かたいなか

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5/30/2024, 4:51:57 AM

「車運転してたら対向車がパッシングしてきたの」
俺のごめんねエピソードっつったらコレよ。某所在住物書きはそう前置いた。
「進行方向確認したら、『あっ、察し』よな。
で、安全運転してたら、後続車両がバチクソ危険な運転で、詰めて追い越して急ブレーキして、急発進。……全〜部見られてたぜ」

ごめんねナラズモノ中年さん。アンタを煽りたくて安全運転してたんじゃねえの。「ネズミ捕り」がその先で臨時のサイン会開催してたのよ。
物書きはため息を吐き当時を懐かしみ、ぽつり。
「あのひと今頃なにしてっかな」

――――――

最近最近の都内某所、某職場の某支店、午後。
伝票の科目名と金額をそれぞれ集計中の新卒が、酷く困った様子で、電卓を叩いている。
金額が合わないのだろう。
「大丈夫?」
自分の電卓を持ってきて、新卒の世話役が肩を優しく叩いた。己にも昔、同じような経験があるのだ。
あのときは上司の伝票の書き間違いが原因だった。おかげでこちらは「正確に」処理していたのに、30分も合わぬ合わぬの電卓地獄であった。
「落ち着いて。一緒に確認しよ」

ぶっちゃけリモートと在宅と電子管理の時代の令和において、今も伝票の集計の初手が電卓とペンと紙のままである。いかがなものか。
というのは、支店に限らず多くの従業員が首をかしげている疑問であった。

「はいはい。慌てな〜い、慌てな〜い」
ごめんねごめんね、俺も混ぜて。
顔面蒼白の新卒にリラックス用の温かいカフェオレを渡すのは、付烏月、ツウキという男。
人差し指に小さなマイクロバッグをプランプランぶら下げ、揺らして、タブレットをテーブルに置く。
「藤森お手製の、マクロシートの出番だよん」
付烏月がプランプランのマグネットボタンをつまみ、フタを開けて、中からつまみ上げたのは、
リップクリームでも小さなコンパクトでもなく、
Type-C規格の、USBメモリであった――なんで?

「付烏月さん、それどしたの?」
「マクロと関数詰め込んだエクスェルシート!藤森のお手製を貰ってきたよん。伝票を入力すれば簡単に伝票のカンペが作成できるよ」
「そっちじゃなくて。マイクロバッグ」
「まいくろばっぐ?あぁ、これ?これも藤森から教えてもらった。『メモリとかSDカードとか入れるのにすごく重宝してる』って」

「藤森先輩、」
「ほら。こんなにいっぱい入る」

サイズばっちり。取りやすい。スゴイよね〜。
もはや伝票電卓そっちのけ。新卒と世話役の視線は、付烏月のマイクロバッグに向いている。
「『後輩から譲り受けた』って聞いたけど?」
中には灰色の厚紙が、仕切りとして折られて1枚。
マイクロSD、スタンダード、それからA規格とC規格のUSBメモリが複数個。手前がプライベート用で、真ん中と奥が仕事用だという。

「『藤森から教えてもらった』……?」
目を輝かせて仕事用のメモ帳に「マイクロミニバッグはメモリ保存バッグにピッタリ」と書き込みたがっている新卒に、世話役は片手で待ったをかけた。


――「『使い方が違う』?!」
業務終了後、夜。
世話役は付烏月の言う藤森本人と、低価格レストランで待ち合わせ、「マイクロバッグ」の話を伝えた。
先週の週末、藤森にマイクロバッグを譲ったのが、まさに彼女本人であったのだ。
千円札ガチャでダブったマイクロバッグを、捨てるのももったいなく、売っても二束三文。
丁度近くに藤森が居たものだから、「あげる」と。
「こんなに丁度良く、記憶媒体が入るのに?」

よもやそのダブりマイクロバッグが
コスメ入れでもアクセサリーとしてでもなく
業務用として愛用されていたとは。

「ごめんね。でも大半はメモリ入れない」
「では、何を入れるんだ。ハンコか」
「だいたい何も入れない。入れても化粧直しのコスメとかリップとか、ヘアゴムとか」

「『なにもいれない』……?バッグに……?」
「ホントだって。嘘じゃないって」

あのね。こういうのは、小さくてカワイイのを楽しむの。それかホントの小物入れとして使うの。
マイクロバッグの「マイクロバッグ」たる理由と用途を、あらためて説明する女性に、
藤森は目を見張り、口をパックリ。
サイズ感と容量と深さとを示し、いかに業務と実用に耐え得るか無言で主張して、何度も、己の「メモリ入れ」と目の前の女性とを見ている。

