かたいなか

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6/3/2024, 5:11:15 AM

「『お金に』正直。正直『に試験の赤点申告』。
『怒らないから』正直『に挙手しなさい』。
正直『早朝に突然叩き起こされるのはキツイ』。
アレンジし放題よな。シンプル万歳」
アレンジが容易であることと、物語を簡単に書けることとは、全然イコールじゃねぇけどな。某所在住物書きはため息を吐き、頭をガリガリ掻いた。

正直なところ、現実時間軸風の連載モドキを投稿し続けているので、今朝の地震に関する話題は折り込みたい物書きである。
書きたいものと書けるもの、書いて大丈夫なものをそれぞれ全部満たすのは難しい。
防災小ネタ集は、また今度かな。物書きは「書きたいもの」を保留とした。
「……そもそも俺の執筆スキルとレベルがレベルだから、『書きたいもの』より『書けるもの』最優先で行かねぇと投稿に24時間以上かかるんだわ」
しゃーない、しゃーない。

――――――

「正直」と聞いて、思い浮かぶひとがいる。
正直者という正直者ではない。でも確実に、誠実ではあるし、他者に優しさを持てるひと。
雪国の田舎出身だという職場の先輩だ。

「おい。起きろ。寝坊助」
今年の2月まで、本店の同じ部署で働いてた。
自分のことを「人間嫌いの捻くれ者」って言う、真面目で優しい先輩で、初恋さんに長いこと酷く悩まされてた諸事情持ちだ。
「朝メシの準備ができた。まだ体調がすぐれないようなら、例の茶っ葉屋に寄れ。店主が二日酔いと体調不良に効く薬茶を無料で調合してくれるそうだ」

私が梅雨シーズンでメンタルダウンしてる時に、差し入れで、水出しのお茶をサッと出してくれる。
昨日みたいに雨が酷くて、気温と気圧とホルモンバランスだか自律神経だかの不調が悪く重なった時は、体にやさしくて食べやすい料理も作ってくれる。
「こんなカタブツの部屋に、長時間居たくもないだろう。道中気をつけて帰れよ」
そんな、正直私のライフラインのひとつと化してるくらい、ありがたい先輩だ。

「……なんでわたし、先輩の家で寝てるの」
「昨日、帰宅する私にくっついて部屋まで来た」
「なんで」
「分からない。昨日のお前に聞いてくれ」

「お昼に缶チューとホロヨイしこたま飲んで、レモンケーキたらふく食べてからの記憶が無い」
「だろうな」

面倒見が良くて、仕事もできる。なんならごはんも美味しいやつ作ってくれる。「人間嫌い」と言ってるくせに、やってることが真逆なひと。
こんな先輩の心を「解釈違い」だ「地雷」だってズッタズタにした贅沢な初恋さんがいたけど、
きっとその初恋さんのズッタズタが深過ぎて、先輩自身、自分の優しさに正直になり切れないんだろうなと、個人的に推理してる。

根は善い人なんです(事実)
心の傷のせいで正直が怖いだけなんです(推測)
最近この初恋さんと、やっと完全に縁が切れたから、先輩の心の傷は多分これから順次、癒えていくものと思われるのです(善良な願望)

「朝ごはん何?」
「海苔茶漬けとシジミの味噌汁、それから果物と野菜のサラダを。必要なら梅干しも出すが」
「わお。和洋折衷」
「パンの方が良かったか。悪かったな」
「逆にぶっちゃけお茶漬け助かります」

着替えて諸々整えて、座って、お茶漬けの静かな湯気を心の美顔スチーマーよろしくいっぱいに吸い込む。
自分の温かさに正直になれない、「自称」人間嫌いの捻くれ者な先輩が作ってくれたごはんは、舌にのせて喉に通すと、優しい味がした。
「おいしい。普通におかわりできる」
「当店味変の追加オプションとして、チーズ卵胡椒に山椒の葉等々、各種ご用意しております」
「お茶漬けの味変……?」

「豚バラとかカツオの刺し身の炙りとか?」
「豚バラ茶漬け、食欲に正直、最高かな……?」
「少しだけならツナと鮭もある」
「最高だな……?」

6/2/2024, 4:29:59 AM

「北海道に梅雨入り発表が無いってのは、そこそこ有名なハナシよな」
ようやくエモネタ以外のお題が来た。某所在住物書きはため息を吐き、椅子に深く体重を預けた。
前回はなかなかの難度だった。今回はどうだろう。

