「北海道に梅雨入り発表が無いってのは、そこそこ有名なハナシよな」
ようやくエモネタ以外のお題が来た。某所在住物書きはため息を吐き、椅子に深く体重を預けた。
前回はなかなかの難度だった。今回はどうだろう。
「あと梅雨といえば、何だ。アジサイ?てるてる坊主?蒸し暑さを吹き飛ばす冷たい飲み物?」
なんだかんだで自然系と食い物系の連想が多いけど、変わり種になりそうな発想、無いもんかな。
物書きはあれこれ考え、うんうん唸って、
「『つゆ』違いで『麺つゆ』……いや書けねぇ」
ひとりで勝手に飯テロを妄想し、勝手に自爆してグーと腹を鳴らした。
「明日の晩メシ、そうめんにでもするか……?」
――――――
今日の東京は、曇ってるせいか湿度と風のせいか、
それか散々真夏日手前だの夏日だの続いてたのに、突然最高22℃に降下したからかもしれない、
ともかく、私には少し肌寒く感じた。
午後からは本格的に雨が降ってくるらしい。
そろそろ、梅雨だ。
気圧とホルモンバランスと、それから気温の乱高下に冗談抜きでバチクソ弱い私は、
朝から体が本当に動かなくて、空腹だけどキッチンまで行けないし料理用の行動力もAPも無い。
そんな私のバッドステータスを、長年の仕事上の付き合いで理解してる職場の先輩が、
少しの食材と、調味料と、それからお茶っ葉を持って、シェアランチのデリバリーに来てくれた。
あざす先輩(もはやライフライン)
助かります先輩(1家に1人レベル)
「鹿児島産、あさつゆ品種だ」
適度に温かい、ひとくちと半分くらいの翡翠色を、先輩は丸小鉢のお猪口に入れて渡してくれた。
「2杯目以降が必要なら呼べ」
先輩の行きつけの茶っ葉屋さんで、わざわざ私の酷い体調が整うように、いくつか和ハーブをブレンドしてもらってきたらしい。
そういうとこだ。そういうとこだぞ。
お猪口に口をつけて、お茶を胃袋に流し込むと、
ジンジャーか、山椒の葉っぱのおかげか、よく分からないけど、体がぽかぽか温まってきた。
「あさつゆ、去年先輩が飲ませてくれたやつだ」
「『去年』?」
「水出し緑茶。去年の今頃。コップに氷と一緒に入れて、『梅雨は嫌いだけど、このつゆは好き』」
「思い出した。了解。分かった」
「翌日のオートミールポトフ美味しかった」
「それはどうも」
コトコトコト、ことことこと。
多分弱火のガスコンロで、手羽元と薄塩ベースの何かが煮込まれて、部屋の中は食欲の香りがふわり。
……ところで、2人分にしては量が多い気がする。
何故だろう(私はともかく、先輩は少食)
何故だろう(もしかして:夕食用込み)
「鶏肉多めに入れて」
「体調、大丈夫なのか?」
「大丈夫だもん。多分食べれるもん」
お茶のおかわりを貰って、だいぶ体調が落ち着いてきた私は、ベッドから起き上がって背伸びして、
直後、ピンポン、部屋のインターホンを聞いて、
そして、先輩が「2人分にしては量が多い」手羽元の薄塩ベースを煮込んだ理由を知った。
「そうそう。ひとつ、謝るのを忘れていた」
先輩が言った。
「この部屋に来る前に、付烏月に捕まった。
事情を話したら『体調酷いときはホイップレモンケーキに限る』だとさ」
ちょっと髪を整えてドアを開けると、先輩の友人で私の同僚の男性が、
にっこり、100均の少し大きめなクラフトボックスを抱えて、玄関前に立ってた。
「梅雨の時期は、サッパリレモンケーキでしょ」
彼は言った。
「食欲無いって聞いたから、小さめに作ってきた」
クラフトボックスの中には、薄黄色のホイップとレモンピールが飾られた、小さなカップケーキ。
何個かお行儀よく、キレイに整列してた。
「先輩。ごめん。鶏肉ちょっとで良さそう」
「なに?」
「食前スイーツ。レモンケーキ。いやレモンケーキと塩鶏手羽元で優勝できるかも。やっぱ鶏肉多め」
「ゆう、……なんだって?」
「たしか冷蔵庫に缶チューあった」
「待て。昼間から飲むつもりか。やめておけ」
「辛口の方が合うかな」
「や、め、て、お、け!」
6/2/2024, 4:29:59 AM