「藤森先輩。ごめんね」
藤森の両肩に、女性の両手が置かれた。
「多分こういうのに実用性求めちゃダメだと思う」

5/29/2024, 2:22:59 AM

「物語のネタが浮かばないときは、その日のトレンドワードとか、時事ネタとか絡めてるわな」
これまた随分と、ピンポイントな。某所在住物書きはスマホの通知画面を見てため息を吐き、この難題をどう組み立てるか頭をフル稼働させていた。

「たとえば某ゲームのレゴ。……懐かしいし主人公半袖っぽいが二次創作が難しい。保留。
あるいは今日の気温。東京は最高28度予報らしい。……まぁ半袖だがネタが浮かばん。保留。
もしくは今日はクレープの日でこんにゃくの日で肉の日らしい。……飯テロ万歳だが全部は無理」
あれ、今日、マジでネタがムズい。物書きは天井を見上げ、ガリガリ頭をかき、ぽつり。
「半袖で何を書けと」

――――――

例年今頃半袖だったか長袖だったか、分からなくなってしまった物書きです。皆様いかがお過ごしでしょうか。今日はこんなおはなしをご用意しました。
最近最近の都内某所。人間に化ける妙技を持つ不思議な子狐が、夜雨に降られておりました。
「寒いよ、さむいよ」
街灯乱反射する雨の夜道に、ひとりぼっちの子狐。絵になりますね。約20℃の夜の東京の、降雨と風は、コンコン子狐の傘持たぬ体をまんべんなく濡らし、体温を奪っていきます。

「かかさん、さむいよ。おててが冷たいよ」
お茶屋を営む母狐に褒めてほしくて、稲荷の餅売りで貯めたお金を握りしめ、買い出しに出た帰り道。
東京に台風が近づくらしいので、その間に食べるおやつ、もとい、コン平糖と油揚げを、ゲフンゲフン!……非常食と保存食を、備蓄しておきたいのです。
ついでに少し、お肉とこんにゃくも買ったのです。
これできっと、子狐のお母さんは雨の中、買い物に出なくて良いに違いないのです。
買ったものを濡らさぬよう、ぎゅっと抱えて、体を丸めますが、それでもポタポタ水滴と、ごうごう強風は、双方一切容赦しません。
「かかさん、かかさん……」
キャン、キャン。ここココンコンコン。
子狐はとうとう寂しく、心細くなって、心も体もすっかり弱ってしまって、人間の子供に化けていた化けの皮がペロリンチョ。
子狐の弱々しい姿で、道路のすみっこで、小ちゃく、うずくまってしまいました。

そこに現れたのが母狐の茶っ葉屋のお得意様。
「見つけた。茶葉屋の子狐だな」

黒くて大きな傘に、深い群青のレインコート、その下には白いリネンの半袖サマーコート。
お得意様はぴっちゃり濡れた子狐を傘で覆い、雨から遠ざけてくれました。
「茶葉屋の店主から言われて、お前を探しに来た」
あーあー。こんなに濡れて。洗濯直後のぬいぐるみかシャンプー中の犬猫だ。
お得意様は子狐に、エキノコックスも狂犬病も無いのを知っているので、手持ちのタオルで体を拭いてやって、拭ききれないのを諦めて、自分の半袖リネンを脱ぎ、それで包んでやりました。

「お前の父さんも母さんも、皆、すごく心配している。一緒に帰ろう」
子狐が大事に持っていた袋を防水バッグに入れる、茶っ葉屋さんのお得意様。
半袖リネンに包んだ子狐を抱え、雨や風がこれ以上子狐にイジワルしないよう、レインコートの内側に入れてやって、黒い傘を差し直します。
「捻くれ者と相合傘だが、文句言うなよ」
まぁ、子狐と私とで、相合傘がそもそも成立するのか不明だが。お得意様が云々付け加えて話す間に、体が少し乾いてあったかくなった子狐は、すっかり安心して、スピスピ寝息をたててしまいました。
街灯乱反射する雨の夜道に、子狐抱えて傘さし帰路につく大人は、それは、それは絵になる構図でした。

半袖コートと子狐が、相合傘するおはなしでした。
深い意味はありません。某所在住物書きが、半袖ネタに苦しまぎれでたどり着いたおはなしです。
猛暑シチュは過去作で結構出尽くしたので、「暑いジメジメ5月に半袖でデロンデロン」を投稿すると、短期間二番煎じになっちゃうのです。
しゃーない、しゃーない。