「あと梅雨といえば、何だ。アジサイ?てるてる坊主?蒸し暑さを吹き飛ばす冷たい飲み物?」
なんだかんだで自然系と食い物系の連想が多いけど、変わり種になりそうな発想、無いもんかな。
物書きはあれこれ考え、うんうん唸って、
「『つゆ』違いで『麺つゆ』……いや書けねぇ」
ひとりで勝手に飯テロを妄想し、勝手に自爆してグーと腹を鳴らした。
「明日の晩メシ、そうめんにでもするか……?」

――――――

今日の東京は、曇ってるせいか湿度と風のせいか、
それか散々真夏日手前だの夏日だの続いてたのに、突然最高22℃に降下したからかもしれない、
ともかく、私には少し肌寒く感じた。
午後からは本格的に雨が降ってくるらしい。
そろそろ、梅雨だ。

気圧とホルモンバランスと、それから気温の乱高下に冗談抜きでバチクソ弱い私は、
朝から体が本当に動かなくて、空腹だけどキッチンまで行けないし料理用の行動力もAPも無い。
そんな私のバッドステータスを、長年の仕事上の付き合いで理解してる職場の先輩が、
少しの食材と、調味料と、それからお茶っ葉を持って、シェアランチのデリバリーに来てくれた。
あざす先輩(もはやライフライン)
助かります先輩(1家に1人レベル)

「鹿児島産、あさつゆ品種だ」
適度に温かい、ひとくちと半分くらいの翡翠色を、先輩は丸小鉢のお猪口に入れて渡してくれた。
「2杯目以降が必要なら呼べ」
先輩の行きつけの茶っ葉屋さんで、わざわざ私の酷い体調が整うように、いくつか和ハーブをブレンドしてもらってきたらしい。
そういうとこだ。そういうとこだぞ。
お猪口に口をつけて、お茶を胃袋に流し込むと、
ジンジャーか、山椒の葉っぱのおかげか、よく分からないけど、体がぽかぽか温まってきた。

「あさつゆ、去年先輩が飲ませてくれたやつだ」
「『去年』?」
「水出し緑茶。去年の今頃。コップに氷と一緒に入れて、『梅雨は嫌いだけど、このつゆは好き』」
「思い出した。了解。分かった」

「翌日のオートミールポトフ美味しかった」
「それはどうも」

コトコトコト、ことことこと。
多分弱火のガスコンロで、手羽元と薄塩ベースの何かが煮込まれて、部屋の中は食欲の香りがふわり。
……ところで、2人分にしては量が多い気がする。
何故だろう(私はともかく、先輩は少食)
何故だろう(もしかして:夕食用込み)

「鶏肉多めに入れて」
「体調、大丈夫なのか?」
「大丈夫だもん。多分食べれるもん」
お茶のおかわりを貰って、だいぶ体調が落ち着いてきた私は、ベッドから起き上がって背伸びして、
直後、ピンポン、部屋のインターホンを聞いて、
そして、先輩が「2人分にしては量が多い」手羽元の薄塩ベースを煮込んだ理由を知った。

「そうそう。ひとつ、謝るのを忘れていた」
先輩が言った。
「この部屋に来る前に、付烏月に捕まった。
事情を話したら『体調酷いときはホイップレモンケーキに限る』だとさ」
ちょっと髪を整えてドアを開けると、先輩の友人で私の同僚の男性が、
にっこり、100均の少し大きめなクラフトボックスを抱えて、玄関前に立ってた。

「梅雨の時期は、サッパリレモンケーキでしょ」
彼は言った。
「食欲無いって聞いたから、小さめに作ってきた」
クラフトボックスの中には、薄黄色のホイップとレモンピールが飾られた、小さなカップケーキ。
何個かお行儀よく、キレイに整列してた。

「先輩。ごめん。鶏肉ちょっとで良さそう」
「なに?」
「食前スイーツ。レモンケーキ。いやレモンケーキと塩鶏手羽元で優勝できるかも。やっぱ鶏肉多め」
「ゆう、……なんだって?」

「たしか冷蔵庫に缶チューあった」
「待て。昼間から飲むつもりか。やめておけ」
「辛口の方が合うかな」
「や、め、て、お、け!」

6/1/2024, 6:24:07 AM

「無垢(むく)と、無垢(むアカ)、頑張ってこじつければ2通りの読みができると言い張りたい」
自然の木をそのまま切り出した加工をしていない木材のことを「無垢材」と言うのか。某所在住物書きは「無垢」のサジェストに目を通した。
金無垢なる言葉もあるらしい。時計用語のようだ。

