼諦めます天ぷらください」

要望聞き入れて頂けたようで、なにより。
小さく笑う藤森は、熱した山椒マーガリン入りのフライパンでくるりくるり、ヒラメをさっと熱して、
色が変わり次第、順次大皿に落としていく。
少しの塩とレモン果汁を振って、ヒラメの塩レモン焼きはこれで完成。
あとは薄めた麺つゆを温めて、出汁茶漬け風と天ぷらのためのつゆを作れば良い。

「まず一品」
「はやっ?!」
「すまないが、飯をよそっておいてくれ。切り身をのせて茶漬け風にするから」
「ごはんリョーカイ!」

刺し身と、茶漬けと、天ぷらと塩レモン焼き。
だいたいの準備が完了したので、少し狭い感のあるキッチンから離れて、後輩の待つリビングへ。
「飲み物は……」
飲み物は、インスタントの味噌汁か吸い物か、ほうじ茶、何が良い?
料理を並べた大皿を手にした藤森が、後輩に最後の質問をしようと口を開いたが、
「飲み物おかまいなく。もう飲んでるから」
目の前に居たのは、ポップな缶に口をつける、既に上機嫌な後輩そのひと。

「先輩こそ、どうする?何飲む?」
「……おかまいなく」
そうだ。こいつは食いしん坊の呑んべぇだった。
藤森は静かにため息を吐き、テーブルに夕食もとい晩酌用のつまみを置いて、
ぎこちなくも、優しく穏やかに笑った。
「刺し身、少し塩振るか?」
「振る!うぇーい!」

6/5/2024, 2:57:53 AM