5/28/2024, 4:31:48 AM

「詳しくはないが、仏教だと、『天国と地獄』っつーより『極楽浄土と地獄』、なんだっけ?」
昨日も昨日だったが今日も今日。固い頭を限界まで酷使して前回の題目を書ききった某所在住物書きであったが、なんと非情なことであろう。
今回の題目も題目で、物書きにとって難題難問。頭を抱え天井を見上げ、ため息をつく案件であった。

「で、詳しくないからこそ分からんのがさ。仏教の輪廻転生思想と極楽&地獄の世界観なのよ。善人は極楽行って即解脱なの?悪人はどうよ?一旦地獄行った後で輪廻に戻るのか?どうなんだろなその辺?」
まぁぶっちゃけ、天国だろうと地獄だろうと、極楽輪廻云々も、あるいは「地獄のオルフェ」でも、信仰してねぇから別に良いけどさ。
物書きは首を傾け、某「カルシウム+サルピス」の乳酸菌飲料によく似た味の般若湯をあおった。

――――――

最近最近の都内某所、某支店、雨降りの昼。
友人に関する諸事情で3月に就職してきた付烏月、ツウキという男が、申し訳無い表情で、
唇をキュッと結び、友人の後輩をチラリ見て、
バツが悪そうに視線を外し、目を閉じる。

後輩の落ち込む様子が、地獄の真っ只中にひとり落とされたようで、痛ましいのだ。
「諸事情」を完遂したため近々離職予定だというところの付烏月に、ずっと職場に居てほしくて。
厳密には彼の作るスイーツと別れたくなくて。

最近菓子づくりに凝っている付烏月。
食うより作る派のため、消費と補充のバランスが行方不明。ゆえに製作物を職場に持ち込んでいた。
茶と共に客に供され、昼休憩に従業員に渡され、
今年度は「当たり年」だと菓子好きの常連は天国。
友人の後輩も、彼の作るカップケーキで日頃の心の傷と化膿と炎症を癒やした。
その天国がサービス終了のお知らせなのだ。

「世の中、仕方無いのよ。お別れの連続なのよ」
支店の常連マダム4人が、ひとつの来客用テーブルを囲み、絶賛地獄滞在中の後輩と悲しみを共有している。彼女達も付烏月の趣味を、すなわち時折職場に持ち込まれるクッキーだのマカロンだのを好んだ。
「いつか別れる。いつか消える、無くす。その積み重なりが人生なの。割り切らなきゃ」
まぁ私も孫のバースデーケーキ彼にお願いする予定だったのを、変更する必要があるから寂しいけど。
私も、彼のボンボンショコラ目当てに入り浸ってたから、これから来店の回数少し減っちゃうけど。
仕方無いわ。人生、こういうものよ。
マダムは後輩の肩を優しく叩き、優しく微笑み、
ニッコリ、何とも言わず、付烏月を見る。

どうやら付烏月の味方は支店長だけらしい。
「付烏月君。あまり気にし過ぎるな」
支店長の手が付烏月の肩を憐れんだ。
「あのご婦人方の得意技だ。クレームもヘイトも迷惑行為も無いが、ああやって感情に訴えて、『お気に入り』の離職を『少しだけ』引き止めるのだよ」
私も10年前ご婦人方に「アレ」で引き止められ、結果ズルズル、今となっては支店長だ。
追加情報を提示する支店長の目は、まっすぐ常連客を見ていたが、付烏月には彼の瞳が少し虚ろに曇っているように感じた。

わぁ。深堀りしたら何か出てきそう。

「あのね支店長。俺、元々俺の用事が済んだらココからオサラバする予定だったの」
「そうか」
「スイーツの差し入れも、ただの趣味の副産物だから、コンビニのとか本職とかよりレベルは低いの」
「そうか」

「なんで後輩ちゃん、たった数ヶ月の同僚に地獄フィーリングになっちゃったんだろ」
「逆に数ヶ月紳士淑女の胃袋を掴み続けて何故惜しまれず離職できると思ったのかね」

仕方無いよ。仕方無いさ。 付烏月と支店長は互いに互いを見て、長いため息を同時に吐いた。
「もちょっとだけ、」
ポソリ呟く付烏月の声に、後輩がまるで地獄から天国へ引き上げられたような輝きで視線を向ける。
「離職するの、待とう、か……?」
常連マダム4名は、穏やかな微笑を返すだけ。
唯一中立を保ちどちらの肩も持たなかった新卒は、
「これが相手を引き止めるテクニックか」と、手持ちのメモ帳にその日の一切を、絶大な話術の威力を、勤勉にしっかりメモりましたとさ。