「金無垢、無垢材、アカ無し、御無垢(おむく)。
元々は仏教用語なんだな。……で?」
純潔ならひとり、もうサ終したソシャゲだけど、「そう来るか」ってのがいたわ。 物書きはネット検索を終了し、過去のスクショ倉庫に目を向ける。
「……ところで無垢と純粋の違いって?」
最終的にお題そっちのけ。いつもの展開である。

――――――

某呟きックスで早朝、ほんの少しの間だけ、妙な投稿がバズって、なぜかすぐ消えた。

それは要約すると、こんな話題だった。
中国の某所。ひとつ、あるいは複数のビル。
不動産の不況で建設や開発が数年前から放棄されてるのに、何故か日に日に高くなり続けてるらしい。
霊能力者が中を調査すると、そこには多くの欲望、可能性、亡霊、幻影が残っていて、
物理法則に干渉可能なほど強力な個体ばかり。
「増築」部分の「見た目『は』」純粋な無垢材。
見た目通りの木材でも、金属でも、石材でもなく、未知の物質なのだとか。

「完成」すれば亡霊や幻影は消え、欲望や可能性は歪曲、変質、変異する。その後は分からない。
増築や完成を阻止するには、欲浅く無垢に近い魂魄の持ち主の大声が必要だという。
で、
その中国某所の某ビルと同じ物が都内にあり
○区△町×丁目××にある■って名前の廃ビルだと。

そりゃ野次馬も撮りたがりも配信者も来るよね。

書かれてた住所がそこそこ近所だったから、職場で長いこと一緒に仕事してる先輩を引っ連れて、一緒にその廃ビルに行ってみた。
「何故私を?」
「だって先輩、無垢オブ無垢だもん。誠実で優しい、純粋、お人好し。なにより呟きの垢無し」
「『無垢(むアカ)』しか合っていない」

「先輩は『無垢(むく)』でしょ……?」
「どこが?」
「いや、『無垢』でしょ……」
「だから、どこが」

さすが、すぐ削除されたとはいえ、万バズ投稿。
実在する住所の廃ビルに集結した人は、男性も女性もその他も、老いも若きも、なんなら小学生くらいの子まで、みんなスマホをボロいビルに向けてる。
我こそが「無垢に近い魂の持ち主だ」と自慢したい少年少女、紳士淑女が、騒ぎに騒いでた。
道路を隔てて向かい側には、報道陣や警察車両も、数台だけ、チラホラ見える。
きっと今日の、それか来週の月曜のニュースで、小さく報道されるんだろう。

「増築と完成を阻止するには、無垢な魂を持った人の大声が必要なんだってさ」
「本気で信じているのか、その例の投稿のこと?」
「全然。でも先輩、大声出してみてよ」
「ことわる。近所迷惑だ」

「そんなこといわずに。それ!こちょこちょ!」
「わっ!よせ、やめろ!」

ソレこちょこちょ、おいヤメロ。
万バズの招いた人だかりを十分堪能して、私と先輩はその後、近くのカフェでコーヒーやらケーキやら飲み食いして別れた。
帰宅途中で先輩のアパート近くの稲荷神社の、神職さんと子狐くんを見た気がするけど、気のせいだったか事実だったか、よく分からない。

投稿と騒動の標的にされた廃ビルは、後日、「倒壊のおそれアリ」ってことでバリケードが設置されて、重機による解体作業が始まったけど、
結局、無垢な魂がどうとかこうとか、廃ビルが謎の増築とかの、妙な投稿の元ネタも元凶も、言い出しっぺも完全に闇の中。
ほんの数時間ネットを賑わせて、ほんの数十分警察と報道と私達を動かして、少し動画やら写真やらでスマホの容量を圧迫して、それだけ。
全部全部、最終的に皆の記憶から忘れ去られて、それっきりで終わった。

5/31/2024, 4:06:26 AM

「終わり無き旅、亡き旅、泣き旅、鳴き旅。
……『鳴き旅』って、麻雀の長期戦か何か?」
ぶっちゃけ、「どこ」に期間を設定するかで、終わる終わらないは変わると思うんだわ。
某所在住物書きはポテチをカリカリかじりながら、今日も今日とて途方に暮れている。
人生を終わりの無い旅と定義することは可能かもしれない――考察範囲を生きている間だけにすれば。