5/27/2024, 4:01:00 AM

「月に『誓う』のはやめてくれ、ってセリフは、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』で登場してたな。『月は形を変える気まぐれ者だから』って」
で、「月ではなく、あなた自身に誓って」、って続くんだったっけ?某所在住物書きは昔々の記憶を頼りながら、ネット検索の結果をなぞった。
昔々の大学での講義内容である。教授の語り方が特徴的であったため、妙に覚えていた。

「逆にスピリチュアル方面では、『新月に願い事をすれば叶う』なんてのもあるのか」
形を変える不誠実の気まぐれか、願い事を叶えてくれる新月か。タロットでは確か不安定や暗中模索、一筋の光等々。天体ひとつにしても解釈は多種多様なのだと再認識した物書きは、ポテチをかじり、ぽつり。
「お題がエモ過ぎてゼロエモで対抗したくなる定期」

――――――

最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家で、女性ひとりと子狐1匹が、ひとつのお布団を共有しておりました。
「うぅ……あたまいたい……」
女性は過去作・前回投稿分の経緯で、ちょっとお酒を飲み過ぎまして、しかも終電も過ぎており、
ゆえに、店主の実家たる稲荷神社に、一時保護されておったのでした。
「ここ、どこ?先輩?付烏月さん?宇曽野主任?」

くぅくぅ、くぁーくぁー。ここココンコンコン。
お腹に圧迫感を感じるあたりから、子狐の声が聞こえます。お布団の上で、狐団子しておるのです。
きょろきょろ、チラチラ。
寝てた女性、お酒飲んでからの記憶が曖昧です。自分がどこに居るのか分かりません。

「お得意様のお連れ様」
ふすまを開ける音と一緒に、穏やかで澄んだ店主の女声が、静かに部屋に響きました。
「おかげん、いかがですか。二日酔いに利くあさげがご用意できましたので、お持ちしました」
声の方を見ると、金色の毛並みの美しい狐が、お行儀よく背筋を伸ばして、こちらを見ています。
「稲荷神社に伝わる酔い覚ましの薬茶を、先にお飲みください。楽になりますよ」

狐が喋ってる。
寝ぼけ眼の女性、ごしごし目をこすって、何度もまばたきして、再度声のした方を見ました。
「いかがなさいました、お連れ様?」
やっぱり狐です。狐が喋っています。
おかしいな、おかしいな。何故でしょう。

――「……っていうことが、あったんだけど」
時間が経過しまして、お昼です。
無事出勤できた女性、あんまりパーフェクトに「狐につままれたような顔」をしておったので、同僚の付烏月が心配になって、昼休憩に事情聴取。
「最終的に、よくよく見てみたら、狐じゃなくて店主さんだったの。ホントにワケわかんない」
『信じてもらえないとは思うけど』と前置いて、朝の一件を情報共有。
勿論付烏月、狐が言葉を話すなんて、信じられません。寝ぼけてたんだろうと結論付けました。

「ねぇ、付烏月さん。お願い」
「なぁに後輩ちゃん」
「私をつねって」
「はい、……はい?」

「つねって、付烏月さん。お願い」
「ナンデ?」
「私まだ寝ぼけてるかもしれない」
「どゆこと?」
「お客様入り口に子狐が立ってるように見える。例のお店の看板子狐が、バチクソ可愛くマンチカン立ちみたいな格好で、お弁当箱持って立ってる」
「狐がマンチカン……?」

付烏月に、願いを。
付烏月が店のお客様入り口を見ると、あどけない顔した人間の子供が、ちりめんの小さな風呂敷に四角い何かを包んで大事そうに抱え持ち、
「こんにちは!」
元気いっぱい、挨拶しました。
「おとくいさんの、おつれさん!おべんとー忘れてった!お持ちしました!」

「まだ狐に見える?」
付烏月は子供の言うところの「お得意さんのお連れさん」、つまり自分の同僚に言いました。
「必要なら、お願いどおり、つねるけど」
言われた方は静かに、首を動かしました。

「月」の字がつく登場人物に、願いを託すおはなしでした。物語の中の「狐」がただの寝ぼけの産物だったのか、本当に狐に化かされたのかは、
多分、あんまり気にしちゃいけないのでした。
おしまい、おしまい。