「お題の『なき』が平仮名だから、ここをあれこれ漢字変換でいじれば、何か書きやすいものが出てくると思ったんだがな。結局全部難しいわな……」
終わりが無いことを、「イタチごっこ」と曲解することは妙案かもしれない。物書きは己の腹を見てひとつ閃く。すなわち体重増加とダイエットのそれだ。
「だって美味いモンは美味い。仕方ねぇよ……」

――――――

鳴き旅終わり、グッバイ泣き旅、亡き旅の終わり。
エモい漢字変換をポンポン閃いては「無理、書けねぇ」で絶望し、案をポイポイする物書きです。
今回はこんなおはなしをご用意しました。

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷のご利益ゆたかなお餅を売ったり、お母さん狐の営む茶っ葉屋さんのお手伝いをしたり、花と植物とキノコあふれる神社の大庭をパトロールしたりして、コンコン、しっかり人間をお勉強しておりました。

さて。その日のコンコン子狐は、稲荷神社本殿の玉の緒の下で、くるくるくる、自分の尻尾を追っかけてエンドレストラベルをしておりました。
だって参拝客が来ません。誰も遊んでくれません。
お父さん狐とお母さん狐はそれぞれ漢方医と茶っ葉屋さんとして勤労中だし、おじいちゃん狐とおばあちゃん狐は人間のお金持ちな「オエライさん」の要請で、自業自得案件の厄払い中。
くるくるくる、くるくるくる。だぁれも遊んでくれないので、コンコン子狐、自分の尻尾を追いかけて、おいかけて、エンドレストラベルです。

何分、尻尾追いの旅を続けていたでしょう。
「終わらないと思ってた旅路が突然切れた気分さ」
コンコン子狐、人間の何倍も高性能な自慢の耳で、人間2人分の足音と話し声をキャッチしました。
「『終わらない旅路』?」
「加元さんの執着の強さは、お前も知っているだろう。ずっと追われ続けると思っていたんだ。私が東京から離れるか、折れてあのひとのモノになるまで」

「お前は『物』じゃない」
「いいや。物だったよ。あのひとにとって恋は鏡、恋人はアクセサリーかジュエリーだ」

2人のうち片方を、コンコン子狐知っていました。
メタい話をすると去年の9月14日頃。
その声は「夜明け前」、この神社でパンパン手を叩いて、悪しき恋人から自分の大切なものを守ってほしいと、美しく尊い願い事を神社に託しました。
というかこのひと、お母さん狐の茶っ葉屋のお得意様です。子狐の頭や腹を撫でてくれる常連客です。
お礼参りかしら。それとも子狐を撫でに来てくれたのかしら。 まぁ前者でしょう、そうでしょう。

「あれほど簡単に加元さんが私を手放すとは思わなかった。去年の7月の『アレ』など、まだほんの少しだけトラウマモドキなのに」
「付烏月のやつがなぁ……」
「結局何をしたんだ。付烏月さんは?」
「『事実を述べた』、『左手の薬指を見せた』、『結果加元が盛大に勘違いして自爆した』。以上」
「それは聞いた。具体的に、何を言ったんだろう」
「本人に聞け」

話し声と足音が、ゆっくり善良に近づいてきます。
あと少しで2人は子狐のところへ来るでしょう。

よしよし。これでようやく子狐の、セルフ尻尾追いかけっこのエンドレスも終了です。
参拝客に遊んでもらおう、あわよくばお賽銭してもらって、ついでにおやつも頂こう。
コンコン子狐くるくるをやめて、参拝客を迎えに行こうとしましたが、
尻尾を追いかけ続け、くるくる回り過ぎて、それから本殿の階段を降りようとしたので、
目が回って、よろよろして、コロコロぽてん!
終わりなき尻尾チェイスな旅の果てに、階段から落っこちてしまいましたとさ。 おしまい。

5/30/2024, 4:51:57 AM

「車運転してたら対向車がパッシングしてきたの」
俺のごめんねエピソードっつったらコレよ。某所在住物書きはそう前置いた。
「進行方向確認したら、『あっ、察し』よな。
で、安全運転してたら、後続車両がバチクソ危険な運転で、詰めて追い越して急ブレーキして、急発進。……全〜部見られてたぜ」

ごめんねナラズモノ中年さん。アンタを煽りたくて安全運転してたんじゃねえの。「ネズミ捕り」がその先で臨時のサイン会開催してたのよ。
物書きはため息を吐き当時を懐かしみ、ぽつり。
「あのひと今頃なにしてっかな」

――――――

最近最近の都内某所、某職場の某支店、午後。
伝票の科目名と金額をそれぞれ集計中の新卒が、酷く困った様子で、電卓を叩いている。
金額が合わないのだろう。
「大丈夫?」
自分の電卓を持ってきて、新卒の世話役が肩を優しく叩いた。己にも昔、同じような経験があるのだ。
あのときは上司の伝票の書き間違いが原因だった。おかげでこちらは「正確に」処理していたのに、30分も合わぬ合わぬの電卓地獄であった。
「落ち着いて。一緒に確認しよ」

ぶっちゃけリモートと在宅と電子管理の時代の令和において、今も伝票の集計の初手が電卓とペンと紙のままである。いかがなものか。
というのは、支店に限らず多くの従業員が首をかしげている疑問であった。

「はいはい。慌てな〜い、慌てな〜い」
ごめんねごめんね、俺も混ぜて。
顔面蒼白の新卒にリラックス用の温かいカフェオレを渡すのは、付烏月、ツウキという男。
人差し指に小さなマイクロバッグをプランプランぶら下げ、揺らして、タブレットをテーブルに置く。
「藤森お手製の、マクロシートの出番だよん」
付烏月がプランプランのマグネットボタンをつまみ、フタを開けて、中からつまみ上げたのは、
リップクリームでも小さなコンパクトでもなく、
Type-C規格の、USBメモリであった――なんで?

「付烏月さん、それどしたの?」
「マクロと関数詰め込んだエクスェルシート!藤森のお手製を貰ってきたよん。伝票を入力すれば簡単に伝票のカンペが作成できるよ」
「そっちじゃなくて。マイクロバッグ」
「まいくろばっぐ?あぁ、これ?これも藤森から教えてもらった。『メモリとかSDカードとか入れるのにすごく重宝してる』って」

「藤森先輩、」
「ほら。こんなにいっぱい入る」

サイズばっちり。取りやすい。スゴイよね〜。
もはや伝票電卓そっちのけ。新卒と世話役の視線は、付烏月のマイクロバッグに向いている。
「『後輩から譲り受けた』って聞いたけど?」
中には灰色の厚紙が、仕切りとして折られて1枚。
マイクロSD、スタンダード、それからA規格とC規格のUSBメモリが複数個。手前がプライベート用で、真ん中と奥が仕事用だという。

「『藤森から教えてもらった』……?」
目を輝かせて仕事用のメモ帳に「マイクロミニバッグはメモリ保存バッグにピッタリ」と書き込みたがっている新卒に、世話役は片手で待ったをかけた。


――「『使い方が違う』?!」
業務終了後、夜。
世話役は付烏月の言う藤森本人と、低価格レストランで待ち合わせ、「マイクロバッグ」の話を伝えた。
先週の週末、藤森にマイクロバッグを譲ったのが、まさに彼女本人であったのだ。
千円札ガチャでダブったマイクロバッグを、捨てるのももったいなく、売っても二束三文。
丁度近くに藤森が居たものだから、「あげる」と。
「こんなに丁度良く、記憶媒体が入るのに?」

よもやそのダブりマイクロバッグが
コスメ入れでもアクセサリーとしてでもなく
業務用として愛用されていたとは。

「ごめんね。でも大半はメモリ入れない」
「では、何を入れるんだ。ハンコか」
「だいたい何も入れない。入れても化粧直しのコスメとかリップとか、ヘアゴムとか」

「『なにもいれない』……?バッグに……?」
「ホントだって。嘘じゃないって」

あのね。こういうのは、小さくてカワイイのを楽しむの。それかホントの小物入れとして使うの。
マイクロバッグの「マイクロバッグ」たる理由と用途を、あらためて説明する女性に、
藤森は目を見張り、口をパックリ。
サイズ感と容量と深さとを示し、いかに業務と実用に耐え得るか無言で主張して、何度も、己の「メモリ入れ」と目の前の女性とを見ている。

「藤森先輩。ごめんね」
藤森の両肩に、女性の両手が置かれた。
「多分こういうのに実用性求めちゃダメだと思う」

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