5/26/2024, 4:57:18 AM

「どこだっけな、今回のお題のネタとして書くつもりは無ぇけど、ずーっと水以外の別の雨が降り続いてる天体があるらしいぜ」
『ずっと雨が降り続いてる星』って検索したら、「天王星ではダイヤモンドの雨が降っています」とか出てきたわ。すげーよな。 某所在住物書きは窓の外の晴天をチラリ、数秒見てすぐスマホに目を戻した。

先々月の「ところにより雨」、去年11月の「柔らかい雨」、それから9月の「通り雨」。
このアプリにおいて「雨」は遭遇率が比較的高く、ゆえに物書きはネタの枯渇を少し気にしている。
去年6月の「梅雨」は茶葉の品種「あさ『つゆ』」にかけた。「通り雨」はそれそのものではなく、雨で濡れた後のドライヤー云々をネタにした。
では、今回の「降り止まない雨」は?
「去年は職場で大量に降りかかってくるストレスを『降り止まない雨』ってことにしたな……」

――――――

最近最近の都内某所、某稲荷神社近くの茶葉屋にある完全個室なお得意様専用飲食スペース、夜。
べろんべろんに酔っ払った後輩の話を、先輩が彼女のツマミの世話をしながら聞いており、
先輩側の親友は己の愛する妻と娘宛てに美味のデリバリーを注文。後輩側の同僚は後輩が追加注文した小鉢を狐型の配膳ロボットから受け取っている。
先輩は名を藤森、同僚は付烏月、ツウキといった。

「あのね、しぇんぱい」
後輩はテーブルにほぼほぼ突っ伏しかけていた。
「あたし、せんぱい去年いったこと、覚えぇるぅ」
酒で火照った体温が心地良いのであろう、後輩の膝の上では看板子狐が、狐団子でリラックス。
時折くしゃみなどしているのは、後輩の呼気に含まれるアルコールのせいだろう。

「『止まない雨はある』」
キリッ。突如シラフに、戻ったような気のせいなような、しかし相変わらずの後輩は、
3杯目のラムネ割りを飲もうとして、付烏月にこっそり水入りのコップを掴まされた――気付かない。
「『仕事の向き不向き。人付き合いの得意不得意。時代。運。他人の悪意。……どこでも雨は降る――降って体温と体力を削ってくる』」

あぁ、はい。そうだな。藤森は本日この話を聞くのが2回目。要するに後輩は藤森を祝いたいのだ。
9年ほどの長期間に渡って続いた藤森と元恋人との恋愛トラブルが、ようやく完全に解決したから。
後輩の提案により、元恋人の呪縛から自由になれた藤森と、その友人達とでお疲れ様パーティーを開くことになったのだが、その結果がこれなのだ。

「せんぱいの雨は、やっと、止んだんだよ。せんぱいの長い長い雨は、やっと、にゃんにゃんだよ」
詳細は前回、前々回投稿分付近参照だが、ぶっちゃけスワイプが非常に面倒である。
細かいことは、気にしてはいけない。
「しぇんぱいの、削れたたいおんとたいりょく、もどってくると、いいね」
よかったにぇ。
後輩はにっこり笑い、コップの中身を飲み干した。

「藤森、後輩ちゃんの言ってる『降り止まない雨はある』って、なに?何のハナシ?」
「宇曽野の受け売りだ。去年ウチの新人が上司のいびりで離職することになって、たしかその時」
「どういう状況?」
「黙秘」

「覚えてるよせんぱい。『止まない雨はある』」
べろんべろんに酔っ払った後輩の「止まない雨」エピソードは、堂々3巡目に突入。
「せんぱいの雨は、やっと止んだんだよ。もう、元恋人を怖がらなくていいんだよ」
よかったね。よかったにぇ。
べろんべろんは再度笑って、膝の上の子狐を撫でくりまわし、でろんでろん、ぐでんぐでん。
「でもね、せんぱいの指輪は、指輪なんだよ……」
テーブルに突っ伏す彼女の最後の言葉は、完全に意味と意図が行方不明であった。

「なんだ。私の指輪って」
「知らなぁい」

藤森の後輩が幸福にぐーぐー寝落ちてしまったので、その日のパーティーはこれでおしまい。
終電もとうに過ぎた時間帯のため、寝落ちた後輩は、店の店主の好意と厚意により、稲荷神社の宿泊スペースで一時保護することに。
「雨ねぇ」
後輩に付き添い、大きなため息をひとつ吐く藤森。
降り止まない雨やら止む雨やらは置いといて、
この後輩が豪雨ほど浴びた酒が抜けるのはいつになるだろうと、二日酔いに利く薬を探しにドラッグストアへ向かうのだった。

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